3 時空の交差
「やったあ! 今度はパルメニデスさんの術も、"理論通り"にちゃんともと
の場所に転送できたじゃない!」
リリーは、職人通りの井戸の真横に自分がいるのに気がついて、笑顔で言っ
た。そのとき、足下から不機嫌な声が響いてきた。
「……おい、どけ! 重いぞ!」
リリーが下を見ると……。自分の足の下で、ヴェルナーがうつ伏せになって
転がっていた。
「あ、ご、ごめんね、ヴェルナー!」
リリーが慌てて移動すると、ヴェルナーは、やれやれ、といった顔で服の埃
を払いながら立ち上がった。
「ったく、何だって俺ばかり、でたらめな目に遭うんだ……?」
ぶつぶつ言うヴェルナーの腕を、リリーはいきなり引っ張った。
「ヴェルナー! こっちに来て!」
「何だよ、リリー……」
リリーはヴェルナーを連れ、素早い動きで武器屋の裏にまわると人差し指を
口の前に当てた。そしてヴェルナーに向かって、「しっ、黙って!」と言い、
隣の製鉄工房の入り口を凝視した。呆気にとられていたヴェルナーも、つられ
てリリーの見ている方を眺め、絶句した。そこにいたのは……。
「ヴェルナー!」
威勢の良い声が、製鉄工房の中から出てきたもう一人のヴェルナーを呼び止
めた。
「何だ、カリン?」
こちらの世界のヴェルナーは、振り返った。
「これ。……もって行きなよ、あたしの餞別。志願兵になるなら、自分の身は
きっちり自分で守るんだよ。いざとなったら、頼れるのは自分だけなんだから
ね!」
こちらの世界のカリンは、ヴェルナーにすね当てを手渡した。
「おっ、すまねぇな、カリン」
……うそ。ヴェルナーが……、さわやかに笑ってる〜!?
リリーは目を白黒させて、カリンと話しているヴェルナーを見た。
「生きて帰ってきなよ。ナイフなら、いつでも鍛え直してやるからね!」
カリンが言うと、ヴェルナーは笑いながら言った。
「へへ、俺がそんなドジ踏むかよ。カリンも元気でな。親父さんの具合は、ま
だ悪いのか?」
……カリンはこっちでも、まったく変わらないけど、でも、ヴェ、ヴェルナ
ーが……、他人の心配をして、しかもそれを素直に口に出してしゃべってる?
うっ、気持ち悪いわ……。
リリーがそんなことを考えていると、傍らのヴェルナーはますます不機嫌そ
うに言った。
「……おい、リリー。何考えてるのか、顔に書いてあるぞ」
「い、いいから、黙って……!」
しかし、そんな二人の傍観者にまったく気がつかず、この世界のカリンは言
った。
「うん。……まあ、この仕事、きついからねえ。でも、あたしが父さん以上の
職人になって、ここを世界一の製鉄工房にしてみせるから、大丈夫、大丈夫!」
ヴェルナーは微笑みながら言った。
「そうか……。おまえは、親孝行だよなあ。俺は、こんな冒険者稼業なんかや
って、ちっとも店を手伝ってやってないもんな。ま、この街を守るのが、今は
一番の親孝行だと思うから、しょうがねぇけどな」
カリンも微笑みながら言った。
「何言ってるんだよ。あんたみたいに飽きっぽいやつに、地道に客商売なんか
できるわけないじゃないか。いいから早く行きなよ。志願兵の軍隊も、今夜に
はカスターニェに向けて出発するんだろう? 準備はいいのかい?」
「ああ……。もういつでも出発できるさ。最後に、……店に寄ろうと思ってな」
ヴェルナーが言うと、カリンは腰に両手を当てて、あきれたように言った。
「何だい、だったらこんなところで油売ってないで、とっとと行っといで!」
「分かったよ。……じゃあな!」
……な、何だか、こっちのヴェルナー、明るいし、優しそうだし、それに人
当たりも良さそうだわ……。あ、でもそれって、全っ然ヴェルナーと違う人じ
ゃない! み、見ない方が良かったかも……?
