http://site.add/ 薄明ブレス




■ 勇気について(後) ■


「ねぇ、イルカ先生」
「はい。何でしょう?」
「俺の家、何も無いの」
「何も無いというのは、家具ですか?食材ですか?」
「食材。疲れてると、外に食べに出るの億劫なんだけど、何もないんだ」
「分かりました。ちょっと店に寄って行って、食材揃えましょう。迷惑じゃなければ俺が何か作りますよ」
イルカ先生に優しくしてもらうのなんて簡単だった。
こうやって弱弱しい声を出して訴えれば、俺の望む方向へと話が転がって行く。
並んで歩くイルカ先生の肩に、俺は自分の肩を寄り掛からせている。
見た目以上に重い身体はイルカ先生に負担を掛けているに違いないけど、支える為に腰に回された手が嬉しくて、内心で御免ねって思いながらそのままだ。
忍服が功を奏しているのか、俺達が奇異の目で見られる事はない。
任務で負傷した忍びが往来をよろよろ歩くのは、日常茶飯事だ。
「先生有り難う。優しいなぁ」
「そんな事無いですよ」
ぽつりぽつりとゆっくりとしたペースで雑談をしながら道を歩き、イルカ先生は俺を外のベンチで待たせてスーパーの中にさっさと入って行く。
待ってる間も、幸せな気分だった。
俺の家にイルカ先生が来るのは初めて。
自宅なのに俺の滞在時間は少なくて、普段から汚れようの無い俺の家だから、突然イルカ先生が来ても大丈夫だ。
あれこれ考えてると、イルカ先生が買い物袋を提げて出て来て、また二人で並んで歩く。
イルカ先生は俺の自宅マンションの前でポカーンと口を開けて驚いて、エントランスホールで驚いて、自宅に入って三度驚いていた。
「あの、凄い家ですね」
「凄く無いですよ〜。皆こんなモンですよ」
軽い口調でさらりと流したかったんだけど、イルカ先生は驚愕の眼差しを俺に向けて、口の中で小さく「上忍って……」と呟いていた。
俺、ちゃんとは知らないんだけど、中忍の給料ってどんだけなのかな。
イルカ先生みたいな内勤は、戦忍の何割程度なんだろう?
後でちゃんと調べよう。
リビングに通して、俺がお茶を入れようとすると、イルカ先生に押し留められた。
「任務帰りなんですから、俺の事もてなそうだなんて思わないで下さい。俺がやります」
「そこまで甘えられないよ」
「良いんですよ」
にこりと笑うと、白い歯がチラリと覗いた。
健康そうな真珠色だ。
一緒に居たいから、イルカ先生の後を付いてキッチンに入った。
「一緒にやりましょ。それなら良いでしょ?」
「休んでて欲しいのに」
「そんなに疲れてませんから。第一、キッチンの説明しないと、使うの大変でしょー」
俺の説明に納得したようなしてないような、微妙な顔をするイルカ先生。
俺は追い返されない内にさっさと薬缶に水を入れて、火に掛けた。
茶葉を出す俺に、イルカ先生は諦めたのかそれ以上は言わなかった。


「カカシ先生って……甘え下手ですね」
俺に一言断ってから冷蔵庫に買ってきた食材を手際良く仕舞い込むイルカ先生が、俺に背を向けてそんな事を言う。
「えっ?」
「生意気な事を済みません。でも、気になるんです。貴方は、サスケに似てます」
突然だと感じたのは俺だけで、きっとイルカ先生は前から思っていたのだろう。
その口調は、滑らかで淀みが無い。
「甘え下手、ですか。まぁ、否定はしません」
「サスケと貴方と、ナルトと俺。なんか、似た者同士なんですよね」
「ナルトとイルカ先生か。似ていたというより、似てしまった、が正解じゃないですか?ナルトは貴方が育てたようなものだから」
バッと振り返ったイルカ先生の顔は、見惚れるに値する表情を浮かべていた。
潤んだ黒い瞳は宝石みたいに綺麗で。
ナルトがこの人にとって特別なんだな〜と、嫉妬に駆られる。
言わないよ、大人だから。
でも、悔しいなぁ。
「……カカシ先生は、俺の期待以上に、あの三人の事を良く見てくれてますね」
「ちゃんと先生やれてるか、不安なんですけどね」
暗部上がりで、まともな幼少期を送ってない俺に、本当に上忍師なんて務まるのか?
結果を出したら、イルカ先生は俺の事を少しは特別扱いしてくれるだろうか?
そう考えたら頑張れる気がした。
「やれてますよ。きっとあの三人にはカカシ先生じゃないと駄目なんです。カカシ先生は特別だから」
「『特別』って言葉を簡単に使っちゃ駄目」
「あ、済みません」
思わず口を突いて出た言葉に、イルカ先生が律儀に謝りを入れる。
上手くいかない。
丁度お茶を淹れ終わった所だったので、そのままリビングに誘った。



