6 岩石巨人
「で、どうすればいいんだ?」
ヴェルナーが尋ねると、エメは微笑んだ。
「エンクレーヴ、というのは、時空間に縦横無尽に空いた横穴のようなものなのです。あるもの
は'外'に、つまり、通常の時空間の場につながっていますが、つながっていないものもあります。
……実は、われわれの一族は、誰でも自らの意志でここに入ることは可能なのですが、出ること
ができるのは、'時間の果実'の護り手のみなのです。エンクレーヴは、時空の存在している地平
とは別のところに発生した空間です。ここから出るには、特別な能力が要るのです」
エルザが、きょとん、として言った。
「……入ることはできても、出ることはできないって、どういうことですか?」
エメは、軽く息をついた。
「深い穴に落ちることは簡単ですが、穴からはい上がるのはとても難しいものです。しかも、こ
れは普通の'穴'ではありません。エンクレーヴは、時空間のねじれを利用して作られた場です。
……出るためには、多くの魔力を消耗し、特別の技法を要します。残念ながら、私にはその力は
ありません……。力のある'時間の果実'の護り手ならば、入ってこられたということは、必ず
'外'に出ることは可能なのです。ただ……問題はこれが非常に入り組んだ、巨大な迷路である、
ということ。護り手に技術と魔力がありさえすれば、必ずや最短距離を通って、目的とする'外'
へと導くことが可能である、はずなのですが……」
そう言って、エメは、ちらり、とミリューの顔を見た。
「……姉様……、僕、やってみます」
ミリューが蚊の鳴くような声で言うと、エメは、ぴしゃり、と言った。
「やってみる、ではなくて、やるのです、ミリュー」
「………はい………」
ミリューは、目に涙を浮かべながらうなずくと、呪文を詠唱しはじめた。それと同時に、額の
宝珠が七色の光を放ちだした。
「きれい……」
リリーが思わずつぶやくと、急に強い風が吹いた。その風は、次第に周囲の風景を押し上げ、
歪ませていった。
*
リリーは、どん、という衝撃を覚えて、地面に放り出された。
「痛〜い……。あら? ヴェルナーとエルザは?」
彼女が顔を上げると、下から不機嫌な声が響いて着た。
「……どけ、重いぞ、リリー……」
リリーが下を見ると、そこには……。
「ヴェルナー! ご、ごめんなさい!」
自分の下敷きになっている、ヴェルナーがいた。リリーが慌ててその場をどくと、ヴェルナー
はブツブツ言いながら立ち上がった。
「……ったく、ミリューのやつ、俺たちをどこに飛ばしやがったんだ?」
周囲には木々が生え、一見、先ほどの風景と変わらない。しかし……。
「おい、リリー。ここいらに生えている木、ベルグラド地方に生えているヤツとは、種類が違う
んじゃねぇのか?」
ヴェルナーは周囲を見回して、そう言った。リリーもうなずいた。
「そうねぇ。それじゃ、'エンクレーヴ'を抜けて'外'に出るっていうのは、成功したのかしら?」
ヴェルナーは、ふん、と言って腕組みをした。
「……それは分からねぇが……どうやら、ザールブルグからずいぶんと離れたところに来ちまっ
たような気がす、どわっ!?」
そのとき、すっ、と白い光が現れ、光の中に、三人の人影が浮かび上がった、かと思うと、そ
れはヴェルナーの上に降ってきた。
「リリー! 良かった!」
エルザは、リリーを見つけて嬉しそうに言った。その後ろで、ミリューはしょんぼりとうなだ
れていた。
「……す、すいません……。うまくみなさんを運べなくって……」
エメは、ミリューをにらみつけた。
「まったく、この程度のことすらすんなりできないなんて……。未熟者以外の何者でもありませ
んわね、ミリュー?」
ミリューは涙ぐんだ。
「ごめんなさい、姉さま……」
「……いいから、そこをどけ、おまえたち……」
