11月15日 木曜日。3時間目。

本日の授業は、お習字の時間。

書道を教えるのは、ここが7クラス目、最後のクラス。私も充分に学習したよ。何を言ったって、説明したって、君達は一切、頭に入っていない、ということが。そして、2年B組、ここは校内で一番、『テッリービレ』すさまじい、クラスだってことも。

どうせ聞いちゃいないんだ・・・と思いつつも、他クラス同様、最初に説明をする。見本の半紙を掲げながら、「日本の文字は、左から右に書きます。そして上から下に。その逆はダメです。これは凄く大切なことです」。左から右に『ダ・シニストラ・ア・デストラ』と、黒板に線を書きながら言っていると、「反対!」と言う声が上がった。だいたい、ただでさえややこしい、右と左という単語。何度も繰り返して言ってる内に、こんがらがっちゃった。そして、彼等とは向かい合って話しているから、余計に左右が分かりづらい。落ちついて、もう一度、「ダ・シニストラ・ア・デストラ」。再び、マティアスが「反対。ダ・デストラ・ア・シニストラ」って。んんん?。私、もしかして右と左の単語を間違えて覚えてたか??。先生に「私、間違えてる?」と、心配になって聞いてしまった。そして、そこで先生が気が付いた。私の言った『日本の文字』と言う言葉。私としては書き順のことを言ったつもりなんだけれど、マティアスは日本語の文章は、右から左だろ、と言っていたんだ。あぁ、そうだったのか・・・。

ということは、今までのクラスでは、この説明、理解してもらえていたんだろうか。だから、みんな、筆を持って、右から左へ、下から上へ、好き放題に書いていたのか・・・。いや、待てよ。でも、私、黒板に文字を書きながら、「左から右」、「上から下」って、ずっと口にしてたよね。それでも、彼等はめちゃくちゃに書いていたから・・・。ま、いっか。でも、マティアス、前回の授業の説明を覚えていてくれたんだね。嬉しいよー。

そうして、本番開始。3つのグループに分かれて、チャレンジ。もう、書き順がどうであれ、好きなように書いてもらうことにした(私、疲れ果てていた、ともいう)。時々、「『塗る』のじゃないの。書くのは一度だけ、二度書いちゃダメ」とは、言ったけれど、それでも誰も聞かないんだもんねぇ・・・。

3グループとも終わって、時計を見ると、あと20分ほど時間が余っている。名前を書かすか、もう1枚別の文字を書くか・・・と考えたんだけれど、みんな、思い思いのことをして遊んでいる。その輪の中に先生も入って雑談をしているので、ま、いいか。私は、筆の後片付けでもするわ。筆に残った墨を落としながら、ふと顔を上げると、マティアが微笑んでいた。腕を差し出し、「ここにアモーレ(愛)って書いて」と。いいよ、いいよ、君になら何だって書いてあげる(←バカ、私)。「ペンを貸して」と言うと、「この筆で」と指差す。えー!それは、無理。そんな難しいこと・・・。あ、そうだ!。筆ペンを持って来ていたのを思いだし、それで、彼の腕に『愛』とでっかく書いてあげる。はぁ、良かった、比較的、綺麗な字が書けたわ。「グラッツェ」と、にっこりと去っていくマティア。後片付けに取りかかる私、いや、取りかかりたい私・・・。取りかからせてくれ。

「僕も!」、「僕にも書いて!」と、差し出される無数の腕。はぁ、やっぱり、こうなるのか・・・。いいさ、何でも書いてあげるよ。始めは、『愛』組が多かったのだけれど、ある時を境に内容が一転した。『フォルツァ・ミラン』は、アッティリオ。あぁ、君はお父さんもミランファンだったよねぇ。ジェルマーノもミラニスタ。でも、君の腕は細すぎて、文字が書ききれないよ。ウチのフェデリーコ7歳の半分の細さだぞ。しばらくウチで夕食を食べるか?。「ジェルマーノ!もっと食べなさい!」、「もう食べないのか?どうして!?頑張って食べなさい!」と、毎日、私がされているように、ファブリッツィオに叫んでもらうがよい。

