〜prologue〜
3月7日。
5121小隊の事務官・加藤はしばらくその日付を忘れられそうにない。
膨大な報告書に囲まれて溜め息をつきながらも、司令にとって雑務も仕事ですからと苦笑していた善行が、ぽややんとした甘ったるい顔(と加藤は思っていた)の少年に司令の座を追われることになった。
新しい司令は、熊本県下の戦区の地図をまばたきもせずに見下ろしながら、そのあどけないとさえ見える笑顔で激戦区への転戦を指示する。
唯一の稼動戦車だった一番機に、その錬度に見合わない特攻をかけさせる。パイロット壬生屋の足がすくむのは当然と思えるが、動かないと見るや、同じ笑顔で加藤に告げる。
「二時方向にゴブリンたちの群れがあるね」
「あるけど、…何?」
「突っ込んで」
はあ?
加藤が声にも出来ずあっけに取られるのをよそに、「命令」とだけ言ってモニタの点滅に目を落とす。
銃座にいた石津が少し咎めるような弱々しい目を司令に向けている。確かにゴブリンなら相手に出来なくはないが。しかし、指揮車は戦闘車両ではない。たとえゴブリンのトマホーク程度でも、損害は決して小さくはない。
少しムッとしながら、それでもアクセルを踏む。
そして著しい性能低下をいちいち報告する瀬戸口の声に頭を抱えることになる。
あれから、速水が司令になってからは、そんなことばかりだ。
小隊の物資と経理を一手に引き受けている加藤に、指揮車を修理している暇なんてあるわけはない。請求書と納品書の山の隙間で戦況報告書を見ながら、加藤は泣きそうになっていた。稼動戦車1台と、互尊のスカウト2人、それだけの小隊を、何故一番の激戦区にわざわざ飛ばす?
休む暇なくかかる出撃コール。壬生屋がようやく何かを掴んだと見えて突撃した途端に物凄い勢いで被弾して撤退を余儀なくされる。
速水司令がその復旧に与えた余裕は1日だけで、まだ完調まで至らない壬生屋が恐れをなしていると見れば、再び指揮車自ら前に出ると加藤に言い放つ。
ただでさえ装甲の薄い指揮車は、盾になったが最後、稼動限界ギリギリまで被弾してから引くことになる。
この少年は何がしたい?
頭を叩きに出ているとは思う。準竜師と何やら話をしている姿はよく見る。だが、司令たる職はそれだけでは動かない。戦場も大切だが、日々の部署の報告書や物資調達のリストや、そういうものに目を通してもらうことも必要だ。でも、そういう紙の仕事にこの少年は目を向けない。小隊長室のデスクは、雑務と善行が呼んだその仕事が片付けられないままに山のようになっている。
その山を、ある日、緑の瞳で見つめる少年がいた。
小隊にいる中で、滝川と並んで未だ無職のその少年は、仕事もしていないのに階級だけは千翼長だった。
滝川とつるんで(無職同士で)、新市街のゲーセンでぎゃあぎゃあコントローラの奪い合いをしているのは見たことがあった。ガキ、だと思っていた。
速水とも仲はいいらしい。時々話しているのを見掛ける。
その手が小隊長室の机に伸びて、もはや報告書なんだかゴミなんだか判らなくなりつつあるこの紙束を黙々と整理し始める。
加藤は自分の仕事をしながらその様子が少し気になっていた。何をしようとしているんだろうと思っていた。
少年は物資リストにケチをつけて来る。食糧の備蓄が少な過ぎやしないか、だの、戦車兵の予備ウォードレスにも気を使え、だの。
小賢しい。でも、正論だ。少なくとも、そういうところまで頭が回らないらしい今の司令に比べたらマトモかも知れない。言い方がいちいちキッツイのは頭に来るが。
部署報告書を綺麗にファイルして眺めながら、一番機整備士たちは優秀だとか、善行はこのまま遊ばせといていいのかとか、あいつなんで戦車技能取らないんだ訓練に付き合わせてやるかとか、ぶつぶつひとしきり呟いて出て行く。
----変なやつだと思った。でもその時は、「紙仕事」が嫌いな速水の手伝いをしているつもりなのかも知れないと思った。仲が良さそうだったから。
激戦区に飛んでは被弾して帰って来る戦車の整備。その日々は思ったより目まぐるしい。稼動出来る戦車が一番機だけというせいもあるのだろう。とりあえず出来ることをするべく遠坂は授業をサボりがちになっていた。
お蔭で、かなり早く銀盾従事勲章を手にしたはいいが、そんな個人の名誉よりも、この小隊の司令のやり方はどうなんだろうと疑問に思う。
二番機は担当者不在。稼動出来る三番機のパイロットだった自分の立場を放り出して速水は司令になった。その後釜はずっと空白で、その分だけ一番機にかかる負担は大きくなっている。
被弾して戻って来て、完調にならないまま立て続けに出撃して、壬生屋が怯えて前に出られないと見れば指揮車で突撃する。補給車から見るその戦い方はまるで子供の喧嘩みたいだと遠坂には見えていた。
遠坂は自分の職場の仕事の合間に指揮車を調べてみたりもしていた。そんな時に、彼と話す機会があった。
担当部署は未だにない無職の少年だが階級は千翼長。一応、形では上司だから丁寧に接しはする。
彼もまた、指揮車の被害状況を調べていた。眉をひそめながら。
補給車にさえ乗り込んでいない彼でも、報告書から、戦場で何が起きているのかは判っていたらしい。
「…あいつ、何してるんだ?」
「はい?」
憮然とした顔で遠坂に話しかけて来て。
「まだ戦車乗ってる気でいるのか、あの司令は。頭が突撃してどうする。自分が使っている機体の性能を知りもしないで敵の前で腰を据えたか?」
その通りだ。少々驚いて目を見開く。
「遠坂ならどうする。部下たちが恐怖で動けないでいると見たら、自分が出て死にかけるのが正しいと思うか? 無駄に命を使い捨てるのが…」
「…いえ」
「くそっ」
ばんっ、と指揮車を叩いて、肩を怒らせて去って行く。
鋭いアッシュグリーンの瞳が、何故か遠坂の脳裏に焼きついた。
一番機の整備士仲間だった岩田が二番機パイロットになると言った。
これで小隊の稼動戦車は2機になる。そのせいか、地道に増え続ける幻獣勢力の一番大きな所へと速水司令は転戦を繰り返す。
だがそれはまた仇ともなる。きっちりとパイロット側の調整をする時間も与えられないままかかる頻繁な出撃命令で、軽装甲の二番機はあっけなく被弾して故障。すぐにまた稼動出来ない状態に逆戻りした。
一番機とスカウト2人の戦力を、それでも激戦区へ激戦区へと速水司令は動かして行く。2人となった一番機の整備も追いつけないまま、ギリギリ稼動の性能値で送り出すのは心臓に悪いことこの上ない。
岩田の戦い方も決してうまいとも言えなかったのだが。あまりどうこうと指示を出さない司令なのをいいことに、突っ込んで弾をばら撒いて逃げ帰って来た、という感じなのだ。まだ、性能値に不安があれば前に出たらがらない壬生屋の方がマシと言えばマシだろうが、そうなると速水は指揮車を盾にしようとする。
ただ疲弊させるだけ疲弊して、それでも敵の頭を叩けば最終的に人類側が勝つ、そう考えているのかも知れないが----。
そのやり方に、内心は反発を覚えながらも、司令である以上従う以外はない。ただの整備士である自分には、それをどうこう出来るほどの発言力があるわけでもない。
灰緑の目を持つ少年----茜が作戦会議を呼びかけていた。たまたまその時に一番階級の高い遠坂は、一番機整備士の担当代表として出席する。
その席で、茜は立ち上がってあの鋭い目を速水に向けた。遠坂の中に焼きついていた、不思議な決意を含んだ目を。
そして、開いた口から出た言葉は----
「速水をリコールする。代わりに、僕が司令になる」
★〜3/13の茜くん
○技能
隊長0→3 / 飛行1→3 / 情報1→3 / 開発0→3 / 話術0→3
○提案
速水:「みんながんばろう」「お昼でもどう?」「一緒に訓練しない?」「今後について(相談)」
滝川:「足で拾う」「遊びに行こう」「殴る」「お金を貸して」「交換しない?」
遠坂:「プレゼント」
舞:「狙いをつける」「回避」「仕事(指図)」「訓練(指図)」
森:「あの人を協力して」「一緒に仕事しない?」「仕事について(相談)」
中村:「みんなでお昼」「あの人をはげまして」
○小隊
司令:速水
二番機:岩田(故障中)
三番機パイロットは空席。
○紙仕事が嫌いな速水
司令の仕事評価の数字自体はALL [S]を達成しているが、故障率が軒並み40%を超える真っ赤状態。
特に「部下の信頼」については、最大で72%まで故障していた。直しても直してもすぐ故障率が上昇する所を見ると、恐らくよほど信頼されてないと見える。
なかなか凄い司令ぶりでした。
第1章 はじまりの日 3/14
「速水をリコールする。代わりに、僕が司令になる」
あらら。
とうとう来たか、と原は思った。しかし、まさかあの無職の少年がそう言い出すとは少し意外だったが。まあ、あの善行が、司令の座を取り返すことに躍起になるようなタマじゃないとは思ってはいたけど。
それにしても、予想外の伏兵。その目に宿る意志は強い。速水と仲はいいと思っていたけれど。否、いいからこそ言い出せる「無礼」なのかも知れない。
