スタジオデブリ。

(25/8/1-25/8/19)

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8月19日

WAGNER
Der fliegende Holländer
Franz Crass(Bas/Der Holländer)
Anja Silja(Sop/Senta)
Fritz Uhl(Ten/Erik)
Josef Greindl(Bass/Daland)
Res Fischer(MS/Mary)
Georg Paskuda(Ten/Der Steuermann)
Wolfgang Sawallisch/
Chor der Bayreuther Festspiele(by Wilhelm Pitz)
Orchester der Bayreuther Festspiele
DECCA/ 00028948329755


1961年のバイロイト音楽祭のライブ録音で、ヴォルフガング・サヴァリッシュが指揮をした「さまよえるオランダ人」です。録音はPHILIPSのクルーによって行われ、PHLIPSからリリースされていましたが、そのレーベルがDECCAに吸収されたので、ジャケットのロゴもDECCAに変わっています。
この10年前に、第二次世界大戦で中断されていたこの音楽祭が再開されていたのですが、その時の功労者が、ワーグナーその人の孫だったヴィーラント・ワーグナーでした。そこで彼が行った演出というのは、極端に簡素化された舞台装置と、動きの少ない出演者たちに、照明によってさまざまな変化を与える、という、戦前の伝統的なバイロイトの演出とは一線を画した革命的なものでした。一説では、その演出のプランの発案者は彼の妻のゲルトルート・ライシンガーだったのだ、とも言われていますが、現在ではそれは完全に黙殺されているようですね。
サヴァリッシュは、1957年からバイロイトで指揮を行っています。その年と翌年には「トリスタンとイゾルデ」を指揮しただけでしたが、1959年には「オランダ人」も指揮するようになりました。
その時の録音がORFEOレーベルから出ていますが、それを聴くと、サヴァリッシュはこのオペらでこれまで普通に使われていた改訂版の中で、序曲の最後とオペラ全体の最後に入っている「ゼンタの救済」のモティーフを削除して、初稿の形に戻していたのですね。とは言っても、初稿では休憩なしで全曲を演奏するという形だったものを、ここでは改訂稿のまま、2回の休憩が間に入る形で演奏していましたけどね。(そんな、このオペラの「稿」に関しては、こちらをご覧ください。)
しかし、初稿からのもう一つの改訂部分である第2幕の「ゼンタのバラード」のキーについては、サヴァリッシュは改訂稿のまま、つまりト短調で演奏していましたね。
ところが、今回の1961年の演奏を聴いてみると、その「ゼンタのバラード」でも、初稿の形、つまり全音高いイ短調で歌わせていたのです。なぜ、同じバイロイトのプロダクションで、この部分だけを変えたのでしょう。
サヴァリッシュは、1960年にもバイロイトで「オランダ人」を指揮していますが、その時に、前年ゼンタを歌っていたレオニー・リザネクが出演をキャンセルしてしまいます。そこで急遽代役として歌ったのが、20歳になったばかりのアニャ・シリヤだったのです。音源がないので分かりませんが、おそらくこの時にはシリヤは慣例通りト短調で「バラード」を歌っていたのではないでしょうか。
しかし、サヴァリッシュは、最初からそこは本来のイ短調で歌わせたいと思っていたのでしょう。ただ、おそらくレズニクからは拒否されたので、その時は諦めたものの、シリヤの声を聴いて、この新人ならば、言うことを聞いてくれるのでは、と、次の年にはイ短調で歌わせたのではないでしょうか。
この「オランダ人」も、もちろんヴィーラントが演出していましたが、やはり彼女の声だけではなく、女性としての魅力に憑りつかれてしまったのでしょう、彼女を愛人にしてしまい、なんと、妻のいる自宅に囲ってしまいます。彼女との年の差は23歳、その愛欲のせいでしょうか、それから数年後にはヴィーラントは亡くなってしまいます。その直後に「知り合った」、さらに年の離れたアンドレ・クリュイタンスも、同じような末路をたどります。
サヴァリッシュの指揮は、とてもキレの良い、フレッシュなものでした。第3幕冒頭からの合唱などもかなりの速いテンポで進みますから、圧倒されます。というか、ステージ上の合唱団の足音などがかなりのレベルで録音されているので、もうオーケストラも合唱もカオス状態になっていて、崩壊寸前の相を呈していました。
先ほどのシリヤが歌う「ゼンタのバラード」は、冒頭の高音はさすが、という気がしますが、その後ではかなり情けない声になっていましたね。やはり、これはト短調のままの方が、安心して聴いていられます。
彼女は85歳でまだご存命です。

Album Artwork © The Decca Record Company Limited


8月17日

BACH
Johannes-Passion
Christiane Oelze(Sop)
Monica Groop(Alt)
Markus Schäfer(Ten)
Michael Volle(Bar)
Hans Griepentrog(Bas)
Karl-Friedrich Beringer/
Windsbacher Knabenchor
Munich Chamber Orchestra
BAYER/BR 500 007/08


