![]() ※ここまでのあらすじ
この作品はシビアな内容を含んでいます。危険な事、法律に触れる事は、絶対に真似しないでください。
表 紙 第1章 絵を描く少女 第2章 壊れた家 第3章 裏切り 第4章 嘘の記憶 第5章 衝 動 第6章 雪の舞い降るあの坂を 第7章 哀しい再会 最終章 小さな天使が眠るとき =-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-= †第4章 嘘の記憶 =-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-= --------- 13 --------- 夜が白々と明ける頃、私は朝靄に濡れた線路沿いの道を歩いていた。 もうろうとした意識の中で、線路の両サイドに等間隔で幾つも並ぶ鉄柱とそこから延びるワイヤーがなぜかギロチンに見えてくる。 ここを通る電車は、目的地に着くまでにあれを幾つくぐり抜けるのだろうかと、そんな無意味なことを繰り返し繰り返し考える。 ふと気が付くと、私の足は自分の家でも踏切でもなく、なぜかあの丘へと向かっていた。 そして、丘の上のあの空き地に着くと、疲れ果てた私は例の土管の中へ入り込み、そこで死んだように眠ってしまう。 それから、何時間くらい経っただろうか。私は寒さで目を覚ます。 土管のシートをめくると、夜の線路に飛び込み、ここで目を覚ました時と同じ真っ赤な夕日が見えた。 どうせならいっそのこと、このまま凍死しちゃえば良かったのにと私は思った。 溜息をつきながら土管から出ると、サーシャはいつもの場所にいて、いつものように絵を描いていた。 私もいつも通り古びたブランコに座った。 昨夜のことで精神が酷くかき乱されていたけれど、この子には何も悟られないようにと、何とか平静を装った。 「そういえば最近、あのブチ猫見かけないね。今日もいないみたいだし」 そう話しかけると、彼女は立ち上がり悲しそうな目をして呟いた。 「死んじゃった。クルマに轢かれて死んじゃった」 「え?」 私はその突然の言葉に驚く。 すると彼女は珍しく私の手を取り、落書きだらけのあの壊れた壁の裏へと引っ張っていった。 そこには、ボロボロに使い古された雑巾のような子猫の亡骸があって、その痩せこけたお腹にはハンバーガーが抱かせてあった。 「こ、このハンバーガーって、まさか……」 声が上擦る。 私があげたヤツじゃないよね、という期待を裏切り、彼女は頷く。 そして、ポツリと呟いた。 「天国ではお腹空かせないように……」 瞳を伏せて淋しい微笑みを浮かべる彼女。 そんな彼女を私は次の瞬間、思いっきり突き飛ばしていた。 「あんたバカじゃないの! そんなことしたって何にもならないのよ! あのみすぼらしい猫はきっと生まれてからずっとご飯もお腹一杯に食べられずに、ボロボロになって意味なく死んだんだよ! 天国なんて行けっこないだろ!!」 自分の中にあった全ての苦しみや悲しみが爆発したかのように、感情が全く制御できない。 私は冷たい地面に倒れ込んだサーシャを見下ろし、激しい感情をそのまま叩きつけた。 「あんたの言う、そのお姉ちゃんとやらの家族だってみんな死んだんだよ! 助けようとして死んだんだか何だか知らないけど、もう一度みんなになんか会えるわけないだろ。どうやったら死んだ人間と本当に会えるんだよ。具体的に言ってみなさいよっ」 顔を上げた彼女のホッペタは地面に擦れ血が滲んでいた。 「ざけんな、バカっ! 毎日、毎日、童謡が流れ出すと楽しそうに家へ帰って行くくせに。この偽善者が!!」 私はそう大声で怒鳴りながら、彼女の使っていた白のチョークを踏みつけた。 チョークは粉々になった。 それでも私の感情は収まらなかった。 そんな私をまたしても逆なでするように、彼女はひざをついて欠けて崩れた短いチョークを一つ一つ拾おうとしている。 