「らくがきちょう」7/28
先日、とある喫茶店に寄ったとき、カウンターの内側の棚に「らくがきちょう」があるのを見つけた。
それはかなりぶ厚いノートで、年期も入っている様子だった。
背表紙に書かれた「らくがきちょう」の文字。
その文字は、ユニークな書体で傾きながら書かれていた。
(らくがきちょう? 漢字だと、、楽書き帖だっけ?)
(いやいや、落書き帖だよ。。)
そうなのだ。「らくがき」は漢字で「落書き」であり、「楽書き」ではない。
でも、、、「楽書き」でもいいじゃないか!!
学校の先生が教室で叫ぶ。
「誰だ!! こんなところに落書きしたのはーーー!!」
この場合、落書きで正しいのだろう。
しかし、喫茶店のノートの場合は「自由にお書き下さい」とあるように、
「楽書き」の方で合っているように思う。
「楽描き」でもいいかな。
なぜ 、いままでこのことを話題にしなかったのだろう。
漢字で決まっているからと言って、それが合っているとはいえないだろう。
このエッセイだって、自由に書いているけれど「落書き」ではない。
「夏のはしっこ」7/25
今年は7月は、とても夏らしく暑い日々が続いている。
しかし、ここ東京都杉並区高円寺では、ほとんど蝉がないていない。
ほとんどというよりも僕のアパートの回りでは、また一回も聞いていない。
それでも、やっぱり同じ7月を暮らしているわけで、ちょっと離れた郊外では、蝉も多く鳴いているだろう。
カナブンも、コガネムシも、トンボも普通に見かけるであろう。
夏のはしっこが、ここまで届いてこないのだ。
年々それは、ひろがっているのかもしれない。
今、僕にとっては、コンビニエンスストアーの「みぞれ」アイスが夏の象徴になっている。
これでいいのか。
カナブンもコガネムシもトンボも「みぞれ」でいいのか。
これは東京都民全員の問題でもある。
石原都知事よ、これは問題である。
蚊もあまりいないのだ。
人間のバランスが崩れてしまう。
それにしても、蝉もトンボも、ここまで届かないなんて、さびしいじゃないか。
そういうマップを作ってくれないだろうか。
夏レッドデータ区域。。
かも、、。
「ボブソンジーンズ」7/22
先日、ジーンズを買った。
メーカーは「ボブソン」。
まったく自慢ではないが、僕が最初に買ったジーンズ(Gパン)は、ボブゾンだった。
いくらだったかな。2700円かな。1600円かな。
まあ、今から30年も前の事、小学校5年のときだ。
・・・「ビッグ・ジョン」派もいたね。
思い出話しはここまでにして、、。
それから、ジーンズの旅は続いて、高校二年のときには、憧れの「リーバイス」を買った。
宝石のように、はいたり、たたんだりしたものだった。
東京に出てきてからは「Lee」のジーンズをずっとはいてきた。
やっぱり高いジーンズは、長持ちもするし、はき心地もいい。
長持ちもするし、はき心地もいいのだけれど、それは、それなりに高い。
今回、ジーンズ屋に行き、僕は一番買いやすい値段のジーンズに決めてしまった。
メーカーさえも確認せずに。
(これでいいのか?)
そんなふうに、心で思いながら、部屋に帰って来て、メーカーを確認すれば、、。
懐かしき「ボブソン」ではないか。
旅はめぐり、そしてまた帰って来たということではないだろう。
ジーンズはジーンズ。1は1。
「民族音楽」7/20
ここ最近、ずっと民族音楽の映像の編集をしている。
先日は、ソビエト連邦(ロシア)編のシリーズをひととおり見てみた。
いろんなダンスも含めて、30代〜50代のみんなが多く披露していた。
その回りを囲むようにして眺めている若者や子供たち。
伝統のものを憶えているのは古い人たちということなのだろうか。
いやいや、若者だけのものではないということなのだろう。
映像を見ていると実にみんな楽しそうだ。
若者では、なりきれない心境という感じかな。
やがて、若者たちも、熟練した伝統を再現できるのであろう。
・・・・
もともと民族音楽は、住んでる全員のものではないのか。
そして一番の主役は老人なのではないか。
毎年でも、そのお祭りがあるのならば、熟練は老人ということになるだろう。
「楽しさ」にまで純化されて、民族音楽そのものとなるのかもしれない。
でも、日本の民謡とはちょっとイメージが違うんだよね。
何が近いだろう。。
「通いのアルバム」7/18
ここ最近、ずっと一枚のアルバムを聴いている。
サミー・ウォーカーというシンガーのバンド編のアルバムだ。自分自身、このアルバムをこんなに毎日聞くとは思ってもみなかった。
しかし、今の僕にとっては、充分に新鮮にこのアルバムが響いてくる。
・・なぜかなぁ?