最近、BAYERレーベルから昔リリースされたアルバムがサブスクでサクサク聴けるようになって、そこですっかりファンになってしまったカール=フリードリヒ・ベリンガーが指揮をしているウィンズバッハ少年合唱団ですが、彼らがバッハの「ヨハネ受難曲」を演奏しているアルバムもアップされたので、聴いてみました。「ヨハネ」で、聴いたことのないアルバムがあれば、まずは聴いてみる、というのが基本ですからね。
この合唱団は1946年にハンス・タムという合唱指揮者によって創設されましたが、ベリンガーは彼の後任者として1978年から2011年まで指揮者を務めていました。彼が辞任した後はマルティン・レーマンという人が後任となりましたが、彼は2021年にはこの合唱団を去り、現在はルートヴィヒ・ベーメという人が指揮者を務めているのだそうです。
タムとベリンガーの時代には多くのレーベルからアルバムがリリースされていましたが、その後の指揮者との録音というものは、現時点ではサブスク上では見つけられないようです。
ドイツの指揮者、ベリンガーが生まれたのは1947年でした。彼は合唱団だけではなくも普通のシンフォニー・オーケストラも指揮をしていました。彼は、まずはバッハの宗教曲という基本をメインにしながら、幅広い作曲家の合唱曲を演奏して、幅広いレパートリーで数多くのアルバムを残しています。
演奏のスタイルは、あくまでこれまでの慣習に従ったモダン楽器による演奏ですが、その表現には時としてとてもユニークなことが実践されていて、一筋縄ではいかない一面もあるような印象が強い指揮者ですね。
今回の「ヨハネ」は1990年8月に録音されています。時折聴衆のノイズのようなものが聴こえるので、もしかしたらライブ録音なのかもしれません。ソリストは5人参加しているようですが、テノールはマルクス・シェーファーだけで、彼はエヴァンゲリストとアリアの両方を歌っています。
楽譜に関しては、特に稿についての特別なこだわりはないようで、一般的な全集版が使われています。
まずは、1曲目の合唱のイントロが、とても堂々とした演奏だったのには、圧倒されました。中には、この曲をもっと深刻なものとして表現している演奏がある中で、ここでは正攻法で迫ってきます。さらに、普通の演奏ではほとんど聴こえてこないチェンバロが、ものすごいボリュームで聴こえてきます。おそらく、モダンチェンバロを使っているのではないでしょうか。それはそれで、もはや珍しくなっているスタイルですね。
そして、合唱が登場です。これはもう期待通りの素晴らしさでした。トレブルは不安定なところは全くない堂々とした演奏ですし、男声パートも深みのある声で、安心して聴いていられます。
そして、そんな完璧なアンサンブルが、どのパートも同じところを目指していて、全体としてとても豊かな表情を見せているのですから、どんどんその演奏に引き込まれてしまいます。
第2部に入ってからの、合唱とレチタティーヴォとの掛け合いも、とてもスリリングですね。合唱では言葉がとても鋭角的に歌われていますから、恐ろしいほどのリアリティが伝わってきます。
ソリストたちも、まずは安定していましたね。テノールのシェーファーは、表情豊かなエヴァンゲリストを聴かせてくれています。ただ、アリアになるとちょっと雑なところがあるのは、スタミナの問題でしょうか。アルトのモニカ・グロープが終わり近くで歌う「Es ist vollbracht」は、その包容力のある声に魅了されます。ソプラノのエールツェも、かわいらしくて、すっきりした歌い方ですね。
そして、最後の大コーラス「Ruht wohl」では、テンポを遅めにとって、慈しみあふれる演奏になっていました。それは、その後に続くコラールの伏線だったのでしょうか、その曲がピアニシモで始まったのには驚かされました。それは、少年合唱でなければ絶対に出すことのできない、ピュアの極致、というサウンドでした。それは、長い長いクレッシェンドを経て、感動的なエンディングを迎えるのでした。

Album Artwork © Bayer Records


8月15日

FANNY & FELIX MENDELSSOHN
Geistliche Musik 1
Christina Landshamer(Sop)
Franziska Markowitsch(Alt)
Martin Mitterrutzner, Minsub Hong, Volker Nietzke(Ten)
Stefan Drexlmeier, Andrew Redmond,
Jonathan E. de la Paz Zaens(Bas)
Justin Doyle/
RIAS Kammerchor Berlin
Kammerakademie Potsdam
HARMONIA MUNDI/HMM902742


