リスク評価とリスク管理
−現状のリスク評価の批判的分析−
マサチューセッツ予防原則プロジェクト
訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会
情報源:Science and Environmental Health Network
Risk Assessment and Risk Management
http://www.sehn.org/pppra.html
掲載日:2003年7月15日
このページへのリンク:
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/precautionary/risk_assess_mass/risk_assess_mass.html


マサチューセッツ予防原則プロジェクト
The Massachusetts Precautionary Principle Project

 クリーン・ウォーター基金(Clean Water Fund)
 持続可能な製造のためのローウェル・センター(Lowell Center for Sustainable Production)
 マサチューセッツ乳がん連合(Massachusetts Breast Cancer Coalition)
 科学と環境健康ネットワーク(Science & Environmental Health Network)

ある行為が人間の健康あるいは環境に危害を与える恐れがある場合には、
原因と結果の関連が科学的に完全には証明されていなくても、
予防的措置がとられなくてはならない。
−予防原則の実施に関するウィングスプレッド会議、1998年1月−



 内 容
  1. はじめに
  2. リスク評価とは何か?
  3. リスク評価はどのようにして開発されたか?
  4. リスク評価は評価プロセス中に仮定を置くのか?
  5. リスク評価プロセス
  6. リスク評価に使われるリソースが少ない
  7. リスク管理
  8. リスク・コミュニケーションとは何か?
  9. リスク評価と予防原則
  10. 参照
  11. さらに詳細な情報についてのコンタクト先

 1. はじめに

 この概要書の目的は、現在実施されているリスク評価について、及び、それがどのような意図で実施されているかについて、入門者に分かりやすく説明することにある。
 政府関連機関は、人々の健康と環境に関する政策を決定するためにリスク評価を開発してきた。
 その構成と基本を理解することで、市民はリスク評価を批判的に分析し、今日のリスク管理手法の危険性とそれが悪用されている現状について理解することができる。
 一般に、リスク評価は危険な行為を正当化するために用いられている。

 マサチューセッツ予防原則プロジェクトの目標は、予防原則に従って、環境的危険性(environmental hazards)に対する世論を変えることにある。予防措置的手法では、危険性を正当化するためではなく、危険を避ける、あるいは最少にするために科学を利用する。
 予防原則における科学的分析では、分かっていることと分からないこととを明確にして真の科学的不確実性を認め、本質的に有害な行為に対する代替案を十分に評価する民主的な政策決定プロセスを導入する。


 2. リスク評価とは何か?

リスク評価者によって現在行なわれているリスク評価プロセスの概要、及び
リスク評価に対する一般的な批判の概要を以下に示す。

リスク評価は、人間または生態系が化学物質あるいは汚染物質へ暴露することにより、どのような危害を受けるかを理解し測定することを試みようと、毒物学と暴露評価の分野を統合したものである。
 そこではリスクを推定するために、有効な科学的証拠とともに、仮定、数学的モデル、および政策判断が用いられる。

 人間の健康に関するリスクは、ある状況下あるいは暴露により、ある人叉はある集団が被る危害、病気、あるいは死亡のチャンスの程度(measure)である。
 それは、望ましくない事象(有毒化学物質への暴露)が起こる確率と、その事象のために生ずる結果(危害、病気、あるいは死亡)との組み合わせである。

 リスク評価は汚染物質の影響を測定するために、下記4段階の主要な分析を行なう。



 論理的には、一度リスク評価が完了し、リスクが算出されると (例えば、焼却炉から3km以内の住人1000人の、70年間にわたる毎年のがん過剰発症数が4) 、そのリスクを ”管理”、または規制するための政策や法規によるリスク管理で対応する。
 実際には、下記の重なり合う円が示すように、リスク管理とリスク評価は密接に関連し合っている。