遠くに住む僕の友達もまた、何か他のアルバムを今、ずっと聞き続けているだろう。
それはみんなそうで、その人にとって旬なアルバムなのかもしれない。
いや、、、まてよ。。
帰り道、ヘッドホンで、いつもアルバムを聞きながら、僕はこんなことを考えてみた。
・・・・
『そのときどきの時間や毎日には、それぞれの帰り道や商店街がある。
そのように、その毎日と一緒に聞くひとつの音楽アルバムは、帰り道や商店街のように、通い慣れた楽しみを教えてくれるものではないだろうか?』
つまり、ある一定期間、聞き続けてしまうアルバムは、そのときに自分が家まで帰り行くときに通る商店街のようなものと思えたのだ。
僕らが家から駅までに通る商店街があるように、そのアルバムという商店街を通って僕は出かけているのではないか。
『通いのアルバム』ということだ。
たぶん僕ら「カセットテープ世代」の人達は、そのときどきに聞き続けるアルバムを見付けるという習慣があるのだろう。
家に帰るまでに、商店街が欲しいように、家に帰るまでに、きっとひとつのアルバムが欲しいのだ。
その商店街があって、その街(その毎日)に、住んでいるという実感が湧くのだろう。
たまたま住んだその街に、ひとつの商店街があったように、きっと僕らは一枚のアルバムをあえてずっと聞いてしまうのだろう。
「山から落ちて来たギター」7/15
久し振りに隣の部屋で倒れるように眠ってしまった。
そして今朝見た夢の事。。
僕がその山道を通りかかると、土のかたまりのようなものが斜面からころげ落ちてきた。
なんだろうと思って見てみると、それは一本のギターであった。
いつもどうり抱えて弾こうとするけれど、うまく弾けない。
弦の数も多いし、チューニングも普通ではない。
(な〜んだ、左利き用だったのか。。)
左効き用のギターなんて弾いた事がない。そして、持ち替えてみると、意外と弾けるんだと知る。
・・・まあ、これは夢なので・・・
なんだか、インドのシタールのような音がする。よく見ればフレットに細工がしてあるではないか。
(なるほど・・)
なるほど。なるほど。なるほど。
チューニングから、弾き方まで、僕は夢の中ですっかり憶えてしまった。
そのサウンド。
そして夢はまだまだ続いた。次々と友達にそのギターを紹介していったのだ。
僕は新しいギターと新しい弾き方を憶えて、すっかり満足だった。
朝、目が覚めてみると、新しいギターはどこにもない。夢だった。。
しかし、そのサウンドと弾き方とギターのしくみは、指の記憶に残っていた。
「コーヒーカップ」7/14
最初はもちろん、四畳半のアパート。
最初のコーヒーカップというものも、とりあえずコンビニエンスストアーで買ってきたものだった。
まだ、お皿とか茶碗も少なくて、、。台所も(流し)も小さくて、、。
友達が遊びに来るようになって、インスタント珈琲を出すようになって、違うカップをコタツテーブルに列べて。。
・・・いいコーヒーカップがあったらなぁ。。
そして僕は、ちょっと高い(?)、喫茶店で出てくるような小さめなコーヒーカップを一組買った。
もちろん、お皿付きだ。
そして、クリープにペットシュガー(古い・・)を揃えたものだった。
小さなスプーンも買って。
僕はそのコーヒーカップを大変に気に入っていた。
なんだか、四畳半喫茶みたいな感じだったのだ。
友達が来たならば、必ずインスタント珈琲をカップで出した。
もちろん、カップは少し温めて、、。
そのカップで珈琲を飲んだ友は多い。僕の自慢ということもよく伝わっていたばずだ。
そんなお気に入りのコーヒーカップ。
たった一組しかなかったコーヒーカップ。
・・・・
あれから20年たち、この部屋には数多くのカップがあり、お客さんが何人来ても、コーヒーを出すのに困ることはない。
そして、なぜか最初に買ったコーヒーカップセットは、戸棚の奥にしまわれてある。
「ポリネシアサウンド」7/11
ここ最近、ずっと民族音楽の映像をまとめている。
図書館からビデオを借りてきているのだが、なにしろ30巻もあるので観るだけでも大変だ。
その中のポリネシアのビデオを先日も観たのだが、その心地よさが映像でよく伝わってきた。
音源だけはもうずっと前から、よく聞いてきたのだが、映像と一緒だとこんなにも印象が違うものかと思ってしまった。
タヒチ・サモア・トンガ・フィジー・クック諸島・・。
どの国にも共通しているのは、自分の体を叩きながら男女で歌い合うのだ。座り合って歌うのは、なんともいい。僕の観たビデオの中では、若い衆から老人の姿まであった。
伝統として叩き次がれているのだろう。音源だけで聞いていたときは、どれも似たように聞こえていたけれど、それぞれの曲には踊り(叩き方)が付いていて、楽曲というようよりも、踊り歌という印象だ。
・・なんだか、楽しそうだなぁ。。
日本にも、盆踊りはあるけれど、どうもリズムに乗っているという感じがしない。ダンスと呼ぶよりも舞踊に近い。ポリネシアの踊り歌は「せっせっせ〜の、よいよいよい〜」の子供歌にとても近い。感覚的にも似ている。
ひとり「せっせっせ〜」という感じか。。
とにかく、音源で聞いていたときと、まったく違う印象なのだ。
やっばり、映像で観なくっちゃな、、。
観ていると、だんだんポリネシアの音楽の豊かさが見えてくる。これが民族音楽の不思議なところだ。
「夏のジュース」7/8
夏になった。
自販機で、どうしてもジュースを飲んでしまう。
やっぱり冷たいときが一番美味しい。
一気に飲んでしまいたい衝動もあるけれど、そこは我慢して、ちょっとだけ一気に飲む。
そして一気に飲むときは、どうしても目をつぶってしまう。
目をつぶって飲んでいると、小学校の頃の学校の前のお店やさんで夏、よくジュースを一気飲みしてことがよみがえる。
三ツ矢サイダーの大瓶。。
あののどごし。。
あのときもやっぱり目をつぶっていた。
それは誰の中にもある、ひとつの夏のシーンだろう。
目をつぶったときの暑い闇。真ん中には冷たいジュース。そしてジュースを飲んでいるこちら側の自分。
夏の中に入ってゆく、ひとつの異次元の入口。
その次元の中では、どうやら年齢は関係ないようだ。
僕はきっと小さな頃を思い出しているのではない。
だって、目をつぶって飲んでいるときの瞬間は、まったくそのときと変わっていないのだ。
時間というものがそこにはないのだ。
時間のない瞬間・・。
それは思い出すことは出来ない。
思い出すことはできないが、その遠い一瞬に戻ることができる。
ここが大事だ。
もうちょっと、もうちょっとだけ、一気に少しだけ飲み続けられれば、、、
「整理できない心」7/5
もうずっと、部屋のいろんなものを整理しようとがんばっている。
整理すると言っても、捨てるということではない。順番通りに列べたり、内容を確認したりするだけだ。
あと、本棚やボックスの中をきれいに片付けたいのだ。
いつも、いつもずっとそんなふうに毎日思っているので、なんだか心が常に「整理強迫症」のようになってしまった。
(まあ、強迫症というのはおおげさではあるが・・)
とにかく片付けるものが多すぎるのだ。四畳半に住んでいた頃、レコードにしてもテープにしても、本にしてもノートにしても、今より絶対量が少なかった。
そして頑張れば何とか整理できた。
しかし今はそうはいかない。常に整理できない心が、僕の中に生まれ続けている。
これはよくない。
だったら整理すればいいのだけれど、あまりの量で、時間がかかりすぎるのだ。
でもさすがに、この心にもあきてしまった。
整理できない心も、ボックスに列べたいな。
取り外し自由に、気持ちもなれば楽なのにな。
朝、玄関に置いて出かけたい。カセット、ポン!!