リリーが再びそんなことを考えていると、横にいるヴェルナーは、軽く舌打
ちをした。
「おまえ……、そんな目で見るんじゃねえ……!」
この街のヴェルナーは、カリンに別れを告げると、軽い足取りで通りを横切
り、自分の雑貨屋の扉を開け、中に入って行った。リリーとヴェルナーは、無
言でその後をつけると、扉が開け放たれたままの店の入り口から中の様子をう
かがった。
「親父!」
この世界のヴェルナーは、はつらつとした足取りで階段を気に駆け上がると、
カウンターの向こうに座っている温厚そうな中年の男に話しかけた。
「おお、ヴェルナー……。帰って来ていたのか」
リリーの横で固唾を飲んでその様子を見ていたヴェルナーは、額に脂汗を浮
かべながらつぶやいた。
「何てこった……。こっちの世界じゃ……、親父は、まだ、生きていたのか…
…?」
*
ウルリッヒが現れたのは、謁見室の前の長い廊下だった。
「ふむ……。理論通り、というわけだな」
満足げに彼がそうつぶやいた瞬間、背後で素っ頓狂な声が響いた。
「ウ、ウ、ウルリッヒ副隊長殿!?」
ウルリッヒが振り返ると、部下の聖騎士ユルゲンが、腰を抜かさんばかりの
表情を浮かべ、がたがたと震えながら自分を見ている。
「どうしたのだ、何をそんなに驚いている、ユルゲン?」
「ほ、本当に、副隊長殿、で、あ、あ、ありますか……?」
ウルリッヒは、怪訝そうに聞き返した。
「いかにも、私はウルリッヒ・モルゲンだが……、いったいどうしたのだ?」
ユルゲンは、二、三歩後退りすると、
「た、たたた大変だあ〜! 隊長殿-! ルドルフ隊長殿-っ!」
と、叫びながら廊下を駆けていった。
「何!?」
ユルゲンが口にしたその名を聞いて、ウルリッヒは雷に打たれたような衝撃
を覚えた。
「隊長殿が……、ルドルフ・ゲーゲンヴァルト隊長殿が、生きておられるのか
……?」
*
一方、職人街。
リリーは、ヴェルナーの狼狽している横顔を見上げてため息をついた。
……そうよね。もしかして、お父さんが亡くなってから、こんなにひねくれ
て、目つきが悪くて、口が悪い人になっちゃったのかもしれないし。お店だっ
て、お父さんの形見だからって、ぶつぶつ言いながらも、彼なりにちゃんとや
っているくらいだし。きっと、お父さんのこと、とても大切に思っていたのよ
ね。
薄暗い店内ではあったが、ランプの明かりが柔らかく点り、中に置いてある
商品を優しく照らし出していた。ヴェルナーがやっていた雑貨屋の入り口には、
人を威嚇するような大きなお面が飾ってあったのだが、こちらの店では、かわ
いらしい陶器の熊が、「ウェルカム!」と書かれた札を首から下げている。
店の階段に木箱がずらずらと並べられているのは、ヴェルナー雑貨屋と同じ
だが、中に入れてある商品は、丸められた上質紙や、針金や、麻紐といった、
何の変哲もない日用雑貨である。壁にはあちらこちらにこざっぱりとした棚が
据え付けられ、中には、かわいらしい小物や、女性が見たらしばらく足を止め
て眺めそうな、しゃれたアクセサリー類が飾ってある。
「親父……、俺、俺は、その……」
カウンターの前に立ったヴェルナーは、父親に向かってひどく決まりが悪そ
うに話しかけた。それを見て、ヴェルナーの父は、優しく微笑んだ。
「……知っているよ。隣の大陸から、大勢敵が攻めてきているんだってな?
