第4話 なんでもないや

あぐおさん:作





もうすぐ期末試験ということで、試験を乗り越えるために勉強をしている生徒もいれば、夏休みの長期休みをどのように過ごそうか話し合っている生徒もちらほらいる。

もし、あの二人がいつも通りだったら互いに試験勉強に精を出すか、今頃夏休みの予定を雑誌など広げながら話をしていたであろう。しかし、二人は相変わらず接する機会が少なかった。お互いが意識しあっているのは傍から見ればなんとなくわかる。アスカやシンジにアプローチをかけている、あるいはかけようとしている生徒からすれば歓迎するべきことだが、そうでない生徒からすればそのもどかしさにイライラするだけだ。

精神的に良くない。ヒカリ、トウジ、ケンスケの3人はその被害者とも言えるだろう。

「ホンマ、なんとかしてもらわんと。イライラしてしゃーないわ」

気が短いトウジが思わず愚痴をこぼす。身近で見ている以上、余計にそう思えてくるのは仕方がないのかもしれない。

「そう思わんか?ケンスケ・・・どないした?ケンスケ」

「どうしたの?ケンちゃん」

ヒカリとトウジはケンスケに顔を向ける。ケンスケは腕を組み、左手の親指を口元に抑えている。それはケンスケが考え込む時の癖だ。そしてその考えは決して間違ってはいない。

「いや・・・似てるなと思ってさ」

「似てるって、なにが?」

「ほら、トウジとヒッキーが付き始める少し前の頃のヒッキーにだよ」

「私が誰に似ているのよ?」

「惣流だよ。あの時のヒッキーにすげー似てるなって」

「「あー・・・」」

ヒカリとトウジは思い出したかのように天井を見上げた。

「ちゅーことは惣流は・・・」

「そこは今更というか、言わなくてもわかるだろ?」

「でもさ、碇君は実際のところどうなんだろ?」

「俺らが思った通りなんじゃね?」

「せやな、せやかてシンジのほうからアクションを起こすのは難しいやろ。そこは・・・ヒカリ」

「私に任せて」

ヒカリはトウジに親指を立てた。



「そろそろ仲直りしたらどう?」

「べ、別に喧嘩しているわけじゃないし・・・」

ヒカリはアスカを自宅に招いた。明日は学校が休みということでお泊り会だ。

確かに喧嘩ではない。一方的にアスカが距離をとり、シンジが近づけない状況だ。ヒカリはジュースを一口飲むと、アスカに語りかける。

「あのね、今のアスカと碇君の状況。私わかるよ。アスカの気持ちも」

「ヒカリ?」

「簡単に言うとね。アスカは寂しがっているだけなの。それが何故か・・・それがわからないからアスカは苛立っている。違う?」

アスカはハッとした表情を浮かべると、抱えていたクッッションに顔を埋める。

「そうかもしれない・・・でも、なんで?」

ヒカリはハッキリと答えを出した。それが彼女のためでもあると思ったから。

「アスカは今、恋をしているの。碇君に」

するとどうだろう。アスカは勢いよく顔を上げると、みるみるうちに全身が真っ赤に染めあがった。ヒカリは面白いと思いながらそれを見ている。

「あ、アタシが!?シンジに!?あ、あり得ないわよ!」

「あり得なくはないわよ。だって私も同じこと経験があるから」

そう言うと、ヒカリはトウジと付き合いだした頃の話をし始める。


付き合いだしたのは中学3年の秋の頃、トウジは陸上で夏の全国大会で予選落ちしたが、県大会では優秀な成績を修めた。すると今まで見向きもしなかった女子がトウジに対してアプローチをかけ始めたのだ。トウジは硬派を気取っていたが、女子からの突然のアプローチに悪い気はしなかった。トウジの周りにはどんどん女子が集まり、ヒカリはトウジと話をすることすら難しくなり、二人の距離はどんどん離れていった。

今までヒカリは以前から誰に対しても公私を分けた態度で接していたが、いつの日からかトウジに対しての厳しい態度が目に付くようになった。些細なことでトウジに厳しく文句を言うようになったのだ。そしてそのあとには激しい後悔が襲った。自分ではやめたいのにやめることができなかった。