ロマン派の大作曲家、フェリックス・メンデルスゾーンには、4歳年上の姉、ファニーがいました。この二人はとても仲が良く、小さいころから同じ先生たちに音楽を習っていました。そこでフェリックスは、小さいころから音楽の才能を発揮して、素晴らしい音楽を作ることになるのですが、ファニーも負けずにたくさんの曲を残しています。
とは言っても、やはり、彼らの時代は「女は作曲などをするものではない」という風潮が強かったので、彼女の作品はほぼ、世に出ることはなかったようですね。でも、彼女と結婚した宮廷画家のヴィルヘルム・ヘンゼルは天使のような人で(それは「エンゼル」)、彼女の音楽に対する情熱を理解していましたから、彼女はピアニスト、作曲家として存分にその才能を発揮していたのです。ただ、やはりその「壁」は大きく、彼女の曲のすべてが出版されるといった状況には、今でもなってはいないようですね。
実際、今回のアルバムで紹介されている「讃歌『私の魂は安らぎ』」という大規模なカンタータの楽譜は、IMSLPで見ることは出来ません。
それを聴く前に、まずは弟フェリックスの遺作となったオラトリオ「キリスト」を聴いてみましょうか。彼は、1836年には「聖パウロ」、1846年には「エリヤ」という大規模な宗教的なオラトリオを作っていますが、1847年には、新たに、イエス・キリストの生涯を扱った「キリスト(Christus)」の作曲を始めます。しかし彼は、その年には姉のファニーが亡くなったため、そのショックと、持病の悪化で同じ年に亡くなってしまいます。「キリスト」は、完成すればそれまでの2作のように2時間を超える大作になったのでしょうが、残されたのは演奏すれば20分程度の楽譜しかありませんでした。
構想としては、「キリストの誕生」、「キリストの受難」、「キリストの復活」という大規模なものだったようですが、ここで聴けるのは、そのうちの前半の2つからの、ほんの少しの部分しかありません。それでも、楽譜出版社としては、しっかり「3部作」として売り出していたようですね。作品番号も付けられていますし。
ここでは、後半の「受難」の部分で、キリストを十字架に架けるかどうかというピラトと群衆の対話のシーンを聴くことができます。バッハの受難曲ではおなじみのものですが、メンデルスゾーンでは、オーケストラがもっと分厚くなっていて、レチタティーヴォでもサウンド的にはかなりのものを味わえます。そして、それに対する合唱のダイナミックなこと。畳みかけるような「バラバ!」とか「十字架に架けろ!」といった言葉が、恐ろしいほどリアルに迫ってきます。このあたりは、バッハの「ヨハネ受難曲」とよく似ていますね。たぶん、参考にした点は多かったはずです。確かに同じ歌詞の合唱が出てきますからね。そして、その合唱がとてもうまいし、表情も豊かなので、圧倒されます。
これが全曲完成していれば、さぞや素晴らしいものになったのだろうと思ってしまいますね。だからと言って、モーツァルトみたいに「補作」が作られたりしたら、イヤですけどね。
それに続いてのファニーの「私の魂は安らぎ(Meine Seele ist stille)」は、フェリックスとは、かなり作風が異なっていました。一応、スタイルとしては同じなのですが、音楽の様式が後ろ向き、というか、これまでの伝統をきっちり守っているという姿勢が強く感じられました。
たとえば、アリアではコロラトゥーラが多用されていますし、合唱ではフーガが頻繁に登場する、と言ったところでしょうか。この曲は、息子の1歳の誕生日のために作ったのだそうですね。
そして、最後が、フェリックスの「詩編42(鹿が谷川の水を慕い乞うるように)」です。これはかなり有名な曲ですが、2曲目のオーボエのオブリガートがついたソプラノのアリア「Meine Seele durstet nach Gott」は絶品ですね。6曲目の、ソプラノと4人の男声合唱という編成も、なかなか聴きごたえがありました。そこで歌っていた男声は、みんな合唱団のメンバーなんですよね。この合唱団のレベルの高さがうかがえます。

CD Artwork © harmonia mundi musique s.a.s.


8月13日

BORODIN/Polovitsian Dances
BALAKIREV/Symphony No.1
Thomas Beecham/
Beecham Choral Society
Royal Philharmonic Orchestra
WARNER/5021732847096


1879年に生まれ1961年に亡くなったトマス・ビーチャムというイギリスの指揮者は、裕福な資産家の家に生まれた「準男爵」だったので、好きなことは何でもできるというとても恵まれた人生を送ったようですね。なんせ、彼は独学で指揮者となり、お金にものを言わせて、自分が指揮をするために新しいオーケストラをいくつも作ることが出来たのですからね。
もちろん、彼はただのアホなお坊ちゃんではありませんでしたから、その音楽は世界中の人たちの耳を楽しませられるほどのレベルに達していましたよ。
録音も、1927年には、まだ合併して「EMI」になる前のイギリス・コロムビアからレコードを出しています。もちろん、それは78回転盤ですね。
それからは、録音技術の進歩とともに新しいフォーマットへの変化に伴って、モノラルLP、そしてステレオLPまで作っています。ただ、1955年には、EMIではステレオ録音の技術は完成していたのですが、それはテープレコーダーでしか再生できませんでした。ですから、ステレオLPのフォーマットが確定した1958年以前はモノラルで、そして、それ以降は、改めてステレオとして再リリースという形をとっていたものもありました。
そんなレコーディングの環境下での、ビーチャムが1955年から、引退する1959年までの間にEMIに録音した35枚のボックスセットが最近発売されていました。ここでのオーケストラは、彼が1946年に作ったロイヤル・フィルがメインで、フランス物では何枚かフランス国立管弦楽団が演奏しています。録音は全てセッション録音、ロンドンではアビーロードスタジオと、キングスウェイホール、パリではサル・ワグラムという、EMIではおなじみの場所で行われています。それらは順次サブスク化されているようですが、その中で最初期のこのアルバムを聴いてみました。
この、ボロディンの「だったん人の踊り」とバラキレフの「交響曲第1番」というカップリングのLPがリリースされたのは1974年のことだったんですね。
それ以前、1955年に録音されていたバラキレフだけは、それ1曲だけで1957年にはモノラル、そして1959年にステレオでLPがリリースされていました。
ただ、1956年に録音されていたボロディンは、このカップリングが初出のようです。
そんな大昔の録音ですが、それほどマスターテープの劣化も感じられず、なかなかキレの良い音が聴こえてきたのはうれしいことでした。ステレオを強調したような極端な定位もなく、それでいて、それぞれの楽器の音がくっきり聴こえてきますし、ダイナミック・レンジもかなり広く感じられます。「だったん人の踊り」では合唱が入っていますが、それはさすがに結構歪みがありますが、現代のデジタル録音でもっとひどいものがありますから、これはまず気になりません。というか、クレジットで合唱団の名前を見ると、しっかり「ビーチャム」とありますから、合唱団まで作っていたのですね。
バラキレフの方は、そもそも彼の曲を聴くのはこれが初めてでした。交響曲は2曲作っているようですが、そのうちの最初に作られたものです。型通り、4つの楽章で出来ていて、第1楽章では長大な序奏から始まっています。それが、なんだかモーツァルトの「魔笛」のフィナーレに出てくる「2人の鎧を着た男」のオクターブ・ユニゾンのシーンによく似た雰囲気です。その後の展開は、型通りの、ちょっとロシア風のテーマが出てくるソナタ形式のようです。
第2楽章はスケルツォです。こちらも、雰囲気が麺エルスゾーンの「真夏の夜の夢」のスケルツォとよく似ています。ただ、それに続くトリオは、パストラーレ風のメロディアスなものでした。スケルツォの繰り返しの後に長いコーダがあって、最後はフルートのソロがピアニシモで消える、という演出は憎いですね。
第3楽章はいかにもロシア的なものがなしさが歌われます。ちょっと「シェエラザード」の雰囲気もあり、最後はハープのソロで終わります。そしてフィナーレは、それこそ「だったん人」のようなイケイケの音楽です。
ビーチャム指揮のこの曲は1956年にライブ録音された音源も聴けますが、そちらの音のクオリティはこれとは勝負になりません。

