アテナ外伝

Act.6 紫炎

怯えた
初めてサイコパワーを理香の前で奮ったとき、彼女がみせた
そして。
優しげに、ほほえむ理香の表情かお
いたわりと優しさに満ちた
その落差は、あまりにも大きい。
アテナは湯船に首まで浸かったまま、ぼんやりと考えていた。
あの時―――ディノ・アクアリウムで力を使ったとき、確かに理香の表情かおから笑顔が消えた。
しかし今、屈託なく笑いかけてもらえているということは、そのあと何らかの形で受け入れてもらえたと言うことなのだろう。
しかし。

"――だめ、思い出せない。"

立て続けに過去の記憶が甦ったかと思えば、それっきりだった。
どうせなら、仲直りできるまでを思い出させて欲しかった。
過去のこととはいえ、親友のあの表情かおは、精神衛生上、よろしくなかった。
フジ子達と別れたあと、アテナは理香の家を訪れていた。
今日は、この親友の家に泊めてもらうことになっている。
彼女の両親は仕事で永く家を空けているため、余計な気を遣わなくて済む分、ありがたかった。
もっとも幼いころは、気兼ねもせずに良く泊まったものなのだが。

っ・・・」

自分の腕を撫でていたアテナは、不意に走った痛みに顔をしかめる。
真っ白い肌に、赤い痣がいくつも出来てしまっていた。
先の、山崎戦の痕跡。

"オロチに精神こころ"を封じられたか。"

山崎の言葉が思い出された。

"――あの女からは、オロチの匂いがする。"

そして、庵の言葉。

「オロチ、か・・・。」

なんのことなのか、アテナにはわからない。

"・・・変な匂いがついている訳じゃ、ないよね?"

思わず自分の匂いを嗅いでしまったりもしたが、やはり何のことだか想像も出来ない。
庵に聞けば良いのだろうが、彼が答えてくれるとは到底思えなかった。
助けてもらった礼を言うのも一苦労だったのだから。

"フジ子さんも、知らないみたいだったし。"

HardRockCAFEを出る間際、フジ子と交わした会話をアテナは思い出していた。


「今夜はアテナ、あたしんに泊まるからね。」

酸味のきついリンゴに顔をしかめているところへ戻ってきたフジ子の顔を見るなり、理香は切り出していた。
流石に面食らった表情かおを浮かべたフジ子だったが、すぐに気を取り直したように微笑んだ。

「じゃぁ、アテナちゃんともここまでか。」

少し残念そうに言うと、フジ子はアテナに向き直る。

「ひとつだけお節介。――八神庵、気になってる?」

いろいろと含むところがありそうな言い回しだったが、アテナは素直に頷いた。
アテナの返事に、フジ子は僅かに瞳を伏せる。

「それは・・・男の人、として?」

「そういうんじゃ、ないですよ。」

探るようなフジ子の瞳に、しかしアテナはかぶりを振った。

「それならいいんだけど。彼――八神庵には、深入りしない方がいい。」

「何故ですか?」

アテナの問いに、フジ子は黙って1枚の写真を取り出した。
写真といっても、PCからプリントアウトしたもののようだ。

「え?」

写真を覗きこんたアテナは、思わず声をもらしていた。
そこに映っていたのは、自分と庵の姿だった。
優しげな微笑みを浮かべギターを弾いている庵と、彼に背中を預ける様にして、満面に笑みを浮かべた少女。
歌っている、みたいだ。
しかし、何か違和感があった。
自分だと思った少女は、どこか違う。
何より写真に表示されている日付は、1年前のものだ。
少女の長い髪もアテナとは違い、栗色をしている。

「・・・これは・・・?」

アテナの問いに、フジ子は黙ってうなずいた。

「昔、どこかのサイトに載せられたのよ。 一夜限りの、"歌姫"って。」

たった一度だけ、少女の歌声が路上に響いたことがあるのだという。
聴くものを虜にする不思議な歌声。
少女の可憐な容姿と相まって、アングラの世界で随分と話題にのぼったのだそうだ。