 政策決定者は、リスクを防ぐためではなく、主にリスクをどのように管理し削減するかを決めるために、リスク管理を行なう。この政策決定では、当事者がどのくらいのリスクを負うべきかについて主観的に決定する。危害を受けるであろう当事者がこの政策決定には参画せず、またリスク評価に含まれる大きな不確実性を考慮すると、この ”許容可能リスク” の決定は、しばしば非民主的で非倫理的であると多くの人々にみなされている。 (詳細についてはリスク管理の章を参照下さい)

(例)
 健康問題の原因として焼却炉が疑わしいとする住民の訴えに対して、州の健康当局はリスク評価を行った。
 個々の特定された汚染物質から様々な健康リスクが分析された。ある汚染物質への暴露が推定された。汚染物質のある種の毒性を考慮して、リスク特性の評価が行なわれ、焼却炉から3km以内に住んでいるある人々の暴露量と暴露期間が推定された。
 また、現在の焼却炉の汚染物質許容排出量と今後の排出量削減にかかるコストが検討された。
 その後、”リスク管理者”と呼ばれる政策決定者により、リスクの”許容可能”レベルと焼却炉からの許容排出量が設定された。

 このプロセスでは焼却炉の本質的な危険性の問題については考慮されず、また、焼却炉排出物への暴露を防ぐことによって危険性を防ぐための”廃棄物処理方法の代替案”の分析がなされていない。また、被害を受ける人々がこの政策決定に参画していない。このプロセスには、汚染物質の全ての種類の毒性、暴露する全ての人々、暴露の全ての経路は含まれていない。




 3. リスク評価はどのようにして開発されたか?

 リスク評価は、もともと、橋の建設等のように定義がはっきりしており、分析しやすい機械的な問題のために開発された。1960年代に、リスク評価は特に食品中の発がん性物質への暴露の安全性評価に用いられ始めた。1983年、国立研究評議会が、”赤本” として知られる 『連邦政府のリスク評価:プロセスを管理する(Risk Assessment in the Federal Government: Managing the Process)』 を発行した。この本がその後のリスク評価の規範となる4段階のリスク評価プロセスを確立した。


 4. リスク評価は評価プロセス中に仮定を置くのか?

 その通りである。リスク評価の4段階のプロセス全てにおいて、健康への影響に何を含めるかから検討すべき暴露のルートまで、仮定を置き判定する。これらの判定は時には科学的に、時には政治的に、時には自由裁量で決められる。ここでなされる選択により、リスク評価の結果が変わってくる。通常、一つのリスク評価プロセスでは、50以上の仮定とその他の決定がなされる。
これらの仮定や主観的な選択の例:
 使用する用量−反応モデル、低レベル暴露における潜在的な影響、一つあるいは複数の有毒物質に対する累積暴露、人は何をどのくらい食べ、飲むか? 人はどのくらい体重があり、どのくらい呼吸するか? 人の年齢と健康状態、集団における暴露の分散と分布、どの不確実性/安全係数を使用するか? どの毒性学的データを使用するか(実験時の用量、健康への影響、評価項目、等)? すでに受けたかもしれない他の暴露/リスク、分析における不確実性とそれらはどのようにして測定されるか?

 これらの仮定では、異なる評価者によって異なる結果が導き出される。

(例)
 ヨーロッパの11の政府が、一つのアンモニア漏えい事故を想定して、科学者とエンジニアからなるチームをそれぞれ組織し、独立したリスク評価を行った。その結果、11の異なる評価が得られ、1/400 から 1/10,000,000 までのばらつきがあった。


 ほとんどのリスク評価における仮定が基礎をなす科学は決定的なものではないので、不確実性はリスク評価を行なう過程で増幅される。さらに、しばしばリスク評価はすでに決定されていることを正当化するために使われているということを市民は知っており、研究によっても確認されている。

 ほとんどのリスク評価では、特定の母集団の脆弱性、複数化学物質による加法的あるいは相互作用的影響、がん以外の健康への影響、などの要素についは考慮しない。もっとも最近ではこれらの要素も考慮するようになってきているが、それもデータ不足のため、単に推定するだけである。