会議の出席者たちは、声こそないものの驚いている。だが、表情の変わらない速水に意見を求められて、ある者は天井を見て、ある者はそっと周りをうかがうようにしながら、岩田以外が全員賛成した。
----見事なまでに信頼されてない。整備士たちからグチを聞かされていた原にすれば予想通りの顛末ではあるけれど。
どうするのかしら。パイロット上がりの司令さん。
自分をクビにしようという決議----なのに、全く表情を変えないままで可決を言い渡す。
いつものように笑っていた。ぽややんとした顔で。
あらら。
その笑顔は何だか食えない。リコールされたって感じの顔ではない。どちらかと言えば----そう、まるで……
「勝った」ような顔をしている。
原はほんの少しだけ、その流麗な眉をひそめた。この少年の考えていることは、どうも判らない。
※ ※ ※
その朝から茜は猛烈に走り始めた。
「辞令」を受けた直後にまた作戦会議を提案。裏マーケットに走って装甲とレールガンを調達する。学校に戻り、日曜で授業がないのをいいことに速水の置き土産----小隊長室の机に放置されていた書類の山を整理する。
夕方には何とかサマになる。
…ぐったりした体を何とか動かして味のれんに向かう。その途中で、速水が声をかけて来る。にこっと笑ったその顔で、何を言い出すかと思えば、
「…新型機と、ウォードレスと士魂号の予備、どっちが、今部隊に欲しいと思う?」
自分を無職に追いやった張本人に向かって何を言っているんだろう。茜は怪訝な顔で彼を見上げる。その笑顔は、「どっちがいい?」と更に尋ねる。
「新型----そんなに簡単に手に入りゃしないだろ」
「どっちがいいかって聞いてるんだけど。新型、興味ある?」
そうか。聞いてるだけか。茜は小さく頷く。
「装甲、かなり薄いから使い方次第だとは思うけど。でも、あれをうまく生かせれば戦局は変わるだろうね」
「…どっちがいいかって、聞いてるだけ、じゃないのか?」
速水は曖昧に笑ったまま離れる。取り残された茜の多目的結晶に、出撃命令が届いた。
着任初日でいきなり初陣。深呼吸して、走り出す。
※ ※ ※
水俣戦区。5121の部隊はスカウトの乗るレールガンと壬生屋機・岩田機。装甲は調達して来たばかりだったせいか、岩田は装備する暇はなかったらしい。
見回した敵陣はキメラとゴブリンたちだ。友軍も多い。
新しい司令は、航空支援を要請して、加藤に煙幕を準備させる。壬生屋機と岩田機とレールガンに無理しない範囲での前進を指示はする……が。
軽装甲の岩田は突っ込み過ぎる。重装甲の壬生屋はぴくりとも動かない。茜は、モニタを見下ろして自分に当り散らすように神経質な独り言をぶつぶつ呟いている。
最初からうまくなんて行くはずはない。その横顔は少し追い詰められている。自分が親友から奪い取った地位だから気にしているんだろうか。
そういう時に何かを言っても聞き耳を持たないだろうな、と加藤は思う。
岩田のアサルトがゴブリンを撃ち抜いて、航空支援が2度やって来て掃討戦。自隊戦果はただ一体の大勝。憮然としてはいるが多分あれは落ち込んでいる。かと言って、ただ命令された通りに指揮車を転がすだけの自分に言えることは何もないけど。
まだこれからだ。少なくとも、指揮車に対して、敵に突っ込めではなく引けと指示する判断力があるだけ、多分、前任たちよりはマシなはずだから。
戦果は大勝、撃破16で小隊戦果1。
その戦いの後、突如発生した幻獣軍で真っ赤に染まる熊本の地図の中で、天草戦区へ----一番の激戦区に5121は動いた。
転戦パターンは同じでも、速水がそうするより泣きたくはならない。何かが変わるような気がしていたのか----あるいは、あれより悪くはならない、と思えるからだろうか?
※ ※ ※
●TOPICS:
14:作戦会議、部署変更。茜→司令。
14:熊本市人口61万。ゲーム開始当時からは2万人減っている。
第2章 存在の意味を 3/15〜3/16
この兵器は歪んでいる。実物を目の前にしてすらそう思う。
ジャミング装置のために更に重くなった複座----電子戦仕様は、それが人型である意味が果たしてあるのだろうかと。この機体に、人型の機動力が果たして必要なのか。
ほとんど後方支援に徹すべき機体なのに。軽装甲並の装甲しか持たないのに、重装甲よりもベースの機動力がないのに。
奇妙な自己矛盾。
それから連想したように、無職だった頃から何故か話すようになった一番機整備士のことを思い出す。
連日の出撃で、唯一の稼動機体だった一番機は相当に酷使されていた。たまたま整備も出来るから、手伝っているうちに話す機会が増えた。
誰もいないハンガーで仕事をしながら、ぽつんと洩らすように呟く言葉の端々で、ひとつ判っていたことがある。
この小隊は何かしら事情のある連中ばかりが集まっている。遠坂もまた、ただの御曹司ではない。遠坂家という存在自体も芝村一族とのキナ臭い裏を感じさせるし、その上に彼が持つ共生派思想。
共生派が何故、わざわざ前線に出て来る? しかも芝村直属の部隊に。
電子戦仕様を見上げながらその時に思った。この機体を彼に使わせようと。整備士であれ戦闘員であれ、幻獣に向けられた憎悪を素直に武器に変えることが出来ない人間の方が、それを用意した茜の意図には適うのだから。
※ ※ ※
「最近油仕事ばかりですが、部署変更して実戦もしたいところです」
確かにそんなことを言ったような記憶がある。金持ちなら戦争をしなくてもいいと揶揄する声に反発するがごとくに。
電子戦仕様。誰を乗せるつもりで、戦果を稼ぎ出すミサイルランチャーを、事実上、殺す決意をしたのだろう。
そう考えていた遠坂に、茜司令は乗れと命じた。
何故自分なのかと問い詰める時間もなく、すぐに出撃命令は、来た。
戦場に出た電子戦仕様。ジャミング装置のために重くなっているその機体に対して、茜司令は前に出ろとは決して言わない。
士翼号となった一番機、軽装甲の二番機はともにその機動力で前線に立つ。
着実に削りながら、支援要請とスモークとジャミングを繰り返しながら。友軍スカウトが幻獣の前に倒れるたびに押し殺したような罵声が通信機の向こうから洩れて来る。
彼は何かをしようとはしている。でもひどく焦っている。何がもどかしいのだろう。自分か、それともこの部隊か。
前進の指示を無視して振り返る。コパイ席の芝村舞に向けてコマンドを。
「……わかった」
撹乱電波----ジャミング。それを感知したオペレータの声に、茜司令は一瞬呼吸を停める。
次に出る指図の声はさっきよりも幾分か落ち着いていた。
----それが役割か。これの。殺せではなく、守れと。
「芝村さん」
「なんだ」
「隙を作らず続行して下さい。----少しは、前に出ますが」
「わかった」
壬生屋・速水両機はにじり寄るように幻獣たちを引き付けて確実に当てて行く。
錬度の高い複座は、たとえ被弾しても被害を受けることもなく。
ただ、彼らを守るように。動かないことこそが、『動き』か。
戦場が消えた後に、戦果---引き分け、23中の小隊戦果は7、友軍スカウト3人が戦死----の報告をオペレータから受けて、その司令は悔しそうに地を見下ろしている。
回収される士魂号を見上げた時に、遠坂が視界に入ったらしい。少しびくりとして、それから憮然として。ありがとう。助かった。もっと前に本当は話せれば良かったけど。そんなことをぽつぽつと口にする。
「…どうせ何言っても、つっ走るんでしょう。付き合いますよ。…どこまでも」
そんな気分になった。初対面の時にはそこまで深入りすることになるとは思っていなかったが。
驚いたように見上げる。夜の闇の中ですら眩しいぐらいの白金の髪の下で、その緑の目が、笑う。
その笑顔はひどく幼い。
この少年がそんな顔をすることもあるのかと。
その時になって初めて、知った。
※ ※ ※
●TOPICS:
15:士翼号到着、一番機機体変更
15:作戦会議、三番機の電子戦仕様への改装
15:陳情、善行→整備主任 & 遠坂→三番機パイロット
16:善行とブータが作戦会議で補修部品調達を提案するが委員長権限で却下
16:陳情、原→一番機整備士(唯一の整備Lv.3を現場に落としたかった)
16:2人目のHな雰囲気は滝川。戦車技能を伝染させるべく、コキ使い中。
16:遠坂はリーチだ(嫌なリーチだな…)
第3章 彼の笑顔 3/17〜3/19
通りかかった速水は、今の立場に添うように少し崩れた敬礼をして見せる。その瞬間、奇妙な焦りは濃くなって行く。
何かが違う。あの時から感じ続けていた違和感。速水は自ら望んで司令になったのに、それを自分が押し出したのに。何とかしたかったとは言え、こっちはひどくもやもやしたしこりを消せずにいるのに、速水の方は全く表情が変わらない。そのままで、士翼号や大量の食糧や、茜が欲しいと言った物資を魔法のように調達して来る。
誰から? 何処から?
