ACT.77 上京物語 エピソード0 (2000.03.10)
ホテルの毛布は肌に合わなかったのか、やたらと腿の辺りが痒い。といっても、別に変な病気を持っているわけではないので、その辺り勘違いのないように。 今日は早く出て物件を見に行かなければならない。前日、チェックインを済ませた私は体を休めるのもそこそこに不動産巡りを開始した。何せ私に許された時間はその日も合わせて3日しかないのだ。あまりに時間がなかったのだ。 まず、回った2軒の不動産屋で収穫はなかった。そして、3軒目として私が降り立った駅は新宿。そこでやたらと押しの強い社長さんに薦められた物件は私の食指を動かすものだった。何よりも、敷金が1月、礼金が要らないというのがいい。ただ、問題なのは部屋の中を見ることができないということだ。そこで、その日は時間も遅くなっていたため、明日実際に物件を概観だけでも見てから決める事にした。やはり、周りの環境などは地図だけではわからないものであるし。 フロントに部屋の鍵を預け、外に出ると昨日よりも1際強い風が寝起きの体を情け容赦なく襲う。駅まではバスを使おうと回りを見渡すが、それらしきものはない。やがて見つけたバス停には次のバスまで20分あるということが明記されていた。ここから駅までなら歩いても10分ほど。確かに寒いが、時間を無駄に使っている暇はない。私は意を決し、ゆっくりと駅への道を歩き始めた。 その日は肌に刺さる風こそ冷たいが、日差しは穏やかで気持ちのいい朝だ。空には雲1つなく青空が広がり、風をさえぎる壁もない広い平原を見渡すのも、といっても空港なのだが、すがすがしい気分になれるものだ。ただ、この強風で髪の毛がボサボサになるのはあまりいい気分にはなれないものだ。 京浜急行を使い、天空橋駅から品川駅へ。山手線を使い、新宿へ。さらに京王線を使い、目的地へ。神奈川県の端の端に当たるそこはよくある住宅地。想像していた雰囲気とは違いのどかな印象を与えてくれる。依然、頬に当たる風は冷たいが、私は辺りをキョロキョロするのが忙しく、あまり寒さは感じない。が、かなり挙動不審な男だ。 程なくして、目的地に到着した。近くを県道が走っているのに、ほとんど騒音を感じない。これで部屋の中まで見る事ができれば文句なしなのだが、贅沢も言っていられないだろう。少なくとも環境はいいところだ。時間がない私はここに住むことを決めたのである。 そうこうしている内に引っ越し当日。無理を言って値下げをさせたアート引越しセンターの社員の手によって荷物がどんどん運ばれていく。今まで動かす事のなかったたんすの下から現れるものすごい埃と異常に青い畳。いつのまにかなくしていた小物や小銭。そして、数時間後には何もかもがなくなり、この部屋がこんなに広かった事を再確認する。こういうときはなぜか感慨深くなってしまうものだ。契約をした不動産会社に部屋の鍵を返し、私は車を走らせた。私が今度高知に来るのはいつだろう。その時私は何をしているのだろうか……… 高速を飛ばし、私の実家のある香川へと戻った。久しぶりに友人や親と食事をしたり酒を酌み交わした。体調を崩した祖母の見舞いや妹夫婦にイヤミを言いにも出かけた。ここにもしばらくは戻ってこないだろう。そして出発の日が訪れた。 午後1時。後部座席に泣き叫ぶ猫を乗せ、1路徳島方面へと車を走らせる。せっかくの機会だから淡路大橋を使うことにしたからだ。2時半、走行距離150Km、淡路島に到着。橋も渡ってみれば短いもので、橋脚の美しさを鑑賞する間もなかった。神戸、大阪、京都、滋賀。5時、走行距離350Km。徐々に眠気が襲い始め、慌てて八ヶ岳SAに飛び込む。1日でこれだけ走るのは初めての事だ。トイレに行き、眠気を振り払う。愛知、岐阜、長野、山梨。8時半、走行距離600Km。暗い中央道を歌を歌いながら激走。今日の目的地である談合坂SAの1個前のSAである双葉SAで夕食をとる。メニューは山梨名物の「ほうとう」。ほうとうを食べるのはこれが2回目だが、メインであるはずのカボチャがまずかった。少々損した気分になる。この辺りで変にテンションがあがり始める。そして、午後10時半、走行距離700Km。本来の目的地であった談合坂SAを通りすぎ、中央道最後のPAである石川PAにまでやってくる。人間やってみれば何とかなるもので、半日足らずで東京まで来てしまった。さすがにここで疲労もピークに。あらかじめ準備していた毛布をかぶり、寝ることにした。 深夜1時。あまりの寒さに目が覚める。暖房をつけようかと思うが、香川で燃料補給をして以来、補充をしていないため余裕がない。おまけにこのSAにガソリンスタンドはない。寒さに震えながら、改めて寝ようと努力する事にした。深夜3時。歯の根が合わなくなり始める。耐え切れなくなった私は、一旦車を出てSA内でホットコーヒーをすする。深夜だというのにSA内は結構な人でごった返している。一見したところスキー帰りの若者が多そうだ。腹が立ってくる。再び車に戻りエンジンをかけた。多少は大丈夫だろうと勝手な解釈で、暖房をつける。しかし、車も完全に冷え切っているため、なかなか暖まらない。結果、30分以上もエンジンをかけていた。私の車は無事目的地にたどり着くのかと言う一抹の不安も覚えつつ、眠りにつく。 目が覚めたのは8時。眠れるには眠れたが、寒さはやはりしゃれにならない。震える体を起こし、SA内のスナックコーナーに向かう。朝食に選んだのはラーメン。寝起き早々どうかと思うメニューだが、食べたかったのだから仕方ない。鼻水と麺を同時にすすりながら、道路状況を表すモニターを眺める。不動産会社のある新宿まではおよそ10Kmの渋滞らしい。朝のラッシュにぶつかっている時間帯であろうから仕方がない。ともかく走っているうちに多少はマシになるだろうという勝手な判断で車を走らせることにした。 車を走らせ始めた途端、ガソリンメーターが一気に下がり始める。あっという間にEの位置を矢印が示す。このままだと警告灯が点灯するのも時間の問題だ。まずい、高速を降りるまではガソリンの補充はできない。しかも、この後にはただでさえガソリンを食う渋滞が待ち構えている。ここからは私のドライビングテクニックが問われることになるわけだ。めちゃめちゃ不安な話だ。自分で言うな。 中央道の調布インターを過ぎ始めた頃から次第に車の量が増え始め、やがてノロノロ運転に陥った。そして、首都高速へと入った頃には完全なる渋滞になった。私は無事引っ越し先にたどり着くことができるのだろうか?しつこく続く。 |