 今日では、蓋然論的 (Probabilistic )、あるいはモンテ・カルロ法的 (Monte Carlo) リスク評価がよく行なわれる。この種のリスク評価の結論は、一つの数ではなく、ある範囲の不確実性を考慮に入れたリスクの分布となる。また、これらのリスク評価は、使用される仮定にはいくつかの不確実性があることをはっきりと認めている。
 これらの手法は、仮定が変わった時にその結果がどのように変わるかを表わすためにはよい方法であるが、これらのモデルは使用される情報の種類により、やはり限定される。

 アメリカ環境保護局 (EPA) によれば、「リスク評価の科学は、当初の手法に比べてかなり開発されている。しかし、正確な健康リスク評価に必要なデータと方法論はいまだに存在しないということが多くの人々の了解事項である」


 5. リスク評価プロセス

5.1 危険性の特定 : その汚染物質により、どのような健康問題が生じるか?

 危険性の特定には、実験室での動物実験と、時には人間の疫学的調査の検証に基づく、ある物質の毒性を推定することが必要である。健康への影響の範囲が検討され、特定される。発がん性と、それより評価頻度は少ないが、生殖系、発達系、神経系への影響など、非発がん性にかかわるものが含まれる。
 EPA は、発がん性に関する証拠の重み付けをしている。例えば:

良好な動物実験:1例
人間に関する調査なし
発がんの可能性あり
(Possibly causes cancer)
人間に関する調査:数例
良好な動物実験:2〜3例
発ガンの可能性十分あり
(Probably causes cancer )
良好な人間に関する調査 発がん性あり
(Known to cause cancer)


このプロセスの弱点
  • 潜在的な健康への影響 (暴露後、長い年月が経過するまで影響が現れない) が見逃され、問題の外に置かれがちである。
  • 免疫系機能低下など、いくつかの健康への影響が無視される。
  • もし、可能性ある健康への影響に関し、その危険性が適切にあるいは完全に特定できないと、リスク評価の次のステップである用量−反応評価(下記参照)が不正確となる。
  • 市場に出回っている75,000種の化学物質のうちの大部分はその毒性について十分にテスとされていない。毒性データが入手できない化学物質もある。
  • 通常、複数化学物質の用量について、加算的効果あるいは相乗効果が考慮されない。
  • 通常、全体的な影響に目が向けられ、微細な影響は無視されがちである。
  • 動物及び人間に関する調査には様々な弱点がある。有毒物質が人間の体にどのような影響を与えるかということは徐々にしかわからない。科学では健康への影響の全てを予測することはできない。

5.2 用量ー反応評価 : 異なる暴露量での健康への影響は?

 用量ー反応評価では下記を観察する
  • 汚染物質は体の通常の機能にどのような影響を与えるか (化学反応を起す、細胞を傷つける、細胞の活動を変える、ホルモンをかく乱する、等)
  • 暴露とそれによって観察される反応との関係 (すなわち、汚染物質に対する異なるレベルの暴露により、健康への影響がどのように変わるか)

 用量−反応の関連性は、汚染物質、個人の敏感性、健康影響のタイプによって変化する。EPA は従来、がんについてだけであるが、”ゼロ・リスク ”ということはありえず、暴露によって何らかのがんへのリスクが生じると仮定していた。これは ”閾値(いき値)なし(non-threshold)” モデルと呼ばれている。しかしこの仮定は、がんのリスク評価に関し新らたに提案されている指針に基づいて変更されるかもしれない。その指針では、DNA を直接かく乱しないある種の発がん性物質に対する ”閾値(いき値)” 反応を提供している。

 ”閾値(いき値)” モデルでは、汚染物質からのダメージに関し、体がそれにより危害を受けることなく治癒するか、あるいは吸収することができる、あるレベルが存在するという仮定を置く。がん以外の健康への影響については一般的に閾値(いき値)が仮定されるが、これは科学的には必ずしも正しくないことが示されている。例えば、生殖系・胎児あるいは神経系への影響の危険性については、”閾値(いき値)”は存在しないであろう。あるいは、内分泌かく乱については、非常に微量な用量そのものが問題なのではなく、そのタイミング(妊娠中あるいは発達中の"小窓(small window )"が非常に重要になる。