・・・
「ペットボタン」7/2
2004年6月に完成した、新築のマンション。
そのマンションをたずねたとき、エレベーターに「ペット」と書かれた押しボタンがあるのを見つけた。
・・・「ペット?」
たぶん、このマンションはペット可のマンションなのであろう。
それにしても、このペットボタンとはなんぞや。
一番低い位置に付いているのは、もしかしたらペット自身が押すということなのか。
(ああ、押してみたい。いったいどんなことが起こるのか?)
「まあ、押して、また戻せばいいや」
そう判断して、ついフラフラと「ペット」と書かれたボタンを僕は押してしまった。
点灯したままで、ボタンの光が消えない。何度押しても消えない。
これはどういうことだ。
エレベータの外に出てみると、各階の数字の下に小さく「ペット」と光る文字が浮き出ている。
なるほど「今、ペットが乗ってますよ」というサインなのだろう。
いや、「ペットがエレベーターを利用していますよ」ということなのかもしれない。
それにしても、なぜ明かりが消えないのだ。もしかしたら押してはいけなかったのか。
「誰だ。ペットボタンを押したのは!!」そう怒られそうだった。
僕はある期待を込めて、一階までの行き先を押してみた。
エレベーターは一階の着いた。そしてペットボタンの光は消えた。。
(ふう・・・・。)
そのうち、本当にペットがこのボタンを自分で押すかもしれない。(可能性大)
「ラッキーゴールドスプーン」6/30
僕の家には、豪華品というものは、まずない。
が、ひとつだけ、「これは」というものがある。
それは「金のスプーン」だ。
オリエンタルカレーの抽選で当たったもので、スプーンの頭には例のコックさんが見える。
抽選で当たった金のスプーンなのだから、実用には向かず、そのうちシルバーの部分が見えてくるだろうと信じていた。
しかし、どんなに使っても、金ははげそうにない。
・・・もしかしたら、本当に「金メッキ」なのかもしれない。
その真実については不明だが、カレー好きな僕は、金のスプーンをずっと今は使っている。
かなりの頻度で、金のスプーンは僕の食卓に並ぶ。
過去の僕の人生の中での大きな変化である。
金のスプーンで食べるのは、なかなかに豪華な気分だ。
ぜいたく品そのもの。
そして、この金のスプーンがずっと金のままなら、ずっと僕は使い続けられるだろう。
なかったはずの僕の人生の出来事。
なかったはずの僕の人生の出来事が、ずっと素敵な気分をくれている。
これが、「プレゼント」という物の本来の姿かもしれない。
オリエンタルカレーの抽選で当たった事。そのラッキーが、スプーンを金にしてくれたようだ。
ラッキーゴールドスプーン。
いつか、いつかのある日、僕に、「金のスプーンは元気ですか?」と、たずねて欲しい。
「異国の夢」6/28
中国の広い街を、友人とさまよう夢を見た。
実際、中国には旅をしたことがあるので、僕の記憶の中にはその風景はある。
だから、なおさらリアルだったということもあるのだろう。
たぶん、そこは西安の町はずれだったと思う。赤茶けた大きな壁の出てくる夢。
登場人物は、なぜか僕と僕の友達たちなのだ。
意味のない離ればなれ。赤茶けた大きな壁。わからない現地の言葉。どこかへ行かなくてはならないという恐怖感。
いったい、この広い中国のどこに行けばいいというのか。友達とまた待ち合わせは出来るのであろうか。
そしてそのまえに、何故、僕らは逃げなければならないのか。すべてが謎だ。
中国の外になんて行けるものか。こんなに大きな壁のある国。
僕は友達と、隠れ隠れ逃げ続ける。疲れたという友達をときにはおんぶしながら。
大陸の続く国という実感がある。日本ならば、海にも出られたであろう。広い大陸はどこまでもつづく・・。
そんな絶望的な気分のまま。朝に僕は目覚めた。なんとも小さな布団の中にいたものだ。
さっきまで見ていた夢は本当か? この虚無感はなんなんだろう。
離ればなれになってる友は、じっさいここからは遠くにいる。
じっさいに、ここからは遠くにいる。それだけが事実だ。
・・・・
夢から覚めて僕は気が付いた。いつもいつも、夢の中でも僕らは、きっと日本地図の中に住んでいるのだと。
「焼き上がりのがっかり」6/25
この2004年、まだ僕は普通の35ミリフィルムカメラを使っている。
今回、旅で観光地を撮ってみたものの、どうもイメージ通りに撮ることが出来なかった。
なんというか、リアルではないというか。
焼き上がってみて、かなりがっかりしてしまった。
最近はデジタルカメラを持っている人が多く、液晶画面で確認しながらみんな撮っているけれど、あれはイメージ通りに撮れているのだろうか。
出来上がりと、液晶画面は一致しているのであろうか。
まだデジタルカメラを使ったことがないのでわからない。。
僕はまだ、あてずっぽうでカメラを使っているけれど、デジタルカメラの人たちは、どんどん写真がうまくなってゆくのではないか。
ちょっと取り残された気分。。(笑)
まあ、フィルムカメラには焼き上がりの楽しみというのもある。
そして、焼き上がりのがっかりというのもある。
今回、観光で撮った写真が、まったくリアルさを欠いていた。
薄ぼんやりとした、写真になってしまった。小雨だったというせいもあるだろう。