その上、これだ。
「使うがいい」
ことん、と音がして、小隊長室のデスクに金塊が落ちて来た。目の前で腕を組んでいるのは、芝村舞。
自分でも判る。呆気に取られてぽかんとしているだろうことは。
「何をたわけた顔をしておる。そのようなものを取引する裏の市場があるであろうに。武装品や補給物資の一部が流れて来ている。司令たるもの、使えるものは使うべきであろう?」
「…それはそうだけど、なんで芝村が」
「いいから、使え」
居丈高に言い放ちはするが、その顔がいささか赤い。だから気づいた。速水の差し金かと。そうでなければ、あの芝村が自分に金の延べ棒なんてよこしたりするはずがない。
彼が自分のために何かをしてくれるのは嬉しいが、しかし何だか腑に落ちない。向こうだってただの学兵。こっちだってただの学兵。その立場は平等なはずなのに、何故。何故彼だけが、そんなことが出来る?
3月18日、荒尾-玉名戦区。ミノタウロス5体。キメラがいない。ジャミングだろう。
今回はみんなよく動いてくれている。戦車全てにライフルをあえて持たせて来た。その火力で、相当なダメージを叩き出してくれていた。茜の方にもようやく少し余裕が出て来た。
被害なく大勝。戦果13中の小隊戦果は4に過ぎないが。それでも、危なげなく勝った。その手応えはあった。
※ ※ ※
●TOPICS:
17:いや別に速水の差し金ってことはないけどね。ゲーム的には。
17:喜んで受け入れちゃったらコクられるハメになった。断る。
17:瀬戸口が作戦会議を提案、ののみへの罰。女子全員+瀬戸口賛成という恐ろしい状態だったが否決。
18:陳情、自分の昇進
18:陳情、戦車兵用の予備ウォードレス
18:転戦、幻獣勢力180の山鹿戦区、転戦後の勢力比76:24
18:ふと見た熊本市況データで人口が59万人に減っていた
19:坂上から「仕事について(注意)」取得。本当は善行からと思ったけど…
19:転戦、幻獣勢力220の球磨戦区、転戦後の勢力比72:28
「俺こういうの向かないっつのー」
「うるさい。いいから手伝え無職」
「無職って呼…、うわ」
どさ。
滝川は、目の前に積まれた紙束に「んげー」と抗議の声を上げる。
前職速水は「紙仕事」が嫌いだった、というような噂を耳にしたことがある。とすると、茜は逆に紙仕事好きなのだろう。熊本県下の人類勢力・幻獣勢力のレポートや整備主任からの各機のステータス報告書、物資リストと棚卸表、そういうのはまだ必要性が理解は出来るが、熊本市の市況データなんて集めてどうするんだと滝川には思える。
ぶわさ。
更に重い音とともにファイルが落ちて来る。
「穴開けて綴じるぐらい出来るよな、無職」
「無職って言うなよ!!」
「無職だから無職なの。いいからとっととやる!」
「…信じらんねぇ…」
ぶつぶつ言いながら、それでもパンチャーを手にしてぷちんぷちんと穴開けを開始する。
茜はハンガーに見回りに出ると言い残して小隊長室を後にする。ぶ厚い紙束がクリップボードで留められているのをその手に抱えて。
外の光景が夕方から夜になる頃、滝川もようやくその山を片付け終わる。すっきりしたデスクの上を見回して。
つい気になって、熊本市の市況データをぱらりとめくる。
この小隊に自分たちが配置された時には63万人いた人口が、日を経るごとにじりじりと減って行くのがわかる。反対に物価は上がり続けている。
その減った人間の数と、熊本県下の人類側勢力をふと並べて、どきりとする。
それがただの数字ではなく、命の重さなのだと----気づく。
「ずいぶん綺麗に片付いたな」茜が戻って来ていた。「意外だ」
ずかずか入って来て、相変わらず小生意気な目で机を見下ろしている。
「何だよそれ。こ、この程度のこと、俺だって」
どさり。
「う、嘘だ…」
ふふん、と小馬鹿にしたような緑が滝川を見上げている。
「…てめー、人遣い荒いよ…」
「いいからそれも」
「うへえ」
茜は手を伸ばす。綴じられたファイルの1つを開いて、数字に目を落とす。
端正な横顔が滝川に背を向ける。いつもは加藤が使う事務官デスクの椅子を引き寄せて座る。その向こうから、声が届く。
「パイロットになったらもっとコキ使ってやるから覚悟してろよ」
えっ?
速水に聞いたことがある。仕事や訓練を手伝っていると、相手の持つ技能を継承することがたまにある、と。
茜は、司令という職には必要のない戦車技能を最近取った。
既に天才である彼はそれがなくても戦車乗りにはなれるにもかかわらず。
「…茜、今、なんて」
「----終わったら訓練付き合えよ。いいな」
「………」
司令にそれ以上の体力も運動力も必要ないだろう?