ヴェルナーが、息も絶え絶えになって言うと、エメは自分の足下を見て、慌てて言った。
「ま、まあああ! ごめんなさい、ヴェルナーさん! ……ミリュー!」
ミリューは、慌ててリリーの影に隠れた。
「……わ、わざとじゃないんですよ姉様!」
ヴェルナーは立ち上がると、不機嫌そうに服の埃を払いながら言った。
「……まあ、いいさ。それで、ここはどこなんだ?」
エメは周囲を見回した。
「'外'であることには違いないようですわ……。しかしながら、時空間方位がまったく定まらな
いところに、お連れしてしまったようですわね……。まったく、……困ったものですわ」
そう言って、エメは軽く目を閉じると、口の中で何やら呪文を詠唱し始めた。
風が、彼女の周囲を回り始めた。周囲の風景が、一瞬、ぐにゃりと歪んだ。エメの美しい眉の
間に、一瞬、険しい皺ができた。
「……まぁ! 何ていうこと!」
リリーは、ごくりと唾を飲み込んだ。
「ど、どうしたんですか?」
エメは静かに目を開けた。
「……まるっきり、違いますわ」
「え?」
リリーは聞き返した。
「……時間軸も、空間軸も、完全に見当外れなところに飛んできた、ということが分かりました
わ、ミリュー!」
そう言って、エメは、ミリューの片方の耳を、その美しい白い指で、ぎゅっ、と摘み上げた。
「……痛い痛い痛い痛いぃ、イ、イタイイイタイイタイイタイですぅ〜! ね、姉様〜!」
ミリューは、ぼろぼろ泣きながら言った。しかし、手の力を緩めずに、エメは言った。
「未熟者! 北に向かうつもりが、シグザール王国領の遠く東に来てしまったではないですか!
あれほど、時空方位図を正しく読む修行をしなさいと、口を酸っぱくして言っていたのに!」
そのとき。
「きゃあああああ! 妖精さん! 妖精さんが現れたわ〜!」
何とも緊張感に乏しい、素っ頓狂な声が響き渡った。リリーたちがぎょっとして声のした方を
見ると、品の良い淡いオレンジ色のドレスをふんわりと身に纏った少女が、大きな目を、とろん、
と見開いて一行を見ていた。
「空から現れるなんて〜! やっぱり妖精さんはいたのね〜!」
すると、向こうの方から、元気の良い少女の声が響いてきた。
「ラステルー! どうしたの〜、そんな大きな声を出して〜?」
ラステル、と呼ばれた少女は、そちらを振り返ると、大声で言った。
「ねえねえ〜、こっちに来て〜、ユーディー、本物よ〜! とうとう、本物の妖精さんが現れた
の〜!」
「まずいわ! ミリュー、早く!」
エメは、慌ててミリューに言った。ミリューはうなずくと、呪文を詠唱し始めた。
ミリューの額の'時間の果実'が七色に輝き始め、あたり一面の風景が、ぐるぐると旋回しだし
た。
風が湧き上がり、それは、あっという間に五人を包んだ。
「ラステル〜! 妖精さんって、どこ?」
赤い上着に赤い丈の短いスカートを履き、長い杖を手にした快活そうな少女が現れて、ラステ
ルに尋ねた。ラステルは嬉しそうに言った。
「そこよ〜! その目の前! ねぇ、ユーディー! これから妖精さんたちを家にお招きして、
お茶会を開きましょう! ねぇ〜!」
目をキラキラさせるラステルに、ユーディーは言った。
「……って、どこにいるの、ラステル?」
ラステルは優雅に両手を胸の前で組むと、ユーディーに言った。
「目の前にいるじゃない、ユーディー!」
ユーディーは、ラステルの指差した方向を見たが……そこには木の葉が舞い上がっているだけ
だった。
「……誰もいないよ、ラステル?」
ラステルは、驚嘆の声を上げた。
「本当だわ! どこに行っちゃったのかしら……。でもねぇ、さっきは、しっかりいたのよ、し
かも五人も! 妖精さ〜ん、妖精さ〜ん!」
すると、今度はユーディーの背後から、怜悧な男の声が響いた。
「どうしたんだ、ユーディット?」
ユーディーは振り返った。そこには、長い黒髪を束ね、濃い青のローブを身にまとった若い男