人間の目は実に良くできている。驚きで、シーンまで感動的に映ってしまうようだ。
見たとうりを写真に出来ないのは悔しい。
「いやぁ、この場所がすごくてね!! 」
「松島観光」6/21
仙台に来たついでに、近くの松島にも一人で寄ってみた。
松島は俳人たちの憧れの場所でもあり、芭蕉が訪れたことでも有名だ。パンフレットにも「日本三景」と書かれている。
もちろん、僕も訪ねないとね。。
二日前ほどに決めたので、どう観光していいのかわからない。「松島海岸」駅で降りるとすぐに、「遊覧船のチケットはここですよ〜」と、声がかかり、これはラッキーと僕は買ってしまった。
しかし、船の出るところがよくわからない。みんなに行く先に着いてゆく。。
そうやって、けっこう大きな遊覧船に乗って、松島巡りの50分の船旅となったわけだけれど、
デッキに立っていると、多くの観光の人たちが、デジタルカメラで島を撮っている。僕もまたアナログカメラで撮ったりしてるわけだけれど、
その昔、芭蕉はこんなふうに松島を訪れたのだろうか。
なんかせつない。。せつないけれど、これが今の松島観光なのだろう。
江戸から、はるばる歩いてきたわけではなく、新幹線にのり、快速電車でここまでやってきたのだ。
それも遊覧船に乗っての松島巡り・・。
さて、ほんとうにこれで日本三景に来たといえるのだろうか。
遊覧船を降りて、目の前の瑞巌寺を歩いていると、芭蕉の旅との違いをつくづく感じた。
僕は失敗して、立入禁止の国宝の「廊下」を少し歩いてしまった。警備の人に怒られたこと。。
なんだか、昔の旅人はここ松島に来るために、多くの気持ちを抱き、そして歩いてきたりしてたのだ。
松島観光もたぶん、小さな船に乗ったのであろう。
そこには「気」の流れがちゃんとあったのではないか。
僕らもまた「気」の流れに沿った旅をしなくては思えた。そんな松島観光だった。
「百科事典」6/17
下町で、百科事典が捨てられているのを見た。
「か〜く」まで。三巻。
たぶん、全54巻というシリーズなのだろう。そして、全部を処分するつもりでいるのだけれど、とりあえず、三冊ずつ捨てているのだろう。
・・・誰か、そのまま拾ってないかな。
「世界大百科事典」を、世界のどこかに捨てるなんて、どう考えても、道理が合わない。
世界を捨てる世界の場所などない。
なーんて、言ってみるけれど、結局は場所をとるという理由だ。
百科事典は、その昔、家庭の宝物だった。もってて損のないものだった。
僕の家にも「アポロ百科事典」という三冊組の百科事典があった。
実によく、この百科事典は使った。家にあってとても便利だった。
今では、インターネットが、百科辞典の代わりとなっているのだろう。
百科事典よ、どこに行く。。
百科事典は、三冊ずつ束ねられて、資源ゴミの日に出されている。
でも、きっとそれを拾う人が必ずいる。
そしてまたどこかの本棚に行くだろう。
「日曜ロードショー」6/14
高校生の頃、「日曜ロードショー」という番組を新潟では放送していた。
東京では、その番組は日本テレビの「水曜ロードショー」という番組だった。
水野晴朗の司会。
僕は商業高校で、日曜はいろんな宿題をやらなくてはいけなかった。
いつもコタツに入り、テレビを見ながら宿題をする。簿記など。。
そんなこともあり、僕は気分転換もかねて、日曜ロードショーを毎回観ていたのだ。
水曜では、こんな気分にはなれなかっただろう。
すっかり、水野晴朗の解説にはまってしまった。毎週毎週、映画を観るのが、最大の楽しみだった。
今のようにビデオ文化もまだなかった頃だ。(1976〜8年の頃)
今、思い返してみると、その時に観た映画は今もずっと印象深く僕の中で残っているのだ。
「太陽がいっばい」「世界残酷物語」「ミクロの決死圏」「ポセイドンアドベンチャー」etc・・
僕の中では、テレビ映画の黄金時代だった。
映画を見終わった後は、しばらく呆然とするくらいに、あれこれ人生のことを考えていた。
高校時代の感受性というものもあるのだろう。
・・・・
さて、これは僕の話ではあけれど、もしかしたら他の世代の人たちも、高校生の頃に観た映画はとても印象深く、ずっと憶えているのではないだろうか。
「日曜の夜のひとりぼっちのコタツ」という設定はないかもしれないが。。
「一冊のノート」6/12
大好きなシンガー・ソング・ライターがアメリカにいる。
1976年にニューヨークに出てきたシンガーだ。
先日、その人のアルバムのライナーノーツを読んでいたら、お決まりのようにこう書かれていたのだった。
「彼は歌を書きためた一冊のノートを持ち、ニューヨークへ・・」
・・・歌を書きためた一冊のノート。
そうなんだよね。シンガー・ソング・ライターと言えば、そのノートなんだ。
最近の僕は、ずっと便利さからルーズリーフ式のバインダーに歌詞を付けている。
これでは、「歌を書きためた」とは言えないようだ。
・・・「彼は歌をまとめたひとつのバインダーを持って・・」
これでは、なんだか変だな。
なぜだろう。
僕だって、最初の10年くらいはずっと新曲はノートに書いてきた。
しかしライブをするようになってからは、ずっとバインダーに歌詞を付けてきたのだ。
どうもそのへんから、時間が自分と呼応しなくなったように思う。