でも寒さで手がかじかんでいるのか、上手く拾えない。 拾い損ねて落としても、何回も何回も一生懸命に拾おうとする。 そして、爪ほどの細かい欠片まで大切そうに箱にしまっていく。 「可哀想な人のために絵描いてやって、さぞかし気分がいいでしょうね。でも、実際は自分自身は幸せで、善人ぶってるだけの自己中人間のくせに。違うなら反論してみなよ。言えよ、言えってば。言えっ! 何だやっぱ言えないじゃんか」 立ち上がろうとする彼女をもう一度突き飛ばした。 私はもう止まらない。 ブラウスの左腕をまくり、彼女の目の前に突き出した。 「ほら、この手首、拝ませてやるから! 見なさいよ。中学の頃から積み重ねてきた手首を傷痕。あいつらがいけないんだ。みんなあいつらが悪い。父親は会社をリストラされた途端にふぬけになって、母親の頭の中はお金お金っていつもお金のことで一杯で、兄貴に至っては行動が意味不明でさっさと雲隠れだってさ。みんな家をほっぽらかして。私なんか元々この世にいなかったみたいに無視されて省かれて! バカやろうっ! これはケガなんかじゃないんだよ、自分でやったんだよ、あいつらのせいでね!! あんたにこの意味わかんの!?」 取り乱した私にサーシャは何も言わなかった。 ただ、おずおずと近づいてきて私の腕に静かに顔を寄せ、その傷痕をそっとなめた。 それは動物が傷ついた仲間にするように、とても優しく。 「やめろっ、なっ、何すんだよ! わざとらしいことするんじゃねーよっ!!」 もう何が何だかわからなくなった。 私はこんな家族の忌々しい絵なんか踏み消してやると足を上げた。 だけど、なぜか足を振り下ろせない。 いくら踏み消そう踏み消そうとしても、どうしてもできなかった。 そして私にはもう、チョークを踏み潰すことすらもできなかった。 高架線だけが唸りを上げていた。 まだ傷をなめようとしている彼女をやっとの思いで振りほどき、私は声を荒げた。 「もうイヤッッ! みんな死んじゃえっ! 消えて無くなれ!!」 それから私は、わめき散らしながら丘の空き地を後にし、坂を駆け下りた。 --------- 14 --------- その後しばらくは、ろくに記憶がない。 スマホの電源も家の電話も全て切ったまま、毎日ほとんど食事も取らず市販薬ばかり飲んで、締め切った2階の部屋でうずくまっていた。 そんな状況が続いたある日の朝方、私は浅い眠りの中で牡丹雪の降る夢を見た。 牡丹雪がこんこんと降り積もり、全てを包み込む。 雪は世の中の全てのものを、そして私を真っ白にして消し去っていく。 それは寂しかったけど、今の私には心地よく感じられた。 その日も午後まで部屋のベッドの上でぼんやりしていた。 陽が西に傾いてきた頃、ベッド横の立て付けの悪いサッシの窓を少しだけ開けてみた。 西日と冷たい空気が頬に触れる。 しばらくそうしていると、少しずつ踏切に飛び込んで失敗したあの日の感覚が戻ってきた。 いつでも爆弾データをネットにぶちまけられる状態のスマホも手元にある。 もう少しで逝ける。 私は再び、死と向かい合おうとベッドから起きあがると、ふいに人の声がして窓の外に目が行く。 そこには、いつもの『聞いたかババア』2人の姿が見えた。 今なら……。 今、あの主婦達の酷いうわさ話を聞けばきっと一気にやれる。 私は窓にもたれかかりながら、話に耳をそばだてた。 とりとめもない近所のうわさ話を追っていると「サーシャ」という言葉が耳に入ってきてビクリとさせられた。 ヤツらの話題は途中からあの子のものになった。 まだしつこくあの子の話をしていたのか。 「あのサーシャとかいう子のこと、私ちょっと暇があったからもう一度詳しく調べてみたのよ」 「あら」 「そしたらね、ビックリすることがわかったの。まずね、その子は出生届も出されていないらしくて、名前も無いらしいのよ。社会的にはこの世に存在していないことになっている子だったのね。