言いかけた言葉は飲み込んだ。どっちにしたって、こいつは素直に本音を話すようなヤツじゃないのは判っていたから。
----翌日。眠い目を擦りながら小隊長室に呼び出された滝川は、その仏頂面から転属を告げられることになる。
ずっと憧れていた士魂徽章とともに。
滝川は、二番機パイロットになった。
※ ※ ※
●TOPICS:
20:おお。意外に早く感染してくれて良かった、滝川。
20:岩田くん整備士に戻す。原さんが優秀なので二番機ヘルパーへ。
20:転戦、幻獣勢力210の人吉戦区、転戦後の勢力比73:27
21:陳情、滝川→二番機パイロット
21:とりあえず59万人キープだな…熊本市
21:デフォ装備のまま出撃させてみた。壬生屋動いてくれない。遠坂の士気が上がり過ぎたせいかジャミンクより殺しに夢中。ミサイル使いもやっぱりうまい。こいつは複座に乗るために生まれて来ているなあ…。撃破28/小隊13 友軍戦死1モコス1大破。
21:転戦、幻獣勢力200の球磨戦区、転戦後の勢力比74:26
22:生徒会連合特別徽章
22:再びデフォ装備のまま出してみる。臆病壬生屋に殺戮モード遠坂(苦笑)、そしてやっぱり何でそんなに優秀かな滝川…。大勝 撃破28/小隊6 友軍戦死1
22:阿蘇特別戦区400大軍団発生、お隣の阿蘇戦区(325)へ転戦して少し包囲効果を狙う。勢力比64:36
23:ライフルマニア5121小隊。遠坂はJAMMコマンドを忘れたらしい。いいけどさ。大勝 撃破16/小隊15 友軍戦死1
23:転戦、阿蘇特別戦区(400)、転戦後の勢力比53:47
第5章 阿蘇特別戦区 3/24〜3/26
士翼号に乗った壬生屋が嫌がるのを押し切って、92mmライフルでの射撃戦仕様に全員の装備を変えさせて来たせいか、彼女は頑なに前に出ようとしてくれない。
それならと滝川を一番最初に前に出させる。前任の二番機パイロットはそれなりに優秀で、仕事成果の数値は4桁を達成していた。それ故の回避率の高さがなければそうはさせないが。
まだ命中率が低いのは訓練不足だろうなと思う。それでも。
滝川は群れる地上の幻獣には目もくれず、スキュラにばかり銃口を向ける。射程内に飛び込んで。
指揮車からの支援は煙幕を優先で出した。整備側の仕事成果も悪くはない。生体ミサイルぐらいは、避けられるだろうと見越して。
彼は----いや、彼の愛機は、だろうか----立派に期待に応えている。途中、指揮車のスモークが途切れた中でスキュラのレーザーが掠ったが、それでもダメージは軽微。性能低下の報告はなし。
ミノタウロスたちが、腰を据えてスキュラに弾をぶち込み続けていた滝川機へとのたのたと歩み寄ったその時に、複座の芝村からコンソールモニタが回されて来る。
いいタイミングのジャミング。彼もまた理解してくれている。この戦場を潰すことの意味を。
それに安心したかのように壬生屋機も動き始める。ジャミング発動後はまっすぐに走り出した三番機と平行して、長いライフルの射程がゴルゴーンの群れをその中に捉える。
元より攻撃力の高い彼女が使う気になれば、その火力は充分だ。決して相手の射程に入るなと移動ポイントの指示と共に叫ぶ茜の声に、短いながらもしっかりした答えが返って来る。
大丈夫。勝てる。敵戦力400の数字を見た時に感じていた恐れはもうなくなっていた。ゴルゴーンに突撃し過ぎたレールガンが大破の憂き目に遭うが、それは予想範囲内だ。ハンガーには、予備のレールガンも既に準備して来てある。
脱出した可憐の2人も前に出させる。遠坂と、壬生屋と、それぞれのサブにつかせるように。
----滝川機は。
スキュラ2体とミノタウロス5体の射程に足を置き、それでも全ての攻撃をことごとくかわしながら、ただ空中要塞のみを撃ち落そうとしている。
複座はライフルを使いながら、タイミングをはかってジャミングを切れ目なく続けている。
終わってみればスキュラ戦果は全て滝川がさらって行った。
「期待に応え過ぎだ。つまらん」
「何だよそれ。司令の言うことか?」
滝川との会話にくすくす、と笑うオペレータの少女。それを通信機越しに聞いていた補給車の連中も自然に笑顔になる。
誰も死ななかった。熊本一の幻獣勢力を誇るこの地の戦いで。
それに勝る勝利などあるはずもなく。
※ ※ ※
●TOPICS:
24:熊本市58万人。じりじり減っています。
24:舞の電子妖精巻き上げてたらまたコクられるハメに。仕方ないのでちょっと仕事について注意。
24:若宮、中村、加藤など、みんなで小隊長室で訓練されると茜くんは不安になります。誰に蹴落とされるやら。びくびく。そんな中で事務官デスクで熱心に訓練する来須くんってどうなんですか。
25:火の国の宝剣
25:ライフルマニア5121。勝利 撃破19/小隊戦果14 損害1(レールガン)
26:上級万翼長になる
26:陳情、士翼号
26:同じくライフルマニア5121。滝川、ホントにスキュラ狙いで頼もしいこと頼もしいこと…。勝利 撃破16/小隊戦果11 損害1(レールガン)
26:阿蘇特別戦区勢力114に。225の上益城へ転戦。転戦後勢力比73:27
第6章 2つの士翼号 3/27〜3/31
原が整備士の現場に下りた途端にやって来た士翼号。彼女は、それを見て、司令が何をしたかったのかを瞬時に理解することになる。
それまでの士魂号とは多少勝手が違うその機体を、まともに整備出来る人間は、原しかいないという判断なのだろう。
「…全く…司令ってヤツはどいつもこいつも、面倒なことはこっちに任せっきりなのよね…」
などと文句を言いつつも、それをあっと言う間に使い物にしてしまった自分の手腕がちょっと誇らしかった。
そして唐突にやって来る再びの異動。整備主任に復帰かと思ったら、二番機整備士。
「あの、司令…」
「教室に戻れ」
取り付くシマなし。
放課後に仕事場にやって来て、原は「あー…」とただ溜め息をつく。
二番機は新品の士翼号に機体変更されていた。
「…そういうことね…」
ちょっとげんなりしながらも、それを任されたのは一番機整備の腕を見込まれた故と思うことにする。小生意気で口は悪くても司令は司令だ----それに。
「----この戦力値で、戦わずして勝とうとしているなら、それは悪くないわね」
お互いに傷つきながら最後のひとりさえ残れば勝ち、というような、前任たちの戦い方とは方針が違う。今の司令は、戦いで戦車の性能を低下させたことが一度もないのだから。
腕まくりして取りかかる。一番機でコツは掴んでいるから、問題はないだろう。思った時に、上から声が降って来た。
「先輩」
「…森さん??」
「私も二番機回されました。よろしくお願いします」
この小隊の整備士の中で、整備技能の高いメンバーが、二番機に集められている。
へえ。
原はちらりと小隊長室の方を振り返る。人遣いが荒い司令だこと。
そう思った途端に、本人が目の前に現れる。少々、ぎくりとする。
「…2人ともいるな」
「はい」
一応は司令。すっと背筋を伸ばして次の言葉を待つ。
その前に、ぐい、と真新しい工具箱が2つ、差し出される。
「…司令?」
「急ピッチで仕上げろ。マトモになるまで待つなんてことは、僕はしない。----早く受け取れよ」
「はっ」
ホントに人遣いが荒い。そのずしりとした重みの工具箱が2人の手に渡ると、茜はさらに原に目を向けて言葉を継ぐ。
「冷蔵庫、後で見てみてくれ。強化人工筋肉と改良アビオニクスを集められるだけかき集めて来た。全部ニ番機投入だ。明日までに装甲値[B]ランク達成。よろしく」
「…はあ?」
「苦情は受け付けない。命令だ」
ただですら元の装甲値が低い士翼号を、1日で----否、今から「明日までに」ということは実質10時間強で一番機並に仕上げろだなんて。そんなの明らかにムチャクチャだ。
「ちょっ…」
再びの、取りつくシマなし。ぷいっと振り返ってハンガーを出て行く。
「冗っ談でしょ…」
むかむかしながらも、森と一緒に冷蔵庫を見に行く。そして----アゼンとする。
冷蔵庫の中だけではなく、その周りにまで、クーラーボックスがどっさりと山積みされていた。
「…あ、集めて来たって…」
「確かに…集めて来てますね…」
ぽかんと暫く立ち尽くしたのは一瞬で、2人は同時にお互い目を合わせた。これだけの好条件で整備が出来るチャンスは滅多にないのだから。
翌朝。二番機は総合評価値+665上昇という前代未聞の整備効率で、命令通りに装甲値[B]ランクを達成してハンガーアウトした。
小隊戦力は一気に600に手が届きそうな数値を叩き出す。それに押されたように、司令はひたすら激戦区へと転戦し続けていた。