一冊のノートは、大正時代の詩人たちにもつながっているような気がする。しかしバインダーはやっぱり昭和のものだ。
どこか機械的だよね。
もう、でも、バインダーライフになれちゃったなぁ。
僕の好きなあのシンガーは今も、ノートに歌を書きためているだろうか。
「こんにちは?」6/10
・・・コンニチワ。こんにちわ。
下町の路地を歩いていると、学校帰りの小学生の男の子が、近所のおじさんに声をかけた。
「コンニチワ!!」
「コンチワー!!」
そこを通りかかった僕。
さて、「こんにちは」とは。。「今日は? 」という疑問系なのではないのか。
大阪の「どうでっか?」と似てないのか。
いやぁ、ちょっと違うかな。
「今日は?」ときかれて、本当は「ちょっとそこまで買い物にねー」というふうに答えるのが本当かもしれない。
「コンチワー」ときかれ、「コンチワー」と答えるのは、実は変なのかもしれない。
「きょうは?」というのが、意味あいが合っているのかもしれない。
「おはよう」だって、「お早い」なのかもしれない。。
では、「おやすみ」は? ・・これは、そのままか。
・・・・
「あっ、コンチワ!!」
「おっ、コンチワ!!」
これは自然なのか、不自然なのか。
「あっ、きょうは?」
「おっ、きょうは?」
これは不自然なのか、自然なのか。
「グット・アフタヌーン?」なのか。「グット・アフターヌーン」なのか。
今度、言ってみようかな。
「詩集、アルバム説」6/8
最近、また詩集を読み始めている。
詩集と言っても、大正時代から昭和の始めにかけて発表されたものが、僕の好みにはあっている。
実にその頃は、今で言うところの「名詩集」が多く生まれた時代だった。日本語の詩集の夜明けとも言っていいと思う。
・・・・
持っている本はほとんどが文庫本ではあるが、どれも全集に近い感じだ。
しかし、考えてみれば、一冊の詩集は一枚の音楽アルバムと似ているのではないか。
作った本人たちもまた、そんな気持ちで詩集を作っていたのではないかな。
その頃は音楽アルバムという意識はたぶんなく、SP盤の世界では一曲一曲という意識だったろう。
現代のインディーズ音楽アルバムと似ている感覚で、詩集が生まれていたのではないか。
そして今。
一枚のアルバムを楽しむように、一冊の詩集を楽しみたいと思うけれど、現在のCDのような手軽さにはないようだ。
もちろん文庫本の中の一部として中には入ってはいる。しかし詩集一冊としての大事さには欠けているようだ。
僕は一冊の詩集を、一枚のCDのように楽しみたいと思う。そして、文庫本では、もうひとつ楽しめないような気がする。
名詩集をなんとか、CDブックのようにいい形で残せないだろうか。
一枚のアルバムを聴くみたいに、一冊の詩集を読んでいけないものだろうか。
CDプレーヤーのように、文庫本プレーヤーは出ないだろうか。
「古い喫茶店」6/6
先日、友人と小さな古い喫茶店に入った。
テーブル席がみっつほど。そしてあとはカウンターだ。
「いらっしゃいませ」
初老というには、まだちょっと早い夫婦がやっているお店だった。
テーブルに座れば、いかにも古そうなセンスのメニューが出されてきた。文字がとても大きい。
「ケーキセット」
そうやって注文は完了したのだけれど、カウンター席では、完全に夫婦の会話が始まってしまっていた。
よく喋る人と言ってしまえば、それまでではあるけれど、あまりに、僕らとの対応の言葉に差がありすぎる。
つまり、カウンター席とテーブル席と何か見えないしきりがあるのだ。
・・・どこにもないのに。
とくに気になるということではないのだけれど、これが長い間に作られた「見えないしきり」なのかなと思えたのだ。
僕らには見えなくても、そこにはある「しきり」。
そのしきりの向こうでは、完全に家庭の世界が展開されている。
マスターを半分怒ったかのような瞬間の後の、すぐさまなニコヤカな僕らへの対応。
この差はなんなんだろう。
僕らは居て居ないお客さんのようだった。(笑)
「荷物」6/4
毎日僕は、バイトを始める前に、今日一日のスケジュールを紙に書くことにしている。
そして、部屋に帰ってからのスケジュールの中に、かならず「部屋の片付け」と書くことになっている。
部屋の片付け。。実は物が多くて困っているのだ。東京に出て来て、もう25年。四畳半から始まって、次は六畳。
今は、二部屋。確実に物は多くなっている。10年ごとに二倍になっているような気がしないでもない。
写真アルバムだって、かなりのスペースをとっている。これは困った。10年ごとに二倍になるなんて・・。
それはありえないか。。
とにかく今の状態では、整理できない状態が続いてしまうことは必至だ。
何か秘策はないものか。まずそれを見つけなければならない。
それを見つけないと、僕の人生は片付けのために、相当に時間を費やしてしまいそうだ。
(でも一応、何かどこにあるのか、わかっているんだけどね)
秘策は実はある。
ここをオフィスと思うことだ。
それならば、きっとなんかとかなるだろう。でもなぁ、、。
「お気に入りの歌」6/2
自分の歌で、特にお気に入りの歌がある。
しかし、その歌をかつて、「いいねぇ」と言ってくれた人はいない。
なぜだろう。なぜかな?
