折り紙で鶴を作った授業のあと、職員室で、「2年B組に行ってきたよ」と言うと、居合わせた先生方が口を揃えて、「2年B組、まぁ恐ろしい!」って。アイツ達、やっぱり・・・。2年B組、ロレンツォのクラスだ!



今日は、私が授業を行うのではなく、彼等の授業を見学する。教室へ入ると、先生が部屋を見渡し、空いているそこの席に座りなさいって。このクラスは、どうしてだか、毎日、子ども達の座っている場所が違う。決まってないのか?早い者勝ちなのか??。そして、どうして、ジェルマーノ、君はいつも教卓の隣に座っているんだ!?。君は朝寝坊なのか、それとも問題児なのか。ま、それはさておき、黒い髪に黒い瞳の男の子、アッティリオの隣に腰を下ろす。

みんなは作文を書いている最中だった。テーマは、どう日本語に訳せばいいのか・・・。要するに『自己紹介』。『私』と『私の家族』、『私の家』についての作文。アッティリオが、自分の作文を読んで聞かせてくれる。彼のお父さんはサッカーが好きで、ミラノの大ファンなんだって。アッティリオもシェフチェンコが好きだとか。「分かった?」と聞くので、「分かったよ」と答えると、「君は凄いね!」だって。私だって、これくらいの簡単な文章なら、理解出来るさ。

そして、私も挑戦する。まずは、アッティリオの真似をして、「私の名前はハナコです」。それから、えーっと、「私は日本人です」。ねぇ、この『ジャッポネーゼ(日本人)』は、大文字なの?。イタリア語は、国の名前、または『国の』と書く時に、語頭が大文字の時と小文字を使う場合があって、私はこの使い分けがよく分からない。でも、アッティリオも分からないようで、先生に尋ねていた。「神戸という大きな町に住んでいます」と続け、これからどうしよう、と固まっていたら、「自分の性格を書け」と。はぁ性格ねぇ・・・そう言われても私、あんまり単語を知らないしねぇ。とりあえず、彼の真似をして、「私はシンパーティカ(直訳すると『感じの良い』っていう意。でも、人に対してだけでなく、花に対しても彼等は用いている)」と書いてみた。すると、横から彼が、続けて『ソシエーボレ』と書くようにと。は?何って??。言われるまま書くと、スペルが違ったらしく訂正してくれた。『ソシエーボレ』、恐らく、『ソシアーレ(ソーシャル)』の派生語だね(後で辞書を引くと、『社交的な』。はぁ、ありがとう、アッティリオ)。で、自分の趣味について、「私は旅行が好きです。云々・・・」。家族について、「妹が1人います。父は会社員です。云々・・・」。ところどころ文法を訂正してもらって、なんとか書き終える。

本当に単純な文章なんだけど、いざ書くとなると、本当に難しい。こう書くんだ、と教えてもらうと、あぁそうか!って、本当に単純なんだけれど・・・。要!猛勉強だね、私。

そして、この日以来、アッティリオは私のことを友達だと思っているらしく、校内で私の姿を見かけると手を振って走って来る。「ハナコ!僕がイタリア語を教えてあげたの覚えてるか?」って。君も分からなくて、先生に尋ねてたくせにぃ・・・。



11月8日 木曜日。3時間目。

今日は、私が彼等に教える番。本日の授業内容は、他クラス同様、『日本むかし話』。「誰か読んでくれる?」と尋ねると、予想どおり、「はい!僕!」、「僕!僕!」と、凄い勢いで手が挙がる。このクラスの子達ならこうなると思ってたんだ。一番早く手を挙げた、真ん中の列の眼鏡の男の子に『うらしまたろう』を読んでもらう。意外にも、みんな、黙って大人しく聞いていた。じゃ、次の話、『鶴の恩返し』を・・・。さっきと同じ方法でいくと、右の一番前の彼が、一番早く手を挙げたんだけれど・・・。だ、けれども・・・。

マティアが手を挙げて、「僕!僕!」と、叫んでいるじゃない!。彼はロレンツォと仲が良くて、よく家に遊びに来ている男の子。実は、私、幼稚園から中学校、何百人という子ども達の中で、彼が一番、好きなの。だから、『鶴の恩返し』を読むのは、マティアに決定!