そんな彼女に救いの手を差し伸べたのは友人でもあるケンスケだった。ケンスケはヒカリの気持ちには気が付いていた。だからこそ見ていられなかった。

俺たちは何も変わっていない。変わったのは周りの目と態度だけだ。だから正直になれと。

その後ヒカリはトウジに胸の内をあけた。周りが変わって怖かったこと。相手にされなくて寂しかったこと。いつの間にかトウジのことが好きなっていたこと。

トウジも同じだった。周りの変化に付いて行けず、流されるままだったこと。ヒカリがいつも傍にいてそれが当たり前で、当たり前のことが当たり前じゃなくなったのが辛かったと。お互いの感情をぶつけあって二人は付き合い始めた。



「そういうことがあったんだ」

アスカはヒカリの話に耳を傾けていた。ヒカリの場合は周りの変化だったが、アスカはシンジの変化だった。その変化が怖くて、自分の知らない遠い場所へ行ってしまいそうで寂しかったのだ。

「碇君は新しいことに挑戦して前へと歩いている。アスカはそれが、自分が置いて行かれたような気がして寂しいのよ。そしてそこには自分じゃない、他の女の子がいる。それが嫌で仕方がない。そうでしょ?」

「そう、かな?」

「きっとそうよ」

「・・・アタシ、嫌な女よね・・・」

生まれて初めて意識した恋心。自分はこんなにも嫌な女なのかと思うほど悪い部分ばかりが目立つ。きっと彼はこんな自分のことなど嫌いになってしまうだろう。そう思うだけで胸が苦しくなる。

ヒカリはそっと救いの手を差し出す。

「自分を卑下することはないわ。それは誰でも持っているものだから。それに、碇君はアスカのこと嫌ってないわ。原因が自分にあるって思い込んでいて、でも何がいけなかったのかわからないから何もできずにいるのよ。アスカから近づけば、きっと元通りになるわ」

「本当?ヒカリ」

「経験者は語る。よ」



翌週、シンジはバンドの練習が終わると正面玄関へと向かう。下駄箱のロッカーにはアスカがいた。

「あれ・・・アスカ。どうしたの?」

アスカはシンジに顔だけ向ける。

「シンジ、たまには一緒に帰ろうよ」

「・・・うん、そうだね」

安心したように笑うシンジ。アスカはそんなシンジの顔を眺めた。それだけで心の錘が取れていく。

(なんか、スッキリしちゃった)

靴を履き替えてシンジが近づいてくる。

「それじゃ、帰りましょう」

「うん」

久しぶりに並んで歩く二人。そこには前のようなギスギスした空気はない。あるべきものが帰ってきたような、そんな安心感があった。そんな雰囲気だからこそ言えたのだろう。

「ごめんね。シンジ。嫌な思いさせちゃったよね?」

突然の謝罪。シンジは気にしてないというように首を横に振る。

「大丈夫だよ。寧ろ僕のほうこそアスカに嫌われるようなこと言っちゃったと思ってたから」

「シンジは何もしていないわ。アタシがちょっとおかしかっただけ」

「何かあったの?」

「・・・心が風邪をひいた感じ・・・みたいな?」

「え?そっちのほうが怖いんだけど」

「冗談よ」

アスカはクスリと笑う。シンジもまた笑みを返す。

「そうだ。ねえアスカ、今度の土曜日暇?」

「暇だけどなに?」

「買い物に行かない?欲しいものがあるんだ」

「いいわよ。駅で待ち合わせでいいかしら?」

「うん・・・楽しみだね」

シンジの言葉にアスカは嬉しそうに頷いた。



土曜日。シンジはアスカと一緒に楽器ショップを訪れた。

「えふぇくたー?なにそれ?」

「音を変える機械だよ。よくギターとかで音が変わったりするだろ?その機械だよ。どうしようかな・・・マルチにしようかな・・・でも、やっぱり高いな。」

二人が眺めるショーケースには様々なエフェクターが並んでいる。

「色々あるのね・・・それよりも、アンタ傍から見ると立派なバンドマンよ」

「一応、バンドやっているからね」


シンジの買い物が済むと今度は私の番と言わんばかりにアスカはシンジを色々な店に連れまわす。アクセサリーショップであったり、服屋であったり、ゲームショップや本屋であったり、二人は楽しそうに店を回った。