 ”閾値(いき値)”反応タイプのモデルが、間接的にはありうるが直接的にはDNAにダメージを与えない化学物質の発がん性評価における標準となるかもしれない。
 用量−反応モデルが、他の異なるタイプの危険性に対しても有効であるという一般的な合意はない。健康に関する団体の中のある人々は、子どもたちの健康や脆弱な集団の健康を守ることはできないとして、新しい EPA のがんリスク評価指針に異を唱えている。彼らは、他に証明されない限り、発がん性に関する”閾値(いき値)”は存在しないという仮定を置くよう勧告している。

このプロセスの弱点
  • 非発がん性物質については、閾値(いき値)以下では健康への影響はないとする仮定は大いに議論の余地がある。特に内分泌かく乱物質は、胎児の発達期のような脆弱性に関する危険な小窓(a critical window of vulnerability)のタイミングでは、ほんのわずかな暴露であっても生涯にわたる影響を与える可能性がある。内分泌かく乱物質などでは、用量−反応特性が実際に逆転する。すなわち、暴露量が多い方がむしろリスクは減少するが、発がん性など他の影響は増大する。
  • 管理された実験室で得られた動物実験データから複雑な生態系に生きる人間に類推することの本質的な問題
  • 様々なバリエーションを無視した人間の調査研究では暴露した全ての人々を含んでいないかもしれず、暴露した人々の記憶に頼っているという本質的問題
  • 全ての相加的、あるいは相乗的影響を考慮することはできない
  • 脆弱性を持った集団を考慮しないかもしれない。用量−反応は、代謝組織が未発達あるいは機能が落ちているような非常に若い人、非常に年老いた人、あるいは病気の人では異なる傾向がある
  • 用量−反応モデルの選択の仕方によって、その結果は数百万倍も異なる

5.3 暴露評価 : どのくらいの量の汚染物質を特定の期間内に人々は吸入、摂取、あるいは吸収しているか? 暴露した期間はどのくらいか? どのくらいの人々が暴露したか?

 暴露評価では、暴露の環境中のルート、及び暴露の程度に注目する。そのステップは:
  • 当該汚染物質の少なくともいくつかについて、その発生源を特定し、発生場所を見つける
  • 特定の期間内に、その汚染源から排出された汚染物質の量と、その汚染源からどのようにして暴露者の所まで移動したかを推定する
  • 異なった距離、あるいは異なった場所で、それぞれの日に暴露した人の数
  • 人々が吸入、摂取、あるいは吸収した量を推定する
このプロセスの弱点
  • 暴露の重要な環境中のルート、あるいは場所が欠落するる可能性がある。例えば、マサチューセッツの水銀に関する暴露評価では食物連鎖による生体蓄積は考慮されなかった。その結果、人間への暴露の主要なルートでる汚染魚が欠落した
  • 関連する汚染物質が欠落するかもしれない
  • 人間が取り込む重要なルートが欠落するかもしれない
  • 累積暴露あるいは集合暴露を考慮することができない
  • 実際の現場での暴露テストではなく、一般的にモデルが使用される
  • 個人的、文化的あるいは地理的要素に関連する人間の活動における相違を勘案しないかもしれない

5.4 リスク特性評価 : 暴露した集団における健康問題の追加リスクは何か?

 リスク特性評価では、個人、集団」、あるいは社会に及ぼすリスクの程度を推定するために、暴露のルート、程度、及び暴露した人の数についての情報に基づく危険性評価の各種結果を統合する。有害な影響の特性について記述し、証拠及び不確実性の信頼度を提示しなくてはならない。
 リスクに関する情報は様々な方法で提示されるが、それらは下記を含む。
  • 最大生涯がんリスク
     最大生涯暴露×用量−反応関係=最大生涯がんリスク
    (例)
     The maximally exposed individual faces an excess lifetime breast cancer risk of 3 x 10-4 Or, 3 in 1,000.