が立っていた。
「あ、ヴィトス! あのね、ラステルが、……妖精さんを見たんだって……」
ヴィトス、と呼ばれた黒髪の男は、ふむ、と言ってラステルを見た。ラステルは、うっとりと
した表情で「妖精さ〜ん!」と叫びながら、そこら中を歩き回っている。ヴィトスはしばらく無
言で彼女の様子を眺めていたが、やがて口を開いた。
「……ああなってしまったら、しばらくは放っておくしかあるまい……」
ユーディーはうなずくと、木の切り株に腰を下ろした。
「そうだね……。休憩しようか、ヴィトス?」
ヴィトスは、ユーディーの傍らに腰を下ろすと、おもむろに眼鏡をかけ、帳面を開いた。
「そんな暇はない。時は金なり、だ。僕はこの時間を利用して、次の取り立て予定者たちの、貸
付金の利息を計算させてもらうぞ……」
*
次にリリーが放り出されたのは、暗闇の中だった。
「痛〜! 鼻、鼻ぶつけたわ……。あれ? みんなは? ヴェルナー! エルザー!」
リリーがきょろきょろと周りを見回すと、上のほうからエルザの声がした。
「リリー! ここよ〜!」
リリーが見上げると、なんとエルザは傍らの木の上にいた。
「エルザ〜! あっ! ヴェルナーも!」
エルザの横にはヴェルナーがおり、憮然として木の枝にぶらさがっていた。
「どうしたの〜?」
リリーが尋ねると、エルザは、軽い身のこなしで、するすると木から下りて来た。
「気がついたら、ここに飛ばされて来てたのよ。あれ〜? ミリューとエメさんは?」
ヴェルナーも、つづいて飛び降りてきた。
「……ったく、ろくな運び方しねぇよな、ミリューのやつ……うわっ、とっ、とっ、と……」
そう言いながらヴェルナーは着地した、つもりがバランスを崩し、見事に地面につんのめって
転んだ。
「きゃあっ! 大丈夫、ヴェルナー!」
リリーが言うと、ヴェルナーはさらに仏頂面で起き上がった。
「……本当に、ろくな運び方をしねぇ……」
そのとき。
茂みの向こうから、少年の声が響いた。
「い、今、変な音がしなかった?」
続けて、少女の声がこう言った。
「もう、そんなこと言って……。風に決まってるじゃない。あ、いや、ホントだ。何かいるみた
い」
ヴェルナーは、低い声で言った。
「まずい! 二人とも、伏せろ!」
しかしその瞬間、別の少女の金切り声が響き渡った。
「いやあああ!!!」
ヴェルナーは、チッ、と舌打ちをした。
「……見つかったか。面倒なことになったな?」
しかし、すぐに、さっきの少女の笑い声が響いてきた。
「あはは、なーんだ。ただのヘビだよ、ほら」
続いて、先ほどの少年が恐々と言った。
「エ、エエエ、エリー、危ないから早くどこかへやって……」
金切り声を上げていた少女は、さらに絶叫した。
「早くそのヘビを捨てて! お願いだから!」
しかし、エリーと呼ばれた少女は、のんびりとした調子で言った。
「……二人とも大げさだなぁ。大丈夫だよ、毒はもってないから……」
その瞬間。
どさり、と音がして、ミリューが、続けてエメが地面に落ちてきた。
「ふう、ようやくみなさまに追いつきましたわ……」
エメは、そう言って立ち上がると、ローブについた埃を払い、ミリューをにらみつけた。
「……それにしても、この愚弟ときたら、私が逐一指導してあげないと、時空方位がめちゃくち
ゃな方向に行こうとしてしまうのですもの……。困ったものですわ」
リリーは、指に人差し指を当てた。
「しぃっ! 人がいるんです、エメさん!」
「え……?」
闇夜に浮かび上がった、白く反射するローブ姿のエメを見て、少女二人と少年一人は、震え上
がった。
「……き、きやあああああああ!!!!!!」
薔薇色の服を着た、濃い緑色の瞳の少女は、再び金切り声を上げた。黄色いローブに白いマン
トを羽織った少年も、硬直したまま言った。
「で、で、で、で、でた〜……」