王室騎士隊だけじゃ不足なんで、民間人の志願兵の部隊も編成されるんだそう
だな。おまえ、行くんだろう?」
「な、何で、それを……」
こちらの街のヴェルナーが驚いた顔をすると、父親はくぐもった優しい声で
笑った。笑うと、白いものが混じってはいるが、ヴェルナーとまったく同じ赤
茶色の髪が、左右に揺れた。
「なあに、市場での噂は、それで持ちきりでな。……ま、せいぜい、頑張って
来い。店のことは、心配せんでいいから、な?」
「あ、……ああ。それじゃ……、行って来るぜ、親父!」
カウンターの前のヴェルナーは、名残惜しそうに、ゆっくり二、三歩後ろに
下がったが、やがて意を決したように父親に向かってくるりと背中を向けると、
軽快な足取りで階段を下り、店から出ていった。リリーたちは、慌てて建物の
横に隠れた。店から出たヴェルナーは、通りかかった中年の女性に笑顔で挨拶
をすると、小走りに去っていった。
一方、リリーの傍らのヴェルナーは、もう一人の自分が去っていったのを確
認すると、ため息をついてその場に座り込んだ。
*
ウルリッヒは、その懐かしい低い声音に、鳥肌が立つのを覚えた。
「ウルリッヒ・モルゲン! 本当に君なのか?」
彼が振り返ると、そこに立っていたのは……、見忘れるはずはない。威風堂々
とした甲冑姿、精悍な光を宿した青灰色の瞳の屈強な王室騎士隊長……。
「……ルドルフ隊長殿……!」
ウルリッヒは、自分の声が高くうわずっているのを感じた。隊長は感極まっ
た様子で言葉を続けた。
「何ということだ。これはアルテナ様がわれわれに贈りたもうた奇跡であるの
か? このシグザール王国創建以来の窮地にあって、今、ここに君と再びまみ
えようとは! ウルリッヒ、君がいてくれたらどんなに心強いか、とわれわれ
はたった今、話し合っていたところであったのだ。……先の戦いで、君は私を
庇って敵の矢に倒れ、殉死したものとばかり思っていたというのに!?」
ウルリッヒはそれを聞いて息を飲むと、努めて平静に言った。
「恐れながら……。隊長殿、それはこのウルリッヒではございません。詳細を
説明申し上げる時間はありませぬゆえ、簡潔にお話申し上げますが……」
いつのまにかウルリッヒの周りに集まってきた聖騎士たちは、皆、固唾を飲
んでウルリッヒのよく通る声に耳を傾けた。
*
……どうしよう? 何て言ったらいいのかしら。
リリーは、傍らに呆然として座り込んでいるヴェルナーを見て、考え込んで
いた。
経験則の集積が、歴史を変えるって、パルメニデスさんは言っていたわ。と
いうことは、もしかして……!
「……ごめんね、ヴェルナー」
リリーが、思わず声に出して言うと、ヴェルナーは怪訝そうにリリーの顔を
見た。
「……何だよ、いきなり」
「あの、だって、ね。あたし私たちが来たから、ザールブルグの歴史も、変わ
って来ちゃったんでしょう? だから、その、つまり……、あたしたちが来た
から、あなたのお父さんが、亡くなってしまったのかも、しれないし……」
簡抜入れずに、ヴェルナーは言った。
「馬鹿、関係ねえよ。人間、いずれ死ぬんだ。早いか遅いかの違いだけだろ」
「でも……」
「さ、行くぞ! ウルリッヒや、イルマやカリンのやつらを探して、はやいと
こ合流して、とっとと用事を済まそうぜ。時間がねえんだ」
「うん……!」
リリーはうなずいて後に続いた。ヴェルナーは、そっと雑貨屋の入り口から
中をのぞき込んだ。カウンターの向こうでは、父親が何やら帳簿らしきものを
書きつけていたが、何か思いついたらしく、立ち上がって向こうを向くと、棚
の上段に手を伸ばした。
「じゃあな、親父」
ヴェルナーがそうつぶやいて立ち去ろうとした瞬間、父の身体がぐらりと
揺れた。ヴェルナーの父は、そのまま目の前の棚につかまると、肩で荒く息を
ついた。
「……親父!?」
リリーの横をすり抜けて、ヴェルナーは雑貨屋の階段を駆け上がって行った。
*
