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アル・マズノウ:「危機」に直面する近郊ビーチ

El Masnou


La Rambla
バルセロナのラ・ランブラ通り
 

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オカタ駅

8月某日正午近く、ラ・ランブラ通りをぶらついていた私は「やっぱりビーチへ行こう!」と急いで近くの宿へタオルやゴーグルを取りに戻りました。ここバルセロナの空はいちおう晴れてはいるのですが7割方が雲が覆われ、直射日光が照りつけない分過ごしやすいかと思っていたら昼が近づくにつれむんむんと蒸し暑くなってきて、これから夕方の予定までの数時間のあいだ大都会の雑踏の中にいるのには耐えられなくなってきたのです。さてどこのビーチにするか。まず思い浮かぶのは市内のマールベリャ・ビーチ(Barcelona (I)のページ参照)ですが、かつて同じ季節の午後に訪れた時の芋の子を洗うような混雑を思うともう少しのんびりできそうな所に行きたくなります。さほど遠くなくて市内ほど込んでいないところはどこがいいか、こうやって悩むことができるほどNaturistビーチに事欠かないのがバルセロナのすごいところです。選択したのは以前から訪れてみたかったプネン・ビーチ。

tren1aバルセロナから北東へ延びる海岸線に沿って並ぶ衛星都市のひとつで人口2万人強のアル・マズノウという町の北東部にプネン・ビーチはあります。国鉄カタルーニャ広場駅から乗車したのは北東に海岸線に沿って走る電車、ムルトラ・ビーチ(Sant Pol de Marのページ参照)等へ行くのと同じ路線ですが今日はそこよりずっと手前の、8つ目のオカタ駅で降りる予定です。いざ電車がオカタに着いた時には慌ててしまいました。1駅手前のアル・マズノウを発車したと思ったらすぐ停車、ひょっとして上野ー御徒町間よりも近いのではないか、「アル・マズノウ東口」とでも呼びたいような位置関係です。ホームに降り立ってみると左側は中層ビルの立ち並ぶ市街地ですが右手は目の前が海水浴客でにぎわうビーチ。そして砂浜と線路の間にはタイル舗装され棕櫚の並木の植わったこぎれいな遊歩道が一直線に北東方面へと続いていて、ここをまっすぐ進むと目指すプネン・ビーチまで行けそうです。

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北東へとまっすぐ延びる遊歩道


 

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ビーチはだんだんと幅狭く・・・

beachnmark2遊歩道はやがてビーチから石積みで1メートルほど高くなった位置に固められた土の道となり、そのまままっすぐに延び続けています。右手のビーチからは波の音や人々の喚声、シャワーの水音などが絶えず耳に入り、左手には時たま通る電車やその向こう側の町並みを目にしながら、賑わっているとはいえバルセロナ市内に比べると格段にのんびりした雰囲気に(そういえばバルセロナのビーチでは若者から壮年層の割合が非常に高いのに対し、ここでは子供から老人までまんべんなくそろっています)やっぱりここまで来てよかったと感じながら歩みを進めるうち、次第に右手のビーチの幅は狭くなり左手線路の先の町並みも途切れがちになってまわりは町はずれの空気を醸し出してきました。こういった雰囲気になってくると水着のトップを着けていない女性の比率がどんどんと多くなります。プネン・ビーチまでもう間もなくでは、と歩みを速めました。

 オカタ駅から歩き出して15分ほどたった頃、前方に小さな川らしいものが見えてきます。橋は架かっていませんが河床は乾き切っているのでそのまま越して行くことができました。ところが、この地点から先では遊歩道の幅が右手に広がってなかば公園のような形態になり、その分砂浜部分がなくなって海の方へ張り出した石積みに波が直接ぶつかっているのが見えています。あれ、ビーチは? 消えてしまったのだろうか、それとも再び現れるまでまだずっと先まで歩き続けなくてはならないのだろうかと不安になって海側へ近づき覗きこんでみると、石積みと水際の間のわずかな砂地に以前に積まれていた石が崩れてごろごろところがっているようなスペースがあり、そこに男性が体を丸めて一人裸で寝そべっているのが目に入りました。もしかしてここがプネン・ビーチ? でもあまりにも貧弱すぎる・・・。波打ち際に狭い隙き間のような場所がさらに200メートルほど続いているので先まで歩いて確認してみましたが、もう一人裸の老人男性が同じような所に腰をおろしているいるだけ。とりあえずその男性に声をかけ尋ねてみたところ、ここがNaturistビーチだとのこと。どうやらこのせせこましい空間が目指していたプネン・ビーチのようです。

 

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プネン・ビーチ

 

 

 

 

 

