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(12/6/17作成)

(12/7/掲載予定)

[ 交響曲第4番の版 ] [交響曲第7番の版]
[交響曲第8番の稿と版] [8番のハース版とノヴァーク版との違い] [チェリビダッケの8番] [独語和訳]


 こちらにあるように、ブルックナーの交響曲第8番の印刷譜には、4つのものがあります。1887年に作られ、1972年になってやっと出版された「第1稿」、1890年に改訂され、1892年に出版された「第2稿初版」、そして、第2稿の原典版である「第2稿ハース版」(1939年出版)と「第2稿ノヴァーク版」(1955年出版)です。ただ「第2稿初版」の出版にあたってはヨーゼフ・シャルク(フランツ・シャルクの兄)が部分的に手直しを行っています。その改訂のポイントは、第4楽章での小節のカットと追加(ノヴァーク版での93小節目から98小節目までの6小節をカット、519小節目からの2小節間を繰り返し、全体で4小節分の短縮)と、全体のオーケストレーションの変更です。
 オーケストレーションに関しては、サウンドをより「派手」にするように、木管を追加する、といったような細かい部分の変更が主になされました。その一例が、第4楽章の大詰め、「Yy」(初版:687小節目、ノヴァーク版:691小節目)の前後の部分です。トランペットのフレーズにオーボエとクラリネットが重ねられています。
■第2稿初版

■第2稿ノヴァーク版(原典版)


 このように、ブルックナーの意思に反して(部分的には同意していたようですが)改竄の手が加えられてしまった楽譜を、資料を客観的に検証して作曲家が本来意図した通りのものに直すという作業が、「批判校訂」と呼ばれるもので、その結果生まれた楽譜が「原典版」です。ところが、「作曲家の意図」を反映させたものであるはずのこの「第2稿ハース版」と「第2稿ノヴァーク版」という2つの原典版には、多くの点で違いが認められます。
 まず、ハース版の場合は、第3楽章と第4楽章において、ブルックナーが第2稿を作るにあたって第1稿から削除した部分を復活させています。さらに、そのまま挿入したのではうまくつながらないところでは、新たに「創作」を行ってもいます。それだけではなく、こまごましたところでハース版とノヴァーク版は違いを見せています。その詳細は、こちらをご覧ください。
 この、細かな違いがどこから生まれたのか、先ほどの「初版」と、第1稿などを参考にして、明らかにしてみましょう。

 まず、第1楽章の173小節目、練習記号では「I」(第1稿では177小節目の「J」)の前のヴァイオリンパートです。
■第1稿
■第2稿初版
■第2稿ハース版
■第2稿ノヴァーク版
 これは、楽譜が作られた時系列にしたがって並べてあります。ブルックナーは第2稿を作るにあたって「I(J)」の4小節前のアウフタクトから始まる木管のフレーズに、ファースト・ヴァイオリンを重ねました。しかし、ハースはそれを無視して第1稿の形に戻してしまいます。それを、ノヴァークがさらに第2稿の形に直した、ということですね。ノヴァークは校訂にあたってはハース版の版下をそのまま使ったので、このあたりは手書きで修正されています。

 さらにもう2ヶ所、同じようにハース版とノヴァーク版では異なっている部分が、それぞれどの楽譜に由来しているか、見てみましょう。まずは、第3楽章の65小節目から始まるクラリネット・ソロです。
■第1稿 ■第2稿初版
■第2稿ハース版 ■第2稿ノヴァーク版
 そして、第3楽章の「N」(第1稿:201小節目、第2稿:185小節目)からのヴィオラに付けられたスラーです。
■第1稿 ■第2稿初版
■第2稿ハース版 ■第2稿ノヴァーク版
 明らかに、「ハース版=第1稿」、「ノヴァーク版=初版」という構図ですね。その他の部分も、すべて、ハースが初版から第1稿に直してしまったところを、ノヴァークが元通り初版に戻す、という仕事ぶりが見て取れます。ですから、ハース版というのは第1稿と第2稿の折衷案であり、厳密な意味での「原典版」とは言えないことになりますね。ただ、ハースが復活させた部分は、そもそもはブルックナーの意志ではなく周辺の外圧によって第2稿では削除されたのだ、という主張もありますので、事情は複雑です。

 しかし、第3楽章の最後になると、きっちりとこのような「法則」に当てはまらない部分が出てきます。「Z」の前後の、ホルンとワーグナー・チューバ(テナー・チューバ、バス・チューバ)です。これも、4つの楽譜を比較します。
■第1稿
■第2稿初版
■第2稿ハース版
■第2稿ノヴァーク版
 この部分では、ハース版の場合、微妙に第1稿と異なっているところがあります。「Z」の前のホルンのアンサンブルでは、新しく入るパートの前に十六分音符の前打音を入れていますし、そのあとのワーグナー・チューバでは、「Z」の3小節目の最後の音が違っています。ホルンの場合は、まさに「折衷案」なのでしょうが、ワーグナー・チューバ(テナー・チューバ)の2番は、実はパート譜では第1稿と同じになっているのです(1オクターブ高く記譜)。
 ということは、ハース版のスコアが間違っているのでしょうか。実際、このパート譜のように「第1稿と同じように」演奏しているCDも、カラヤン、バレンボイム、マズア、バルビローリなど、多く見られます(その他にもネゼ・セガン、ボッシュ、グッドールなど)。カラヤンなどは1954年の録音では「スコア通り」に演奏しているのに、1975年の録音では、「パート譜通り」に演奏していますよ。第1稿が出版されたのが1972年ですから、彼はそこで方針を変えたのでしょうか。
 もちろん、あくまで「スコア通り」の人も、ヴァント、ティーレマン、シューリヒト、ハイティンク、レーグナー、ネーメ・ヤルヴィなど、たくさんいます。これ以外の指揮者の情報がある方は、ご一報ください。
 この4小節間の参考音源をアップしてあります。→ハース版(スコア) →ハース版(パート譜) →ノヴァーク版
 (ヴァイオリンの音は無視して、バックのワーグナー・チューバを聴いてください)

(この項、12/6/21追記)

 ところで、先ほどの譜例には、「初版」にだけボウイングの指示がありませんね。練習の時に問題になった第4楽章冒頭のボウイングも、やはり初版にはありません。
■第1稿
■第2稿初版
■第2稿ハース版
■第2稿ノヴァーク版(ハース版と全く同じです)
 詳しく見てみると、初版にはボウイングの指示が一切ありません。シャルクがブルックナーの指示をすべて消し去ったのか、あるいはもともとブルックナーの指示などはなかったのか、それは自筆稿を見てみないことには知りようがありません。


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