ツールドニッポン2002実戦編
5月5日 阿蘇〜佐多岬〜志布志(579.33km)
エマージェンシー地図より
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ラリーの朝は、いつと変わらず早い。
徐々にそぎ落とされていった日常の替わりに、
ラリーの日々が、体に染み付いて、自然に日常になってきている。
昨日までの雨は上がり、空は快よく晴れ渡る。
最終日にふさわしい、気持ちのいい天気のせいか、
起きるのが少し遅く、慌ててテントを撤収する。
ブリーフィングの時。
代表山田氏は生彩を欠いていた。
周りのスタッフに支えられるようにして登場した山田氏。
何度も言い間違えたり、言い直したりで、
いったいどうしたの?という状態。
きっと、想像を絶するほど、お疲れなんだろうと思った。
§
今日は、ビバーク地であるゴンドーシャロレー牧場でSS。その後スタートだ。
牧場の敷地内に特設された2kmのクローズドSSは、
雨によるコンディションの悪化から、半分くらい(?)に短縮されたらしい。
それでも、雨上がりの泥のSSは、相当な困難が予想される。
初めて、SSのために空気圧を落とした。
スタートの順番が迫って来る。
SSを終えたアフリカツインの猛者、#4尾島さんが、
リアタイヤのチューブをバッタバッタ言わせながら戻って来た。
空気圧を落としすぎて、タイヤがリムから外れ、
チューブが飛び出してしまっているのだ。
すごいものを見てしまった。
そこまで、空気圧を落とさなければ走れないのだろうか?
先にSSに入った#28田中さんが戻ってくる。おどけた様子だ。
「転んじゃった!へへっ」
慎重かつスムーズな走りでSSを終えた#29八尋さんも戻ってくる。爽やかな笑顔。
「ロシアってこんな感じ?!」
コース内では、#40内田さんが、はまっている・・・
後続のエントラント達は、ルートをふさぐように横たわる1150GSを、
踏みつけるようにして超えてゆく。
内田さんは成す術もなく、呆然と天を仰ぐ。
これが、コンペティションの厳しさか・・・
最後の直線を、GSを押しながら、楽しそうに(?)進んでくる#45鵜澤さんの姿が見える。
そして、僕のSSがスタートした。
最初の右コーナーにある、泥の水溜りでいきなり転倒。
人車ともども泥まみれとなる。
素早くバイクを起こし、乗ったまま通過しようとするが、タイヤは空しく泥をかく。
すぐにあきらめて、押しを入れながら泥沼を通過。
直線でも気を抜けない。
ちょっとでもキャンバー気味な姿勢になると、転倒してしまうので、
最も低い、窪んだルートを選んで走る。
#55福薗さんが、はまっている。
腹を見せた1100GSが、ルート脇に横たわっている。
助けに行こうと、福薗さんの方を見やると、力強くうなずいている。
「大丈夫だから、先に行って!」と言っているような目だった。
申し訳ないけれど、先に行かせてもらう。
同じ型のGSに乗る#35上田さんを途中で抜く。
泥のルートは一旦終わり、砂利の外周路を行く。
グリップする路面って、なんてすばらしいんだろうと思うのもつかの間、
再び泥のルートへの入り口。
1mほどの高さの土手を斜めに下る。
慎重に下るが、リアブレーキを強く掛け過ぎ、
滑り落ちるようにして、2度目の転倒。
バイクを起こして、すぐに再スタート。
プッシュしようのないスリッピーな路面が続く。
転ばないことだけに集中し、残りのルートをクリアして行く。
そして、ゴール。
疲労困憊、もう、おなかいっぱいと言った感じだ。
最悪のコンディションとは言え、SS内で初めて人を抜いたことには満足。
#23山口さんがSSのスタート待ちの列に見えたので、
僕なんかがアドバイスするのは、おこがましいのだけれど、
このSSのポイントを伝える。
その後、#35上田さんと話す。
「こう言ったら失礼かも知れませんが、上手ですよね。
泥でも、スルスルと行ってましたね。」
と言われ、大いに照れる。
やはり、ロシアンラリー2001の経験が生きている!?
§
次のSSへ向けて、リエゾンを行くが、ウィンカーが点いていない。
路肩にGSを止め、切れたヒューズを交換。ウィンカーが復活した。
SSの泥沼のせいで、電気系統がショートしたのだろうか?
そうこうやっているうちに、SSを追えた1100GSの猛者、#55福薗さんが追いついて来た。
「空気入れ持ってませんか?」
から始まって、しばし、他愛のない言葉を交わした後、
「お先に!」と福薗さんは出発して行った。
因みに、SSの後のGSはこんな感じ。
これで、SSの楽しさが伝わるでしょ?