謁見室では、ヴィント国王の前で、ルドルフ隊長がことのいきさつを説明し
ていた。傍らにはウルリッヒが静かに頭を垂れ、それに聞き入っていた。説明
が終わると、ヴィント国王はゆっくり口を開いた。
「なるほど。……にわかには信じがたい話ではあるが……、しかし、カスター
ニェの警備隊からの伝令で、隣の大陸からの軍勢が攻め入って来ているのは事
実ではある。王宮としても、これに迅速に対処すべく、聖騎士隊以外にも、志
願兵の部隊を編成することにした。しかし……、相手がそのような異形の者ど
もであるとなると……。通常の戦術では、勝利はおぼつくまい。おそらく、こ
こ数日、急にザールブルグ近辺に、普通では考えられぬほど大量の怪物がはび
こるようになって来ているのだが……、それも敵の妖しの術のためと考えれば、
合点も行く」
ウルリッヒはゆっくりと面を上げ、凛とした声を張り上げた。
「恐れながら、国王陛下には、一刻も早いご決断をお願い申し上げます。敵の
妖術には、同じく魔術による対処が必要なのです。そのために、大陸を渡って
やって来た、私の味方の錬金術師たちとの連携を! なにとぞご配慮いただけ
ますよう!」
ヴィント国王は黙ってウルリッヒの言葉を聞いていたが、やがて軽く息を吐
き出すとおごそかに言った。
「ウルリッヒ。事態は事態として、受け入れよう。しかし……、ウルッリッヒ・
モルゲン副隊長は、たしかに先の戦いで殉死を遂げたのだ。今私の目の前にい
るそなたが、われわれをたぶらかしにやって来た敵の妖術によるまやかし、あ
るいは悪魔の使いの化身であるという可能性を、いかにして否定できようか…
…? そなたが真にウルリッヒであるというならば、何か証拠を見せて欲し
い」
ウルリッヒは、すっと立ち上がった。
「御意。陛下の御面前にて失礼つかまつりますが……、他に方法はございませ
ん。このウルリッヒ・モルゲン、陛下より賜りしこの剣にて自らを証明してご
覧に入れましょう。ルドルフ隊長殿、……いざ、勝負を!」
そう言って、ウルリッヒは、ルドルフの方に向き直ると、腰に差した騎士の
証をすらりと抜いて、胸の前にかざした。それを聞いてルドルフは、唇の片端
を持ち上げ、にやりと笑うと、その鋭い光を放つ双眸を輝かせた。
「……久しいな、ウルリッヒ。望むところだ……!」
*
ヴェルナーは、父親に肩を貸し、そっと、椅子に腰掛けさせた。
「大丈夫か……、親父?」
父はぜいぜいと苦しそうに荒く息をしながら、ゆっくり頭を上げると息子の
顔を見た。
「何だ、ヴェルナー……。まだいたのか……」
「親父……やっぱり、身体の具合が、悪いのか?」
父はため息をつくようにして微笑んだ。
「すまんな……。これから戦地に行こうって息子に、心配ごとを背負い込ませ
たくないんで、黙っといたんだが……。やはり、知っていたのか。おまえは勘
がいいからな。具合は、ここのところ、ずっと、……まあ、良くは、ないな」
ヴェルナーは父の肩に手をかけたまま、一度口の両端を左右にきつく引くと、
父の顔をのぞき込むようにして言った。
「店、休めよ。安静にしてたほうがいいぜ」
父はその息子の目を見ると、優しく笑った。
「いや、店は……、休まんよ。わしは、もう長くない。自分の身体だ。よく、
分かっとる。寝込んでいたって、良くなるものでもないだろう。店は、わしの
生き甲斐だ。最後までやらせてくれ。まあ、向こうで母さんに会うのが、楽し
みでもあるからな。お迎えは、そんなに恐くもない。ただ、な。心残りは……、
おまえだ、ヴェルナー」
ヴェルナーは、真剣な顔で父に言った。
「何だよ……、店だったら、ちゃんと守ってやるから、心配するなよ。……今
はフラフラしているけど……」
父は首を横に振った。
「……いや、そうじゃない。店はな、まあ、これを開いたご先祖さんには申し
訳ないが……、わしの代で終わりでいいと思っとる。ヴェルナー、もし店を継
ごうとか、この店を潰したらわしに悪いとか、そんなことを考えているんだっ