気が付くと、私の回りには3重くらいの人垣が。女の子達は『愛』という文字を希望。そして男の子達は、ほぼ全員がジョカトーレ(サッカー選手)。「少し長いよ」とマティアスが頼んだのは、『ディエゴ・○○(忘れた)・マラドーナ』。はぁ、確かに、長い。『デルピエロ』の子がいたので、「私も彼のこと好き!すごくかっこいい!」と言うと、笑ってた。しかし、君、どうしてそんなに汗ばんでいる?。ほら、『デルピエロ』が滲んでいるじゃないか。そして彼は、友達の腕を見て、「はっ、シェフチェンコ?デルピエロの方がカッコイイとハナコも言っていた」だって。私、シェフチェンコも好きだけど。額に『ブッフォン』と書いてくれ!という子も。何度も確認したけれど、どうしても!と言うので、書いてあげた。君は、本当に、今日1日、その顔で過ごすのか?

書いても書いても、私の目の前から腕が減らない。ダビデ、君は何度目なんだ?もう腕は両方とも真っ黒じゃない。背後でしつこく私の名前を呼ぶので、振りかえると、ロレンツォ。「ソンゴクウと書いて」だって。君は家で頼みなさいよー。で、どうして、シェフチェンコじゃなくて孫悟空なの?

そして、終業のチャイム。次の時間は、通常の授業があるので、私は退散しなくっちゃ。なのに、数人は立ち去らない。「あとひとつだけ、お願い!」と。「もうお終い!」と追い払ってたんだけれど、マティアが来た。「ハナコぅ、お願いぃ。これはすごく大切なことなの」。先生、彼にだけ書いてあげてもいいですか?。回りを見渡してから、背伸びをして私の耳に口をつけて彼が囁いた言葉は、「ソフィア、君を愛してる」。わぁ、可愛い!。そういうことを頼んだ女の子はたくさんいたけれど、男の子では君が始めてだよ。どの子が知りたくて、「誰?」って聞いてみたけれど、彼は名前が聞こえていないと思ったらしく、「ソフィア、ソフィア」と繰り返すばかり。いいや、後で、ロレンツォに聞いてみよーっと。「マルコって書いて」と頼んだあの彼女じゃなきゃいいんだけれど・・・。「ソノ・ベッロ(僕はカッコイイ)」と書かれた腕を見てニヤニヤしていたあの彼より、マティア、君の方がカッコイイよ。

本当に、これで最後。次の授業も始まったので、リュックを背負おうとしていた私のところに、「先生、ひとつだけハナコに聞いていい?」と断って、アッティリオが走って来た。腕を差し出し、「この『シェフチェンコ』は、どっちから読むんだっけ?」。あ、帰って、お父さんに見せるつもりだね。



11月16日 金曜日。1・2時間目。

8時15分、3階の教室へ向かうと、廊下にロレンツォがいたので、「君のクラスにソフィアっている?」と聞いてみる。すると、「ソフィア!」と大きな声で叫んで、教室の中に走って行っちゃった。ち・違う!ロレンツォ、こっそり指差してくれればいいの。あぁ、マティアにばれるぅ!

約束どおり、今日はクリスマスツリーを作る。先週の授業時、先生が、「紙は彼等に用意させるわ」と言ったので、サイズだけ知らせて帰ったのだけれど、今日、教室へ入ると、みんなの机の上には、サンタクロースやら赤いリボンの絵やらが入った包装紙が並んでいた。思わず、点になる私の目。か・紙ってそういう紙だったんですか・・・。ま、いいんだけどさ。18人いる中の半分くらいは、緑色の包装紙。残りの半分は、私が持っているようなA4サイズのやや厚めの色紙。みんな、緑色の包装紙と、模様の入ったのの2種類を持って来ていたみたい。良かった、ちょっとホッとする。が・・・

金色と銀色の巻いた包装紙を手にアッティリオが近づいて来た。再び、点になる私の目。「僕はこれを持ってきた。これで作る」って、おい!。「金の木なの?」、「そう。金の木」って、おい!。「この紙は薄すぎるし、第一、折れない!」。だって、あのメタルのピカピカした紙(あれは紙というのか?)なんだもの。先生も呆れて、「私は『プレゼント用の紙』を持ってくるように言ったのよ」(やっぱり、そう言っていたのか!)。そして、「これは『プレゼント用の紙』なの?」と、他の子ども達に尋ねる。当然、あちこちから、「ノー!」と言う声。はい、アッティリオ、君の完敗。