地味といえば地味な歌だ。
アルバムにも入っているが、他の曲の方がだんぜんポップなので、そちらに耳がいってしまうのか。
一般的なレコードで言えば、B面の三曲目という位置だ。
僕自身、その歌を歌うと、自分でも震えるくらいに感動してしまう。
よく自分でも作ったなぁと思う。
それなのに、誰も反応がない。
アルバムには実にベストテイクで入っている。僕はそれだけで嬉しい。
自分で聞くたびに、心打たれてしまう。
しかし、その曲はなぜか誰の心も打たない。
こんなことがあっていいのか。
それが歌の不思議なところ。
いつか、いつの日か、わかってくれると信じている。
「コーダ荘」5/31
札幌に、コーダ荘という古いアパートがある。
友達が東京から札幌に引越したのは'89年頃。そしてしばらくして、札幌のコーダ荘にて生活を始めたのだ。
コーダ荘の一階には、ライブの出来るお店もあり、そこを拠点として友達は音楽活動を再開していた。
そして初めての北海道で、初めて訪ねたコーダ荘。何度もその住所に手紙を送っていたので、特にコーダ荘という名前が惹かれた。
六畳だったかな四畳半だったかな。友達は、最近買ったというレコードや、ブルースのレコードも聴かせてくれた。やがて友達が訪ねてきて話しをした。
懐かしいというか、あの広いコーダ荘の匂いとともに、それらのことが思い出される。
友だちも結婚する前だった。あれからもう15年たってしまった。先日、札幌を訪ねたとき、僕はコーダ荘の前に立ち、少し中をのぞいてみた。
今もまったく変わっていない様子だった。
家賃が安いこともあり、なかなか空き部屋も出ないのだという。
思えば、最初に札幌にきて、まず訪ねたのが、このコーダ荘だった。
まだしばらくは、このアパートは残りそうだが、とても古いのでいつ無くなってもおかしくないだろう。
コーダ荘は、みんなの思い出で建ち続けているアパートのようだ。
「スティーヴの歌」5/27
ここ最近、シンガー・ソング・ライターの「スイーヴ・フォーバート」の初期アルバムをよくきいている。
1979年、80年と出した、二枚のアルバムは実にいい。僕が東京に出てきた時期と重なっているせいもかあるのだろうけれど、ハートによく響いてくる。
僕と同年代の友達も、「スティーヴ、最高ですよ。青木さん!!」と言っていた。
僕もそう思うのだけれど、それをどう評価したらいいのか。
同年代ではない人たちには、ただの普通のシンガーに聞こえるのだろうか。また現代の人か聞いたら、もう20年以上前の音に聞こえるのだろうか。
その辺がまったくわからないのだ。
いったい何がこんなにも、僕を呼ぶのか。
過去によく聞いてきたアルバムでも、ベスト3に入るくらいよく聞いたのに、いまだにあきずによく聞いている。
聞いていると震えるくらいにいいのだ。特にハーモニカには奇跡に近いほどのテンションを感じる。
・・・こんなことって、あるんだ。
それとも、本当にいいのかどちらかだ。
そこで、僕はひとつの事をぜひ、調べて欲しいと思っている。
「18才〜20才くらいのとき聞いていた好きなアルバムは今聞くとどうですか?」 と。
「今聞いても、震えるほどいい。そしてあきない」。そう答えが返ってくるのならば、何か年齢と大きく関係しているのかもしれない。
「江戸」5/24
ゃっぱり江戸はインドと似ているのだろうか。
江戸の風俗をイラストで描いた、4800円もする本を持っている。
復元「江戸生活図鑑」
この本を見ていると、実にいろんな売り子が道にやっていたことがわかる。売り子だけではない、辻芸をする人や、家々を訪ねる可笑しい人々も描かれている。
江戸の人たちもみな、ポケットに小銭を持っていたのかな。
江戸のニュースはやっぱり瓦版だろうか。そして人づての話。人づての話なんて、いろいろと変化してしまうだろうが、それがまた面白いのかもしれない。情報は人々の話の中にあったことだろう。
インドのようだったのか。それとも江戸独特の空気が道にあったのだろうか。
僕が気に入ったのは「笊うり」(ざるうり)だ。体じゅうに笊を多くつけて歩いてゆくのだ。わかりやすいし、いいな。これなら僕にも明日から出来そうだ。
インドの物売りはとても忙しくしているので、江戸の物売りもとても忙しかったろうか。
時代劇を見ると、みんな走っているよね。江戸は小走りの人ばかりだったのだろうか。
「焼けた文庫本」5/20
僕の窓際には、詩集の本棚がある。
今から、20年くらいまえ、一生懸命に集めた僕の宝だ。
文庫本の詩集も、新本で買ったものの、さすがに焼けてきてしまった。
ときどきは思い出したように、本棚から詩集を選び、電車に乗ってゆくときがある。
ここ数年、古い文庫本は日に焼けて色も変わり、なおかつ、とてもいい匂いがするようになった。
どの本もおなじように、すこし焦げたような匂いになっている。
日に焼けた紙の匂いであろう。なんだか、読んでいてもプーン鼻をついてくる。
詩集の中身は変わってはいないけれど、なんだか味のある詩になったような気もしてくる。
窓際の本棚のある本は実は全部そうなのだ。
全部、いい匂いになった。電車の中の素晴らしき香水。
・・・紙 ってやさしいね。
なんだかバームクーヘンみたいだ。
「インターネットヒット曲」5/17
ラジオで流行っている曲というものもあるだろうけれど、インターネットで流行っている曲というものが生まれてもいいのにと思う。
が、どうやってそれを実現してゆけばいいのか。あまりに紹介する曲も多すぎて、整理がつかなくなるだろうか。
でも、うまく「いい曲」が、みんなの耳に届くしくみがもてればいいのに。
・・・・
とりあえずどこかに大きなホームページのサイトを開く。そのサイトに曲を送ると、選ばれた曲が、毎日30曲くらいづつ、アップされる。そしてそれをいいなと思った人がコメント付きで投票する。
ここで大事なのは、やっぱり曲選びだろう。ふつうではやっぱり聞けないような、グッドソングを選んで欲しい。(ここが微妙・・)
そのうち、インターネットの中からヒット曲が生まれてくるのではないか。
(すでにそのサイトはあるかもしれない。)
一日にどのくらいの曲が送られてくるようになるだろうか。それが問題だ。
「電車のない生活」5/14
電車での帰り道、座って外を眺めていると、なんて便利な生活なんだろうと思った。
電車のなかった江戸時代、どのくらいの距離をみんな一日に歩いていたのだろうか。
