第5話 セピア色に染まるネガ

あぐおさん:作





第3東京市はクリスマスムード一色に染まり、2学期の期末試験を終えた生徒たちの心は冬休みに奪われており、その雰囲気はどこかソワソワしている。

それは例の二人も同じだった。

「アスカはクリスマスとかどうするの?」

「そうね、その日はパパが日本に来る日だから、クリスマスからパパが帰るお正月まで家族で過ごすのが定番ね。なに?なにかあるの?」

デートの誘いかと期待するアスカ。シンジはイスカリオテのライブチケットを目の前に出した。

「いや、僕はバンドでその日ライブやるから、よかったらどうかなって思って」

「アンタ本当にバンドマンになったわね・・・暇ができたら行くけど、あまり期待しないでね。家族みんなが揃う貴重な日だから」

「うん、わかってるさ」

もしこれがデートの誘いならOKの即答をしたのだが、ライブなら正直悩むところではある。ただでさえシンジの人気は鰻登りなのだ。彼が恋人ならば黄色い声援を聞いても優越感に浸れるのだが、相変わらず友達以上恋人未満の二人だ。先のことはいつも白紙である。下手に不安な気持ちになるよりも、父親が日本にいるときくらいは心を落ち着けたいとアスカは思うのだった。

シンジはというと、アスカが家族を人一倍大事にしているのは理解していたのでダメ元での誘いだった。それでも来てくれることを期待していたところはあるのでガッカリしたところはある。

「アタシが行けなくてもヒカリと鈴原、相田の3人は来るでしょ?」

「トウジとヒッキーはデート代わりに来てくれるみたいだけど、ケンスケは用事があるってさ」

「・・・どうせ電車の写真を撮りにいくんじゃないの?」

「うーん、どうなんだろうね?そうとは言ってなかったけど」

シンジはこの時、ケンスケを誘った時のことを思い出していた。いつもなら軽い感じでOKしたり、断ったりしたはずだが、このときのケンスケはどこか違っているように感じられた。

(今度トウジにでも聞いてみようかな?)



「せや、言うの忘れてたけど、イスカリオテのライブ。ケンスケの奴も誘っておいてや。ネタにはちょうどええで」

後日、シンジはトウジにそう言われた。シンジはその言い方に首を傾げる。

「もう誘ったよ。でも、用事があるって断られたよ」

「え?そうなんや。ワシはてっきり話がいっておらんとばかり思ってたわ」

あの時、ケンスケの様子がどこかおかしかったのは何かしら理由があるのはなんとなくわかった。それがライブとどう繋がりがあるのかはまるでわからないが。

「トウジ、ケンスケを誘ったとき、どうもいつもと様子が違う気がしたけど、何かあったの?」

「何かあったっちゅーよりあるんや。年に何回かケンスケは大事な用事があることは確かや。せやな・・・シンジならええやろ。放課後ちと付き合えや。話してやるさかいに」



放課後、シンジはトウジに話を聞くために一緒に帰ったのだが。

「・・・なんで僕の部屋なの?」

「ええやないかい。長い話になるで」

ジュースとお菓子を買い込んでシンジの部屋に来た。来たのはトウジだけではない。

「Hな本とかDVDが置きっぱなしにされたら嫌だったけど、綺麗に整頓されているのね」

「ヒカリ〜置きっぱなしどころか一冊もないのよ。PCの中も何もないし」

「・・・アスカとヒッキーは僕にどういうキャラを求めているの?」

トウジだけでなく、アスカとヒカリも来ていた。単純に帰りが同じだったからのだが。

4人はお菓子やらジュースやらが並べられたちゃぶ台を囲むように座る。

「ヒカリ、ケンスケの話をシンジ達にしようと思う。構わないよな?」

「そうね、いいんじゃない?」

トウジはヒカリに念のため同意をもらってから話を始める。

「一言で言うとは、ケンスケは熱烈な遠距離恋愛をしてるんや」

「本当!?それ」

「相田が!?なんか意外・・・」

シンジとアスカからは驚きの声が上がる。普段の彼からは恋愛のレの字も感じられないほど趣味一直線なのだから。

「そうね、ケンちゃんは電車の写真を撮ることが趣味なのは昔からだけど、そこじゃないと見られない珍しい電車とかあるでしょ?そういうのを撮るには時刻表とは路線とか色んなことを知らないと逃がしちゃうこともあるじゃない。ケンちゃんはそういうのも詳しいけど、そこは趣味と実益が適っているというか」