絶対に持ってこないヤツはいる!と、用意してきた私の紙を彼にあげる。さ、始めましょう、と思ったら、ジェルマーノが私を手招きしている。「何?」と言うと、「ここに来て」と、自分の横を指差す。マティアのように君が私の所に来なさい!と思いつつ、彼の席へ行くと、「その紙を僕にもちょうだい。4枚」だと。なにぃー!。ジェルマーノ、お前ってヤツは・・・だから、君は体が小さいんだ!(いや、これは関係ないように思われる)

このクリスマスツリー、途中までは鶴と同じ折りかた。このクラスでは、一緒に鶴を折っているので、「覚えてる?」と言ってから始めたのだけれど、ま、覚えてるわけないよなー。表側を折って、裏返して「さっきと同じように折って」と言うと、もう分からない。あちこちから、私の名を呼ぶ声の嵐。この、さっきと同じように折る、が出来るのはほんの数人。その中のひとりがロレンツォ。彼は「ちょっと待って。えーっと。うーんと・・・」と、ものすごく考えて、思い出して、理解して、折り進む。だから彼は一度で折り方をマスターする。他の子達は、これをしない。ジェルマーノ、君のことだよ。でも、マティアは、一生懸命考えている風なのに、折れないのよねー。

このクラスでは、昨年も含め、今日で折り紙をするのは4度目。誰が器用で、どの子が出来ないか把握しているので、まずは折れない子からと、マティアスのところへ向かう。「ここまではOK。裏返して、そしてさっきと同じように」、「え?どう!?」、「ここを開いて、この角をここに」。すると「あぁー!」と、いかにも思い出した、そんなことかぁ、という声を上げるんだけれど、君、絶対に、次もひとりじゃ折れないだろう!

みんな緑の紙を手に折り始めたのだけれど、ひとりだけ、水色の空に白い雪山。雪だるまやらスキーをしている子どもの模様の包装紙で折っている男の子がいた。彼は満足しているようだから、構わないんだけれど、可笑しくって。「次はどうするの?」と、彼が紙を手に近づいて来る度、笑いを堪えるのに一苦労。だって、おかしいよ、君のは。

このクリスマスツリーは、サイズの違う紙でいくつか折ったものを重ねて出来上がり。私は見本にと、家で気合を入れて、本気になって、オーナメント付きの五段重ねを作ったんだけれど(高さ20センチくらい)、彼等には2段だけ作らそうと思っていたの。要領が良くて落ちついている女の子達は、ややこしい部分は私に頼みながらも、着々と自分の力で小さい紙でも作っていく。君達は中学2年生の鏡だよ!。それに引き換え・・・、このクラスの男の子達は・・・まったく。みんなで一緒に折ろうと言っているのに、「次は?次は!」とうるさいので、思わず、日本語で「ここを押さえといて」と言ったら、大人しくそこを押さえてた。伝わるものだね。

そして、どうして、折れない子に限って、3段目、4段目を作りたがるんだ!。「ちょっと来て!ハナコ!ミア アミーカ!(僕の友達)」って、マティアス、君のことだよ。あ、マティアが定規を手に、次は何センチ?と私に微笑みかけている。手伝いに行かなくては!

どうしてだか、教卓に座って作っているアッティリオ。彼は、全てを私に折らせようとする。別に、作ってあげるのは構わないんだけどさァ。何か違わないか?。紙が綺麗な正方形だっただけで「僕が切った」と自慢げな彼。でも私、先生が定規を使って線を引いてくれてたのを見てたぞ。結局、4段目まで完成して満足したみたい。