まだ、時間があるので、3話目『かさじぞう』も読んでもらうことにした。これは、当然、右側の彼に。さっきはゴメンね。

「次はみんなで一緒に日本語を読みましょう」ということで、宮沢賢治の『星めぐりの歌』を日本語とローマ字で書いたものを配る。ジェルマーノがコピーをしに行ってくれている間、時間がもったいないので、早口言葉を教える。挑戦するのは、『赤パジャマ・青パジャマ・黄パジャマ』。パジャマはイタリア語では、『ピジャーマ』。これは覚えやすいし、意味も簡単。最初はゆっくり、私のあとに彼等が真似して言い、そして・・・、「これを早く言う!」。みんな、目を真ん丸くしていた。よしよし。だって、私、数日前から、ちゃんと言えるように練習してたんだものー。「覚えた?」と、端から順番に1人ずつ指していると、やっとジェルマーノがコピーを終えて帰って来た。

どうして『星めぐりの歌』なのかと言うと、特に深い理由はない。もし彼等のうちの誰かひとりでも、私が行った授業をずっと記憶してくれているとしたら、何がいいだろう、と考えた時に、やっぱりこれしかない、となったのが私の好きな宮沢賢治。本当は、『雨にも負けず』が良かったんだけれど、あれは少し長すぎて。なので、短くて簡単で、意味も分かりやすい『星めぐりの歌』を選んだわけ。将来、日本人に会ったときに、「日本語を知っている。『あかいめだまのさそり』」って言ってもらえたら、とっても素敵・・・でもないか!?。やっぱり、頑張って『雨にも負けず』にするんだったか・・・。あ、いいか、『赤パジャマ』で。いつかイタリア旅行中に、『あおいめだまのこいぬ』もしくは『青パジャマ』と声をかけられることがあれば、彼等なので暖かく接してあげてください。

コピーを配って、まずは私が朗読。そして、1行ずつ、私のあとに彼等が読む。割と気に入ってくれたみたい。楽しそうに読んでくれていたもの。そして、「じゃ、少しだけ意味を説明するねー」と、私は、いくつかの単語の意味だけを軽く説明するつもりでいたんだけれど、全ての意味を教えるよう要求されたので、その通りにする。『の』は、イタリア語の『ディ』の意味よー。最初にそう言うとペンを手に、詩に出てくる全ての『の』に『di』、『di』、『di』と書き始める子ども達。確かに、このクラスは、『テッリービレ(すさまじい)』だけれど、みんな、いい子達だよ。しかし・・・

私としては、順番にひとつずつ説明していって、みんなが書き終えたら次に進みたい。だってその方が楽だもの。だが、彼等はそれを許してくれない。口々に違う単語を教えてーと。最初は、「ちょっと待って」、「みんなで一緒に」、「みんな用意はできた?」と言っていたんだけれど、もう何だっていいや。聞かれるまま、全部に答えてあげるさ。『あかい』の次は、『めだま』の意味を言いたいのに、『あおい』を尋ねる男の子。それは先すぎるので後で。でもどうやら、『あかいめだまのさそり』と、『あおいめだまのこいぬ』の2文を比べて、『あおい』も色のことだと推測をつけ、隣の子と何色なのか当てっこしているようす。きゃ、可愛いわ。そして、そんな風に考えてくれて、とっても嬉しい。

赤いはロッソ。めだまはオッキ。さそりはスコルピオーネ。と続け、みんな、熱心にメモをする。でも、ジェルマーノだけ1人しつこく、「えー、ハナコぉ、どこ?」、「今のは何?」、「どれー?」。君は、本当に・・・。しっかりしなさい!