「「趣味と実益?」」

「つまりね、たまにその子に会いに行っているのよ。趣味が同じだし」

「「えーーーーーー!!!!」」

ヒカリはシンジとアスカに彼の遠距離恋愛の相手について話を始める。



相手の名前は山岸マユミ。彼女は彼らが小学校5年生の時に親の仕事の都合で転校してきた。彼女は物静かな女の子だった。友達らしい友達はなく、いつも教室で本を読んでいるような子だった。人付き合いが苦手というよりも、自分から友達を作りにいかない、そんな感じがしたとヒカリは語る。

小学生のころからヒカリ、トウジ、ケンスケの3人はクラスの中で中心的なグループだった。特に学級委員とかもやっていたヒカリは責任感も強く、彼女がクラスに馴染めるようにあらゆる手を尽くしたが芳しくなかった。ヒカリも“この子はそういう子なんだ”と認識し、無理にクラスに馴染めるようにしても相手のためにならないと思い始めた時だった。

カバンに付けられたキーホルダーにケンスケは思わず目が止まった。

「山岸さん、そのキーホルダー。シキ800だな」

ケンスケの言葉にマユミは思わず顔を上げてケンスケの顔を見た。

「いいよな〜シキ800。これぞ貨物列車って感じがするよな!」

ケンスケはシキ800の魅力をマユミに語っている。それは傍から見ればオタクが無口な優等生に自分の趣味のジャンルをただしゃべっているだけに過ぎない。

「相田君、貨物列車、好きなの?」

これがマユミの口から出た言葉だった。

「当たり前じゃないか。俺はリニヤとかそういうのよりも、貨物列車のほうが好きだぜ」

ケンスケの返答にマユミの顔がほころぶ。

「じゃ、じゃあこういうのは知ってる?」

「ああ、知ってるさ!写真も撮ったことあるぜ」

「すごい!」

その光景にクラス中の誰もが目を疑った。今まで誰とも仲良くしようとしなかった彼女がケンスケと楽しそうに話をしはじめたからだ。その話の内容はマニアックすぎて何の話をしているのかさっぱりなのだが、それでも笑いながら話す彼女を見るのは初めてだった。

彼女が友人を積極的につくらなかったのは、彼女の父親が転勤族であり短くて1年、長くても3年ほどで移動してしまうからだ。どんなに仲良くなってもすぐに離れてしまう。離れてしまえばどうしても疎遠になってしまう。そのような経験が何回か続いていくうちに彼女は友人を作るのをやめた。それに加えマユミの趣味は父親の仕事の影響もあり電車が好きな女の子だった。同世代に、ましてや同性で鉄道が趣味な人は誰もいなかった。そのことが余計に拍車をかけていたのだ。そんな彼女に近づけたのは同じ趣味を持つケンスケだからであろう。彼女にとってもケンスケは貴重な存在だった。

以来、マユミはケンスケ、トウジ、ヒカリの3人と仲良く遊ぶようになる。4人でどこかに遊びに行ったり、ケンスケと二人で鉄道写真を撮りに行ったりしていた。

中学に入ってもそれは変わらず、近いうちにあの二人は恋人になるのではないかと囁かれていた。実際ケンスケはマユミに対して恋心を抱いていた。それは自分の趣味と同じ異性だからだ。彼女と過ごす時間はとても充実していた。これからも同じ時間を過ごしていくだろうと思っていた。

しかし、そんな時間も終わる時が来る。中学3年生に上がる少し前、マユミは転校することになったのだ。転校と言っても彼女は同じ県内で会おうと思えば行ける距離だった。

ケンスケは休みが合えば彼女の所へ行ったり、彼女が彼らの元へ遊びに来ることもあった。

進学した高校が同じでなくても問題ではなかった。都合さえつければ会おうと思えば会えたからだ。



「ほ〜なんかアイツの見方が変わったわ」

アスカは素直に感心した。

「でしょうね。ケンちゃんってそういうところ出さないからね。変に達観してるというか」

「じゃあ、ケンスケは彼女とデートなんだね。それじゃあ二人でゆっくり過ごせばいいと思うよ」

シンジの言葉にトウジは難しいそうな表情を浮かべる。

「シンジ。そうは言うても実際のところ、付き合っているかどうかはワシらでもわからんのや。話を聞く限りは付き合っとるように思えるんやけど、多分それは違うやろ。本人もそう言うてないしのぉ」

