甲羅をバリッとめくり
ふんどしを取り除く
真っ赤な内子はそのまま口へ
滴る味噌を最後にすする
五本の脚は一束ねにして左右にバシッと二つ折り
あとはもう汁だらけの手でかぶりつく
オレンジ色の裸電球に
照らし出されたトロ箱いっぱいの蟹の山
爆竹のような競りの声は男たちの領分で
女たちは火を焚き大釜一杯に蟹を茹で
威勢のいい笑い声をはじけさせる
いっちゃんの母さんが働く問屋場
雪が横殴りに吹きつける夜
軒低い長屋の一軒でボヤ騒ぎがあった
子ども一人の留守居のことだったから
いっちゃんの母さんは身をよじるように詫びて廻り
いっちゃんも家に閉じこもったままだった
昔の家を見にきたといういっちゃんと会う
長屋が取り壊されている事は知っているはずだったが
今は東京で働き
「犇めき合う魚群の中にいる」と笑った
思い出話は
新聞紙にくるんだあつあつの蟹のことだった
「セイコ蟹の脚は
歯でカリカリと噛みながら身をしごき出すのがいいのだ
蟹棒でほじくるなんて潮の味がしないよ」
「よくもらったよね」
「蟹は越前のが一番だ」
と胸を張るさまがおかしくて
「いっちゃんの顔
赤く威張った蟹の顔に似てきたよ」
といってしまってから ふいに
あぁ いっちゃんは蟹になりにきたのだ
と思った
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