11月9日 金曜日。1・2時間目。

今日は技術の時間にお邪魔。折り紙を教える。。私は、忍者を作りたかったんだけれど、みんな、それぞれに、あれがいい!これがいい!とうるさいので、多数決を取る。「忍者を作りたい人!」、「ワイシャツ?」、「星がいい人?」。おい、ロレンツォ!どうして君は全部に手を挙げるんだ?。そういうシステムだったのか?。多数決の結果、ワイシャツを作ることに決定。実は、これは家でロレンツォと作ったことがあるので、私としては別の方が良かったんだけれど。ま、仕方ないね。「じゃ、ワイシャツね」と、紙を教卓の上に出すと、マティアが近づいてきて「配る?配るの?」と、私に微笑みかけ、紙を持って行った。あぁ、可愛い・・・。

いつもながら、感心してしまうくらいの大混乱の中(君達はどうしてそこまで、落ちつきがないんだ?体力が有り余っているのか?それはやっぱり食べ過ぎているからなのかー)、ワイシャツが出来あがる。しばらく私を休憩させてね。喉も痛いし。先生と話していると、マティアスが自分の作品を持って来た。「ほら、僕のはこんなの」と自慢げに見せたシャツには、ネクタイやらポケットが書きこまれていた。おぉ、おぉ、カッコイイねぇ。ところが、先生が重大なことに気が付いた。このワイシャツは、ちゃんと前の部分の真ん中に切れ目が入っているんだけれど、彼のにはない。先生は私に直してあげて、と言うけれど、これは一番最初の段階が間違えているの。私にイチから折りなおせというのかぁ?ってことで、マティアスには、「気にするな。OK、OK」と言っておく。

時間があるので、もうひと作品、折ることになった。次は何にしようかな・・・と、考えていると、マティアが「配る?配る?」と、再び紙を手に。そして、私が見本として持ってきていた中から、和紙で作った箱を見つけて、「これがいい。これにしようよー」と。よし、決定だ。2作品目は、和紙で折る箱。多数決は取らない。だって、マティアが、これが作りたい、と言っている。はいはい!みんな、席について!

私が持ってきた折り紙の本をパラパラとめくっていた先生が、「来週は、これを作りましょう!」って。なんと、クリスマスツリー。うっ、それは私も作ったことがない・・・。作り方をざっと見てみると、正方形の紙で折るみたいだし、糊もハサミもいらないようだから、ま、いいか(この本は、変形の紙で折ったり、切ったり貼ったりする作品が多く載っているので、『折り紙』を教えるという点では、ちょっと・・・)。しかし、これ、難しそうだなぁ。子ども達が、従来の技術の授業に戻ったので、私は教室の隅っこで、挑戦してみる。うー!ややこしい!。そんなに高度な折り方ではないけれど、彼らには難しいと思うな・・・。

私が作っていると、先生が「難しい?」と。「難しくはない」、と言ったあと、しかし、ややこしい、と言いたくて、『ややこしい』という単語を思い出そうとしたんだけれど、どう頑張っても出てこなくて、ややこしいってことは難しいんだよなーと考え直し、「難しい」と言い変えた。すると先生は、「ハナコにとっても難しいの?」と、固まってしまっていた。なので、慌てて、「私には難しくないけれど、彼等には・・・」と再び言い直す。先生は、安心したように去って行った。彼等にとって難しいというのは、重大なことなんだよー!

あ、いいことを思いついた。ロレンツォに、「家に帰ったら、一緒に作ろう。そして、来週、私と一緒に君も教えて」。すると、彼、「今日!?」って大きな声を上げる。来週のこの時間までに用意できればいいんだから、土曜日も日曜日もあるんだけれどぉ・・・、構わないよ、今日でも。そして、「先生!今日帰ってから、家で作って、僕は来週、ハナコを手伝うの」と、先生に報告しに行っていた。頼んだよ、ロレンツォ。私はマティアを手伝うから、ジェルマーノは君に任せた。


来週へ続く  GO