+++



適当にカタログで選んだガラスのテーブルの前に、これまた適当に買って放置してあったクッションを二つ引っ張り出してくる。
この家はプライベートに用意した自宅で、もう一つ上忍寮に家がある。
そちらは和風洋風混在だ。
こっちは洋風一色のインテリアになっている。
タイプ的にはおそらく自宅を和風で統一しているだろうイルカ先生は、さっきからきょろきょろしてる。
リスみたいで、可愛いなって思う。
下手に怒らせそうだから、絶対口にはしないけどね。
「頂きます。……俺が夕飯作りに来た筈なのに、なんかおかしい……」
「おかしくないよ。未だ少し早いでしょ?」
「分かりました。一休みしたら、台所お借りして作り始めます。カカシ先生は、絶対休んでて下さいね」
まるで厳命するかのように、ぴしりと言い放つ先生。
俺は悪戯っ子みたいに舌を出そうとして、口布に邪魔された。
おいおい……
イルカ先生になら良いやって思ったのと、純粋に面倒になって、口布を引き下ろしてしまう。
イルカ先生の両目がカッと見開いた。
光線でも出そう。
それから、ひくっと喉を上下させて、呼吸を止めた。
最後に、ひぃって言って、イルカ先生が顔を仰け反らせ、背を撓らせた。
反り過ぎて、背中から倒れそうになって慌ててるから、俺が宙を掻いた手を掴んで引き戻して上げる。
「何してるの、イルカ先生」
「口っ、くくく、口が見えて、ちょ?!どうして、突然!俺何かしましたか?うわっ、見ちゃった」
「落ち着いて。焦らなくて良いから」
「だって、かくっ、隠してる、のに、俺なんかが見てしまって!」
「『俺なんか』って、簡単に言っちゃ駄目。怒りますよ」
俺の真面目な声のトーンに、イルカ先生はハッとなって、しゅんと項垂れる。
素直だな〜。
俺が何に怒ったのか、ちゃんと本質を理解して反省してくれる所とか、良いなぁ。
暫く、イルカ先生は何か言いたそうに俺を見ていたけど、何とか自分の中で折り合い付けたのか、ふにゃっと笑った。
「カカシ先生、やっぱり上忍師に相応しいですよ。貴方が心配する事なんて、一つも無いと思います」
イルカ先生は俺を褒めて、湯呑みを傾けてお茶を飲んだ。
にこにこ笑ってるから、俺もちょっと照れて笑みを浮かべた。
またイルカ先生が目を瞠る。
そして、頬を赤くした。
あぁ、触れたいなぁ。
どうしよう。
行き成り手を伸ばしたら、イルカ先生はきっと戸惑うだろう。
ぐだぐだ考えていたら、脳内に、ピコンっと豆電球が灯る。
触れたいっていう欲求を上手く叶える方法を見付けた。
凄く良い考えだと、有頂天になる。


「先生、頭撫でて下さい」
「はいぃ?!」
「子供にするみたいに」
真面目腐った表情で強請れば、戸惑いに揺れるイルカ先生の瞳。
「イルカ先生は俺の事を、上忍師に相応しいって言ってくれたけど。
あいつらにちゃんと向き合うには、未だ勇気が足りないんです」
イルカ先生の指先がぴくりと反応した。
「立派な先生をやってるイルカ先生に貰う勇気だもの。そしたら俺は上手くやりますよ、きっと」
「カカシ先生って……不思議な事を言いますね。俺なん……って済みません、言いませんよ!」
『俺なんか』って言いそうになったイルカ先生は、自分で気が付いて慌てて遮る。
俺は少し笑う。
何か一生懸命考えてる表情で俯き、イルカ先生はふっ切った顔で俺を見た。
「……あの、もしかして俺は、カカシ先生に甘えられてるんでしょうか?」
「そうですね」
「……吃驚です」
「自分でも驚いてますよ。イルカ先生だからだろうなって思います」
「……嫌になったら、止めて下さい」
机越しにそろそろとイルカ先生の腕が伸びる。
俺は自ら頭を差し出して、その瞬間を待った。
ふわり、と手の平が頭に乗せられて、ゆっくりと左右に揺れる。
髪がしゃわしゃわと音を立てる。
ほぅ、と潜めていた息が零れた。
「イルカ先生の指先は、気持ち良いですねぇ」
「……あの」
「もっと、頭をぐしゃぐしゃってして。あの子供にしてたみたいに」
「良いんですか?」
「良いの。して欲しいの」
甘え下手と評された俺だったけど、イルカ先生相手に調子こいて何をやってるんだろう。
好きな相手に甘える心地好さは、俺を瞬く間に虜にした。



これからは、甘え下手を返上するべく、イルカ先生から貰った勇気でイルカ先生に付き纏って優しくして貰って、己の存在をアピールしよう。
勿論子供達には、及第点を貰える上忍師になれるよう努力もする。
深い関わりを持つのは未だ怖いけれど、イルカ先生から特別な勇気を貰ったからね。
さぁ、頑張ろう。
勇気は俺を変えるに違いない。