それと、駅から少し離れたところにあったその子の家もね、その後、火事で燃えてしまっていたわ。しかもね、その原因がその子の家族だっていうじゃないの。彼女に灯油をかけて生きたまま焼き殺そうとして失敗、逆にその子以外みんな焼け死んでしまったらしいってもっぱらの噂よ」 「んまぁ、何て恐ろしい!」 「ええ、信じられないわ、本当に酷いお話。でも、日頃からみんなでそんなちっちゃな子を虐待していたらしいから、きっと罰が当たったのね。当の本人は自分が殺されそうになったという事実を飲み込めないで、誰に吹き込まれたのか、描いたものが現実になると信じてずっとどこかで絵を描き続けているらしいのよ」 「やだわ、お可哀想ね。きっと頭がおかしくなってしまったのね」 「そりゃあ、そうよねぇ。それにしても、そんな身寄りもない子供がいるのに福祉の職員は何で放置したままなのかしら」 「そういうの子供のホームレスっていうらしいわよ。ゴミでもあさって食べてるのかしら」 「今時のこの日本で、実際にそんなことってあるのかしら。あり得ないわよねぇ」 え……何!? ウソ、違う……。 サーシャのことなんかじゃない。 きっと人違いだ。 そうじゃなければ、これはドロドロな内容の昼ドラか何かの話だ。 そう否定しても否定しても、首を傾けて静かに微笑むサーシャの顔が目に浮かぶ。 街路樹がザワザワと揺れた。 鼓動がどんどん高鳴っていく。 主婦達の話題はそのままブランド品のことへと移っていった。 「何だよそれ!!」 私は我慢ができなくなり、窓を大きく開け放つとその主婦達に向かって叫んだ。 一人の主婦がビックリした顔をしてこちらを見上げる。 「あらあの子、家族バラバラになってしまっている家の子よ」 もう一人の主婦がコソコソと言った。 「さっきの話、どういうことだよ!」 私は大声でまくし立てた。 「バッグのことかしら」 すでにブランドのバッグの話に移っていたヤツらには、何のことを聞かれているのかわらないようだった。 「サーシャのことだよ!」 「あら、そのお話しねぇ。本当にお可哀想、世の中どうなっているのかしら。教育上よくないわよねぇ」 「いい加減なこと言うな、このクソババア!」 「まぁ、何てこと言うの!」 私はずっと切っていたスマホの電源を再び入れ、ネットにアクセスして火事や事件のニュースを必死に調べまくった。 だけど、もうすでに私にはわかっていたんだ。 認めたくはないけれど、あの主婦達の情報は恐ろしく正確で、それらのほとんどが噂とは名ばかりの事実だということを。 調べていたスマホの検索情報もやはりそれを裏付けるものだった。 以前、地元で確かに灯油がまかれて家が全焼した火事があったことも、家族が3人死んだことも書かれていた。 ただサーシャのことだけは、その存在自体が元々無かったかのように一切触れられていなかった。 主婦達の話と全て符合する。 私は台所まで走って行って水をガブ飲みし、顔を洗い、薬でぼけた頭をシャキッとさせる。 それからマフラーとコートをつかんで階段を駈け下り、そして灰色の重い雲が夕焼けをかき消すように立ちこめ始めた街へと飛び出した。 --------- 15 --------- ネットでも確認済みの主婦達の話。 それは、あの子に現実を思い知らせるにはこれ以上ない材料。 そして、死にそびれていた私のストレスを一気に吹き飛ばしてくれるだけのものだった。 だけど今、私が全速力で走っているのはあの子をやり込めるためじゃなかった。 あの子の身なり……。 今思い返してみると、ちゃんとした家の子供の服にしてはいつも同じで、心なしか薄汚れて毛玉も多く袖口もすり切れていた気がする。 でも私は、そんなの外で絵を描く専用の服だからだろうくらいにしか考えていなかった。 それから、あの子が言っていた『おねえちゃん』という言葉……。 