※ ※ ※
●TOPICS:
27:二番機、士翼号に機体変更
27:陳情、原と森を二番機整備
27:ライフルマニア5121。未調整士翼号を前に出したくなかったのでちょっと臆病になってしまったかも。大勝 撃破26/小隊戦果11 友軍戦死1
27:上益城戦区100になる。258の菊池戦区へ。勢力比76:24
28:原と森異動完了。あ。岩田が追い出されたか。うむ。
28:陳情、田辺・新井木を一番機整備
28:スイカとテレポートパス(舞から交換で入手)を手に強化人工筋肉と改良アビオニクスをあるだけ「調達」して二番機に全投入。1日で整備側仕事成果ALL 1100 Overというスバラシイ状態になる。聖者では司令なんてやってられません。
28:原と森に工具箱プレゼント。ついでに狩谷にもプレゼント。
28:熊本市は現在57万人です。
29:田辺・新井木異動完了。岩田(整備Lv.2)を二番機整備へ戻す陳情
29:もちろん岩田にも工具箱プレゼント。一緒にブロードウエイを目指すハメになる。
30:岩田異動完了
30:陳情、武尊×3
30:瀬戸口ののみ付き合い始めた。あれっと思って来須見てみたらヨーコの手作り弁当持ってた。
30:319の八代戦区へ。勢力比70:30
31:茜は意外と文系であるらしい。テスト16位
31:もちろんライフルマニア5121。勝利 撃破17/小隊戦果9 友軍戦死1友軍損害1 L型壊してしまいました。でもミノたんに突っ込んではめーなのよ。
31:八代165に。273の水俣戦区へ。勢力比73:27
第7章 それもまた、戦い 4/1〜4/5
「…ちょっといいですか、司令」
小隊長室から出て行こうとしていた茜がその声に足を止める。相手が善行だとわかると、他の連中に対してはいつも憮然としているその顔が少しだけ引きしまる。
わずかな緊張。階級も同じ、まして立場は彼が司令でこっちが副司令だ。そういう居住まいをすべきなのは、むしろこっちなんだが。
「先日の二番機整備の件ですがね」
びく。
気取られないようにと意識はしているようだけれど、わずかに手が震えた。やはり何かやましいことをしましたか。そうは思いつつも、それを責めるつもりで声をかけたわけではなくて。
「…確かに、小隊に全てに対して司令は権限を持ってはいます。いますが、少なくとも整備に関しては私も責任者です。別に悪いことを企んでいるわけでもないんですから、一言相談していただいてしかるべきだと思うんですが」
「……すいません」
敬語。
「司令」
「はい」
「司令はあなたです。私は部下です。階級は同じですが立場はそういうことです」
「………」
見上げる目は困ったように泳いでいる。
司令という立場を自分が奪ったとの負い目でもあるのだろうか。彼の司令ぶりは、善行のそれとは違うとはいえ、この程度の小隊においては間違ってはいないのだが。
まだ自信がないのか。やることなすこと暴走しているというか、ひとりだけで突っ走っているというか。これ以上どんな高みを目指しているのか。何が足りないと思っているのか。所詮生き残ることすら期待されていなかったこのひ弱な学兵を率いている以上、発言力を使い果たして装備で強化をはかることは悪いことではないだろうに。
滝川や速水と仲は良さそうに見えるが、それでも司令たる茜大介はひどく孤独だ。全てをその身に抱え込んで。誰にも何も話すことはなく。ある日突然装備や人事を刷新する。周りは正直に言えばそれに振り回されているのだが、しかし結果は必ずいい方向へ向いている。
だがしかし。
「----あなたにはもっと話しやすい副司令の方がいいのかも知れませんね」
自分がこの小隊で出来ることはもうやっただろう。むしろ、自分がここにいることが彼を追い込む一因になっていないとも言い切れない。
この少年が作り上げたこの城を。
「我々」らしいやり方で、支える手管が、自分にはあるのだ。
「私は私で----あなた方のために私の出来る全力をつくしましょうか。友人として…権力者の端につながる者として」
…不良すら、子供すら、この国のために戦っているのだ…持たない者が持てる者の全てを賭して。
…この国が、負けるわけがない…。
いや、負けさせてはならない。
負けさせるわけには、行かないのだ。
茜司令は意味がわからないという顔できょとんとしている。
----わかれと言うつもりなど、最初からありはしなかったが。
※ ※ ※
●TOPICS:
1:実は滝川に技能伝染の目的以外で「一緒に仕事」を封印していた。茜司令は孤独がいいなと思って。
1:熊本市56万人
1:戦場にて滝川親友通信。これはPCが司令で聞いても違和感ですねえ。
1:ああやっぱりライフルマニア小隊が一番使い易いなあ。勝利 撃破23/小隊7 友軍損害1(戦死0)
1:水俣戦区133に。185の山鹿戦区へ。勢力比79:21
2:ヒトウバンなんて久々に見た。大勝 撃破18/小隊4
2:山鹿戦区72となる。170の金峰戦区へ。勢力比81:19
3:熊本市まだ56万人
3:善行「はげます」ゲット
3:金峰戦区135に減る。何もしなくても35も減るとは…。阿蘇特別戦区(159)へ。勢力比80:20
4:陳情、士翼号の予備と久遠戦車兵型の予備
4:まだライフルマニア。というか壬生屋が全く特攻しないってどうしてだよ。大勝 17/10 友軍戦死1
4:ありゃ、阿蘇特別戦区の幻獣勢力0になってしまった。148のお隣、阿蘇戦区へ。勢力比85:15
5:善行帰還フラグON
5:幻獣が数を増やして192となった人吉戦区へ。勢力比79:21
第8章 パズルのピース 4/6〜4/10
政府が戦争を宣言した、と今更のように告げる本田の声を空々しい思いで聞く。
昼休みにも少し仕事をしようとした時に、素っ気無い報告書が机に置かれているのに気づく。
----善行が、4/6付で5121を除隊されて旧命に服したと。
あの言葉はそういう意味だったのか。
元司令として、時折相談をしたことがあった。そのアドヴァイスをそのまま実行したことは少なかったけれど。
その報告書は更に続いている。目に入ったその名前に息が止まる。
彼が、自分の後継として整備主任に指名して行ったのは、速水だった。
相談しやすい副司令----。
後になってから次々とパズルのピースがはまって行く。それにこっちが何を言うことも出来なくなってしまってから。
物音に振り返る。速水が立っていた。
「正式な辞令は明日だけどね」
「----知ってたのか」
「うん。さっき、本田先生経由で手紙を渡された。たまたま無職だったからかな」
ぽややんと笑って首を傾げる。
「でもまあ、多分、何かしらの役には立てると思うよ。少なくとも相談相手ぐらいにはね。善行さんも書いてたけど、今の茜は何でもひとりで抱え過ぎだよ? 僕は何が出来るってわけじゃないけど、でも、話ぐらいはいつでも聞けるし」
「----速水」
「うん?」
何かしらの役には立つだって? 何が出来るってわけじゃないって? 相談相手ぐらいにはなるだって?
「……もう司令には戻らないのか?」
「思い出させないでよ。あんなの、悪しき前例じゃないか。今の部隊はみんな君について来てるんだから。司令は、未来だけ見てればいいんだよ?」
まだ錬度の低かった頃から常に激戦区へ動かして来て、機体や装備や人事を勝手にいじり倒して。横暴さで言えば茜のやっていることだって独善的であることに変わりはないが、それでも隊の士気はあの頃よりは高い。小隊の戦力値も600以上という化け物のような数字を叩き出している。
その一因は彼にある。そう----『悪しき前例』。一緒の職場の加藤から雑談ついでに聞いたことがある。みんな、司令のやり方には文句は言うが、必ず続く言葉があると。即ち『まあ、前任よりはマシだけどね』。
「速水」
「なに?」
「僕は、司令に向いていると思うか?」
「うん」即答。「いつか詰め所で話してくれたよね。----僕ならこうはやらない、って」
それは。ずっと引っかかっていた、パズルの、最後のピース。
「しばらく激戦区が続きそうだね。やっぱり、戦車隊はライフル中心で動かす?」
「そのつもりだけど」
「わかった」
速水は毎朝のようにライフルの弾倉----砲弾倉を茜のために陳情し続けている。戦場での消費量を上回るストックを見渡しながら、茜はほんの少し騙されたような気持ちになっていた。
最初からこのつもりだったんだろうか。どんな無謀な司令であっても、前任が無能(に見える状態)であれば、「それよりはいい」と部下たちが結束する。
そのために彼は立ったのだろうか----蹴落とされるためだけに?