§
走り出してすぐ、なんだか焦げ臭いような気がするなと思ったら、
またウィンカーが点かなくなっていた。
仕方ないので、ここからは、久々に登場の手信号で行くことに。
やった事がある人なら分かるでしょうが、通じないんですよね手信号って。
先行きが不安だけれど、先を急ごう。
ここは、ビューポイント/誘惑だらけの、やまなみハイウェイ。
阿蘇の山並みの美しさは、何度来てもいいものである。
「大観峰 ○○km」の標識に誘惑されるが、後ろ髪を引かれつつ、ストレートオン。
コマ図を追いかけながら、ひたすら南下を続る。
§
そして、76km地点。
たどり着いたは、五ヶ瀬町。
ここでは、スキー場を使った4kmのクローズドSSが行われる。
最後のSSは、今日1本目のSS同様、泥沼の予感。
SSを終えたエントラント達は、相当にへばっている。
横になったまま動かない(動けない?)人もいる。
その様子からして、SSの困難さは、想像に難くない。
一人のエントラントと話す。
「どんな感じですか?」
「いやー、ドロドロで大変でしたよ。バイクは何ですか?」
「ビーエムのジーエスです」
「・・・がんばってくださいね」
おいおい、何だ今の間はと思いながら、空気圧を落とし、心の準備をする。
辛い事は、早く終らせてしまおう。
最後のSSに向かった。
§
芝生のような草地に中に、泥土のルートが作られたSS。
走り出してすぐ、意外と走れることに拍子抜けする。
「言うほど、きつくないじゃん」と思いながら進んで行くと、
コーステープを挟んだ左手には、はまっているバイクが数台。
折り返して、そのバイク達のいるルートに入った時、
ようやくこのSSの困難さを理解した。
泥ヌタにプラスして、登りなのだ。
その登りの途中で、バランスを崩して、いきなり転倒。
僕のGSも、はまっているバイク達の仲間に入る。
足場が悪く、泥にめり込んだGSのシリンダーのせいで、
引き起こしは困難を極めた。とやっている所に、助けが来る。
#33丸田さん(F650GS)に手を借り、何とか引き起こしに成功。
ありがとう、丸田さん。助かりました。
お返しに、スタックして、はまっている丸田さんのバイクを押して、ルートに戻す。
その後は、二輪二足走行で、ケツを振りたがるGSをなだめつつ登って行く。
少し急になった登りの途中に、アフリカツインが転倒してルートをふさいでいる。
助けに行こうとするが、彼は独力で脱出したいらしい。彼もまた猛者である。
仕方なくルートを逸れ、草地に上がり、迂回する。
アフリカの彼をやり過ごした後、再び泥のルートに戻る。
戻って早々、2度目の転倒。
力を振り絞り、死ぬほど重たいGSを一人で引き起こす。
押しを入れながら少し行くと、登りのルートが終わった。
滑りやすい下りの後、再び登り。
オフィシャルが、ルートを指示してくれる。
「ここまで、真っ直ぐ来て!そこから、どうのこうの・・・」
何とか登り切ったと思ったら、次は急な下りだ。
しかも、轍と呼ぶには深すぎる2本の溝が刻まれている。
真中をいくと、轍に吸い寄せられて転倒しそうなので、
右の轍にタイヤをはめて、リアブレーキを引きずりつつ、
オンザレールで下りていく。と言うか、ほとんど「滑走」だった。
そして、また登り。今度は、真っ直ぐだが距離が長い。
途中で失速したらあかんと思っていたら、案の定失速。
再スタートが困難となる。
その間に、ルート脇の草地を行くエントラント達が、何人も僕を抜いて行く。
重量級のアフリカは、まだよしとして、軽量車が
エスケープルート(?)を行くのはどうだろう?
僕がルートを狭くしているから仕方ない?
その後は、押してもなかなか登らないGSを、少しずつ押し上げ、なんとか登り切る。
そして、最後の緩やかな登りを行き、ゴール!
ほぼオンコースで走りきったが、
こんなにしんどい思いをしたのは本当に久しぶりだ。
(ロシアンラリー2001の最終日以来だろうか?)
