ACT.72 安静な日々 (2000.02.06)

 首が痛い。
 すごく痛いのである。
 理由は分かっている。首を寝違えてしまったのだ。
 首を寝違えるだなんて、いったい何年ぶりのことだろう。
 小中学生の頃はたまにやっていたような記憶が漠然とあるのだが、それ以後は全く記憶にない。
 これが正しいとなると15年以上ぶりに首を寝違えたこととなる。なんか凄いぞ。別に凄くないか。
 私は実に器用に寝ているらしく、布団をキチンとかぶったまま、その場でゴロゴロと回転しているらしい。
 つまり、布団に入る時はキチンと仰向けになっているのだが、しばらくすると右を向いたり、左を向いたり、うつぶせになったりと動いているということだ。
 落ち着きのない私は寝ている最中といえども、妥協を許さず頑張っているらしい。偉いぞ俺。別に偉くもないか。
 そんな寝相だから、いつ首を寝違えてもおかしくなかったのだが、幸いにも15年近くも私の首は無事であった。
 それなのに、今日は首が痛い。
 一体どういう訳だ。突然私の首が脆くなったというのだろうか。寝相をいつもより多めに回転してみたりしていたのだろうか。でもギャラは一緒なのだ。それとも、科学では解明出来ないような力が私の首を襲ったというのだろうか。どんな力が襲ったというのだ。恐くなるから考えるのはやめよう。
 ああ、そんなことはどうでもいいのだ。ともかく私はこの首の痛いから逃れる手だてが知りたいのだ。
 待て待て、落ち着くのだ俺よ。治療の前に現状をきちんと確認しておく必要がある。今、私の首はどれだけ回るのか調べておくこととしよう。
 まずは右へとまわしてみよう。……うん、右には回しても痛くない。まあ、さすがに180度ぐらいまわすと痛いが、私は別にオーメンでも何でもないのだから、そこまでまわす必要はあるまい。よし、今度は左だ。……イタタタタタ!何と言うことだ。10度もまわさない内に激痛が走るではないか。ああ、俺はもうだめだ。このまま一生左を向けずに生活するしかないのだぁ!いや、まだだ。落ち着け、俺。首はまだ違う方向にも曲がる。次は下を向いてみよう。……おお、大丈夫だ。下は向いても痛くないであります、神よ。大袈裟だぞ、おい。次は上だ。……アタタタタタタ!おまえはもう死んでいる!じゃなくて、俺が死にそうだよ。
 以上の結果から、右と下には向けることが分かった。しかし、左と上には向けないのだ。と、既に書いてあることを2回も書く辺りにも、首の痛みがどれだけひどいかが分かってもらえることだろう。スマン、嘘だ。単なる文字稼ぎだ。
 さて、いよいよ直し方なのだが、どうすればいいのだろうか。治療法がさっぱり分からないではないか。こんなことになるのであれば、『家庭の医学』でも買っておけばよかった。あれは結構便利なんだ。程良い厚さで枕にはもってこいだし、医学書としても楽しめるのだ。
 そうだ、インターネットがあるではないか。
 なるほど。
 首の寝違えというものは実に些細な原因で起こるらしい。
 首や肩を布団から出していて冷えることによる硬直や、枕の形状や高さの変化から来る筋肉への緊張、筋肉疲労やストレスなどの精神疲労、と理由を上げればきりがないほどだ。こんなにも簡単に首は寝違えてしまうのだ。今まで無事だったのが幸せだったのだろう。ちなみに、接骨業界では「頚部捻挫」と呼んでいるらしい。途端に重傷になった気がしてくるから日本語って不思議だ。っていつも同じ事ばっか言ってんな。
 さて、治療法はというと「安静にしておくこと」が一番らしい。動かさないのが一番効果的だというのだ。コルセットがあるならつけるのが望ましいとまで書いてある。よほどの軽症時を除いてマッサージもよくないようだ。そうであったのか。こんなにも大騒ぎしていたのが一番の間違いであったというわけか。ここはおとなしく安静にしていることとしよう。しかし、寝るにはまだ少々早い時間だ。ビールでも飲みながらテレビを見ることとしよう。
 で、ビール、ビールっと。アイタタ。冷蔵庫を開けて、ありゃ、もう1缶しかないのか。アタタ。また買いに行かなくちゃ。イテテ。つまみはなかったかなぁ。お、ソーセージがあるな。アイタタ。軽く炒めるか。えっと、油は流しの下だぞ。イタタ。フライパンも準備して、イタタ、あ、ケチャップあったっけ?って痛ぇよ!安静にしてるのではなかったのか、俺よ。なぜ、こんな時に限って体を動かしているのだ。まあ、よくよく考えればもともとじっとしているのは好きな性分ではなかった。私がじっとしているのは、テレビや本や食事やパソコンの前にいる時だけだ。って、ほとんどじゃないか。そうか、私の1日の生活のほとんどはじっとしていると言っても過言ではないのだ。なんだ、あまり気にしなくても安静状態になってるわけである。
 などと冗談のように考えていたら、翌日にはきれいさっぱり直っていた。ここまであっさりと直られて、今私は生活態度の見直しを考えている。

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