オレンジ色のローブを纏った短髪の少女は、目を大きく見開いた。
「すご〜い! 本当に幽霊かな? ねぇ、アイゼル、こんなにはっきりしたの、私、初めて見た
よ!」
アイゼル、と呼ばれた少女は、涙ぐみながら言った。
「馬鹿ね、あなた! 幽霊よ、本物の幽霊なのよ! だから嫌だったのよ、ここに来るのは〜!」
エリーは、きょとんとした顔で言った。
「でも、肝試ししようって言ったのは、アイゼルだよ?」
アイゼルは、パニックに陥った様子で言った。
「言ったけど、でも嫌なのよ〜! 何でヘビだの幽霊だの、嫌なものが出るのよ〜! もう、嫌
っ!」
少年は言った。
「……お、落ち着いて、アイゼル、落ち着こうよ……。ほら、あの人、ちゃんと足もあるし、多
分、単なる肝試しに来た人だよ、幽霊じゃないよ……、ね?」
一方、エメは四人に言った。
「まずいことになりましたわ。ここも'外'には変わりありませんが、時間軸が少々ずれたところ
に出てしまったようです……。ザールブルグには変わりありませんが……みなさまのいたザール
ブルグよりも、二十数年ほど未来に来てしまったようですわ。ミリュー、さ、行きましょう!」
ミリューはうなずいた。
「はい、姉様!」
そう言って、ミリューは呪文を詠唱し始めた。
他方、アイゼルは、少年になだめられてようやく落ち着きを取り戻した。
「そ、そうよね……。幽霊なんて、いるわけないものね、ノルディス……。あの人、ただの白い
服を着た人よね……って、消えた……。消えたわ〜〜〜〜〜〜〜! 嫌ぁあああああああ!!!
!!」
そう言って、アイゼルは意識を失った。
「アイゼル、アイゼル〜! しっかりして!」
エリーは、がくがくとアイゼルの身体を揺さぶった。アイゼルは、薄く目を開けたが、しかし。
「嫌ああああああ!!!! へ、へへへヘビ! ヘビ! ヘビぃいいい!!!!!! …………
…う〜ん………」
アイゼルは、エリーが手にしたままのヘビを至近距離で見て、今度は本格的に気絶してしまっ
た。ノルディスは、エリーに言った。
「エ、エリー……。人を助け起こすときには、あんまりヘビとかそういうものを、持っていない
ほうがいいと思うよ、僕は……?」
エリーは、あ、と言って少し恥ずかしそうに笑った。
*
今度五人がやって来たのは、荒涼とした山岳地帯だった。草木はまばらで、赤茶色の岩石が、
ごつごつとむき出しになっている。風は……ひどく冷たかった。
「ふう! 今度は、五人ともうまく着地できたみたいね、ミリュー!」
リリーが言うと、ミリューは笑顔でうなずいた。
「はい! 今度は、成功したはずです! このエンクレーヴは、みなさま方がいた、シグザール
王国領北部の時空間付近、の、はずです。……そうですよね、姉様?」
エメは、無言でうなずくと、また、目を閉じて呪文を詠唱しだした。冷たい風が彼女の周囲を
旋回し、エルザは思わず身震いした。
「すっごく寒いわ〜!」
そのとき。
「あ! これは! いけない! みなさん、お逃げになってください!」
エメが突然目を開くと、両手を前に突き出した。エメの両手からは衝撃波が発せられ、四人は
後ろに飛ばされた。
「痛!」
「何だ!?」
リリーとヴェルナーがそう言った瞬間、エメが立っていた赤茶けた岩石が、むくむくと持ち上
がり、それは、巨大な一つ目の怪物の形をとった。
「姉様〜!」
ミリューが叫んだ瞬間、その岩石の巨人がエメの身体を右手で鷲掴みにした。
「ゴ、ゴーレム! 何でここに、もしや、ライオス!」
エメがそう言うと、岩石巨人のゴーレムの背後の岩の上から、人影が現れた。
「ご名答、エクメーネ。久しぶりですね?」
岩の上には、黒い裾の長いローブを身に纏い、金色の髪を肩まで垂らしたエルフが立っていた。
「ライオス! やはり、あなたの仕業だったのね!」
エメが唇を噛みしめて言うと、ライオスは口元に笑みを浮かべた。