でも、満足感と引き換えに、SSのタイムは最悪。
30分以上も、このSSで遊んで、順位は61位。
因みに、トップのタイムは、たったの5分・・・
§
SS後、ロードタイヤを履く猛者、1100GSの#96辻野さんと話す。
「これからSSに入るんですけど、どうでした?」
「ドロドロで、重量車には厳しいですね」
「今日1本目のSSも、エスケープしたから、このSSも無理でしょうね。」
SSに入るのをやめたいと言う辻野さんに、オフィシャルの言葉。
「僕らはね、順位を争うとか、そういうことだけで、やっているんじゃないんです。
自分に活を入れるためとでも言うんでしょうか。とりあえず、入ってみましょうよ!」
説得された辻野さんは、「死んできます!」と言ってSSに向かって行った。
後で聞いたが、このSS、重量級、特に1100系のGSには
相当厳しいものだったようで、コンボイを組み、何時間もかけてSSを通過したそうだ。
§
SS後、リエゾンのルートを見つけるのに少し迷う。
こんなところで迷っている暇はないのに・・・
ようやくオンコースを発見し、佐多岬へと急ぐ。
椎葉村を抜けるルートは、曲がりくねった細い道。
気ばかり焦って、ちっとも距離は進まないが、
この辺りは、平家落人伝説の残る秘境だから仕方ない。
その中でも代表的なのが、鶴富姫伝説の舞台となった鶴富屋敷。
重要文化財だけれど、すぐ脇に民宿がある。
驚くべきは、いまでも、鶴富姫の末裔が暮らしていること。
確か、現在で、30数代目(?)だというから、すごい。
§
国道388、219号と走り、熊本に入る。
軽くガレた、気持ちのいいフラットダートを飛ばす。
夢中になりすぎて、分岐を行き過ぎ、またもやミスコース。
迷路のような林道の分岐を行ったり来たりしながら、
ようやく、もと来た道に戻って来る。
2度と戻ってこられないかと思った・・・
本当に、こんなところで迷っている暇はないのに・・・
すれ違ったエントラントに現在地を聞き、CP1を目指す。
でも、途中でF650GDのエントラントに追いついたので、
あとを付いて行くと、CP1に到着した。
うーん、他力本願だ・・・
ここでは、温かいコーヒーをごちそうになり、ほっと一息。
そこに、#45鵜澤さんが到着。
リエゾンの途中、目の前で、エントラントの崖落ちに遭遇し、
その救出に時間を取られてしまったそうだ。
この時点で、時刻は16時。
佐多岬までは約200kmなので、平均速度100km/hで行ければ、
佐多岬ロードパークの閉門時間である18時には間に合う。
でも、そんなスピードでいけるわけもなく、閉門時間の延長を願うしかない。
とにかく先を急ごう。
§
林道の途中で雨が降り始め、本降りとなる。
またか、といった感じで、道端にバイクを止める。
#45鵜澤さん、XRのエントラントといっしょに、カッパを着込んで再出発。
ペースの上がらない雨の林道を、さらに20kmほど走り、舗装路に戻って来る。
国道221号を行き、九州自動車道えびのICへ。
ここから、国分ICまでの60kmを一気に移動した。
辺りは薄暗い。もう日没間近だ。
国道220号。
鹿児島湾を右手に望むこのルートは、
昼間ならば、噴煙を上げる桜島が、きれいに見えたはずだ。
でも、今はただ、どす黒い海が見えるだけである。
§
県道72号から、国道504号へ。
最後のガス補給のため、スタンドに立ち寄る。
いまさら焦っても仕方がないので、ゆっくりと休憩。
さらに県道71号へと走り継ぐと、
ルートは、国道を外れ、薄暮の森へと分け入る。
嫌な予感がする。
ここまで来て、まだダートがあるのだろうか?
予感は的中し、ここから先、黄昏時の林道を走る羽目に。
その後、日はとっぷりと暮れ、ナイトランとなる。
ここで、初めて、ヘッドライトのHI/LO同時点灯が役に立つ。
本当はSS用に作ったのだけれど、思いもよらぬ所で役に立った。
真っ暗闇の林道では、ヘッドライトに照らし出された、
目の前の道だけが唯一の現実の世界だ。
道は、僕らが通過するまで、じっとして暗闇に身をひそめており、
僕らが通過するほんの一瞬の間だけ、現実の世界として浮かび上がる。
後方に去った道は、また暗闇の中へ身をひそめる。
目の前の未来を、つかみ取り、過去のものとしながら走り続ける・・・
これが、ライディングの本質かも知れない。
昼間だったら、きっと気が付かないと思った。
なんてね。
コマ図には「この先CPあり」の表示。
ほぼフラットで走り易いが、曲りのきつい道は、距離が稼げない。
走っても走っても、CPが現れる気がしない。
時間も時間だし(19時)、もう撤収してしまったのだろうと思っていた。
が、しかし・・・
真っ暗闇の中に、CP2は開いていた!
大幅にCPの開設時間(15:30まで)をオーバーしていたので、
スタッフが居てくれるとは思いもしなかった。うれしい!