「次はどう?」、「これであってる」と、集まってくる子ども達をひとりずつ捌いていく。あー、惜しい!「グアジ ファット」ほとんど出来てるよ、っていう子もいれば、「アスペッタ!」ちょっと待って、これは何?どうしたらこんな形になったの?っていう子も。マティアは、ひとりで頑張って格闘していたけれど、いっつも後者のほうだった。でも、本当にロレンツォがいてくれて助かった。私、彼の家にホームステイしていて、本当によかった。君は本当に頭のいい子だよ。でも勉強もしようね(三者面談で「お宅の息子さんは頭はいいが勉強をしない」と言われたとフランチェスカが激怒していたの)。

アッティリオが低い声でずっとブツブツ呟いている。聞こえない振りをしていたら、「ハナコ!」と呼びかけられてしまった。「僕に、プレイステーション2をプレゼントしてくれる?」。なんでやねん。「ノー。君が私にプレゼントしてよ」。「いやだ」私だってイヤだ。「日本で買うと、イタリアより安いの」って、知らないよー。でも、プレイステーション2のイタリアでの販売価格は、確か599,000リラ(3万5千円くらい)。高いよねー。どうして、そんなに高いの?。ロレンツォも買ってくれ!と言って、ファブリッツィオに即却下されてたもの。そしてロレンツォも私に、日本で買って来てくれる?と頼んでたよ。

ロレンツォが、「ハナコぉ・・・」と、よたよたと、本当によたよたと近づいて来た。「どうしたの!」って聞くと、「疲れた・・・」だって。そりゃそうだろうねぇ。ありがとうね、本当に助かったよ。

ぐるりと見渡すと、だいたい、みんな、形になったみたい。時計を見ると残り時間は15分だし、そろそろかな。「はい!みんな、席に着いて!」、しかし、私の回りから立ち去ろうとしない男の子達。「これだけ!ここだけ折って!」もう、うるさい!私が座れ、と言ったら座りなさい!!。これから大事なことを言うんだから。「みんなに、プレゼントがあるの」と、用意してきた袋を見せる。人数分、用意してきた折り紙のオーナメント。彼等には作る時間は、絶対に残らないと思ったからね。3センチくらいの小さな鶴と、サンタクロース。そして、靴下、ブーツ、ろうそく等の中からひとつ。私が配り始めたら、ロレンツォが、「僕が配ってあげる」って。ありがとう、本当に君はいい子だねぇ。僕も!僕も!と群がるアイツらに、順番だから座ってなさい、取るのはひとつだけ!と配るのは、私より君が適役だ。

みんな、とてもとても喜んでくれた。先生にも感謝されちゃった。数人の男の子は、サンタクロースを持って来て、「これには糸がついてない」。糸をつけるのって面倒なんだよ、我慢しなさい、そして自分でつけなさい、もう2年生なんだから。そ、そして、ジェルマーノ!またお前か。「ハナコ、この糸を結んで」。ん?君は長いからといって糸を切ったのか?。いくら私が器用でもこんな短い糸は結べない。セロテープで貼りなさい、と追い返す。そういえば、彼は2回に分けて鶴を折った授業の2週目、途中まで折った鶴を持って来ずに、新しい紙をもらいに来た。あげるのは構わないけれど、みんなにどうやって追いつくんだろうと見ていたら、なんと、その紙で飛行機を折って飛ばしやがった。紙を欲しがったけど、手持ちが無くなったので諦めてもらった子もいたんだぞ。率先してコピーをしてくれたり、プリントを配ったりもしてくれるのに。君は、私のことが好きなのか、嫌いで嫌がらせをしているのか、いったいどっちなんだ!。嫌がらせではなく、普通にそんな性格だったら、やっぱり君には、友達がいないだろう!

最後にみんなで記念写真を撮って、はい、お終い。このクラスに来るのは、本当にいつも楽しみだった(注:マティアがいるから、だけでは決してない)。君達は気が付いていないようだけれど、私、ここに来るのは今日が最後なんだよ。アッティリオ、君にイタリア語を教えてもらったこと、私はずっと忘れないから、君も覚えててね。ジェルマーノは、また家に遊びに来るだろうから、いつでも会えるね。ソフィア、きっと数年したらマティアは背が伸びて君より大きくなるだろうから、待っててあげてね。フェデリーコもダビデも、アンドレアも元気でね。みんな、ばいばい。またいつかね。