※ ※ ※
●TOPICS:
6:善行帰還
6:岩田「全力射撃」「後方切り」
6:人吉戦区169にまで落ち込む。うわあ。181の八代戦区へ。勢力比80:20
6:空席となった整備主任に代理として速水厚志が任命されました(←狙ってた)。
7:NPC中村が生徒会連合特別徽章取るの初めて見た。
7:岩田「なんでもない」
7:まさか戦力値181でもスキュラ出るとは。引き分け 撃破15/小隊7 友軍損害1死者3
7:八代戦区72となる。福岡陥落。270の阿蘇戦区へ。勢力比76:24
7:小隊戦力ようやく620
8:岩田「あやまる」
9:なのに270でスキュラがいないのね…。勝利 撃破20/小隊5 友軍戦死2
9:阿蘇戦区79に。233の菊池戦区へ。勢力比79:21
10:ねこかみさまイベント隆起。
10:市街地戦だ。スキュラなし。勝利 撃破17/小隊4 友軍戦死2
10:絶望的な数の後でも阿蘇戦区178。270の西合志へ行く。勢力比74:26
第9章 みどりいろのなみだ 4/11〜4/15
「…おひさしぶりです。どうしました」
善行はごく何げなくその通信機のモニタに目を向ける。その目の前にいた少年の表情に、内心、いささかぎくりとしていた。
周りに人がいる時に話している間には、そんな顔を見せたことは一度もない。壊れそうに震えている長い睫の下で、緑の瞳は、揺れていた。
かろうじて涙は落ちてはいないが、もう直前なのは、ノイズだらけの小さい画面でも理解は出来た。
善行が熊本を後にしてからしばらくたって、人類側の優勢に傾いていた熊本県下の戦力値が突然、逆転した。新型機2機を備え620の戦力値を誇る5121の存在ですら、今の熊本の勢力を人類側に傾けさせることが出来なくなってしまったのだ。
人類不利。その状況で、新米の司令官が不安になるのは当然だ。それまで、ずっと勝ち続けて来た。彼らがいたから熊本は優勢でいられるのだと、熊本中から恐れと絶賛を受けていた部隊なのだ。その力を持っていても、なおも報告書の地図は赤い。それは、見ていたけれど。
「…実は、その」
言いたいことがあまりに多くて何も言えない。そういう顔だ。正直に言えば、あの少年がこんな風にひどく脆い表情をすることがあるとは思ったことがなかった。
善行は、しばらく考えた後、にっこり笑って新しい委員長を見た。
「いい方法を教えましょう。にっこり笑って」
「…え?」
「にっこり笑うんです。すべてはね、そこから始まるんです」
「………」
「人の上に立つ人間は、にっこり笑うのも仕事のうちですよ。部下が不安になるでしょう? 大丈夫、あなたはうまくやっていた。今の状況がどうであれ、これからもきっとうまくやれます。あなたは、間違っていません。間違っていたら、あなたに部隊を----22人の命を、預けて戻ろうなどとは思っていませんよ」
大きく目を見開く。
「私はもう、手伝うことは出来ませんが、心はいつもあなた方の側にあります」
「……善……」
「茜くん。私はもう、手伝えません。話すなら、彼を----副司令を、頼りなさい。彼ならあなたをちゃんと支えてくれるはずです」
頬に一筋流れて行く涙。半開きに何かを言いかけた唇は、言葉を失ってゆっくりと閉じた。
俯いたとも頷いたとも見える。その姿に。
「涙を拭きなさい」
そう笑うことしか、善行には出来ない。
彼は思ったより追い詰められている。少なくとも、あんな風に脆さを善行に晒すことなどあの頃にはなかったのに。
通信機を切った後で、善行は別の回線で電話をつなぐ。予定よりは少し早いが、用意出来た装備品や志願兵たちだけでも先に熊本へ送らせようと根回しを開始する。
今の善行にはそれが精一杯だ。本当はもう少し長期的な策も考えてはいたのだけれど。
※ ※ ※
熊本県下に関東からまた学兵たちが集められて投入されて来た。
その気遣いが、自分たちのためだとわかってはいても。
また殺してしまうんだろうか。ゴブリンリーダーごときの力にすら対抗出来ない未成熟な兵たちが、数が揃っているからと言って「優勢」だなんて言われても。
それは優勢なんかじゃない。戦力値の計算だけで勝ったような顔をしていていいはずがない。
人類勢力はじりじりと減り続けている。すでに620となったいびつな遊撃部隊の戦力が、数字上の勝ちを演出しているだけに過ぎないのに。
人が死んで行く。クスリで意識を殺されて無謀な特攻を仕掛けながら。新型機という鎧に守られて指揮を執るだけの自分は、彼らを守ることさえ出来ていない。
ただ殺して行くだけなのか? 消耗させているだけなのか?
何が違う----双方が疲弊するしかないね、と俯いた速水を責める資格なんてない。
ただ殺されるためだけに投入された戦力でしかないのに。
これ以上の人の死を見たくなんてないのに。
小隊長室の通信機の前で、先日の元司令の笑顔の残像を睨みながら、言ってももう届くことのない言葉を繰り返す。
僕ならそうはしなかった。きっとそうはしなかった。数字だけ勝てば勝ちとはわかっていても。それが戦争だとはわかっていても。
むしろ誰もいなくなればいい。5121以外の全ての学兵たちを、山口に避難させた方がいい。自らの責任でただ戦う方がいい。誰も殺さないで。誰も死なないで。
※ ※ ※
●TOPICS:
11:大増援直後なのにすきゅらんがいないよう…。大勝 撃破14/小隊3
11:西合志146に。225の川尻-宇土に。勢力比77:23
12:すきゅらん何処にかくれんぼしてるかな。しかし小隊メンバーは動く気はあるようだけど足が遅過ぎる。むーん。勝利 撃破18/小隊9 友軍損害1戦死1
12:川尻-宇土87に。190の金峰戦区へ。勢力比79:21
13:善行から通信。私の内部では「覚醒茜」スイッチ。そろそろ壊れてもらうよ、茜。
13:岩田と遠坂もHな雰囲気になっちゃった。遠坂、延べ棒貢いでくれないかなー(おいおい)。
13:善行支援入る。金峰165に。189の人吉へ。勢力比80:20
14:ウォードレス廃棄の報に物資チェックして武尊と久遠×2を陳情する
14:そう言えば田辺ちゃんって一番機整備士だった…装甲落下イベント。足に傷がついたらどうすんだよ。フン。とか言いながら助けてみた。
14:人吉163に。177の水俣へ。勢力比81:19
15:水俣149に。168の球磨へ。勢力比82:18
第10章 その苛立ちを 4/16〜4/21
二番機パイロットの仕事評価がようやく900を超えた途端に、茜司令は朝のHRを受けさせる時間もなく出撃命令を下すようになった。戦場での茜司令は、それまで敵の射程内に足を止めるなと何度も何度も言い続けていた。それがその日からは違っていた。
壬生屋は、慣れない射撃戦をようやく飲み込めて来たと思った途端に、二刀流の----元々の彼女の戦いを黙認するようになった茜司令に多少の不信感が拭えずにいた。
アサルトを手にした二番機・三番機が前に出るのを追いながら、司令からの指示を確認して、少し茫然とする。それまで敵の射程飛び込むことをよしとしなかったのに。ゴルゴーンの群れに飛び込め、と?
士翼号の機動力を以ってすれば不可能ではないとはいえ。整備士たちの苦労がそれで反古にされたら恨まれるのはこっちなのに。
距離を測る。近接攻撃の懐に入ることまでは強いられてはいないか。指揮車からジャミングが発動する。
「壬生屋機! 出ろ!!」
「----承知しています」
深呼吸する時間ぐらい、下さい。
内心でだけ指揮車を睨んで機体の方向を変える。その途端に、10時方向のゴルゴーンに無謀な特攻を始めた友軍のスカウトが目に入る。滝川機にフォローするように指示が入る。彼は機体の方向を捻じ曲げてゴルゴーンを潰しにかかる。
----友軍を、守れと?
壬生屋機が走り出す。誘われるように集まったゴブリンリーダーたちも、手の届く範囲にいて。
ゴルゴーンを一断する。この感触は、久し振りだ。やはり自分にはこの方が似合っている。幻の肉片、幻の返り血。彼らの非実体化とともに消えて行く化粧。
司令が息を呑む音が微かにする。オペレータの報告に視点を向けると、そこにはまさに今消えようとしていた1つの命がいた。可憐のウォードレスから、混ざり合って桃色になった血が流れる。
ちくしょうっ、と彼は叫ぶ。僕は何も出来ないのか? と。
コンソールを叩いたような鈍い音。
それが、彼の焦りの原因であることをその時に知る。彼は全てを守りたいのか。ここに生きるひと全てを。そのために立ったのか。司令というその職に。
捨て駒のように投入された小さな命たちのために、この新型を使えというなら----
壬生屋は太刀を振り上げる。左右に薙ぎ払うように小物たちを片づけて。
「機体がどうなっても知りませんからね」
「どうかなっても半日でロールアウトしてやるよ! 前に出ろ!」
「参ります」
新型は舞い始める。最前線で敵陣の射程を一身に集める。弱々しい友軍スカウトに向いていた幻獣たちも彼女の方に方向を変えた。
被弾はあれどレッドアラームはなし。ゆるりと機体を旋回させながら、刀を、振り下ろす。