「・・・でもそれっきり、彼女が歌うことはなかったわ。」

「どうしてですか?」

アテナの言葉に、フジ子は静かにかぶりを振る。

「結果的には・・・、亡くなったから、かな。」

「亡くなった・・・?」

ああそうか。
フジ子の言葉に、アテナは合点がいった。
写真に映る庵の表情は、実に穏やかなものだ。
その理由は、容易に想像がついた。
それはそのまま、この少女に向けられたものなのだと。

「この人が・・・"はちす"・・・」

「知ってるの?」

意外そうに、フジ子は言葉を続ける。

「・・・九條 はちす。 八神庵の従妹にあたるわ。」

そして恐らくは、彼にとって最も大切な存在なのだろう。
彼女が死んだ、今となっても。

「噂が噂を呼んだんでしょうね。 彼女は2度と歌おうとしなかったし。
情報が少ないから、どんどん神秘的になって。 もともと可憐な容姿だし。
 彼女の情報をかき集めて・・・・ストーカー紛いの男達が現れて。」

遠い目をして、フジ子はそこで言葉を切った。

「自殺だったって話よ・・・集団で乱暴されて、ね。」

「乱暴って・・・」

流石に、絶句するアテナ。

「―――あたしはね、」

フジ子は真っ直ぐにアテナの瞳を見据える。

「あなたが彼女と同じにならないか、それが心配。」

"結果的に"とはそう言う意味よ、と、フジ子の瞳が語っていた。


「九条・・・はちす・・・」

自分に瓜二つの少女。
八神庵が、こだわり続けている女性。
あの日―――両親の墓へ参ったのは、偶然だった。
恐らくは、庵もまた、彼女の墓へ来ていたのだろう。

「・・・はちすさんだと、思われたのかな。」

湯船に移る自分の姿に、アテナは問いかける様につぶやいた。
庵が自分に視線を向けたのは、自分の容姿が彼女に似ていた為だろう。
では、自分が彼にこだわる理由は、なんなのだろう?
彼の最初の言葉の意味は、フジ子の話で理解した。
当初のこだわりは解消された筈なのに。
すっきりしないのは、何故なのだろう。

"自分の心が・・・わからないなんて、ね。"

靄がかかった様に、胸の内がすっきりとしない。
もどかしい。
そして、なによりも。

「椎、拳崇・・・。」

彼のことを、きちんと思い出さなければ。
彼を知っていたという事実は思い出した。
だが、まだそれだけだ。
精神こころにかけられた呪縛。
それを打ち破らなければ記憶も戻らないだろうと、師匠である鎮は言った。
そして時間が経てばそれだけ心が蝕まれていくだろうとも。
だからこそ、急がなければならない。
次なる強者と、拳を交える必要がある。

「・・・全米チャンプ、か。」

別れ際、フジ子から渡されたもう1枚の写真。
真紅の胴衣に身を包んだ、金髪の男。
外見からして、あまり好きになれそうなタイプではなかった。
だが、いわゆる表舞台で執り行われた格闘トーナメントを、総ナメした王者なのだ。
その男が今、日本に来ているという。
実力者と闘う、またとないチャンスなのだ。
彼が日本を離れる前に、接触するのが得策だ。
いつまでも、八神庵にこだわっている場合ではないはずだ。
それはわかっている。
わかってはいるのだが。

"あと1日。 もう一度だけ、庵さんに会ってみよう。"

それで彼へのこだわりにケリをつける。
アテナはそう決心すると、勢いよく湯船から立ち上がった。


翌日。
学校へ行く理香と夜にもう一度会う約束を交わすと、アテナは墓地へと足を向けていた。
両親の墓に参る為ではない。
彼女の目的は、九条蓮の墓だった。
夏の日差しは容赦なく照りつけ、蒸し暑さを際だたせている。
耳障りな蝉たちの声は2重3重に木霊して、さながら耳鳴りの様相を呈していた。