Album Artwork © Parlophone Records Limited


8月11日

Will Todd
ALL WILL BE WELL
Will Todd(Pf)
Mark Edwards/
Voices of Hope
Will Todd Ensemble
SIGNUM/SIGCD891


以前こちらでご紹介したイギリスの作曲家、ウィル・トッドの新しいアルバムです。作曲家としてだけでなく、ジャズ・ピアニストなど、多方面で活躍しているトッドですから、様々な機会で多くの団体から作品を委嘱されることも多いのでしょう。このアルバムは、そんな最近の委嘱曲をまとめて、録音したもののようですね。
ここでのメインのアーティストは、「ヴォイセズ・オブ・ホープ」という合唱団です。この合唱団の名前は初めて聞きましたが、イングランドの北東部の都市ニューカッスルを拠点として活躍している、20人ほどの編成の室内混声合唱団です。2011年にスコットランド出身の指揮者サイモン・デイヴィス=フィドラーによって一度限りのチャリティコンサートのために設立されたのですが、その時の演奏が広く知れ渡り、その後も活動を続けることになりました。2016年に受賞したBBCのナショナル・クワイア・オブ・ザ・イヤーを皮切りに、その後も多くの賞を獲得しています。2020年には、イギリス国内の多くのオーケストラで副指揮者を務めてきたマーク・エドワーズが音楽監督に就任し、さらなる活躍の場を広げています。
ここでは、彼らが演奏する合唱曲がメインとなって、プログラムが構成されています。さらに、トッド自身が自作のためにピアノ伴奏を担当しているだけではなく、彼によって編成された室内アンサンブル「ウィル・トッド・アンサンブル」が、もちろん、彼の編曲によって伴奏を演奏しています。
ただ、その録音セッションは、クラシックの団体のように、アンサンブルと合唱団が一緒に演奏して、それをそのまま録音する、という形ではありませんでした。
このように、合唱が録音されている現場では、メンバー全員がヘッドフォンを装着しています。それは、あらかじめ録音されていた楽器のアンサンブルのトラックを聴きながら、それに合わせて歌う、という、ポップスの世界では当たり前の方法で録音されていたのです。
具体的には、2024年の6月には、2カ所のスタジオで楽器のトラックを録音し、合唱は同じ年の9月に、教会で録音されていたのですね。
1曲目は、アルバムタイトルともなっている「All Will Be Well」という曲です。ピアノ伴奏に乗って、とてものびのびとした合唱が広がります。そこに、後半になるとスネアドラムが入ってきて、俄然元気な音楽に変わります。さらに、ストリングスのビートも加わります。なかなか楽しい出だしですね。
次の曲からは、最初からピアノにストリングスが加わって、俄然お上品なサウンドに変わります。どうやら、作曲家のトッドは、それぞれの曲をこのアルバムのために、目いっぱいおしゃれなアレンジを施して、ワンランク上げたものを聴いてほしいと思っていたようですね。ハープまで加わって、ゴージャスなサウンドを醸し出しています。時には、サックスなども入って、そこではジャジーな雰囲気さえも漂うようになっています。
そんな、分厚いサウンドが続いて、ちょっと飽きてきたようなころになって、6曲目の「Take Away My Sorrow」では合唱だけのア・カペラが聴こえてきました。おそらく、この曲を録音している時には、ヘッドフォンなども外して、きっちり他の人の音を聴きながら歌っていたのでしょうね。それは、それまではちょっと合唱が委縮していたような気がしていて感じていたストレスを、完全に吹き払ってくれた、素晴らしい演奏でした。これが彼らの実力だったのですね。
ア・カペラの曲は、12曲目の「This Miracle We Share」でも歌われます。それも素晴らしかったのですが、そのあたりになってくると、録音の不具合さが段々耳についてくるようになってきました。ストリングスの音などは、とても透明性があってクリアに聴こえて来るのですが、合唱のパートの録音が、あまりナチュラルじゃなかったのですよね。なにか、不自然な手が加わっていたようで、それはかなりの歪みが入っていることに気づいてしまったのですよ。クリアな合唱の録音を数多く聴いてきた耳には、これは雑音以外の何物でもありませんでした。エンジニアの驕りでしょうね。トッドは、こんなエンジニアとはとっとと縁を切った方が良いのでは。