どこにどういうふうに住めばちゃんと暮らしていけたのだろうか。町に行かなかったらだめだったのだろうか。
それとも、いろんなものをみんな売りに来てくれたのだろうか。
電車のある生活。電車のない生活。
電車は江戸時代なら馬か。
馬のある生活。馬のない生活。
ちょっとちがうか。。
東京の点から点へ、電車で移動して辿り着けるのは不思議だ。
なんて便利なんだろう。
そして僕は電車のスピードで帰ってくるのが好きだ。
江戸時代にはなかった快感だろう。
でも、どこでも歩いてゆくのもいいな。
「その人」5/11
バイト先で、僕がもう10年以上によっている大きな店舗がある。
その店の代表者に用があり、僕は三階まで訪ねてゆく。その人にのことを僕はよく知っているのだ。
その人がまだ、支店の方で働いていた頃、お世話になりよく話をしたのだ。それがもう10年以上前。。
その後また5年ほどして、その人は本店の代表になった。用があるたびに会いにゆくのだけれど、昔のなじみで、いつも友達にように話し続けてきた。
今回もそんな感じで話しかけたのだけれど、いつもどうりの表情の中に、代表者としての風格があるのに気がついた。
(もしかして、こんなふうに話しかけていいものだろうか)
(人はその役職に就くとそれなりの表情になってゆくものなんだな)
そして、僕はもしかしたら、他の社員の人よりもその人と長いつきあいなのかもしれなかった。
大きな積載をいつも一緒にどかしてきたのだった。僕といえば、同じ格好だけれど。
今日は雨ガッパを来て、三階まで会いに言った。その人はいつもどおりの笑顔で向かえてくれた。
机のかたわらにはお札の束があり数えていた途中だった。
「ロボット」5/8
近くのゴミ集積所に、ロボットが捨てられてある。
高さは約50センチほどで、手があり、足はキャタピラ状になっている。そして胸には飾りのスイッチがいくつも付いている。
不燃物の日に出したのだろうけれど、持って行かれなかったのだ。
もう三日も、ロボットは手を挙げたまま、そこに残されている。
まるで生きてるように。
不燃物の日にも持っていかれなかったロボット。
日々いろんなものが捨てられてはいるけれど、こんな微妙な気持ちになったのは初めてだ。
ロボットはどこにゆけばいいのか。
誰かひきとってくれるといいのだが。
「アルバム選び」5/4
この10日ほど、友人たちが入れ替わり部屋に遊びに来た.。
友達が来て、何か音楽をかけようと思うのだけれど、これぞというアルバムがない。
・・・・アルバムの数は多いのになぜだろう。
そんなとき、他の友達が僕にいいよとプレゼントしてくれたアルバムが実にしっくりとくるのだった。
なぜだろう。
僕の持っているすべてのアルバムにはない軽さが確かにそこにはあり、実に自然に友達との会話が進むのだった。
(もしかしたら、ホントにいいアルバムなのか・・)
よく、ライブハウスで、かかっているアルバムというのも、いろいろと厳しい条件をクリアした作品なのかもしれない。
・・・・
しかし、それでいいものだろうか。ここは喫茶店やライブハウスではない。
人によっては、やっぱり普段から慣れ親しんだMUSICを聞きたいと思う人も多いとは思う。
でも僕なんかは友達の部屋に行ったら、絶対に普段聞きそうもない音楽をかけて欲しいと思う。
「何でもいいよ。お気に入りのをかけてよ」
友達の部屋に行くということは少なからず、小さな外国に行くようなものだろう。
それを楽しんで欲しいと、いつも思うのだ、なぜかアルバム選びをしてしまう。
「犬」5/1
ついさっき、大きなディスカウントデパートの前で、茶色い雑種のワンちゃんがお座りをしているのを見た。
もうちょっとの少し前、雑種の犬が「ミックス」と呼ばれていることを知った。
雑種という表現もどうかと思うけれど、ミックスではなお悲しい。雑種とミックスでは、少しニューアンスが違う。
雑種はどこか雑草といいまわしが似ている。雑誌とも似ている。ミックスと雑草はいいまわしは似ていない。
「雑犬」というのはどうだろう。
・・・・
それにしても東京の犬事情は、ほとんど血統証付きのワンちゃんになってしまった。
僕は雑種のワンちゃんしか飼ったことがないので、どうも、血統証付きのワンちゃんについてうまく感情移入できない体質になっているのかもしれない。
だから、雑種のワンちゃんを見ると妙に懐かしく愛しい気持ちになってしまうのだ。
ディスカウントデパートの前に座っていた茶色いワンちゃんは、とても嬉しそうに見上げていた。
それでいい。
「FG-180」4/28
「FG-360」というユニットを音楽ユニットを組んだ。
ヤマハの古いフォークギターでFG-180という、良く鳴るギターがかつてあり、そのギターを持ってる二人でユニットを組んだのだ。
先日初めてリハーサルをした。初めて弾く、他の人のFG-180のギター。
悔しいけれど、友達のギターは大変よく鳴っていた。
「明るくてコロコロした音」とよく言われていたが、まさにそのとおりだった。
僕の持ってるFG-180もなかなかにいい音で鳴るけれど、彼のFG-180も良く鳴っていた。
ギター自身の重さも違っていたし、製作年度もちがう。
すぐ目の前で聞く、FG-180の音。
(あれ、どうして、なんで?)と、言うくらいに響きがいい。
僕の持ってるFG-180は最高だと思っていたけれど、響きに関して言えば、負けた。
同じFG-180なのに。。
びっくりした。
でもショックではない。
長い旅のあと、それぞれに流れ着いたギターであるからだ。
FG-180のギターどうしでも、きっと話しているだろう。
「かばん屋さん」4/24
僕は自分で言うもの可笑しいが、かばん好きである。
かばん好きではあるけれど、そんなに買うわけではない。
かばん探しとなると、いろいろ巡る。
しかし、3・4年に一度くらい。。
先日、物入れのかばんが必要になり、久し振りに探しに出かけたけれど、かばん屋がそんなに見つからない。
ここ高円寺でも、小さなかばん屋さんが一軒あるだけだ。
中野、新宿と寄ってみたけれど、思うようなかばんに出会えなかった。
デパートは高いし。。駅前のワゴンも、もうひとつだし。。
高円寺に戻って来て、駅前でがっかりしてしまった。
かばん屋さんはこんなにも少ないのに、誰もがかばん必要で持っているのだ。
この不思議さ。
かばんは必要ではあるけれど、そんなに寄ることがないということだろうか。