たら……、そんなことは気にせんでいいからな。おまえは同じ場所に留まって、
一生同じことをやり続けるような人間じゃないだろう。冒険者としても腕を上
げてきているそうだが……、まあ、それもいいだろう。わしはな、おまえには
もっと、広い世界を見て欲しいと思っとる」
父は、軽く咳き込むと、大きく吐き出し、言葉を続けた。
「この先、ザールブルグは、いや、シグザール王国は大きく変わっていくだろ
う。隣のエル・バドール大陸はずいぶん長いこと戦争になっているらしいが…
…、おかげで避難民がずいぶんとこっちに流入して来ているようだな。まあ、
文化も、技術も、向こうのほうが、ずいぶんと進んでいるらしい。こんな一介
の雑貨屋にも、噂が聞こえてくるくらいだからな。技術ってやつはな、新しい
ものが入ってくると……、これはもう、どうしようもないことだが、自ずと世
の中が変わって行くし、必要とされる人間の種類も変わってくる。……もうじ
きだ。何か大きな変化が起きるだろう。わしはそんな気がしてならない」
「親父……」
父は、息子の顔をまっすぐに見ると、ゆっくり微笑んだ。
「ヴェルナー。おまえは、きっと世の中が変わっても上手くやって行ける種類
の人間だろう。頭の回転も速いし、目端もきく。まあ、親の欲目かもしれない
が……」
父はそう言って、目を細めた。
「親孝行ってのは、な、ヴェルナー。何も親の商売を継ぐことだけじゃない。
本当の親孝行ってのはな、子供が自分の選んだ道で、幸せに生きて行くこと。
これ以上の親孝行はないぞ。分かったな、ヴェルナー?」
「……ああ」
「まあ、おまえが行ってしまう前に、これが言えて、良かった。……無事に、
帰って来いよ?」
「分かったよ……、親父……!」
ヴェルナーはそう言って、大きく息を吐き出した。
*
謁見室では、ルドルフとウルリッヒの剣のぶつかり合う音が、絶え間なく響
いていた。その緊迫した空気に圧倒され、ヴィント国王も、聖騎士たちも、微
動だにせず勝負の行方を見守っていた。
もはや、目の前にいる金の髪の聖騎士が、ウルリッヒ・モルゲン副隊長その
人であることを疑う者は誰一人としていなかった。しかし、剣技を極めた者同
士の真剣勝負は、他の者が割って入る余地のないほどに白熱した展開を見せて
いた。
二人の騎士の周りでは、闘気が空気を震わせていた。
そのすさまじさに、誰もがただ、剣と剣の間で飛び散る火花を黙って傍観す
る他なかった。ヴィント国王はごくりと唾を飲み込むと、静かにうなずいた。
……あの構え、あの太刀筋、あの目の動き、身のこなし……! 間違いない。
あれはウルリッヒ・モルゲン! たとえ悪魔の術でも、あの剣技を盗むことは
できまい……。
しかしルドルフは、はやくも数手先を読み、勝利を確信していた。
素晴らしい。相変わらず、素晴らしい腕だ、ウルリッヒ! しかし、おまえ
のその癖、小手をかわした後に利き腕と反対側の半身に、ほんのわずかな隙が
できる弱点……、これもそのままだな。他の者には見えないかもしれないが…
…、この私の剣をよけられるか……?
そうだ、次の一手! これで! どうだ!?
その瞬間、ウルリッヒの美しい金色の髪が一房、ルドルフの剣に切り取られ、
はらはらと宙に舞った。それとまったく同時に、高く澄み渡った音が謁見室中
に響き渡り、剣が一本、弧を描いて飛ばされていった。
……何!?
「そこまで!」
ヴィント国王の声が広間に響き、シグザール城全体を揺るがすようなどよめ
きがあがった。
飛ばされた剣は床の上で数回跳ね、やがて静止した。ウルリッヒは、自分の
剣を鞘に収めると、床に落ちていた剣を拾い、うやうやしく持ち主に手渡した。
剣を飛ばされてしばらく呆然としていたルドルフは、それを受け取ると、大声
で笑い出した。
「ふっ、ふははははは……! 腕を上げたな、ウルリッヒ!」
「精進……、いたしました」
ウルリッヒは、居住まいを正すと静かに答えた。
|