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プネン・ビーチ
横になろうにもこんなスペースしか・・・

sunbathこの老人がとてもフレンドリーな雰囲気だったので私はそのそばに腰を落ち着けることにし、砂の上にごろごろと並んでいる大石の中で比較的平らなものを選んで荷物を置いてその脇のわずかな砂地の上にタオルを敷きました。彼、R氏いわく「ここから2キロほどの場所に住んでいるので、毎日ここへ来ているんだ。」
「毎日!?」
「そりゃあ冬の風の強い日とかは別だがな。」
「もっと広くて人が来ているところだと思っていたのですが・・・」
「以前は砂浜の幅が今より広かったんだが浸食されてだんだんこんなになっちまってね。近頃はみんなもっと遠くの立派なビーチへ行ってしまうようだ。」
うーん、このあたりにNaturistビーチがいっぱいあるのは素晴らしいことだと思っていましたが、多数あることでかえって選別が進み、中にはさびれる所がでてきてしまうのかもしれません。
「人が来ないとビーチの整備も後回しにされるんだよ。」

 われわれがいる場所は石積みの下なので線路やその向こうの国道からは死角になっていますが、すぐ真上の公園のような遊歩道には海側にいくつかベンチが設置されており、そこに座ったり歩いて海を眺める通行人たちの姿が目に入るとちょっと落ち着けません。Naturistでない人たちから見られること自体は他のビーチでもよくあることなので慣れてはいるのですが、何しろここではこちらが圧倒的に少数派なのです。それに、ビーチの中でまわりに水着の人達がいる場合には「そんなもの着けない方が気持ちがいいのに・・・」とかえって優越感めいたものを感じて平然としていられるのですが、ここのように普通の服を着た人たちに上から見下ろされていると思うと若干の気恥ずかしさを感じざるをえません。砂の上に寝そべろうにも手足を伸ばせる余地はないし・・・。いくぶんかの居心地悪さをいだき続けているとちょうどその時上空の雲が切れ一気に鋭い陽が差してきました。ふと右手を見ると先ほどやって来た若い男性が泳ぎ始めています。私もつられて海に入ってみました。

 いきなり水の暖かさに驚かされました。バルセロナのマールベリャ・ビーチの水温も同様だったように思いますが、大きな違いは濁り具合。16〜7キロほどしか離れていないにもかかわらず、ここでは透明とまではいかないもののかなり澄んでいます。水底は石がごろごろしてはいますが予想外に遠浅なので安心して先の方まで泳いで行くことができ、泳ぎながら顔を上げると沖合に浮かぶヨットやモーターボート、遠くにはバルセロナのモンジュイックの丘までがくっきりと目に入ってきます。思いのほかの快適さに先ほどまでの失望や違和感は吹っ飛んでしまいました。こんなに近くて、それなりに水がきれいで、静かな所で裸になって泳げるなんて!


 

 

 

 

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プネン・ビーチ
背後に見えるのはバルセロナ

 

 

 


 

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プネン・ビーチ

cocktail1いったん岸に上がってみるといつのまにか50歳代と見える女性がやって来てすでに服を脱ぎR氏と話し込んでいました。彼等に水の暖かさときれいさに驚いたことを話すと、「水温は2〜5月の間を除くといつも快適。水質は日によっては汚い時もある」とのこと。どうしてここまでやって来たのかと2人が不思議そうに訊ねるので「インターネットで調べたんです」と答えると両人ともとてもびっくりした様子。その時はインターネットそのものの情報力に驚嘆したのかと思ったのですが、あとで考えてみるとどうやら彼等にとってNaturismは身近な場所で日常的に楽しむものであって、地球の反対側から情報を探した末にはるばる訪ねて来るということが彼等の常識からあまりにもかけ離れているからだったように思われます。

 R氏が「もう行かなくては・・・」と言って帰って行き、こんどは残った女性Oさんと私とで対話が続くこととなりました。先ほどからスペイン語の発音におやっと思っていたら彼女はオランダ人で、今年の1月に故郷の家を売ってこの町に越して来たそうです。そしてある日自転車でここを通りがかり、Naturism先進国の母国と同様にここでも楽しめることがわかってうれしくなり、以来頻繁に通って来るようになったのでした。会話はその後Naturismから離れて彼女の仕事の話が私には個人的に興味深く、その分野のことを夢中に話し続けていました。するといつしか気になりだしたのは、ちょうど私達の背後の真上近くからこちらに向かって怒鳴っているような声が聞こえてくることです。振り返って見上げるとベンチにアラブ系と思われる男性が腰掛けており、彼がこちらを指差しながら何かわめいているのです。私が気をとられているのに気づいたOさんは、「彼は時たま来るんだけれど、私達が裸でいるのがイスラム教の信条から許せないみたいでああやってののしっているのよ。別にそれ以上の危害を加えるわけじゃないから無視しておけばいいの」と教えてくれました。アドバイスに従い気になりながらも気にせぬそぶりでOさんと話を続けていましたが、そろそろ時間の方が気になってきました。私が「バルセロナに戻らなければ・・・」と告げると彼女もあわてて「一人になると不安だから一緒に帰りましょう。」結局2人そろって服を着て、私達の方を鋭い目つきでにらみ続けている男を横目に駅方面へと急ぎました。