壊れてから買うのを待つとしたら、確かに、そんなに寄ることはないかもしれない。
かばん屋さんに寄るみんなが思うこと。
・・・丈夫で長持ち、そしてあきないかばんはないものかという事。
「40分のCD」4/21
友達より10曲入りのCDをもらった。
何度もかけていると、あっというまに10曲が終わってしまう。分数を見れば40分だ。
40分ではあるけれど、充分に聞いたという気がする。しかしあっというまなので、またもう一度聞いてしまう。
これがもうちょっと長いと、他のアルバムに変えてしまう。
昔、アルバムを買って、分数が短いと何か損をしたような気がしたものだった。
最近の事を思い返してみれば、何度も聞いてるアルバムは、どれも短い。
それでいて曲数は10曲以上はあるものばかりだ。
物足りないくらいでちょうどいいのかもしれない。
45分が、ちょうどひとサイズだとしたら、ちょっと短い40分。
足りない5分の摩訶不思議。
「卓球人生」4/18
先日、また卓球をした。
僕が本格的にやっていたのは中学時代だから、約30年振りだ。
まだカンは戻って来てはいないが、もう少しやればかなりの実力が戻ってくるだろう。中学時代、基本を嫌というほどやったからかもしれない。
・・・・
卓球場には、50才代と思われる主婦の人も来ていて、信じられないほどにうまかった。僕が見る限り全国大会レベルのようだ。
ずっと続けていたら僕もかなりうまくなっていただろうか。
中学時代よく、相当に年の離れたおじさんに、試合を申し込まれたことがあった。何年もそのおじさんとはつき合いがあったが、うまくなっている様子はなかった。
また、60才代の有名な卓球おじさんもいて、そのおじいさん(?)は、かなりうまかった。跳ね回るフォームから「ピエロ」と呼ばれていた。
その「ピエロ」おじさんと試合をすることは夢でもあった。
・・・・
一般参加の卓球の試合は、かなりある様子である。
試合の前日には、ユニフォームにゼッケンをつけて、キチンと折りたたんで枕もとに置いたりするのだろうか。
卓球をやめてから、なかなかそういう気持ちを味わうこともなくなった。
しかし、なんだかライブの前日でもあるようではないか。
これはスポーツという次元ではなく、気持ちの問題だろう。
一度、参加したら癖になってしまいそうだ。
「慣れ」4/15
僕の部屋には、天井から木製のトンボのオモチャが糸で釣り合いながら下がっている。
もう17年くらい。
ちょうどパソコンの机の上にあるのだけれど、ほとんど僕の視界には入ってこない。同じように柱時計の振り子の音もほとんど聞こえてこない。
友達から電話がかかってくると、「柱時計がカチカチ・・」とよく言われる。
以前、四畳半のアパートに住んでいたとき、10年くらいたったあとで、ある日ふと、窓ガラスの模様に初めて気が付いた。
毎日、眺めて視界に入っていたはずなのに、、。
風景になってしまうのか。「無くて七癖」と昔から言われるが、視聴にも癖というものが出来てしまうのかもしれない。
よく食堂で、くちゃくちゃと食べる音を発しているおじさんがいるが、それももう本人には聞こえてはいないのだろう。
山ほど荷物をひきずって移動してゆく、ストリートおじさんがいるが、もう荷物のことは意識にないかもしれない。
僕の家のテレビは大変に受像が悪く、かなりぼやけていることもあるが、普通に見ることができる。
きっと、脳のほうでは、くり返しの同じ情報は「※くりかえし」という情報処理されてしまうのだろう。
それにしても柱時計の音が聞こえないとはどういうことだろうか。
「TIME IS MUSIC」4/11
時間がある。
テレビを見ていても、同じように過ぎてしまう。横になっていても休んでいても過ぎてしまう。そして、もっと何か出来そうな気がしているうちに、夜も遅くなり、結局眠くなってしまう。
その昔から、時間は貴重ですよという意味も込めて「TIME IS MONEY」とよく言われているが、同じく貴重だという意味で「TIME IS MUSIC」と思いたい。
実際、世界中のどこかでは、たった今、ライブが行われている。そんなふうに、時間の中にはいつも音楽が溶けているようだ。
『何かしているときも、していないときも、その中を音楽は流れ続けていて、それは気にしなければ、気がつかないものである。時間が流れていると思うこともできるが、音楽が流れていると思うこともできる』
それを僕なりに、「TIME IS MUSIC」の定義としたい。
「ジャムアンドマーガリン」4/6
いまだに奇妙な気持ちになるものがある。
それは「ジャムアンドマーガリン」のパンだ。
けっこう好きでよく買うのだけれど、いつも不思議だ。
これがメジャーなパンとして売られていることが。
小学校時代、マーガリンとジャムを一緒に塗ると美味しいということを発見した。しかしそれは遊び心と一緒で、邪道なものだと思っていた。
・・まあ、単純な発想だけれど。
その魅力は、僕なりに解釈してみると、、
やっばり、混ざり合うことのない、邪道な美味しさと思えるのだ。
そんなおおげさなことでもないけれど、それは秘かな楽しみであって欲しい。
それをわざわざ商品として売り出すなんて、妙な気持ちだ。
誰かわかってくれるだろうか。誰もわかってくれないだろうか。
それとも相手にしてくれないだろうか。
・・・・
ジャムアンドマーガリンは、小さな発見であって欲しい。
「長かった時間」4/3
「好きな事をしている時間は早く過ぎてしまうという」
これは、小さい頃からよく聞いた言葉だ。
学校に行ってた頃に授業中、よくこの言葉について考えた事を思い出す。
たしかにそうだった。
好きな授業は早く、嫌いな授業は長く感じたものだった。
そして、短く感じた時間は多くの事を憶えていて、長く感じた授業はほとんど記憶には残らない。
逆でもいいにな。
なぜ、逆ではないのだろう。
ほんとは逆なんじゃないか。
時間というものはもしかしたら、時間を意識した時間なのではないか。
それは時間ではないかもしれない。
時間はもしかしたら、透明な絵の具を使う、塗り絵のようなものかもしれない。
もともと時間というものは「0」なのかもしれない。
時間を長く感じたということは「0」を多く意識したというかもしれない。
「時間ってゼロなんだよ」
ここで、谷川俊太郎の作った戯曲のタイトルを思い出した。
・・・いつだって今だもん。