「あなた方がここに来ることなど、すでにお見通しだったのですよ、エクメーネ……。この'知
識の宝珠'は、たとえエンクレーヴに逃げ込んだとしても、その'時間の果実'の行方を、常に私
に知らせてくれるのですから……」
そう言って、ライオスは、ゆっくりと自分の右手の平を、エメに示した。そこには……青白く
輝く宝珠が、鋭利な光を放っていた。光は、突如として強さを増し、高音を発してエメの全身を
射抜いた。
「きゃあっ!」
エメは叫び声を上げ、ゴーレムの手の中で気絶してしまった。
「姉様〜!」
ミリューが叫ぶと、ライオスは言った。
「……さあ、ミリュー……大人しくこっちに来るんです。その宝珠は、私にこそふさわしい……」
「い、嫌だ……!」
ミリューは、額を押さえて後退りした。
「仕方ありませんね……。出来れば、手荒なことは、したくはなかったのですが……」
そう言って、ライオスは、低い声で呪文を詠唱した。すると……。
「グ、ギ、グゴゲゲゲゲゲゲゲゲ、ゲ、ガ、ガガゲ、ゲギグゲゲゲゲ……」
不気味な声を発して、ゴーレムが空いている方の手を、ミリューに伸ばしてきた。
「うわ〜っ!」
ミリューが泣きながら尻餅をついた、その瞬間。
ぶん、と風を切り裂いて、何かがゴーレムの顔目がけて飛んでいった。
「グギャ……、グ、グ、グ、グガ……!!!」
「ヴェルナー!」
リリーが振り返ると、ヴェルナーが、ゴーレムの一つ目を目がけて、ナイフを投げたところだ
った。ナイフは、見事に怪物の眼球に突き刺さり、びくびくとしなっていた。ゴーレムは、エメ
を掴んだまま、目を押さえて苦しみだしだ。
「……ふん、動きの鈍い怪物だな?」
しかし、ヴェルナーがそう言ったのと同時に、ゴーレムは即座にナイフを引き抜くと、その場
に投げ捨てた。その目には……傷一つ残ってはいなかった。ライオスは、勝ち誇ったように笑っ
た。
「無駄ですよ、人間。このゴーレムを傷つけることは不可能なのですから……。さて、ミリュー、
一緒に来てもらいましょうか?」
ミリューは叫んだ。
「い、嫌だッ!」
ミリューの額の宝珠が輝きだしたのを見て、ライオスは口元に笑みを浮かべた。
「……ほぅ、少しは使えるようになったようですね、……感心感心……。君には、育ってもらわ
なければ困りますからね……。君が成長しなければその宝珠の力も育たない……。私は、君を傷
つけるつもりはありませんが……大人しくしてもらう必要はありますね……」
そう言って、ライオスは、パチン、と指をならした。すると……。
……キキキキキィイイキイキイキイキキキキッキイキイキキキキイイキィッキキ…………。
甲高い声を上げながら、エルフの大群が岩肌のあちらこちらから現れた。エルザは、リリーの
上着の袖を引っ張った。
「リ、リリー……、またよ、また、目の真っ赤なエルフたちが……」
リリーはうなずいた。
「……操られてるのね……。すごい数……」
ヴェルナーは、舌打ちして周囲を見回した。
「……多勢に無勢だな……脱出するしかねぇ……」
ミリューはうなずいた。
「みなさん! ちょっと急ぎでここを離れますから、僕にしっかしつかまってください!」
ライオスは叫んだ。
「かかれ!」
エルフの大群が甲高い叫び声を上げながら、一気にリリーたちに襲いかかった、ときには、四
人の姿は消えていた。ライオスはつぶやいた。
「ふん、随分早く呪文を詠唱できるようになったものだ、ミリュー……。エクメーネがつきっき
りで教えていたのだから、それくらいはできて当たり前、か」
そう言って、ライオスはエメの顔をのぞきこむと、薄い笑みを浮かべた。
「……まあいい。長年の恨みは、一気に晴らしたのでは甲斐がないというもの……。楽しませて
もらいますよ?」
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