「・・・今日も暑くなりそう。」

ハンカチで汗を拭いながら、アテナは帽子を用意してこなかったことを悔やんだ。
墓地に足を踏み入れた彼女は、程なくして九条家の墓を見つけていた。
生ぬるい風が、汗ばんだ頬を撫でていく。
決して、心地の良いものではない。
アテナは用意していた花を供えると、黙祷を捧げる。

「・・・何をしている?」

背後からの声に振り返れば、やはり花束を手にした庵がそこにいた。
怪訝な―――というよりも、不機嫌そうな表情かおを浮かべ、アテナを睨むように見つめていた。

「・・・ここにくれば、会えるような気がしたんです。」

アテナの言葉に、庵は微かに眉をひそめた。
しかし彼は、無言で墓の前へ立つ。
アテナは自然、庵に場所を譲っていた。
まっすぐに墓を見つめる庵を、アテナは黙って見守る。
邪魔をしてはいけない、そんな気がした。
しかし。

「・・・オロチとは、なんですか?」

意を決し、それでも遠慮がちにかけられた言葉に、庵は微かに反応を見せる。

「・・・谷か?」

フジ子から聞いたのか、という意味だろう。
彼の言葉に、アテナは曖昧に頷く。
盗み聞きの様なものだったから。

「・・・」

手にした花束を墓前に供えぬまま、庵は振り返りもせずに歩き始めた。
慌てて後を追うアテナ。
ついてこい、そう言われたような気がしたから。

"どこまで行くんだろう?"

彼女が訝しむのも構わず、庵は歩をゆるめない。
墓地を抜け、寺社の境内まで入り込んだところで、庵はようやく足を止めた。
手にしたままの花束を放り出す。

「・・・オロチとは何か。 そう聞いたな?」

ゆっくりと、アテナを振り返る。

「――庵さん?」

表情は読めない。
だが、胸の高さにかざした掌には、青白い炎が宿っていた。

「!」

次の瞬間、その炎はアテナに向けて放たれていた。


雨が降っていた。
激しい雨。
景色は霞み、ここが何処なのかははっきりとしない。
それが降りしきる雨のせいなのか、それともこれが夢だからなのか、拳崇には判断出来なかった。

"なんや、これ・・・?"

昔の記憶だろうか?
なんとなく、覚えがあるシチエーション。
不意に、目の前が開けたように感じた。
どうやら、警察署の前らしい。
夕闇に閉ざされた街角で、傘を差し、所在なげに街角に佇んでいた。
その自分の姿を、拳崇は第三者の視線で見つめていた。

"ちょお、待てぇや。これって・・・?"

音もなく、警察署の正面玄関が開く。
中から署員に支えられるようにして、黒のミニスカートに幅広のセーラーという、見慣れた姿の少女が姿を現した。
非道く、沈んだ表情。
彼女の長く艶やかな黒髪もまた、心なしかくすんで見える。

「椎・・・くん・・・」

拳崇の姿に気づいたのだろう、少女が呟くように名を呼んだ。
ふらふらとおぼつかない足取りで階段を降りてくる。

「・・・椎くん・・・」

少女はもう一度 拳崇の名を呼ぶと、倒れ込むようにして彼の胸に顔を埋めた。
はずみで傘を取り落とす拳崇。
しかし彼は、その傘を拾い上げることが出来なかった。
雨に濡れるのにも構わず、少女が肩を奮わせていたから。

「・・・アテナ・・・」

名を呼ばれ、彼女は堰を切ったように泣き出した。
声を押し殺そうとしてはいるものの、震える肩を止めることは出来ない。

「・・・泣いたらええ。 泣きたいときは、泣いたらええんや。」

拳崇の言葉に、アテナは声をあげて泣いた。
雨音にかき消されながらも、その嗚咽は、拳崇の胸を締め付ける。

"・・・間違いない。 1年前や・・・。"

全ての元凶たるタンタロスは破壊され、山崎も去り。
全てが終わった。
そう思っていたあの時。
最も残酷な結末が、アテナを待っていた。
両親の死。
その現実を、突きつけられたあの日。
真っ黒に炭化し変わり果てた両親の姿に、アテナの心は張り裂けそうだったに違いない。

"なんで、今更こんなもんを見な、あかんねん?"