壬生屋の血を見せましょう。突っ込んで斬る---無謀なことしかできないわたくしこそが、役に立つと言うのでしたら。
※ ※ ※
●TOPICS:
16:全員突撃ガンパレード週間。殺してやる殺してやる殺してやる。
16:最高でもミノ1匹の小部隊。しかしいくらなんでもゴブリンキックで800もダメージ食らうスカウトってどうなんですか友軍さん…。大勝 撃破19/小隊9 友軍戦死1
16:球磨36に。153の人吉へ。83:17
17:ああ、ついにミノたんもいなくなった…。大勝 15/11 友軍戦死1
17:145の金峰に転戦、84:16
18:と思ったらミノ3匹ー。ミリオンパピーから援軍要請。行きましょう、って、非実体化されてしまいました。大勝 13/4
19:ゴル部隊ですね。滝川機も特攻野郎モードなので遠慮なく突っ込ませます。ゴルの近接さえ入らなきゃ平気。SUN-Qから援軍要請。非実体化。大勝 18/16
19:125の天草へ。
20:ついにゴルもいなくなったよ…。大勝 14/5
20:110の阿蘇特別へ。
21:非実体化3連コンボで引き分け。
21:そして茜司令、ふと我に返る。
第11章 街の灯の数 4/22〜4/30
このところ、早朝5時過ぎになると、学校の屋上から小さな声で歌っているのが聞こえて来る。速水がそっと覗き込んだその先に、ひとりで座っている少年。暗闇の中でも、その髪は、わずかな街の灯を反射してひどく目立つ。
「茜……司令」
歌は止まる。振り向いたその顔は、少し、余裕が出て来ているだろうか。
ここ1週間の彼の自隊の振り回し方は物凄いものがあった。片っ端から敵勢力の大きな所を巡って、闇雲にとすら見える突撃型の指揮を取り。「悪しき前例」の再来のように周りから文句が出てはいたが、その狂乱はもう終わった。まさに、効いたのだ。
今の熊本県下には幻獣勢力は全く存在しない。どの戦区の勢力図もひたすらに、青。人類勢力が全滅した地域もなく。その遊撃部隊は、果たすべき役割を終えたのだ。
----この成果は、やがて関東防衛戦が始まった時に「上」が無視するはずはない。そんなことを、ひとりで胸の内で呟く。
「邪魔したかな」
「いや」
隣にずるずるとビールケースを引きずって来て座る。まだ完全な夜明けには早い薄暗い空の向こうに、街の灯が揺らめいている。
幻獣がいた頃は、空気が澄んでいたから、こんな揺らぎはなかったな。そんなことにまで、人が生きていることを、感じさせる。
「何見てたの」
「…数えてた」
「かぞ……何を??」
「灯」
目を向ける。
「避難住民が戻って来てるんだよ。一時期は57万人にまで落ちてた熊本市の人口が、今朝の市況データでは60万人にまで復活してた」
「…へえ」
「幻獣との戦いに巻き込まれて、家や土地がどうなっているかわからないのに…それでも戻って来るんだな。どうせ自然休戦期が明けたら、またここは前線になるかも知れないのに」
「…ふるさとだからね…」
「僕にはそんなものはないから、その感傷はわからない。感傷より安全性だ」
亡命国家フランス。彼の『ふるさと』はもう物理的には幻獣の支配下にあり、ただ政治の機能だけが日本に移されて、形だけの国家を残している。今の茜の国籍は日本だが、ふるさと、というものがあるとすればそこが彼の故郷だ。もう存在しない故郷。
「…ごめん。嫌なこと思い出させちゃったかな」
「…もう遅いよ…」
唇が白くなるほど噛み締めている。何かを堪えるように。
「…ごめん…」
「…くそ、なんで僕は子供の姿で生まれてきたんだ----。今の戦争だって、第3次防衛戦争だって、僕は結局学兵だ。この灯たちを、」言葉とともに腕を伸ばす。「この灯を守り切れたからって人類が勝てる保証なんて何処にもありはしないのに、ここでこうしているうちにだって、誰かが、福岡や宮崎や鹿児島では、まだ、……」
言葉が途切れる。目の前の速水が、笑っていることに気付いたように。
「…んだよ、その、顔…」
「大丈夫」
速水は、いつも以上にぽややんと笑っていた。
「君がいる限り、僕らは勝つよ」
「----は?」
今はまだ、それ以上は言わない。速水はただ、自分の中で小さなシミュレイションを起動しただけ。それが実現するかどうかは、わからないけれど。
※ ※ ※
●TOPICS:
22:なーんにも起こらない平和な日。
23:全戦区幻獣0達成。熊本中心部に移って、後はのんびりと常春学園モード。
24:茜司令、振り回してごめんなさいの代わりにシャワールームと休暇を陳情するの巻。
25:キャンプです。
26:熊本市の人口が初めて増加に転じた。58万人。嘘みたい…減り続けるものだと思っていたのに。
26:原さんが作戦会議をしたいそうだ。平和だから誰かの罰かなあ…。
27:と思ったら模擬格闘戦だそうです。4:4でしたが、平和ですし、いいでしょう。やりましょう。
28:熊本市の人口が59万人に増えました。続々と避難民が戻って来ている感じですね。で、↑ああいう展開になったわけです。平和でも劇的な部分が何処かにあるGPM。
28:原さんに刺激されて、模範演舞の練習を提案してみようかと作戦会議。
29:全員一致で可決。錬度は高過ぎるほどなのでもちろん成功バージョン。このイベントいいですねえ。整備士が報われる感じで。とても。
30:熊本市の人口60万人に回復。
まるで家庭教師みたいだなあ、と岩田はぼんやりと考えている。
平和になってしまった後でも、部隊運営をしている限り司令の「紙仕事」が減るわけではない。そのせいか、既に小隊内では比類のない知力の持ち主であるのに、茜司令は毎日の日課のように放課後は図書館に篭っている。そして、それに岩田は付き合わされている。
「…なんでまた私なんです司令」
「女はウザい」
最近入ったばかりの、新型機に関する資料----図書館の蔵書ではなく彼の私物らしい----を眺めながら即答する。
「いけませんねえ。人生にはジュテームも大切ですよ。最近仲良さそうじゃないですか、例のブルーヘクサの子」
びくっ。
「女はウザいんだよ」
言葉は変わらないが、顔色は変わった。わずかに、赤い。
茜がハンガーで、落下して来た装甲から彼女を守った話は小隊の中では有名だ。それ以来、恩義を感じているのか、田辺は何かお礼がしたいらしく、夜遅くまで仕事をしている茜に夜食を差し入れようとしたり、仕事を手伝おうとしたりしているのも時々見ていた。
仕事を手伝いたいという申し出は彼も受け入れてはいる。ただし、司令の仕事を手伝わせるのではなく一番機を手伝いに行ってしまうのだが。
夜食に、と差し出された弁当は受け取ろうとはしていないようだ。一度、どうしてもと頭を下げられて困ったように受け取ったと思ったら、しばらくして「余った」と言いながらサンドイッチを彼女に渡しているのを見た。要するに好意を拒んでいるのではなく、彼女のために受け取りたくないのだということだ。田辺の方には通じていないように見えるが。
図書館が閉館して、仕事に戻る茜が小隊長室に入って行くのを見届けてから、岩田はふよんふよんと独特の走りでもってハンガーに行く。仕事をしている田辺に向けてその赤紫の爪を突きつけた。
「フフフ、耳を拝借します」
「はい?」
「茜司令と仲良しになっちゃってください」
「は………はい??」
「何なら押し倒しちゃってください。ありゃ意外と、押されないと気づかないタイプですね。フフフフフ」
「な……!!」
げいいん。
彼女の衝撃に呼応するようにたらいが降って来て岩田を直撃した。ただし、田辺本人は恥ずかしさに顔を真っ赤にして俯いていたせいで見ていなかったようだが。
「へ、変なこと言わないで下さい!」
そのまま、田辺はハンガーから走って出て行ってしまった。
誰もいなくなる。
「……逃げるのは私の役目なんですけどねえ……」
床に伸びたまま、岩田はひとりで呟いていた。
だが岩田は、それからしばらくして、その一言が功を奏したことを知ることになる。巷の噂話から、田辺が茜に告白したらしいことを聞いた。そして、その日以来、茜に図書館に付き合わされることはなくなった。閉館した図書館から2人が連れ立って出て来るのにハチ合わせたこともある。
それでも、茜司令は相変わらずの仕事魔だ。田辺が日曜日に何処か遊びに行かないかと誘ったのも断ったらしい。もう平和になったというのに、もう少しイチャイチャしてもバチは当たらないと思うんだが。
「どうも平和過ぎると調子が狂います。ひと波乱起こしてみましょうかねー」
フフフフフ、とひとりで怪しげに笑いながら、岩田は小隊長室に向かっていた。
※ ※ ※
「……岩田」
「さぁ司令! 辞令です! 陳情しちゃったのです! フフフフフフ。今日からこの小隊は僕のモノォォォ」
目の前でくねくねする物体に司令への異動を告知するハメになった茜は、授業を受ける前からぐったりと疲れたような気がした。
----なんでまた。この部隊をここまでにしたのは僕なのに。今更司令になって何をしたいって言うんだ、岩田のやつ。そんなことを呟きながら教室に向かう。
一組に入りかけて、溜め息。二組は久し振りだ。とぼとぼと足を踏み入れると、周りが一斉に茜に目を向ける。