CD Artwork © Signum Records Ltd


8月9日

SCHWEIZER
Requiem (23.02.1945 Für Tote Und Lebende)
Felix-Bastian Sprung, Ulrike Götz(Narr)
Christine Brenk(Sop)
Constanze Schweizer(Org)
Rolf Schweizer/
Oratorienchor Pforzheim
Motettenchor Pforzheim
Jugendkantorei Pforzheim
Bachorchester Pforzheim
Südwestdeutschen Bläsersolisten und Schlagzeugensemble
CADENZA/CAD 800 871/2


ロルフ・シュヴァイツァーという、あの「密林の聖者」と呼ばれていて、かつては「偉人」と崇められていた人と同じラストネームをもつ人が作曲家として表記された「レクイエム」の音源がサブスクでリリースされました。その、ファーストネームが「アルベルト」という人は音楽にも造詣が深く、まだレコードが「LP」になる前の、78回転盤の時代に、オルガニストとしてバッハの作品を録音していましたね。
こちらの「ロルフ」さんは、1936年の3月に生まれています。作曲家としてよりは合唱団の指揮者として有名な方だったようですね。ドイツのシュトゥットガルトのそばのプフォルツハイムという街で、その地の合唱団やオーケストラを指揮して作られたアルバムがたくさんあります。それらは、バッハに代表される宗教音楽が、多くを占めているようです。
彼が1995年に作ったのが、この「レクイエム」です。そのタイトルには、「生者と死者のために」というサブタイトルの前に、「1945年2月23日」という日付も書かれています。そして、ジャケットには瓦礫と化した都市の姿を撮った写真が。
そう、このとこの写真を見て、それが何をあらわしているのかすぐに分かる人はたくさんいることでしょう。この年は、第二次世界大戦が終わった年ですね。今年、2025年は、それから80年後にあたる、ということで、日本中で改めて注目されているのは、ご存じのとおりです。そして、この曲にある日付は、このドイツの都市プフォルツハイムが、連合軍のイギリスの爆撃機によって大規模な空襲を受けた日なのです。これによって、街の人口の約4分の1にあたる17,000人以上が死亡し、街の建物の8割以上が破壊されたと言われています。つまり、この「レクイエム」が作られたのは、その年からちょうど50年後だったのですね。当時はプフォルツハイムの名誉市民に任命されていたシュヴァイツァーに、その作曲が委嘱されたのでした。そして、その5年後の2000年にリリースされたのが、このアルバムなのです。
シュヴァイツァー自身の指揮によって録音されたこの曲は、なんとも大規模なものでした。CDで2枚組、演奏時間は1時間半を超えます。そして、オーケストレーションは、彼が普段演奏しているバロックあたりのものとは比べ物にならないほどの大きなスケールですから、金管楽器と打楽器は別の団体から参加しています。さらに、オルガンも加わります。これは、娘さんのコンスタンツェ・シュヴァイツァーが演奏しています。合唱も3つの団体の連合体、そこにソプラノのソロと2人のナレーターが加わります。
一応、普通の「レクイエム」にあるタイトルが付けられた曲はそろっていますが、そこではテキストのごく一部しか使われてはいないようです。ですから、聴こえてくる言葉は、大半がドイツ語によるもの、それが主に2人のナレーターによって語られます。
音楽は、なんとも切迫感と不安感が募るようなオーケストラによって始まります。それは、打楽器を多用したなんともスペクタクルな雰囲気を伴ったものでした。まずは合唱が「Requiem aeterunam」と、普通の「レクイエム」のテキストで歌いだしますが、その楽章のタイトルが「Kyrie」というのが、なんか変ですね。と、ほんの少し不信感が湧いたような気がしたのは、そこから聴こえてきた、なんとも旧態依然とした「現代音楽」風のものに、ちょっと抵抗を感じたからなのかもしれません。全音音階を多用した、まあ「ネオ・クラシカル」風の音楽は、今聴いてみるとなんとも人を排除するような作用が働くのだなあ、という感がとても強くなってしまいます。
確かに、「レクイエム」の形をとって後世に何かを伝えたい、という気持ちだけは痛いほど伝わってくるのですが、そこにこのような音楽を使ったことで、それは逆にシンパシーを失ってしまっているようにしか、感じられませんでした。今は、そういう時代なのです。
なんせ、ブックレットも付いていないので、ドイツ語の意味も断片的にしか分からなかったのも、敗因でしょう。