  • 集団がんリスク
     汚染物質に暴露した全ての人々に関して、予想されるがん発症増加数(毎年の新たな発症数)
    (例)
     その焼却炉の半径3km以内に住む20,000人の人々の中から、70年の間、毎年新たに4人の肺がん患者が出ると推定される。

  • 個人リスクの分布
     リスクの様々なレベルでの人々の数として表現される。

  • 健康参照用量(RfD)に基づく非発がん性リスク
     有毒物質の健康参照用量(Health Reference Dose (RfD) )レベルは下記のように定義される。
     ”生涯にわたり心身に有害な影響を及ぼさないと思われる人間集団(過敏な下位集団を含む)に対する日々の暴露量の推定値 (order of magnitude: 10倍までの範囲を含む)”、あるいは、
     EPA が、人間にとって ”安全である” とみなす用量
     これにより RfD は、どれだけ安全の余地(マージン)があるかを決定するために、ある物質への暴露量と比較される。

このプロセスの弱点
  • リスクは、しばしば平均的な人(通常は成人)の平均的な暴露レベルのものとして表現されるが、我々は暴露と感受性は広く変化するということを知っている。例え、最も暴露を受ける個人を考慮して、リスクが表現されたとしても、集団内での全ての変化を考慮することは不可能である
  • 一般的に、集団の中の誰れ(子ども、妊婦、免疫系に障害を持つ人、老人、など)に対してリスクが高いか、あるいは低いか表現しない
  • 生態学的なリスク要素は考慮されない
  • 単一のリスクのみが考慮され、累積的リスクは考慮されない
  • 評価の最初の 3 段階で設定された仮定に基づいているが、それらは間違っているかもしれない


 6. リスク評価に使われるリソースが少ない

 リスク評価を行なうために用いられる政府のリソースが少ないということに留意すべきである。リスク評価には数百万ドルの金と多大な人員が必要である。この金は予防と活動に使われるべきである。

 政府機関は、産業側が規制に異議を申し立ててきた時に防御できるよう、あるいは市民からの訴訟にそなえるために、リスク評価を使用しているかもしれない。しかし、そのようなリスク評価の数字をもってしても、政府はしばしば法廷で敗れている。


 7. リスク管理

 リスク評価のプロセスから得られたリスク推定値は、環境や健康を脅かす危険性に関する政府の政策決定において主要な役割を果たす要素の一つである。リスク評価の結果を採用し、許認可や汚染物質の排出基準の設定などを実施する、しないの結論にいたるプロセスを ”リスク管理 (Risk Management)”と呼んでいる。リスク管理における判定 (Judgements) には下記のものが含まれる。
  • ”許容リスク”の決定
     リスクがある数値レベルを超えた時にのみ行動が起される。例えば、問題の行為あるいは汚染物質が、その危険に曝された人々の中で、10万人に1人、あるいは100万人に1人の死者を出すとしたら、それは、通常、許容リスクであるとみなされる。  これは政府が無視できる数値として勝手に決めたもので、民主的に決められたものではない。作業者については、1000人に1人以下の死亡あるいは疾病なら無視できるものととして政府規制当局は扱ってきた。
     しかし、このことは、これから死ぬ人にとって、あるいはその家族にとって、あるいは個人の命が大事にされ敬われる社会に生きる人々にとって、許容できることであろうか?
     また、一つのグループが被る全ての危険による全てのリスクは加算も分析もされない。