あれはたぶん、あの子の知り合いのお姉さんでも何でもなくて、『僕』とか『私』と同じように子供がよく使う単なる『自分自身の呼び名』だったんだろう。 きっとあの子は、親に名前も付けてもらえなかったから、自分のことをそう決めて呼んでいたんだ。例えば、独り言や動物なんかに語りかける時なんかに。 その上、あの子の家族はみんな火事で死んでしまっていたんじゃないか! しかも、彼らはあの子のことをかばって死んだんじゃない。 生きたままあの子に火をつけようとして、上手くいかずに死んだ。 じゃあ、あの子はそんな仕打ちをした悪魔みたいな連中と、また一緒に暮らせることを願って絵を描き続けてきたっていうの? 微笑みにも似た静かな眼差しを冷たい地面に注ぎながら。 どんなに寒くても、誰かに何かされても、何度消されても消されても、また健気に描き続けて。 毎日毎日、休みなくずっとずっと。 そしてあの時、中学生達が近づけたタバコの燃えさしに怯えたあの子の表情……。 彼らが服の下で見たもの……。 絵が信じられないほど下手クソで、私の踏みつぶしたチョークもなかなか拾えなかった理由……。 ねぇ、それってもしかしてみんな火事のせい? その時に酷い火傷を負って、手も不自由になったの? それに、あんたは毎日毎日、夕方の童謡に合わせてどこへ帰っていっていたのよ? 家なんか燃えちゃって無いのに……。 ずっとずっとお腹だって空かしてたんじゃないの? あの時も、あんな薄いハンバーガー1個っきり大切そうに胸に抱えて。 それも自分では食べないで、死んだ猫にあげるなんて……。 全く、何なのよ!! あぁ、私の目はなんて節穴なんだ。 思考力も想像力も全然ないから、何もかも上っ面でしか見られないし、誤ったことを勝手に思い込んで最後には大間違いをしてしまうんだ。 私はなんてバカなんだ! 本当に本当に最悪の大バカだ!! --------- 16 --------- 私はいつものファーストフード店に飛び込んだ。 自動ドアが開く時間すらも待ち切れなかった。 「いらっしゃいませー」 「これで買えるだけハンバーガー頂戴!」 お財布からありったけのお金を出してカウンターにぶちまけた。 「あ、ハイ。あの、少々お時間かかりますがよろしいですか」 店員は一瞬驚いていたが、その後はマニュアル通りのお決まりの文言を並べた。 ニコやかなその作り笑顔が恨めしい。 いたたまれない気持ちをグッとこらえ、ウインドウ近くのカウンターに座る。 気がつけば12月も半ば。 もうすぐクリスマス。 街はその飾り付けにキラキラと輝いていた。 楽しげに語らう親子連れ。 「冷えるわねー。今夜はお母さんの温かい手作りシチューだからね」 「やったー」 そんなテレビコマーシャルみたいな会話が目の前の道を通り過ぎていく。 だけど、今そんなことはどうでもよかった。 とにかく一刻も早くこれをあの子に届けてやりたい。 不器用な私にはそれしかなかった。 「お待ちのお客様〜」 店員がハンバーガーの包みを手渡す。 私はそれを受け取ると、温かさが少しでも損なわれないよう上着の中に仕舞い込む。 そして強く歯を食いしばって再び走り出した。 「カンカン、カンカン、カンカン……」 遠目に見えてきた踏切はやはり行く手を阻んでいる。 私は駐輪場の自転車やバイクを間を縫い、地下道を通り抜け、丘へと続く坂道を上った。 丘でサーシャに会ったら、取りあえずまず『これあげるわよ』と紙袋を渡して、温かいハンバーガーをたくさん食べさせるつもりだった。 だけど、まだ夕方4時前だというのに丘の空き地に彼女はいなかった。 いつも彼女がセーターでひざを覆いしゃがんでいた場所には、彼女の姿もチョークの箱もなかった。 ただ絵だけが残されていた。 絵は完成していた。 雨にも流されず、誰にも荒らされてはいなかった。 ところどころ薄氷の張るひび割れたコンクリートには、あの子の思い描く家族がいた。 お父さん、お母さん、お兄さん、そして大きな犬とあの子自身が描かれている。 