「そうなのよね。ケンちゃんに聞いてもはぐらかされるだけだから。交際まではいってないんじゃないかな?でも、付きまとったりとか、そういう悪いことしているわけじゃないからいいけどね」

ケンスケの性格をよく知るトウジとヒカリはまだ二人が交際まで発展していないと考えている。彼のほうから告白をして付き合うというのはどうしてもイメージがつかないのだ。彼の性格からすれば相手に迷惑がかからないようにするだろうし、いつか自分の気持ちに気が付いてくれればと思い、言葉にすることをためらうであろうと。それでも二人の仲は話を聞く限り良いと思うのでそれも時間の問題だと思っている。


随分と長く話をしたようで、辺りは既に日が落ちて真っ暗になっている。トウジは話の終了の合図のように手を叩いた。

「うし!ケンスケの話はこれで終わりじゃ。しかし、思ったよりも長く話してもうて腹が減ったのぉ。今日はシンジの家でみんなでメシでも食うか!」

「賛成!みんなで餃子作って餃子パーティーやりましょう!」

「ヤッター!ヒカリの餃子が食べられる〜!ヒカリあれ作ってよ。前やった木綿豆腐で作った餃子!」

「・・・なんで餃子?」

4人はそのまま買い出しに行き、4人でも食べきれないほどの餃子を作って残りは家に各自持って帰った。ヒカリはトウジ、アスカはシンジに家まで送ってもらう。

「んー美味しかったわね!またやろうね!」

「そうだね。でもアスカ。もう少し料理うまくなったほうが良いと思うよ?」

「うっさい!」



「逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。逃げちゃダメかなぁ?!」

ライブ当日、シンジは控室で頭を抱えていた。シンジの心境を察してかヒデキが優しくシンジの肩を叩く。

「碇君。人間・・・諦めが肝心だよ・・・」

スミレもヒデキの言葉に黙って頷く。マリもシンジを励ますかのようにシンジの目を真っすぐ見た。

「ワンコ君、逃げちゃダメにゃ。なにより・・・V系の衣装から」

「V系っていうか、これ女装じゃないですか!」

本日のイスカリオテのクリスマスライブは90年代に流行ったヴィジュアル系のコピーである。

比較的単調な曲調を選んで選曲したので覚えるのはすごく簡単だった。単純でカッコいい曲が自分たちが生まれる前の曲と思うと考え深いものがある。曲は非常に気に入っている。

ただ、問題は衣装だった。ここでマリの悪ノリがさく裂する。シンジに渡された衣装は紫色のゴスロリの服だ。ヒデキはまだいい。スーツでカッコいいV系をイメージしているから。

しかし、シンジはゴスロリである。

「碇君大丈夫よ。似合うから」

「長良先輩!そういう問題じゃないですよ!」

「ワンコ君、今日はその衣装でいくのは決定事項だにゃ。大丈夫!これを着てライブやったら僕は男の娘でもいいんだっていう新世紀に目覚めるから。おめでとうワンコ君♪」

「おめでとう」

「おめでとう!」

「おめっとさん」

「めでたいにゃ♪」

拍手をもって歓迎されるシンジ。

「ありがとうございます。おまえらマジ死ね」



家族で出かけるアスカ。久しぶりに揃う家族にアスカのテンションも上がる。3人で街を歩く途中、ふとイスカリオテのライブ会場がこの近くであることを思い出した。

「ねえ、パパ、ママ。アタシの友達がここの近くのライブハウスでライブやっているの!一緒に見に行こう!いいでしょ?」

父親のハインツは驚いたような顔を浮かべたが、彼女が充実した生活を日本で送っている証左なのだろう。そう思った。

「日本の音楽か。少し興味があるな。キョウコいいかな?」

「いいわよ。アスカ、そのお友達って・・・最近よく話をするシンジ君のことかしら?」

キョウコにそう言われると、アスカの顔が真っ赤に染まった。

「あらあら、アスカちゃんにもボーイフレンドができたのね」

「なるほど、そういうことなら見ておきたいものだな」

「そ、そんなんじゃないってば!」


ライブ会場に入ると黄色い声援が狭いライブハウスに響き渡る。会場にはイスカリオテのファンたちがすし詰め状態で一生懸命声援を送っている。会場を見渡すと離れたところにトウジとヒカリが立っているのが見えた。