  • コスト・ベネフィット分析
     保護行為(排出に対する厳しい規制など)により削減されたリスクはベネフィット(助かった1人の命あるは削減された健康コスト)に置き換えられる。
     この”ベネフィット(便益)”は、その保護行為を実施するのに要すると推定されるコスト(例えば、より性能のよい汚染抑制装置を設置することによる産業界へのコスト)と比較される。
     しばしば、1人の命はいくらの価値があるかということで施策が決定されるが、通常、200万ドル(約2億4千万円)位である。もし、その汚染抑制装置の設置コストがその命のコストを著しく超える場合には、その規制措置はとられないであろう。
     その他の問題として、コスト・ベネフィット分析では、そのベネフィットの恩恵を誰が受け、そのコストを誰が負担するのかの考慮をしない。これはまた、経済的発展と環境保護のバランスの中で我々は決定しなくてはならないとする神話を永久のものとする。
     コスト・ベネフィット分析はまた、規制によるコストの方に著しく偏重しており、健康被害や未然防止によるベネフィットなど定量化が難しいもののコストを低く見積もる傾向がある。規制によるコストはしばしば過大に見積もられる。また定量化できないものを定量化しようとしたり、苦痛や病気など非経済的なものを金額に換算しようとする。多くの人々は、これらが非倫理的になされているとみなしている。(末尾に記載されている予防原則パートナーに、コスト・ベネフィット分析のファクト・シートについて問合せるとよい)

  • コスト効果の決定
     最少のコストで最大のリスク削減を得ることが望まれる。

  • 政治的及び社会的展望
     リスク管理の決定においては政治的圧力がしばしば一つの要素となる。市民は、危険な行為をしようとしている企業や団体が政治家へ働きかけることによる影響が、健康保護を不利にしないよう見張っていかなくてはならない。

 連邦政府や州政府レベルでは、より参加民主主義的にするよう、リスク管理プロセスを改善する努力がなされているが、真の民主主義に至るには程遠い。またリスク管理プロセスは、リスク評価の限界によって、制約を受けている。

 現状のリスク管理における問題点として下記が挙げられる:
  • そのプロセスは、金や既得権益を持った人々の影響を受けやすい
  • コスト・ベネフィット分析で人間の命を金額に換算することは多くの人々により非倫理的で不合理であるとみなされている
  • 被害を受けるかもしれない人々が特定されることも、その危険が許容できるかどうか尋ねられることもないのであるから、それは通常、非民主的なプロセスである

従って、現在の政策決定プロセスは予防原則の指針(後述)に合うよう変えなくてはならない。


 8. リスク・コミュニケーションとはなにか?

 リスク・コミュニケーションは、地域共同体が研究や選択や管理について定義することに参画する対話型プロセスではなく、むしろ、リスク評価で何がなされたか、許容できるリスクは何か、について人々に少しは知らせるというようプロセスであることが多い。
 ほとんどのリスク評価は非常に複雑なので(多くの科学者たちにとってもそれらを読むのは大変な」労力が必要)、そのプロセスに人々を参画させるのは難しく、人々は通常、リスク評価の概要を見るだけで、止めてしまう。リスク管理においてプロセスの改善をはかるよう努力がなされているが、リスク評価プロセスとその結果としての政策決定プロセスを真に民主化することは完全にはできないであろう。


 9. リスク評価と予防原則

 予防原則は、その制約と不確実性のために、科学は将来の危険性に対して正確な予測をすることはできないという前提に立っている。予防原則は科学の放棄を求めているわけではない。単純に以下のことを求めているだけである。
  • 不確実性に立ち向かって行動すること
  • 有害性の立証責任は、被害を受ける人々ではなく、その行為を行なう側に移行すること
  • 潜在的に有害な行為の代替案 (alternatives ) を見つけること
  • 最も被害を受ける人々が政策決定に参画できるような、民主的なプロセスとすること
 予防原則を実施するということは、先ず、潜在的に有害な行為の代替案を徹底的に検討、検証し、最も安全な代替案を実施することを求めるということである。リスクの許容レベルに注目するのではなく、予防措置は先ず、リスクを回避する、より前向きで解決志向の方法を検討するということを政策決定者に求めている。
 予防原則では、社会は有害性が潜在的に存在するということを与えられたものとして甘受せず、むしろその解決のための最良の方法を求めようとする。我々は、他の人々がよければ誰かを犠牲にしてもよいなどということは受け入れられない。我々には、現在及び将来の犠牲者双方の利益を政策決定に織り込む責任がある。

