絶えず変化  

変化とは、動きです。動きとは「存在」と「非在」の併存です。存在しているものが同時に存在していないものであることで、動きになります。存在しているだけなら静止ですが、そこに存在しないという現象があるから動きになります。

「存在」と「非在」の併存は矛盾です。だから、すべてが絶えず変化するこの世は、矛盾で成り立っています。ブッダはこれを 「 縁起(えんぎ) 」と呼びましたが、大乗経典では、この真実を「空(くう)」という言葉で表現しています。

初期仏教では、この矛盾を「諸行無常」と表現しますが、これが「一切皆苦」の根本原因です。大乗仏教が誕生すると、「非在」に視点をおく中観思想と、「存在」に視点をおく唯識思想が生まれます。 「非在」に視点をおく「空(くう)」の思想は、虚無主義へ進む危険性があるために、「存在」に視点をおく唯識思想が生まれたようです。

唯識思想の「存在」は、この世の視点です。見えるものだけが存在する世界です。中観思想の「非在」は、この世では存在が確認できないあの世の視点です。この世では「非在」という見えないものは、存在しないことになっていますが、あの世という「非在」がなければ、この世はありません。「存在」も「非在」も、この世の営みとしての変化や動きには、欠かせないのです。

「苦」の根本には、人はいつか必ず死ぬのに、生きなければならない不条理があります。なぜ生きるのかという、誰もが抱く疑問は当然です。人が快楽を求めるのは、このような「苦」があるからでしょう。快楽で「苦」を忘れる無自覚の逃避ですが、人間存在の真実から逃れられるはずがありません。できることといったら、せいぜい、自分を欺くことくらいでしょう。逃避することもなく、自分を欺くこともない、最善の選択が、目覚めることです。

目覚めるとは、身体や心は自分ではない、と知ることでしょう。身体や心は自分ではないと知り、身体や心が奮闘するこの世という夢幻の世界から目覚めるのです。「苦」からの解放とは、このことでしょう。



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