CD Artwork © Bayer-Records


8月7日

FREE SPIRITS
Edith Van Dyck(Fl)
Richard Shaw(Pf)
ET'CETERA/KTC 1845


エディット・ファン・ダイクという、全く初めて聞いた名前のベルギーのフルーティストのアルバムです。彼女はベルギーやオランダの大学で学んだ後、ロンドン王立音楽アカデミーでも学び、2009年より、アントワープ交響楽団の首席奏者を務めているそうですね。ということは、現在は40歳前後でしょうか。写真を見ると、もうちょっとお年を召しているかな、という感じですけどね。
ソリストとしては、ピアニストであるお母さんと一緒に、2015年にこのET'CETERAレーベルからプロコフィエフやマルティヌーのソナタといった、「定番」のアルバム(KTC1514)をリリースしていました。それはサブスクで聴けるので、プロコフィエフを聴いてみたのですが、まあ、ピアノがちょっと冴えないかな、ということもあって、フルートも凡庸の域を出ないような演奏でしたね。ただ、第1楽章で、ほとんどの人がランパル版に従って1オクターブ高く演奏している15小節目のアウフタクトからの2小節間は、オリジナル通りに吹いていましたけどね。
それから10年後のこのアルバムを聴くと、彼女は全く別の人ではないかと思われるほどの変貌を遂げていました。もう、表現力の幅がとんでもないことになっていたのですよ。
このアルバムで取り上げられている作曲家は全部で8人、もちろん、その中には女性も入っています。そして、彼(彼女)たちの国籍が、イギリス、ドイツ、ハンガリー、アメリカ、そしてロシアと、5ヶ国になっています。ロシアだけ、4人の作曲家が参加していて、他の国は1人ずつです。そして、それらをまとめる共通項としてアルバムタイトルの「自由な精神」が設けられています。それは、これらの作曲家たちが、いずれも「真摯に自らの道を選んだ」人たちなのだ、と、ダイクはブックレットで述べています。それは、特に、いずれも故国から離れて活動の場を求めた4人のロシアの作曲家たちに当てはまる概念です。
というような、ある意味堅苦しいコンセプトは、実際の音楽を聴くときにはいささか邪魔になってくるかもしれません。なにしろ、ここでのダイクの演奏には、その表現力を武器にした、なんとも柔軟性に富んだ、自由奔放な「精神」が宿っていたのですからね。
最初のアーノルド・バックス(イギリス)の「4つの小品」は、もともとはバレエのために作った音楽で、とてもキャッチーな曲が並んでいますが、それらを、ダイクは、もうおもちゃ箱のような次に何が出てくるかわからないという曲に変えていました。
次は、頭でっかちでとっつきにくいと思っていたジークフリート・カルク=エラートの「フルート・ソナタ」が、なんとも小気味よく彼女の手の上で踊りだします。これはとてもショッキング、まるで魔法のように、曲の魅力が間近に迫ってくるのですからね。
そして、この中では最もポピュラーな、バルトークのピアノ曲をポール・アルマがフルートとピアノのために編曲した「ハンガリー農民組曲」も、「あれま」と思えるほどの変わりよう。前半の5曲は結構シンプルで、いつも聴いていて退屈してしまうのですが、ここでのフルートは違います。そんなシンプルさの中に込められている情緒を、持ち前の表現力で最大限に魅力的なものに仕上げてしまっています。もちろん、後半の「古い舞曲」も目のすくような鮮やかなテクニックで吹き切っています。
アメリカのローウェル・リーバーマンのフルート協奏曲は聴いたことがありますが、フルート・ソナタはこれが初めて、これは第1楽章で楽想が変わるところがありますが、この演奏ではその変わりようがものすごい落差になっています。
そして、ロシア勢の4人。ソフィア・グバイドゥーリナだけ2曲で、あとのヴラディスラフ・アレクセイエヴィチ・シュート、エディソン・デニソフ、エレーナ・フィルソヴァは1曲ずつです。いずれも小曲ですが、それぞれに個性的なところを、ダイクは思いっきり強調してくれています。最後のフィルソヴァの作品「Twilight Bells」では、その「Bells」を表すピアノのパルスに乗って、フルートは最後の超ピアニシモに向けて、祈りを奏でていました。

CD Artwork © Quintessence BVBA


8月5日

SACRED TREASURES OF ROME
Charles Cole/
The Schola Cantorum of the London Oratory School
HYPERION/7128435