胸が苦しい。
アテナがあれほど取り乱した姿を、拳崇はこのときを置いて他に見たことがない。
あれほど傷ついたアテナを、彼は知らない。
その彼女の姿を、何故今更、再び見なければならないのか。
もう見たくない。
2度と彼女のこんな姿を見なくて済むように、彼女を守ると決めたのだから。

『・・・そうかな?』

不意にかけられた言葉に、拳崇は思わず周囲を見回す。

『よく思い出してみるが良い。 あの後、貴様は何をしようとした?』

"・・・誰や!?"

聞き覚えのある声。
それも、あまり良い印象を持っていない相手。

『自分のしたことを、思い出したくないだけではないのか?』

"なんやと!?"

自分たちの姿を眼下に眺める、意識だけの拳崇は、声のする方向、上方へ向かって吠えた。
その視線の先には。

『或いは、自らが望んでいたことを、な?』

"・・・ベガっ!"

不遜な笑みを口元にたたえ、ベガは腕組みをして宙に浮かんでいた。

「・・・俺のとこ、来るか?」

自らの声に、拳崇はハッとして下界を振り返る。
雨にうたれたままの2人。
彼の言葉に、微かに頷くアテナが見える。

『心を砕かれ・・・縋るものを欲しがっていた女。 貴様はそこにつけ込んだのではなかったか?』

肉親を失い、帰るべき家も失い、行く宛のなくなった少女。
その少女を部屋へ連れ帰り、どうするつもりだったのか。

"・・・違うっ"

自らの視界の中で、少女を抱き寄せる自分の姿に、拳崇は力無くかぶりを振る。

『女は他に行く所などない、貴様の求めを拒むことなど、出来はすまい? 拒めば、そこには居られなくなるのだからな?』

唯一の肉親を失い天涯孤独の身となった少女に、居場所を提供したつもりだった。
だが同時にそれは、自分に従わざるを得ない状況に彼女を追い込んだのと、同義ではなかったか。
何故なら、他に彼女がそこに居てもいいと言えるだけの、理由となるべき関係が2人の間には存在しなかったから。
ただの同級生。
それ以上でもそれ以下でもなかった。
少なくとも、少女がそう考えていたことを、拳崇は知っていたのだから。

"違う・・・っ!"

いつの間にか、周囲の景色が変化していた。
見覚えのある部屋。
かつて、日本留学中に暮らしていた部屋だった。
薄暗い部屋の隅、ベッドの上で、微かに震える少女を抱きすくめる自分。

「・・・ええんか?」

拳崇の問いに、小さく頷く少女。
拳崇の手が少女の顎へ伸び、僅かに上を向かせる。
少女はそれに抗わず、拳崇に向かって静かに目を閉じる。

"違う! 俺はこんなこと、してへん!"

2人の様子を見ているしかない拳崇の意識は、わめくように叫んだ。

『しかし、貴様が望んでいたことだ。』

動揺する拳崇に、ベガはきっぱりと決めつけた。

『貴様にくだらぬ良心とやらが働かねば、あり得た現実。
どんなに善人ぶったところで、心の奥底では求めて止まなかった光景。
・・・違うとは言わせんぞ?』

衣擦れの音が室内に木霊する。

『女の弱みにつけ込もうとした。・・・そのことが、貴様の心に悔いとなって残っている。』

ベッドが軋み、倒れ込むように2人の身体が重なる。

『だが、本当にそうか?』

力無くかぶりを降り続ける拳崇に、ベガは顎をしゃくり、眼前で繰り広げられる行為を彼に示す。

『貴様が悔やんでいるのは、こうしなかったことではないのか?』

「・・あ・・」

少女の喘ぐような声が漏れる。
堪えようとしても漏れる少女の声と、男の荒い息づかい。
そして―――少女の頬を伝う、一筋の光。
堪らず、拳崇の意識は耳を塞いだ。

"違う、違う、違う!!"