「ヒカリ!」

「あら、アスカじゃない。今日は家族と一緒じゃないの?」

「そうだけど、近くまで来たから連れてきちゃった。シンジは?」

「えっと、それは・・・なんて言うか・・・」

「惣流、アレを見て・・・どう思う?」

トウジが指をさした先には化粧をしてゴスロリの服装に身を包み、ヘッドバンキングしながらベースを弾くシンジの姿だった。

(あれは・・・完全に開き直っているわね・・・)

アスカの両親が近くに来る。

「アスカ、君のボーイフレンドはどこにいるんだい?」

ハインツに言われてアスカが指をさした先にはどう見ても派手な化粧と衣装の女の子がいた。

「なあ、キョウコ。シンジって男の名前だよな?」

「ええ・・・」

キョウコの顔は青ざめ、ハインツは本気で心配そうな表情を浮かべる。

「あああああ、アスカちゃん!?まさか女の子に目覚めたのを隠すために嘘をついてるわけじゃないわよね!?」

「アスカ!お父さんは悲しいぞ!」

「変な衣装着るな!バカシンジー!」



こうしてごく一部の人の大きな誤解を与えながらもイスカリオテのライブは無事に成功を収めた。

いつもならこのままファミレスで打ち上げという流れなのだが、今日は流石にどこも混んでいるであろうと思い、シンジの家で鍋でも囲もうということになった。打ち上げにはトウジとヒカリも参加し、食材を買ってシンジの家に向かう途中だった。

「あれ?ねえトウジ、あれケンスケじゃない?」

ひとり街の中を歩くケンスケを見つけた。

「せやな、あいつなにやっとるんや。まあええわ。先輩、友達もう一人増えますが構いませんか?」

「大歓迎!こういうのは人数多いほうが楽しいにゃ♪」

マリの了解を得たトウジはヒカリを連れて早速ケンスケの元へと走る。

「ケンスケ!」

トウジが呼びかけるとケンスケはゆっくり振り向いた。

「なんだ、トウジか・・・」

「ケンスケ、どないしたんや・・・」

「ケンちゃん?」

ケンスケの様子は明らかにおかしかった。何かあってひどく落ち込んでいる。二人は直感でそう思った。

「まあ、ええわ。これからシンジの家でイスカリオテのメンバーと一緒に鍋やるんやけど、どや?ケンスケも」

「いや、俺は・・・」

「ケンちゃん。私たちからは何も聞かない。でも、今のケンちゃんはほっとけないわ。こういうときはみんなでご飯を食べるのが一番だって。一緒に食べよう」

ヒカリは優しくケンスケの手を取る。

「そうだな・・・じゃあ、お邪魔しようかな」

ケンスケはヒカリに手を繋がれながらシンジの家へと一緒に向かった。



「うわ!これめっちゃウマイわ!」

「これなら妹も食べられそう!」

「あ〜幸せ〜」

「真希波〜猫舌はこういうとき悲惨だな」

「フー!フー!うるさいにゃ・・・」

トウジ、ヒカリ、スミレ、ヒデキ、マリはシンジの特製キムチ鍋を食べている。

「濃いめのお味噌汁を作って、そこにキムチを入れればできますからね。簡単ですし、これならキムチの酸味が苦手な人でもグイグイ食べられます」

「ワンコ君、猫舌の私でもすぐに食べられる鍋料理はないかにゃ?」

「ないっすね」

鍋をつつきながらライブの話や世間話をする6人。ケンスケはそんな盛り上がる6人に囲まれながら食べている。6人は彼に何があったのか聞かない。それでいて、いつでも話ができるように間をもたせている。

「真希波先輩!お酒じゃないですかこれ!」

「にゃははは!ワンコ君も飲め〜」

「長良、お前も飲むか?」

「もらおうかしら」

「・・・いいのかな・・・」

「かまへんやろ。今日くらいは」

いつの間にか持ち込まれたお酒を飲まされる。普段から飲むことがない彼らは少しのお酒で酔いが回り始める。それは実にくだらない光景だった。

「俺って恵まれているよな」

ケンスケは何気なく呟く。その呟きに顔を真っ赤にしたヒカリが上機嫌で答える。

「なに、今更気が付いた?ケンちゃん」

雰囲気のせいなのか、酔いが回っているせいなのかケンスケ以外の6人は顔を赤くして笑みをこぼしている。ケンスケはここで重い口を開いた。

「俺さ、山岸に会いに行ったんだよ。電車の写真撮りに行く約束していたからさ。アイツと会って最近の話や学校の話とか色々したんだ。帰るときにさ、俺、ガラにもなくさ、アイツに告白したんだよ。好きだよって」