1849年に設立されたロンドン・オラトリオ(正式名称:ロンドン聖フィリップ・ネリ・オラトリオ修道会)には、ロンドン・オラトリオ・スクールという教育機関があります。ここでは、普通の公立校のカリキュラムの他に、合唱の教育を受けるコースもあります。そこに1996年に作られた聖歌隊が、ロンドン・オラトリオ・スクール・スコラ・カントルムです。メンバーは、7歳から18歳までの少年たちです。ただ、2022年からは、奨学金制度が導入されて、大学での学業と並行して、この聖歌隊で歌い続けることも出来るようになったのだそうです。今回の録音に参加しているメンバーは全部で50人ほど、その中の半数がトレブルパートです。そして、全メンバーの平均年齢は14歳なのだそうです。
彼らは、イギリス国内だけでなく、世界各地での礼拝やコンサートに出演しています。最近では、モンテヴェルディの「ヴェスプロ」、バッハの「ロ短調ミサ」、「ヨハネ受難曲」、「マタイ受難曲」といった大曲も演奏しているようですね。
現在の指揮者は、2012年からこの合唱団の指揮者を務めているチャールズ・コールです。グレーの服が好きなのでしょう(それは「チャーコール」)。彼の音楽家としてのキャリアは、ウェストミンスター大聖堂の聖歌隊として歌った時から始まっています。その後、オクスフォード大学に進みますが、卒業後はウェストミンスター大聖堂に戻って、オルガニストとして、聖歌隊の指導を行っていました。
彼らは、録音も、複数のレーベルで行っています。このHYPERIONレーベルでは、「SACRED TREASURES(聖なる宝物)」というシリーズのアルバムを、これまでに「クリスマス」、「スペイン」、「ヴェニス」と作ってきており、今回は「ローマ」となっています。ローマ近郊のパレストリーナに生まれた、ルネサンスの巨人ジョヴァンニ・ピエルルイージ・ダ・パレストリーナ、いわゆる「パレストリーナ」が生まれたのが1525年ごろ(正確な生年は分からないのだとか)ということで、今年は「生誕500年」にあたっていますから、その「パレストリーナ」の作品を中心に作られたのが、このアルバムということになります。
それにしても「500年」、つまり「5世紀」も前の音楽が今でも聴くことができるなんて、すごいことだとは思いませんか? ただ、もちろんその頃の楽譜を使って、その音楽を再現しているのですが、それは今の楽譜とはかなり異なっていたようですね。
たとえば、この楽譜は、この中でも歌われている「バビロンの流れのほとりで(Super flumina Babylonis)」という有名な曲のものですが、ここでは五線の中には小節線が書かれていませんね。
そもそも、別の曲ですが、元の写筆稿はこんなのでしたし。
もちろん、今回の聖歌隊は、現代の楽譜にきっちり書き直されたものを見ながら歌っているのでしょうね。
その声を聴いてみると、トレブルパートはとてもまとまっていて、ありがちな拙い歌い方なども聴こえては来ない、ハイレベルの演奏でした。かなりの大人数ですが、それがもっとコンパクトに聴こえて来るのは、しっかり訓練が行き届いているからなのでしょう。
そして、テノールパートが秀逸でした。これも、聖歌隊にはありがちな、変に大人の声になっているのではなく、まだまだ「少年」という感じが抜けていない無垢なところがあって、それがトレブルと見事に融合しているのですね。さらに、時折、とても澄んだ高音が聴こえてくることがあります。それはとても見事なアクセントとして、的確なサウンドとなっていました。
ただ、ベースのパートは、やはり現代の合唱団としては物足りなく感じてしまうでしょうね。ただ、そんな、ある意味ひ弱な声も、ポリフォニーの中ではとても好ましいものに感じられます。
最後のトラック、パレストリーナの「汝はペテロなり(Tu es Petrus)」という6声の曲では、最初に高い3つの声部が出てきて、その後、下の3つの声部がそれを模倣するという形をとっているのですが、その雰囲気が、その300年後に作られたブルックナーの「アヴェ・マリア」という、7声のモテットと酷似していることに気づいて、愕然としているところです。

CD Artwork © Hyperion Records Ltd


8月3日

SAVAŞKAN
Music for solo flute & electronics
Noemi Győry(Fl)
MÉTIER/MEX 77137


ノエーミ・ジェーリという、1983年にハンガリーで生まれたフルーティストが、シナン・カーター・サヴァシュカンという、1954年にトルコに生まれ、現在ではイギリスに帰化してロンドンを中心に活躍している現代作曲家のフルートとエレクトロニクスの作品を録音しました。
これまでにここでシューベルトドップラーという割と有名な曲の2枚のアルバムを紹介しているフルーティストのジェーリですが、現代曲も演奏するんですね。彼女は、まずはハンガリーのリスト音楽院で学んだ後、オーストリア、ドイツ、フィンランド、そしてイギリスで勉強を続けます。その間に師事したフルーティストは、アドリアン、ニコレ、アルトー、マイゼン、ベネット、アランコといった、フルートが好きな人ならだれでも知っている有名人の名前が網羅されています。そして、最終学歴はロンドン王立音楽院の博士課程修了というのですから、すごいですね。ちゃんと博士論文も書いていますし、卒業証書もしっかり保存してあるのでしょうね。
彼女は、ヨーロッパ中でソリストとして活躍していて、多くの有名なオーケストラとの共演も行っています。さらに、BBCフィルとかウィーン国立歌劇場管弦楽団には、客演首席奏者(エキストラ)として招かれたこともあります。そして、これまでに、いくつかtのオーケストラの首席フルート奏者も歴任しています。
サヴァシュカンという、お魚は嫌いそうな名前の作曲家(それは「鯖、好かん」)は、「pitch-time structuring method」という作曲技法を自ら開発して、作曲を行っているのだそうですが、それがどんなものなのかは、説明を読んでもよく分かりません。ブックレットには、方眼紙に様々な円や五線紙が書いてある「スケッチ」が紹介されていますが、こういうことをやっているのでしょうね。
さらに、彼は、エレクトロニクスによる作曲も行っていて、このアルバムの中でも、フルートのバックにそのエレクトロニクスによるトラックが流れているものがあります。ここでは、彼は基本的に実際にフルートの音、それは、普通に吹いたものだけではなく、あらゆる現代奏法によるノイズ、たとえばキーを叩く音とか、息を吹き込むだけで、音は出さない時に出る息音などを素材にして、そこに様々な変調を加えて一つのトラックに仕上げたりしています。その際には、もう一人の技術者の協力で、より音楽的なものを作っています。
ですから、アルバムの冒頭でまず聴こえて来るのは、彼女が息を吹き込んだ、かなりインパクトのある爆発音です。バックには、ドローンのように、静かなノイズが延々と続いています。そこに「生」フルートの演奏が加わってくるのですが、その音が、電子音のエッジの効いた音と拮抗するような録音になっているので、生の音ではなく、なんというか、とても「機械的」な音として迫ってきます。おそらく、これはこのアルバムにおけるサウンド・デザインの一環としてのフルート、という位置づけなのでしょうね。ですから、普通のコンサートでは絶対に聴けないような、がっちりとした音となっています。
それは、エレクトロニクスが入らない、フルートのソロのトラックでも採られている録音のスタイルですから、その強靭な音には圧倒されますね。
確か、武満徹の初期の代表作の「Voice」でも、きっちりとPAが用意されていて、決して「生音」は聴かせないようなところで演奏されるフルート・ソロの曲がありましたね。もしかしたら、その思想を、サヴァシュカンはこのアルバムで用いていたのかもしれない、などという、根拠のない憶測まで、沸いてきます。
というか、この「Voice」は、まさにアヴァン・ギャルドの、特殊奏法のオンパレードだったのですが、サヴァシュカンの音楽からは、まさにその武満の、もう少し先になると使われる音の跳躍とか、もっと言えば「メロディ」までが、はっきりと聴こえて来るのですよ。
他の作品でも、そちらは武満ではなく、ヴァレーズの「Density 21.5」に酷似した部分が有ったりしますから、サヴァシュカンの頭の中には、この時代の音楽が原体験として残っているのかもしれませんね。