twogirls今回のような経験は初めてのことで、少なからぬショックでした。これまで私は「裸」に対する一般的な意識の違いを「ヨーロッパ」対「日本を含めた東アジア」という観点でしか考えていませんでしたが、理想の地だと思っていたヨーロッパが近年のグローバル化のもたらした様々な要因によりイスラム圏の人々の大量流入が進み、人前で肌を見せることに対して極端に異なった考えを持った人たちとダイレクトにぶつからざるをえない事態になっていること。これには学校でのチャドル着用問題などニュースとしては触れていましたが、まさか私自身がNaturismの問題でじかに直面するとは思ってもみませんでした。今後ヨーロッパのNaturismはこうした世界の流れの中でどうなっていくのか、Oさんの発言のように「無視しておけば」というのが一般的な反応でしょうが、数十年前にNaturist達が体験した反対者から石を投げられるようなことが再び起こりえないのか? また、Naturist側の主張は当然「裸になるのはわれわれの文化・習慣。これらはお互いに尊重し合わなければならない」ということだと思いますが、アジア人の私としてはどこかそこに「自分たちのほうが進んでいるのだ」という匂いを感じざるを得ないのも事実で、素直な同調をためらう気持ちも禁じえません(こう述べながらも私はつい先ほどにも無意識的にオランダについて「先進」という表現を使ってしまっていますが)。

 今日は短時間のビーチ訪問でありながら失望や満足、驚きなど、あわただしく様々なことを感じさせられることになってしまいました。ここバルセロナ近郊のプネン・ビーチ、いろいろな意味で危機に直面していると言えますが、これからどうなっていくのかNaturismの今後を占うひとつの事例として気になるところです。

(05年夏 訪)

 

 

 

 

 

 

 

 

Paris
パリの警官たち
堂々とこんな写真を撮れるCALATOは「幸せな身分」?

 

cine映画に見る「ヌーディスト vs アラブ系移民」

 ヌーディストとアラブ系移民との遭遇。ちょうどこんなシーンが出てくる映画が出来ていました。

「EDEN A L'OUEST」(邦題「西のエデン」、コスタ=ガヴラス監督09年フランス/ギリシア/イタリア)
 ストーリーは、厳密にアラブ系かどうかはっきりしませんが中東出身と思われる青年エリアスが不法移民としてヨーロッパへ渡り、取締まりから逃れながらひたすら「理想の地」パリを目指すというもの。ギリシアの海岸に漂着してからパリに至るまで、美しい風景を背景にひたすら西をめざして行く過程でエリアスは差別されたり騙されたり愛されたり暖かい手助けを受けたり、見る者も彼とともに現代ヨーロッパ社会の様々な断面とぶつかっていろいろ考えさせられると同時に、一種のロードムービーとしても楽しめます。エリアスの素性(どこから、なぜ故郷を出て、なぜフランスを?)も将来も最後まで明かされないまま・・・というのはいかにもフランス映画的(私はこういうのが大好き)ですが、エリアスが「夢」「希望」を終始抱き続けているように見えることが、彼への共感を最後まで持続させてくれます(でも今や所詮それは手品師のマジックの中にしかありえないのかもしれない、とも思わされます)。
 映画の冒頭、ヨーロッパへ不法入国を図る移民達が船倉にすし詰めになっているシーンが出てきますが、これは近年スペインでも日常的と言っていい話。この映画では中東からギリシアの海岸を目指す人々が描かれますが、スペインの場合はアフリカからの密入国です。
 さて、ヌーディストとの遭遇はエリアスがギリシアの海岸で沿岸警備隊から逃れるために船から海へ飛び込み、そしてたまたま漂着したのが高級リゾートホテル「エデン」付属のヌーディストビーチだったことから起こります。ただし彼にはびっくりしている暇もありません。怪しまれないためあわてて自分の服を脱ぎ全裸になってヌーディスト達の中に紛れ込みます。この場面にかぎらずこの映画は異文化との遭遇や摩擦など重いテーマになりそうな出来事が次々と発生するのですが、ストーリー展開はそれらにこだわることなくどんどんと進んで行くため見る者は映画を見終わった後になって初めてそれぞれの問題について思いをめぐらせることになります。
 主人公がヨーロッパの地に上陸して最初に出会ったのがヌーディスト。まず思い浮かぶのは、これは「食べることもままらない貧しい移民vsリゾートで余暇を楽しんでいるリッチな人々の象徴としてのヌーディスト」という対比を狙ったのだろうということですが、単純にこうとらえて面白がるだけの映画ではなさそうです。ある批評家(Peter Malone氏)は「エリアスは「エデン」で衣服を脱ぎ捨てることによって新しい「アダム」となり新たな人生を歩み始めたのだと言える」と語っていました(そういえば「エリアス」という名前も旧約聖書に登場する重要な預言者と同じ、その観点から追究するとさらに奥深い象徴性があるのかもしれません)。
 ヌーディストを別の視点でとらえることもできそうです。マイノリティとしてのエリアスは、自分とは異なってはいるもののやはりマイノリティである様々な人々と出会い、関わっていきます。同性愛者、いわゆるジプシーと呼ばれる人々、パリの路上生活者、・・・。ということはヌーディストもそれら一連の「マイノリティ」たちの端緒として出てきた?と見ることもできます。ただし「ヘンな」「哀れな」人たちではなくて、こういった様々なマイノリティたちこそが今のヨーロッパを構成しているのだよ、という意味で。

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Viaje por las Playas Naturistas

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