△ 「ダンボールキッチン」第23回


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2階より、大声を上げながら飛び出してくる覚。その覚にすがりつくように、夢子とアトム。覚は、報告書を振り回している。

俊!あいつらはどうした!?舞台写真
夢子 あなた落ち着いて!
アトム また倒れますがな!
そういう呼び方は…
呼び方なんぞどうでもいい!どこへ消えた!?
(むっとして)帰った。たったいま…
行けェアトム!
アトム ほわ?
ジェットの限り追いかけろ!
アトム へえ…

アトム、勝手口よりばたばたと去る。

なんなんだよいったい…
俊。あいつらは資産家の子どもなんかじゃない
え?
借金を山のようにこさえて逃げてきた、ただのチンピラだ。しかも…
夢子 (鋭く)あなた!

…何言ってるんだよ…

覚、報告書を俊に投げて寄越す。

読んでみろ。興信所の調査結果だ
…いつのまにこんな…
いいから読め
…(しぶしぶ眼を通す)

夢子、覚に物問いたげな視線を投げる。覚、苦々しそうに。

…抜いたよ…
夢子 ごめんね。陰でこんなこと…でもあなたのことが心配で…
そんなことはどうでもいい
夢子

アトム、ぜえぜえ言いながら戻ってくる。

アトム あきまへんわ…
逃げたか!?
アトム (頷いて)タクシー拾たみたいで…もう陰も形も…
そうか…
(報告書から顔を上げ)嘘だよ、これ…
(かっとなり)馬鹿かお前は!興信所が嘘ついてどうする!
だって二人の話とまるきり違うぜ!
だからお前は騙されてるんだよ!
夢子 二人ともやめて、大声出さないで!

覚と俊、睨み合う間。
俊、踵を返す。

夢子 待って!
あいつに任せておけ
夢子 怪我でもしたらどうするの!?
その時はその時だ。馬鹿者が…
夢子

覚、報告書を拾い上げる。

貿易は貿易でも、シャブにヘロイン…
夢子
とんだ御曹司だよ
夢子
アトム、酒くれ。何でもいい
アトム お体に…
構うもんか
アトム へ…

上手より、最初に持ってきたのと同じ大荷物を抱えた麻美。

麻美 どしたの。すごい声がしたけど
自宅に帰るのか
麻美 (首を振り)仕事。ロケが入ったんで一週間ほど留守にするわ
夢子 家を空けるの!?こんなときに…
麻美 前から入ってた仕事だし
夢子 なんの
麻美 え?
夢子 なんのロケよ舞台写真
麻美 …正月の特番
夢子 どこ行くの
麻美 …サイパン
夢子 内容は
麻美 (自棄気味に)『一泊50ドルで遊び尽くす!激安・馬鹿うまサイパンの旅』
楽しそうだな
夢子 断りなさい!そんな仕事…
麻美 そんな仕事?
夢子 あなたが断れないならあたしが…

夢子、電話に向かう。麻美、夢子の取った受話器を切る。

麻美 …勝手なことしないでよ
夢子 けどあなたなら、もっといい仕事がいくらでも…
麻美 母さん。あたしは『森瀬夢子』じゃない。『森瀬麻美』よ
夢子
麻美 どうしてそんな簡単なことがわからないの…
夢子

麻美、下手に去る。

一本!麻美の一本勝ちだな
夢子
アトム、おかわり
アトム 飲みすぎですがな
いいから作れ
アトム はあ…
俊といい麻美といいナルコといい…すごいなうちのお子たちは
夢子
そんなすごいお子を育てた、夢子さんに乾杯!

夢子、グラスを掴み、覚に頭から酒を浴びせる。

何をする!?
夢子 何一つ子育てに協力しなかったくせに…
子育ては母親の仕事だろうが!
夢子 父親だって必要なのよ!
私は父親である前に一人の芸術家だ!
夢子
芸術家にとって常識や社会性は無意味だ。人々は、そんな彼らを評してこう呟くだろう…『芸術家なんだから、仕方がない。バイ・サトルモリッセ』

幻聴のように、遼太郎の熱烈な拍手が響く。

夢子 芸術?