CD Arteork © Divine Art Ltd


8月1日

RUTTER
Magnificat, Bruder Heinrichs Weihnachten
Carmen Fuggiss(Sop)
Arndt Schmöle(Narr)
Jörg Breiding/
Knabenchor Hannover
Nürnberger Symphoniker
RONDEAU/ROP7004


2006年に録音され、翌年リリースされたジョン・ラッターの作品を2曲収録したアルバムですが、今頃になってサブスクからリリースされました。以前、そのCDは購入していたのですが、「マニフィカト」はともかく、そのカップリングだった「修道士ハインリヒのクリスマス」という曲が、ほぼドイツ語のナレーションだけというものなのに、ブックレットにはそのテキストの英訳などは掲載されておらず、なんか絵本のようなものだけがあっていまいち正体不明だったので、それを紹介するのはスルーしていました。
それが、最近ではサブスクで、その初録音のアルバムのブックレットも読めるようになり、初めてその全容が分かったので、改めて聴きなおしてみました。「ハインリヒ」が作られたのは1982年、初録音は1985年でした。
そもそも、今回のアルバムのブックレットの装丁が、ちょっとトリッキーでした。
このように、「マニフィカト」は普通に印刷されているのですが、「ハインリヒ」の方は、後ろから、ブックレットを180度ひっくり返して読むようになっていたのです。そして、そこにあったこの曲に関する情報は、10枚のイラストだけでした。オリジナルはもちろん英語で書かれた、ラッター自身によるその物語は、初録音盤ではあのキングズ・シンガーズの初代ベースのブライアン・ケイが朗読していましたね。それが、ここではドイツ語に直されたものが読まれています。そして、90パーセントはその朗読だけで、合唱はほんの少ししか入っていません。
そのカール=ハインツ・ブレヒャイスという人が書いた「絵本」とともに、初録音盤のブックレットでやっと分かったそのあらすじをご紹介しましょう。
修道士のハインリヒは、修道院の庭に生えているブドウを採ってワインを作るのが仕事、その時に石臼でブドウをつぶし、搾るのは、友達のロバ、ジギスムントでした。
ハインリヒは、いろんな楽器が弾けますし、歌もうまいので、修道院の合唱団の指揮者を務めています。その時にはジギスムントも一緒に歌います。でも、彼は2つの音しか歌えません。
ある日、ハインリヒは修道院長から呼び出され、クリスマスに大司教がこの修道院にやってくるので、その時にクリスマスキャロルを聴かせるように命じます。
そこで、合唱団のメンバーと何を歌うのか相談するのと、みんなからはハインリヒがそのために新しい歌を作るべきだ、と言われますので、彼は作曲を始めますが、なかなか良いメロディが浮かびません。修道院長からはジギスムントが歌うことも禁じられて、もはや曲を作るのもあきらめようと思いました。
そんな、悶々とした気持ちで、夜中にジギスムントと庭を歩いていると、星空から天使の歌声が聴こえてきました。
早速部屋に戻ってハインリヒは今聴いた歌のメロディを楽譜に書き留めました。ところが、最後の部分の音がどういうのだったか、思い出せません。そこで、ジギスムントに聞いてみると、彼は、自分が歌える2つの音で、それを伝えてくれたのです。
これで、曲は完成しました。早速、大司教の前でお披露目です。
大司教は、大いに喜んでくれました。会食も終わって、厩舎へジギスムントを送っていくときに、ハインリヒは、今日のことを語り合いました。今夜は、幸せな夜になることでしょう。

というお話でした。ですから、合唱は空から聴こえて来た天使の声と、完成したキャロルだけです。小さなアンサンブルで、BGMも流れますが、その中でファゴットがジギスムントの「声」を表現していましたね。
「マニフィカト」は、1990年に作られています。そのテキストは、バッハの曲で有名ですが、それは「ルカによる福音書」から取られていて、多くの作曲家によって音楽が作られていますね。ラッターは、それが聖母マリアがキリストを産むことを知った時の賛美、喜び、そして神への信頼を詩的に表現したものだということから、中南米音楽のテイストをここに盛り込んだようです。最初に出てきて、最後にも繰り返されるモティーフは、バーンスタインが作った「ウェストサイド・ストーリー」の中のプエルト・リコ風の曲「アメリカ」を思わせる軽快さです。

CD Artwork © Rondeau Production


おとといのおやぢに会える、か。



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