 リスク評価手法は、我々が民主的なプロセスによって代替案を総合的に評価する上で、ひとつの行為の潜在的な危険性をより深く理解するための補助手段としては価値があるかもしれない。
 この方法は、環境的脅威が競合する場合には、措置に優先順位をつけることができる。
 選択肢を比較する、あるいは、複数の証拠を用いて単一行為のリスクを推定するような定性的リスク評価なら、リスク情報を最大限有効に使用できるであろう。

(例)
 定性的リスク評価は、アメリカとカナダの五大湖地域の人々と野生生物に及ぼす汚染の影響を評価するために、国際合同委員会(International Joint Commission (IJC) )によって実施された。
 様々な背景を持つ科学者、技術者などからの様々な情報が検討された。専門家の意見と様々な分野から得られた情報に基づき、国際合同委員会は、全ての残留性有毒物質は五大湖の生態系から排除するべきとする結論を出した。


 予防原則により、”危害を及ぼす原因は何か、潜在的な危険性の特性は何か、それらを如何に防止するか”ということを特定する方法に科学が注力できるよう、多くの関連分野と各種の証拠が取り込まれるであろう。科学的研究により、”早期発見”方法が開発され、政策決定における指針あるいは優先度の策定に役に立つこととなるであろう。
 予防原則は、リスク回避 (risk avoidance)と最も被害を受ける人々を守る政策に焦点を向けるものである。

注:できるだけ記述を簡潔にするために、我々は定性的リスク評価を人間の健康評価だけに適用するものとした。


 10. 参 照

  1. Russell M, Gruber M. Risk Assessment in Environmental Policy-Making. Science, Vol:266, April 1987.
  2. Park C, Snee Ronald. Quantitative Risk Assessment: State-of -the-Art for Carcinogenesis. Fundam. Appl. Toxicol. July/August 1983.
  3. Tickner J, Raffensperger C. The Precautionary Principle in Action: A Handbook. 1999.
  4. Schettler T et al. Generations at Risk: Reproductive Health and the Environment. MIT Press, Boston, MA.1999.
  5. Carnegie Commission. Risk and the Environment: Improving Regulatory Decision Making. June 1993.
  6. National Research Council. Frontiers in Assessing Human Exposures to Environmental Toxicants.
  7. Guide. EPA 450/3-90-024, March 1991.
  8. USEPA . Risk Assessment and Comparative Risk Analysis, History and Background. Internet posting, August 1999
  9. Kwetz B, West C. DEP Cumulative Impact Assessment Project .
  10. Tickner J. Hazardous Exports: U.S. Transfer of Risk Assessment to Central and Eastern Europe. New Solutions, Summer, 1996.
  11. Tickner, J. Various lectures on risk assessment EPA Office of Air & Radiation. Risk Assessment for Toxic Air Pollutants: A Citizen’s.

 11. さらに詳細な情報についてのコンタクト先

 マサチューセッツ予防原則パートナーズ
 Massachusetts Precautionary Principle Partners

Clean Water Fund.
36 Bromfield Street #204
Boston, MA 02108
Tel. 617-338-8131 Fax 617-338-6449
Email: bostoncwa@cleanwater.org

Lowell Center for Sustainable Production
University of Massachusetts Lowell
One University Avenue
Lowell, MA 01854
Tel. 978-934-2981 Fax 978-4522-5711
Email: joel_tickner@student.uml.edu

Massachusetts Breast Cancer Coalition
51 Diauto Drive, Suite B
Randolph, MA 02368
Tel. 413-586-7395 (Sharon Koshar)
Email: koshar@javanet.com

(訳:安間 武 /化学物質問題市民研究会)


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