夢子、酒瓶を握る。目が据わっている。

夢子 芸術?芸術、芸術!

夢子、覚に向かって酒瓶を振り回す。必死によける覚。

よせ!
アトム 奥様!
夢子 運動会行けない卒業式出られない家族旅行キャンセル結婚式忘れてた…それが芸術!?芸術、芸術!
それを言うならお前だって…
夢子 なによ!舞台写真
母親らしいことは何一つしてこなかったじゃないか!

夢子の振り下ろした酒瓶が覚に命中する。昏倒する覚。

アトム 先生!

アトム、なおも酒瓶を振り回す夢子を抑える。その間に覚は下手へ。

夢子 あなた逃げる気!?
『私が逃げるのではない。世界が私から逃げていくのだ。バイ・サトルモリッセ』

再び幻聴のような遼太郎の拍手が響く。

夢子 待て!待ちなさいよ卑怯者!

覚、去る。

夢子 …卑怯者…

上手より、これ以上はないくらいの大荷物に埋もれたカヨ。
恐る恐る声をかける。

カヨ 奥様…

振り向いた夢子とアトム、息を呑む。

夢子 カヨさん…
アトム なんやねんその荷物
カヨ (頭を下げ)長いこと、お世話になりました。お暇をいただきとう存じます
夢子 え?何言うの、突然…
カヨ 申し訳ございません!

カヨ、下手に走り去ろうとするが荷物に足をとられて転ぶ。

アトム 荷物、多すぎや
カヨ 10年分だもん
夢子 何があったのよ。わけを話してちょうだい舞台写真
カヨ …言えません
夢子 わけも言わずに出て行くなんて…
カヨ 奥様!!

カヨ、決然と立ち上がり、何やらパントマイム。唖然として見つめる夢子とアトム。

カヨ これがカヨの、カヨのダイニングメッセージでございます!!
夢子 ダイイング?
アトム いや、キッチンやからダイニングでええんちゃいますか

マイムを続けるカヨ。悩む二人。以下は演じる俳優の工夫で変更してよい。

夢子 畑仕事?(カヨ、違う違う)
アトム 潮干狩り?(カヨ、違う違う)
夢子 あなぐま?(カヨ、違う違う)
アトム 工事?(カヨ、大きく頷く)
夢子 …工事?
カヨ (夢子の手を取り)あたしゃ何にも言ってません。でも、気をつけて
夢子 工事に?気をつける?
カヨ …皆様、どうぞお達者で…!!

駆け去るカヨ。呆然と見送る二人。

夢子 …ここらへんで危険な工事なんて、あったかしら?
アトム さあ…
夢子 訳がわからないけど…カヨさんもこの家を出て行ったのね…
アトム そのようでんな…
夢子 (ふっと笑い)ついに沈むのかな…
アトム は?
夢子 よく言うじゃない、沈む船からネズミは逃げ出すって
アトム じゃカヨさんや先生はネズミですかいな
夢子 そう。おっきいネズミ…
アトム しかも1匹は大食いで
夢子 1匹はアル中のネズミ…

二人、目を合わせて笑う。笑い声ががらんとした家に空しく響く。椅子にへたり込み、こめかみを押さえる夢子。アトム、その様子を見て。

アトム …少し、休んでください。あとは僕が…舞台写真
夢子
アトム さ。奥様…
夢子 …チィ
アトム へ?
夢子 チィチィチチ…
アトム どないしました…
夢子 …下りる
アトム へ?
夢子 …あたしも船を下りる
アトム
夢子 少しの間だけ…お願い
アトム 奥様!

夢子、下手へ去る。立ちすくむアトム。

(作:中澤日菜子/写真:広安正敬)

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