トップページ > ページシアター > ダンボールキッチン > 第22回 【公演データ】
下手から俊・晃冶・千里現れる。俊、しきりに謝っている。千里、押し黙ったまま。
俊 ホントゴメン。まさか印鑑、間違ってたなんて…
晃冶 気にしなくていいよ。それより急いで
俊 ああ。待ってて、すぐ戻る
俊、上手に去りかける。千里、思わず声が出る。
千里 俊さん!あの…
俊 ん?
晃冶、ものすごい眼で千里を睨む。
千里 …なんでもない…
俊 今日、変だよ千里
千里 …
俊、去る。
晃冶 (俊の口真似をして)今日、変だよ千里
千里 …やめて
晃冶 …やめて欲しいのはこっちだ
千里 …
晃冶 危なっかしくてみてらんねえ
千里 …神様が、よせって言ってるんだよ…
晃冶 はあ?
千里 きっとそうだよ。印鑑間違ってたのも今なら引き返せるって神様が…
晃冶 おめえ気は確かか?
千里 だって…
晃冶 あと印鑑一つだぞ、いま引き返す馬鹿がどこにいる
千里 …怖いんよ…
晃冶 …
千里 怖くて怖くてたまらないよ、あたし…
千里、手で顔を覆う。体が小刻みに震えている。
晃冶、千里の頭をゆっくり撫でる。
晃冶 …なあ。楽しいこと考えようや
千里 …楽しいこと?
晃冶 そ。…全部カタがついたら、どこか遠くの町に行くべ。日本じゃなくてもいいぜ、お前の好きな国、どこがいい?
千里 …どこでもいいの?
晃冶 ああ
千里 …アルプス。アルプスがいい
晃冶 アルプスは国じゃねえべ
千里 ちっちゃい頃『ハイジ』が大好きだったの。干草のベッドやこおんな分厚いチーズや山のふもとの草原や…あたしも、あんなところで暮らしたいって。小さな山小屋でチーズやバターを作りながら…
だんだんと千里、晃冶の腕の中へ。
晃冶 山小屋どころか宮殿建ててやる
千里 ううん、山小屋がいい。…暖炉には火が燃えてて…子どもたちが木の床で遊んでる…
晃冶 …悪くねえな…
千里 …悪くないでしょ…
晃冶 アルプス語、覚えなきゃな…
千里 馬鹿ね。アルプスは国じゃないわ…
二人、完全に恋人同士の体勢に。そこへ下手より、ほうきとチリトリを持ったカヨ、登場。ふとガラス越しにキッチンを見やり、二人を見て固まる。固まった拍子にチリトリを落とす。その音ではっと我に帰る晃冶と千里。3人の目が合う。
カヨ、反射的に逃げ出そうとする。晃冶、ガラス戸を開けて庭に飛び出す。
カヨをひっつかまえる晃冶。
千里 こう…お兄ちゃん!
カヨ 見てない見てないなーんも見てない…
晃冶 いいか婆さん。今すぐこの家を出ろ。そして二度と戻ってくるな
カヨ へ?
千里 お兄ちゃん…
晃冶 理由は言うな。電話も手紙もダメだ。もし何か知らせようなんて思ったら…
晃冶、ナイフを出し、カヨの首筋に当てる。息を呑むカヨ。
晃冶 …地獄の果てまで追っかけてって、必ず後悔させてやる…
カヨ …うひぇ…
晃冶 …わかったな
カヨ、すごい勢いで首を縦に振る。
俊、印鑑と小さな包みを持ち、上手からキッチンへ。
俊 お待たせ…あれ?何してんのそんなとこで
晃冶 いやあ。カヨさんがふらふらっと倒れかけたんで慌てて
俊 マジ?カヨさん大丈夫?
晃冶 体は大事にしなくっちゃ
カヨ …
晃冶 (カヨの眼を覗き込んで)限りある人生なんだから。ね?
カヨ、脱兎のごとく駆け去る。俊、その姿を見送って。
俊 ずいぶん元気そうだけど
晃冶 (部屋に上がりながら)人は見かけによらないよ…
俊 (印鑑を差し出し)これが正しいやつ
晃冶 ありがとう。確かに。さ、失礼しようか千里
千里 …
俊 俺も行くよ
晃冶 俊くんは書類のほう、頼むよ
俊 わかった
晃冶 それじゃ…千里
千里 …さようなら…
晃冶、千里下手に去る。のん気に手を振って見送る俊。
(作:中澤日菜子/写真:広安正敬)