「あー歩き疲れた〜」

「色々回ったからね。あれだけ回って買ったのは新しいゲームっていうのもどうかと思ったけど」

「いいじゃない。欲しかったゲームなんだし」

二人は今ファミレスに来ている。散々歩き回って疲れたのと、喉が渇いたのだ。飲み物を飲んで喉の渇きを癒す。

「あ・・・」

アスカは何か思い出したように一言呟く。

「どうしたの?」

「ちょっと・・・静かにして。好きな曲が流れているから」

シンジが耳を澄ますと、去年やった映画の挿入歌が流れている。曲が終わるとアスカに話しかけた。

「アスカ、さっき言ってた曲って、映画の?」

「そうそう!あの曲すごく好きなの。映画もママと何回も見に行っちゃった」

「僕も見に行ったよ。向こうの友達とね」

「・・・彼女とじゃないでしょうね?」

「クラスの友達とだよ。確かに女の子もいたけどね」

「ふーん、まあいいわ」

(出会う前の交友関係にまで嫉妬するなんて、アタシも大概ね)

アスカは心の中で愚痴を言う。シンジは大事な話をするように姿勢を正してアスカと向き合う。

「アスカ、10月の学園祭なんだけどさ、食堂前のテラスあるでしょ?あそこがバンド演奏の会場になるんだって」

「へー、人も大勢集まれるし、いいんじゃない?」

「それで・・・アスカに僕の演奏を見に来て欲しい」

顔を赤く染めながらシンジは言った。アスカは目を丸くした後、クスリと笑う。

「良いわよ。見に行ってあげる」

アスカは嬉しそうに答えた。

「ありがとう。頑張るよ」

シンジもまた嬉しそうに答える。

「王将のこってりラーメンで手をうつわ。もちろん餃子も付けてね」

「・・・そうきたか・・・」




そして、時間は過ぎて学園祭当日になった。明城学園は第3東京市の中でも人気の高い学校のため他校や中学からの来客も多い。学園祭が始まってからあちらこちらで催し物が開かれ、売り上げを競い合うクラスもあれば、奇抜さを売りとした出し物も多かった。シンジ達もまた色々なクラスの出し物を見て回った。

そして最終日。シンジが加入したバンド演奏当日の日である。最終日は日曜日というだけあって人が多く集まっている。テラスに設置されたステージには大勢の観客が詰めかけ、生徒たちの演奏を聴いている。

「さー!みんなもすぐ出番だよー!準備はよござんすか?」

出演者控室にて、マリは気合十分というように声をかける。

「大丈夫よ」

「任せろ」

「はい、いけます!」

スミレ、ヒデキ、シンジもそれに呼応するかのように気合を入れる。気合が入るのも当然で彼らは最終日のラストを飾るバンドなのだ。それが巷で有名なイスカリオテとすれば観客のボルテージも上がるというものだ。

それを表すかのようにステージ衣装も気合が入っている。マリは全身黒のワイシャツにミニスカート、ニーソ。ワイシャツの前ははだけて、そこからはピンクのビギニタイプの水着が見える。スミレも全身黒で統一された衣装で違うのは下の水着が白という所だけだ。ヒデキとシンジも黒で統一されたスーツを着ている。違いを言えばシンジの髪が茶髪に染められ、ウィッグを後ろにつけて結ばれていることだ。所謂加持さんヘヤーの茶髪ヴァージョンである。

「よーしそれじゃあ円陣―!」

4人は円陣を組む。

「いくにゃー!!」

「「「・・・・にゃー?」」」

「・・・そこは合わせても欲しいというか、空気読んでほしかったにゃ」

「「「ないわー。それはないわー」」」




円陣に失敗した4人はステージに上がる。彼らの姿が見えた途端にあちこちから歓声が響き建物が揺れているように感じる。

(しまった・・・緊張してきた・・・)

