ACT.73 義理とチョコレート (2000.02.15)
これから書くことに目新しい内容はないと思う。世にいる男性の半数は考えていることであろう。しかし、あえて今回はそれを改めて文章に起こしてみたいと思う。なぜか?私が本当にバレンタインデーという日をどう思っているのか再確認してみたいのである。 さて、前にも書いたが、私はバレンタインデーというやつが好きではない。 いや、好きとか嫌いとか言う次元の話ではない。必要がないと思うのだ。 そりゃ、女性が告白しやすい日であると見れば否定はしきれないのだが、実際そのように捉えている女性はどのくらいいるのであろうか。私は告白されたことがないので、よく分からない。いや、そういう話をしたいんじゃなくて、なんだったか?そうそう、バレンタインデーの必要性であった。好きな人にチョコを送るという、明らかに菓子製造会社の陰謀と思われる行事についてはあえてとやかくは言うまい。個人的にチョコも嫌いではないし。じゃなくて、好きな人に送るという純粋な気持ちに文句を言う権利はないわけだ。しかし、バレンタインデーには一体誰が始めたのか、義理チョコという訳の分からないものが存在している。何の義理でチョコを配っているというのだ。いや、これもただくれるという代物であれば別段文句を言うものでもない。頂けるものは、素直に頂く、これは私の生き方である。しかし、それですまなくなっている。それが3月14日に控えているホワイトデーという日の存在だ。名目上はバレンタインデーにチョコをくれた人に対してお返しをする日ということになっている。大体こんな行事は私が学生時代にはなかったような記憶があるのだが、一体いつの間に出来たのであろうか。詳しい方は是非教えていただきたい。もし、作った人物がいるのであれば思いっきり説教をしたい気持ちで一杯だ。話がそれた。ホワイトデーのお返しだが、お返しというぐらいであるからもらったものと同等のもので何も問題がないと思うのだが、それではいけないらしい。少なくとも3倍、下手すればうん十倍もする品物をねだられたりする。これも好きな人にだけならまだ納得が出来るものの、義理チョコという訳の分からない代物にまでお返しをする必要があるというのだ。少なくとも私は義理人情で心が動くような出来た人間ではない。どちらかといえば冷たい人間の部類に入る方だ。それが、わざわざホワイトデーに備えて、キャンデーだクッキーだマシュマロだと買いあさっている姿を自分で思い起こして、寺に1週間ほど篭りたい気分になった。これも職場などの人間関係を変にギクシャクしたものにしたくないという、ただそれだけのためにやっているものだ。もう、その日が何の日だったかというものは一切存在していない。まさに本末転倒とはこのことである。 長々と書いてきたが、要は義理チョコとそれに対するホワイトデーの存在が必要ないと言いたいのである。これに反対意見を出す人は少ないのではないだろうか。読者の方にはその辺りも聞いてみたいのだが、このエッセイの部屋の雑文に対する意見というのは皆無に等しいので、これを機会に感想やメール下さい。って、そういうことをここで書くのは間違ってるな。でも下さい。本心です。よろしく。 さて、今年のバレンタインデーは月曜日であったのだが、私は会社を有給休暇で長期的に休んでいる。よって見事に義理チョコをもらわずに済んだ。昨年や一昨年なんかは日曜、土曜であったにも関わらず、前もって準備されていて結果もらっていた。しかし今年はそれがない。実にすがすがしい気分で一杯なのである。来年以降もこうであればいいなと切に願っている。ただ、一つの点を除いて。 私は義理チョコの存在は否定するが、本命チョコの否定は一切しないし、もらえるのであればもらいたいのである。悲しいかな、私も普通の男の子。女性がくれる心のこもったチョコはやはり嬉しいものである。というわけで、今年のバレンタインデーは終わってしまったが、まだまだ受けつける余裕はあるので女性の皆様どうぞよろしく。ハイハイ、どうせ私の雑文はこんな締め方しか出来ませんよ。 |