彼自身、決して認めたくなかった想い。
自覚がなかったかといえば、嘘になる。
彼女を欲していたのは事実だし、それは今も変わらない。
だが、それ以上に、彼女を守りたいと願っている。
そう自分に言い聞かせてきた。
そう思いこもうとしていた。
だが、心の奥底に燻っていたドス黒い欲望は、たった今ベガによって、無理矢理 白日の下に晒された。

『図星か。・・・だが勘違いするな、責めているのではない。』

耳を塞ぎ目も瞑った拳崇の前に回り込み、ベガは諭すように語りかける。

『サイコパワーとは心の力だ。 それは貴様も知っていよう?』

「サイコパワー」という言葉に思わず目を開ける拳崇。
不意に話題が変わったことで生じた、心の隙間。
だが、それは巧妙な罠だった。

『欲望を制御するということは、心を殺すと言うことだ。
心を殺しては、それを源とするサイコパワーとて、力を失う。』

ベガの言葉に耳を傾けてしまった時点で、拳崇の敗北は決まってしまったのかもしれない。

『偉大なる"龍の力"をその身に宿しながら、貴様は自らの意志で心を殺し、結果、強大な力を発揮できずにいる。
・・・愚かだとは思わんか?』

奥底を見透かされ、突きつけられ、打ちのめされた心に忍び寄る、甘い言葉。
それは唯一の救いとして、甘美な響きをもって、拳崇の心に響く。

『欲望は誰にでもあるものだ。 それを解き放つことは、断じて悪などではない。』

いつの間にか、耳を塞いでいた手は下ろされていた。

『さすれば、貴様の真の力も、解放できよう。』

ベガの言葉に翻弄されながら拳崇は、もうひとりの自分が 腕の中の少女の涙も意に介さずに果てる様を、ただ呆然と見つめていた。

『・・・そしてその力、必ずやこのベガのものとさせてもらう。』

そう言ってベガは、ニヤリと笑った。


横っ飛びで跳ねた直後、アテナの元居た場所で紫炎が吹き上がる。

「やめてください、庵さん・・・!」

アテナの叫びもむなしく、ひとつ、またひとつと、立て続けに炎が地を舐めて彼女に迫る。

「・・・くっ」

何度目かの炎をかわした直後、不意に頭上に迫った殺気に、アテナは一瞬硬直してしまった。

「きゃっ」

ゴッ

空気を奮わせる音とともに、庵の拳が紫炎を纏って振り下ろされた。
地に叩きつけられ、呻くアテナ。
その彼女を見下すように、庵は冷たい視線を投げかける。

「・・・どうした? 黙って俺に殺されるか?」

「何故・・・?」

闘わねばならないのか。
アテナの言外の問いに、庵は肩を揺する。
自嘲気味な、含み笑い。

はちすは、俺が殺した。」

「え?」

思わず庵を見上げる。
木漏れ日にとけてしまい、彼の表情は読めない。

"ごめ・・・んね・・・"

昨日垣間見た光景が、脳裏をよぎる。
庵の腕の中で、力無く彼の名を呼ぶ少女――蓮。
激しい雨が降っていた。
周囲の景色には、見覚えがある。
今、アテナ自身が居る場所。
それはまぎれもなく、この場所だった。

「・・・立て。」

庵の言葉に、アテナの意識は現実に引き戻される。
怪訝な表情のまま、アテナは言われるまま、立ち上がった。
感情を押し殺したかのように、庵の顔にはなんの表情も浮かんではいない。
アテナが立ち上がるのを見届けると、彼は再び構えを取る。

「構えろ。 殺されたくなければ、な。」

生ぬるい風が、吹き抜けていく。
冷たい視線を浮かべた庵の掌に、再び紫炎が宿る。

「・・・イヤです。」

アテナの答えに、庵は微かに笑みを浮かべる。

「ならば・・・そのまま、死ね。」

直後、鋭利な刃物よろしく、庵の手刀がアテナを襲った。


戻る

ACT.7

ひとこと