ベースをいじりながらシンジは緊張をほぐそうと深呼吸を繰り返す。ふと顔を見上げた先に金髪の女子生徒が手を振っているのが見えた。その周りには共通の友人たちも。

(アスカ、みんな・・・見に来てくれたんだ)

緊張が一気にほぐれた。

マリのMCが始まる。マリは手に持った拡声器を使ってMCをする。

『やあやあみんなこんにちわんこ。イスカリオテだよー!今日は見に来てくれてありがとねー!今日は最初から最後までクライマックスだにゃ!それじゃあいくよー!』

「1,2,3,4!」

ヒデキのカウントを合図に演奏がスタートした。疾走感溢れる曲が会場を飲み込んだ。

マりは拡声器を使って歌いながら、ステージの上を縦横無尽に歩き回り観客を盛り上げている。その様子は離れたところから見ていたアスカ達からもよく見えた。

「くー!これだよ!これ!イスカリオテ最高!」

「せやな!ケンスケの言う通りや!テンションあがるわ〜!」

「見て見て!碇君、今ジャンプしたよ!」

イスカリオテの人気の秘密は単に歌や演奏が上手いだけではない。マリの独特のパフォーマンスがお客だけでなくメンバーをも盛り上げるのだ。

長良スミレも多摩ヒデキも普段は物静かな人間である。それがマリと組んで演奏しているときだけはそのタカが外れたように暴れまわる。ステージの上を歩き回ったり、スティックをクルクル回しながらオーバーにドラムを叩くなど、普段の彼らからは想像もできないようなパフォーマンスをする。ヒデキは暑いからと言って上半身裸だ。それだけで黄色の声援が沸いた。それにはシンジも感化されたようでステージの上でウィッグの髪を振り回すように回転したりジャンプしたりと、彼にはこんな一面もあるのかと気が付かされることが多い。

イスカリオテも、そして観客も大盛り上がりしている最中、アスカはどこか冷めた視線でステージを見ていた。

音楽が好きなだけあって、得意分野を存分に発揮しているシンジは見入ってしまうほどカッコいい。茶色に染め上げられ、後ろで結ばれた髪型のシンジはどこかのアイドルと言っても遜色ない。それは認める。しかし、ステージの上にいるシンジと観客として眺めている自分の物理的な距離が自分たちの距離なのではないかと思えてしまうのだ。シンジが楽しく演奏している近くに何故自分がいないのか。他の女がいるのか。何故自分は近くではなく遠くで眺めているのか。それが悔しくて悲しい。

そんなアスカを置き去りにするかのように演目は進み、観客のボルテージも上がっていき最後の曲も終わってしまった。

人気の高い彼らだ。用意された演目だけで満足できる観客などいない。

『アンコール!アンコール!」』

手拍子と共にアンコールが響く。いつものマリなら、アンコールに応えてもう何曲と言うのだが、今回は持ち合わせがない。シンジが加入して3か月弱くらいしか経っていないのだ。

「にゃ〜・・・みんな〜ごめんにゃ〜ベースのワンコ君が入ってそんなに経ってないから持ち合わせが何もないんだよ〜」

マリのMCにあちらこちらから「え〜!」という残念な声がする。そしてマリは生粋のパフォーマーでもある。ここで終わらせるわけにいかなかった。マリはシンジを見るとイタズラを思いついた猫のようにニヤリとした。

「みんな!ここはみんなの期待に応えて!新しく入ったワンコ君こと碇シンジ君にソロで一曲やってもらおー!」

『おおおおーーーー!!!』

盛り上がる観客。面食らったのはシンジである。

「ええええええ!?」

「頼むよ〜ワンコ君〜。ね?」

そして頼まれたら嫌とは言えない日本人。碇シンジである。

「一曲だけですよ・・・・」

渋々という感じでベースを置くと、備え付けてあったグランドピアノの前に座る。

(どうしようかな・・・ピアノだけの演奏・・・クラッシックの演奏会じゃあるまいし・・・弾き語り・・・何にしようかな・・・)

思案しながら舞台の上から観客を見渡す。少し離れたところにいるアスカと目が合い、シンジに笑みがこぼれた。

(うん、これなら・・・フィナーレにいいし)

(今、アタシを見て笑った?)