6人はケンスケの話を傾聴する。

「そしたらさ、自分はそういうつもりはないって、もう彼氏いるってさ。ただの趣味友達なんだって。そういう気持ちならもう俺とは会えないって・・・フラれちまってさ・・・」

「ケンちゃん・・・」

「俺さ!アイツのこと本気で好きだったんだ!ずっと一緒にいたかったんだ!こんな思いをするなら、何も言わないほうがよかった・・・畜生・・・」

最後は涙混じりに話すケンスケ。シンジもヒカリもトウジも何も言えなかった。ヒカリとトウジはケンスケが今まで積み重ねてきた想いを理解しているからこそ、言葉に出来なかった。スミレが優しく話しかける。

「でも、良かったじゃない」

「え?」

「結果は悪かったけど、決着付けられたから。私はそれで良かったと思うわよ。あのままだったら君、ずっと彼女のこと想い続けていたことになるじゃない。報われるかどうかは別にしてさ。報われるかどうかわからないものを持ち続けるよりも、きれいさっぱりして新しいこと始められるじゃない。それって進歩じゃない?」

ヒデキも続く。

「そうだな、長良の言う通りかもしれないな。俺もありきたりのことしか言えないけどさ。好きっていう気持ちを持ったら、友達のままじゃいられないもんな。わかるよ。俺も似たような経験あるし、ここで人生終わるわけじゃないんだ。この先、君はいい人見つかるよ。必ず」

「先輩・・・」

マリはケンスケにビールを渡す。

「今日のことは飲んでスッキリ吐きなよ。素面じゃきついでしょ?」

「・・・はい!」

ケンスケは一気にビールを煽った。



この時、ヒデキがケンスケに言ったいい人が見つかるというのは現実として起こる。

高校卒業後、芸術大へと進学したケンスケはそこで運命的な出会いを果たす。相手は二年先輩の霧島マナ。彼らは大学在学中に結婚をする。

彼女は30年後、日本を代表する映像作家のひとりとして大成していくケンスケを陰日向で支え続けて、彼にとって欠かせない存在となる。



夜、マリは酔いを醒ますために寒空の下、公園で一人佇んでいる。そこへスミレが缶コーヒー片手に近づいてきた。

「マリ、コーヒー飲む?」

「もらうよってこれブラックじゃん!」

「酔い覚ましにはこれがいいって」

「うー、まあいっか」

同じ方向を見ながらコーヒーを飲む二人。会話をするわけでもなく、静かにコーヒーを味わっている。その沈黙を破るかのようにスミレは口を開いた。

「多摩くんのさ、友達のままじゃいられないって、アンタに向けての言葉でもあるからね」

「え?それって・・・」

「あの子のこと、好きになっちゃったでしょ?」

「・・・バレてる?」

「多摩くんはどうか知らないけど、私にはね」

「そっか・・・」

「可愛いし、いい子だもんね」

「長良っちは、応援してくれる?」

「私がそういうこと応援しないの知っているわよね。するわけないでしょ?自分で決着つけなさい」

スミレは飲み干した缶をゴミ箱に捨てるとシンジの部屋へと戻っていく。マリは公園でひとり空を見上げた。

「友達のままじゃいられない・・・か」

空には満月が煌々と照らされていた。



3学期が始まってしばらくしたある日、アスカは屋上へと向かう。冷たい風が身に染みる。屋上には呼び出した本人が待っていた。

「なんでしょう?真希波先輩」

マリだった。

「ごめんね〜姫。いきなり呼び出しちゃってさ。まどろっこしいのは嫌いだし、寒いから単刀直入に聞くけど、君ってさ、碇シンジ君とどういう関係?」

「どういうっていうと・・・」

「恋人?それとも友達?」

少なくても恋人ではない。でも、友達というには近すぎる。アスカから出た言葉は。

「友達・・・です」

「友達ね。OKOK。それじゃあさ・・・」

(やめて)

(言わないで)

心がざわつく。その先の言葉が読めるから、聞きたくはなかった。

「シンジ君、私がもらってもいいよね?」

アスカの体温が急激に下がった。







あとがき

V系は LUNA SEAを意識しています。というか他はよく知りません。


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