半端なく下手クソだけど、とっても温かくて幸せそうな家族の絵。 「サーシャー!!」 私は精一杯大きな声を出してあの子を呼んでみた。 しかし、いくら呼んでも返ってくるのは高架線が風で唸る音だけ。 それでも必死に呼び続けていると、突然スマホの通話着信音が大音量で鳴った。 「サーシャ! ねえ、あんた今どこ? ちょっと、返事しなさいよっ」 私は通話に出るなりそう口走っていた。 でも大体、彼女は私の電話番号なんて知っているはずがなかった。 私は冷静さを失っていた。 「ちよっとお、へんじぃ、しなさいよぉ。ん〜」 返ってきたその声に私はゾッとした。 電話はあの例の男からだった。 「ん〜、やっと出てくれたね、ミサキちゃん。覚えているよね、あの時の」 「切るわよ」 「おおっと、お待ちなさいよ。何か捜し物をしているんじゃないですか? 確かサーシャってのはあの痩せっぽちの子供のことですよねぇ」 男は言った。 何でサーシャのことをコイツが知ってるの!? あぁ、そうか。エリが……。 「今頃、お便所の床にでも絵を描いてるんじゃないですかねぇ。あ、でももうすでにあの世で描いてるかも、ん〜」 「じょ、冗談は、あ、あんたのそのうざい口癖だけで充分、よ」 受け入れてしまえば現実になってしまいそうで、私はいつも通りに歯切れ良くタンカを切ったつもりだった。 けれど口が回らない。 鼓動が極限に達している。 私にはもう何も怖いモノなんてないと思っていたのに……。 「あの子を、どこに、やったの?」 「だから言ったでしょ、あなたの大切なモノを奪ってやるって。まぁ、たっぷり丘の上でかくれんぼでも堪能してくださいよ」 心臓だけでなく全身がバクバクしてくる。 まだ何かほざく男を無視して通話を切り、二度とかかってこないように電源も落とした。 ファーストフードの紙袋を放り投げ、私は駈け出す。 「サーシャ、サーシャ! いたら返事して!!」 私はサーシャを探した。 空き地の周り、坂の途中、崖。 土管も覗き、壊れたレンガの壁にも駈け寄る。 壁の裏にはすでに子猫の亡骸はなく、土が盛られ小石をきれいに並べたお墓が作ってあった。 そしてその上には、白いモノが置かれていた。 それはハンバーガーの包み紙で作った花の折り紙だった。 あんた、絵だけ残してどこ行っちゃったのよ。 せっかくハンバーガー買ってきてやったのに、冷めちゃったじゃん。 泥を跳ね上げ、もう一度思いつく場所を死にものぐるいになって探した。 あの森の中にある廃棄物処理場らしきところへも行ってみた。 けれど、その建物の周り人気はなく静まりかえって、トラックはおろか煙突の煙すら出ていなかった。 主婦達の話も今の電話もみんな悪い冗談で、サーシャは今頃、優しい家族に囲まれた暖かいリビングにいると思いたかった。 でも胸を締め付けるこの嫌な感じ。 寒さからなのか不安からなのか、もう何が何だかわからないような激しい震えがする。 「どこにいるのよ。天然記念物に格上げしてやるんだから、早く出てきなさいってば」 そう言って、私は再び戻ってきた絵の前で頭を抱えしゃがみ込む。 夕方の童謡が鳴り響き、細長い街灯に明かりが灯る。 でも諦める訳にはいかなかった。 今、私が探すのを止めたらあの子を探してくれる人間は誰もいない。 あの子には私しかいないんだ。 「お願いだから出てきてよ」 私は天を仰いだ。 空からは、銀色の雪が落ちてきていた。
つづく
表 紙 第1章 絵を描く少女 第2章 壊れた家 第3章 裏切り 第4章 嘘の記憶 第5章 衝 動 第6章 雪の舞い降るあの坂を 第7章 哀しい再会 最終章 小さな天使が眠るとき ♪イメージソング ♪ボイスドラマ ♪少女の涙の叫び ※音注意 ♪ラララハミング ※音注意 ![]()
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