静かに一音鳴らすと、水を打ったように静けさが広がる。

そして、シンジは優しく歌いだした。透き通った優しい彼の歌声だけが響く。そしてゆっくりとピアノを弾きながら歌い、演奏が始まった。

(これ・・・アタシの好きだって言った曲だ)

この曲は有名な曲だし、この曲が好きだという人も多いはず。アスカは曲を聴きながら思った。演奏が始まる前に自分と目が合い、そして彼は笑った。

(これ、アタシのために?)

そう思うと胸の奥が熱くなった。歌詞がまるで自分に語り掛けてくるようで、歌う彼の姿が、聴こえてくる歌声が、自分のためだけに存在するかのように思えてくるのだ。


シンジが歌い終わると音が何もしない空間が広がっていた。まるで囁くような声ですら耳障りなノイズと化してしまうような、そんな雰囲気だった。その静寂を打ち破るかのようにアスカが拍手をする。すると時間が再び動き出したかのようにその場にいる観客全員がスタンディングオベーションをしたのだった。

シンジは照れ笑いを浮かべる。そしてメンバー全員でカーテンコールをして舞台を後にした。

こうして、イスカリオテのライブは大成功に終わった。



日が暮れ始めた頃、学園祭のフィナーレとして校庭では大きなキャンプファイヤーが設けられ、その周りには生徒たちが名残を惜しむかのように騒いでいる。シンジはその様子を屋上から見下ろしていた。

キャンプファイヤーの周りにはトウジとヒカリが仲良く肩を並べて座り、ケンスケは部活の仲間であろうカメラを持った女子生徒と話し込んでいる。

ライブの後、同級生やら他校の女子生徒からサインを求められたり、写真を撮られたりと落ち着く暇がなかったので人が少ない場所でのんびりと時間を過ごしたかったのだ。

幸い、屋上は何組かのカップルが二人だけの世界を作っているため、ひとりでいるシンジに気にかけることはない。カップル独特の甘い空気が漂い、多少の居心地の悪さを感じながらも知りもしない人たちにもみくちゃにされるよりはマシだと思い、ひとりでボーッとしている。

屋上のドアが開くと、ツカツカとシンジに近づく人物がいる。

「アンタ、ここにいたのね」

「・・・アスカ」

「何よ?来ちゃいけなかった?」

「そんなことないよ」

アスカはシンジの隣に立つと同じようにキャンプファイヤーを見下ろす。

「どうだった?僕の演奏」

「・・・カッコよかったって言って欲しいの?」

「そりゃ、まあ」

「・・・すごく、カッコ良かったわ」

「ありがとう」

互いにキャンプファイヤーを見下ろしながら交わされる会話。ふとアスカはシンジに顔を向ける。

「最後のソロさ・・・あれ、アタシの好きな曲だよね?」

「そうだよ」

「なんで、あの曲を?」

「他に思いつかなかったし・・・アスカが好きだって言ったから、かな?」

「バカ。かっこつけすぎ」

シンジはアスカに顔を向ける。そして時間が止まった。

彼女の笑った顔があまりにも透明で綺麗だったから。

彼女の目じりにはほんの少しだけ涙が溜まっていて、それがあまりにも綺麗だったから。

その涙をぬぐおうと思った。でも、そんなことはしなくていい、このままでいい。シンジはアスカの目じりに溜まった涙を見てそう思った。

じっと顔を見られたからだろう。アスカは頭を横に傾けながらシンジを見上げる。

「どうしたの?アタシの顔をじっと見ちゃって」

「・・・なんでもないや」

「えー、なにそれ」

不満を言いながらも彼女はどこか嬉しそうだった。

「やっぱり、なんでもないや」

シンジはそう言って笑うと、顔を上に向けて夜空を見上げる。遠くでひとつ、一番星がその輝きを放っていた。









あとがき

イスカリオテの演奏した曲はFACTのイメージで書きました。シンジ君のピアノの弾き語りはRADWIMPSの「なんでもないや」です。そのまんまですね。


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