何故か全員、にやにや笑っていた。
司令を下ろされた屈辱と相まって一瞬キレそうになるが、何とか抑える。そこら辺の机に座ろうとした途端、一番にやにやしていた整備主任----速水が、茜の手をつかんで別の席へと引きずって行った。
「何だよ」
「ここが茜の席」
どす、と無理矢理座らされる。
わけがわからない。
その後も、立ち上がらせないかのように肩に手を置いたままだ。
「----何してんだよ、速水」
「いいからいいから」
にやにやにやにやにやにや。
何かある。何かあると判ってはいても何なのかまでは判らない。
そのまま先生が入って来る。その後に田辺も駆け込んで来た。そして。
「----あ」
ちょっと赤くなって、隣の席に腰を下ろした。
----隣。
授業を開始した坂上の声と同時に静まった教室の中で、仏頂面(でも真っ赤)の茜をふわりとあたたかな視線で幸せそうに見つめる田辺に、全員のにやにやがずっと収まらなかったらしい。
翌日。すぐに司令に戻った茜は、どういうつもりだ、と岩田に食ってかかっていた。
「てめーら結託しただろ! 妙なところで!」
「何の話でしょー。妨害電波のせいでわっかりませーん」
ふよんふよんと逃げる岩田の背中を、ただ脱力して見送ることしか出来なかった。
----まあそういうのもたまにはいいかな、とちょっとは思わないでもなかったけれども。
もうすぐこの戦いの日々も終わる。そうなればこの小隊は解散することになる。この先、しばらくはチャンスはないだろうと思えたから----こんなにまで、平和な日常なんて。
※ ※ ※
●TOPICS:
1:田辺ちゃんに2連続で仕事を誘われるわデェトに誘われるわ。妙に積極的な田辺ちゃん。こりゃ告白フラグ立ちましたね。デートはゴメンナサイ。何故かと言うと、
2:募金活動提案。全員一致で可決。ぼきんー((C)ののみ)。
3:田辺から「お金を返す」ゲット。昼休み教室入り直したらコクられる。OKする。
3:放課後の田辺は提案魔。仕事×2したり訓練したり壊れた眼鏡くれたりデェトに誘って来たり。もぉ根負け。フン、やってやるよ。
3:坂上先生が作戦会議をしたいらしい。何する気だろう。
4:坂上先生の提案はキャンプとな…(^_^;)。全員反対なのでさすがに否決。
5:一緒に仕事しようが日課の田辺ちゃん。
5:60万人から増えないなあ…。
6:岩田に司令を追い出されてしまった。陳情で戻し。田辺ちゃんと隣の席にしてくれようとしたのかも。親友があんまり仕事ばっかなので。
6:岩田の置き土産は東町-熊本空港への転戦。
7:速水WCOP。遅いっちゅーのに。これはもっと早くくっついて欲しかった…。
8:60万人以上はどうにもならないのかも…。3万人は避難民ではなく死者なのかな…。
9:田辺ちゃんとデェト。プールチケット拾っといた。
10:何事もなく。
〜epilogue〜 もうひとつの茜作戦
関東防衛戦。その主戦区がまさか東京になるとは誰も思ってはいなかった。余裕のない中で、未だ政府の主機能が集中している東京を守りながら勝たなければならない。その作戦参謀に1度推挙された速水----今は芝村厚志となった青年は、その役割を拒否して、代わりに茜の名を挙げた。
恋人の芝村舞に何故と問われた"厚志"は、不敵に微笑してこう答えたという。我らは我らにしか出来ないことがある。我ら「にも」出来ることではなく、我ら「にしか」出来ないことに時間を割くべきなのだ、と。
軍の関係者で、熊本での彼の活躍を知らない者は誰もいなかった。本来ならまだ学兵であるはずの年齢のその少年が、東京防衛戦の作戦参謀としてその名をまた世間に出すことになる。
その日から、東京防衛戦は、通称、茜作戦と呼称されることになった。
※ ※ ※
「----厚志」
東京の速水の部屋。生活することの最低限のものしかないその場所に、芝村の声は妙に大きく響く。
軍服を着たままベッドに仰向けになっているのを見て、
「邪魔したか」
「いや。考え事をしていただけだよ」起き上がる。「灯り、点けてくれるかな」
「うむ」
入口付近のスイッチを入れる。明るくなった部屋をしばらく眩しそうに見回してから、芝村の後ろにいた人物に気づいたように速水は破顔する。
「久し振りだね」
その人物----遠坂は、まだ戸惑うように会釈する。
「戦車兵、で志願していたんだって? ああ、----舞、ありがとう」
「構わぬ。私は外した方がいいだろう」
「うん。明日電話するよ。----座って。紅茶で、いいかな」
芝村が出て行った後、台所からティーポットを手に戻って来た速水は、まだ立っていた遠坂に傍らのソファを示した。ようやく、座る。
「この作戦参謀は茜くんだと聞いていましたが」
「うん。その通りだよ。でも、彼は相変わらずあの通りだからね。僕らが支援することにしている。色々とね。準備はしているんだけど----人材はどうしようもない。金やモノで片付かない問題が多くて」
速水はその身をゆったりとソファに預けて、目の前でいささかまだ緊張気味の遠坂を見ていた。
「物資の根回しはどうにでもなる。本格的に動き出す頃までには新型をある程度の量準備出来ると思う」
「新型----士翼号を?」
世間的には、実験のため一機が製造されたに留まったとされている奇跡の機体。もちろん、そんな嘘はもう通用しなくなっているが----熊本で三機が5121に配備され、そのうち二機が実戦稼動していた現実は、もう知れ渡っている。
「そう。小隊にひとつとまでは行かないだろうから、向こうの勢力変化を見ながら、押されている戦区へ配備する『翼』中心の遊撃部隊をいくつか作るつもりだよ。茜直属の部隊として、ね。熊本では5121ひとつが担ったような役割を、彼らに負わせる。
舞はその『翼』のうちの一機に搭乗する。そして遠坂、君もだ。元5121のメンバーでも、何人か志願してくれている人たちは、全て打診してみるつもり。『翼』は、他の部隊の人間たちに扱い切れるとは思えないし。整備も、パイロットも」
「--------」
またもやこの戦争を動かすのは『芝村』なのか。判っていたとはいえ、遠坂は何処か少々の苦々しさを感じずにはいられないままでいる。表舞台に立つのは茜の名であっても、それは名だけなのか。結局は彼らの手に踊らされているだけなのか。
「勘違いして欲しくないな、遠坂」
見透かしたように速水の声が少し低くなる。。
「言い出したのは茜だよ。全く。作戦参謀はデスクでデータとにらめっこするのが主な仕事なのに。彼は現場に出ると言って聞かなかった。兵の顔の見えない戦争なんてやりたくないんだってさ。
兵員は総勢450万だ。全部の顔を見ていたらそれこそ気が狂う。最初の算定では半数が生き残ればましとシミュレイトしていたら、茜が、提案して来たんだ。新型の量産をね。
200万の人間の命を賭けて勝つよりは、その命を守るために200兆の金をかける方がましだ、そう言ってた」
ほんのりと、笑顔になる。遠坂もそれにつられたように微笑した。確かに相変わらずだ。
「遠坂。出来ればその実戦部隊の中心で色々と動いてやって欲しい。『我ら』は直接この戦いに手を出さない。出来る限りのことはするつもりだけれど。少なくとも僕はバックアップに回る。あの時で言うなら僕は勝吏みたいな立場になるかな。君は、現場に出て、色々橋渡しを頼みたい。受けてくれる?」
事務官の加藤と話をして物資を調達したり、もちろん自ら陳情したり、整備側の仕事を見て回ったり----速水が暴走司令に知られないまま、無職の頃からどれだけのことをして来たのかは、薄々気づいてはいた。彼もまた親友だからこそあえて隠れてして来たのであろうことも。あの少年は、優秀だが、ひどくプライドが高い割に壊れやすい。
「わかりました」
「良かった」
その笑顔も、相変わらずだ。芝村たる"厚志"の笑顔は何処か斜に構えているが、ただの速水はやっぱりぽややんとしていた。
※ ※ ※
歴史的補講
茜作戦----「史実」では、投入兵員の約半数、224万人の死者を出しながらもかろうじて人類が勝利する。そのたくさんの死の上に、人類は国境やイデオロギーを越えた戦いへとなだれ込み、100年足らずをかけた幻獣と人類の戦いにようやく終止符を打つことになる。
だが『彼』が立った茜作戦の死者は、人類側が投入した戦力の1割以下に留まっていた。
作戦のために生産された士翼号は全部で20機。そのうち最後まで稼動していた機体はわずかに4機----元5121小隊のパイロットだった4人の機体のみだった。
だが、その機体の被害と引き換えに、180万人近い命が散らずに済んだことになる。
「史実」など知らないこの茜がそれを知るはずはなく、彼は最後まで失った命を後悔し続けたまま、2004年、軍の一線を自ら退いて民間人となった----まだ、20歳にさえ届かないままで。
それっきり、茜大介の名が歴史の表舞台に出ることはない。彼はただ、大衆のひとりとしてこの日本で静かに生きることになる。
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