自然に 「ご苦労様です!」 という言葉が出る。
心底ほっとしたひと時だった。
CP2スタッフさん達、ありがとうございました。
「この先、あと600m程でダートが終ります・・・」
という、ありがたいお言葉を後に出発。
ようやく、13kmに渡る、長い長いナイトランが終わった。
§
ここからは、ICOのトラブルだけでなく、マップホルダーの
照明も切れてしまった#45鵜澤さんとのランデブー走行。
ひたすら南下し続ける。
途中でルートは、左に逸れ、開聞岳を望むであろうポイントに向かう。
でも、日が暮れた今となっては、何も見えず、
距離と時間だけが空しく過ぎていく。
再び、メインルートである海岸沿いの国道269へ。
いよいよ、佐多岬が近づいてきた。
県道68号に入る。
街灯のない道、雨の夜間行が続く。
対向車のヘッドライトが、ゴーグルについた水滴に反射すると、
全く前が見えず、一瞬前後不覚に陥る。
対向車が来るたびに、恐怖を感じる。
そんな、曲折路が10kmも続き、うんざりし始めた頃、
コマ図には、CPの表示あり!
§
ついに、この時が来た。
佐多岬のゴールだ!
CP3で、タイムチェックを受け、この先の説明を受ける。
やはり、佐多岬ロードパークは閉まっていた・・・
岬までは、徒歩で行く事になっていたが、有料の岬である
佐多岬には、18時までしか入ることが出来ない。
時間内に、佐多岬に立てたのは、わずか18人だとか。
§
ロードパークのゲート脇の道を行くと、
最後のCP4が、駐車場に設置されていた。
雨の中、最後のタイムチェックを受ける。
チェックしてくれたのは、RRM2002に
80GSで出場するB場さんだった。
BMW BIKESに載っていた、ラストTBIの記事で
お顔だけは知っていたので、
「モンゴルがんばってくださいね」と話をする。
これで、長きに渡った南下の旅が本当に終ったのだ。
でも、佐多岬に立てなかったことで、
終ったという実感が全くないのも事実。
雨で湿ったタバコに苦労して火を点け、
しばらく、呆然と海のほうを見つめる。
まるで、魂の抜け殻のような自分。
雨の降り続く、夜のCP4にいる他のエントラント達も、
同じような気持ちだったのではないだろうか?
§
しばらくの休憩後、#45鵜澤さんと共に、
本当のゴールである志布志に向かう。
ここから、志布志までは120km。
このときは、なんて事のない距離のように思えたが、
霧のせいで前が見えないは、
疲労のせいで異常に眠いはで、長く辛い行程となる。
メインルートは、東海岸沿いの国道448号。
日中なら、日南のきれいな海を望む事もできたであろうが、
夜中の国道は、ただただ辛いだけのリエゾン。
そんなリエゾンの途中、エントラントの事故に遭遇する。
居眠りのせいか、側溝に落ちてしまったようだった。
様子を見てきた#71赤木さんに状況を聞くと、
事故を起こしたエントラントも大した怪我をしたわけではなく、
僕らには出来ることもなさそうということなので、
気を引き締めて、先に行く事にする。
§
今日のスタートから、579.33km。
7日前のスタートから、4130.34km。
深夜の志布志ゴール・・・
人影もまばらなゴール地点に、到着すると、
オフィシャルに、「はい、終わりです」と言われる。
ツールドニッポンの幕切れは、拍子抜けするほど、あっさりとやって来た。
佐多岬と同様、ここでも終ったという実感が全くない。
明日もまた、早起きしてスタートの準備を
しなければならないような気がしてならない。
でも、ラリーは本当に終ったのだ。
長いようで短く、楽しいようで辛い日本縦断の旅が終ったのだ。
§
最後まで、お付き合いくださいまして、ありがとうございました。
これを読んで、どう感じるかは、人それぞれだと思います。
前半のお気楽ロングツーリングと、後半の厳しいSSを含む辛いルート。
楽しそう!とか、ただ辛いだけとか。いろいろとあると思います。
ここで、ラリーに出るにあたって、よく訊かれること。
なんかいいことあるの?
有名になれる?
賞金は出るの?
いくらかかるの?
そんなにお金掛かるなら海外旅行に行けるよね?
なぜ、ラリーに出るの?
最後の質問については、登山家に「なぜ山に登るのか?」と
訊くことに等しいと思います。エントリーする理由は簡単明瞭です。
でも、行かない理由なんて、いくらでも挙げる事が出来ますよね。
だから、準備が整ったら、行ってみましょう!
次は、あなたの番です。
§
謝辞
全てのSSERスタッフ、日本各地の現地スタッフ、エントラントの皆さん、
GSの整備でお世話になったコクボモータースさん、
ゼッケン板を提供して頂いた自称超下手っPライダー竹下さん、
そして、美しき日本の大地に感謝します。
TDN2002
完