http://site.add/ 薄明ブレス




■ 酷いよ、センセ!(後) ■


柔軟をみっちりやって、チャクラコントロールを取り入れながら基礎鍛練を行う。
カカシは何だかんだで、手を出そうとしてイルカに睨まれて手を引っ込めている。
ハッ、ハッ、とイルカの吐く呼気が短く途切れ、体温が上がる。
脂肪が燃焼され始めたのかと、少しずつ実感出来る。
「イルカ先生。右足にチャクラが偏って来てますよー」
「はっ、い」
労力を要する手助けを断られたカカシは、イルカを存分に眺めつつ、チャクラコントロールのチェック係をしている。
それならカカシに任せても、気が重くなかったからだ。
時折舐めるようなねっとりと熱い視線が向けられるが、基本的には気付かぬ振りだ。
二人きりだと、カカシは本当に遠慮しないし、体裁そっちのけで赤裸々だ。
イルカは時折付いて行けない。
真面目にトレーニングに取り組むイルカに、カカシは的確なアドバイスをし、イルカはそれを素直に受け止めて自分の悪い部分を矯正する。
重点的に鍛えた腹筋が悲鳴を上げ始め、チャクラも随分と消費して、イルカは掠れた息を吐き出した。
「せんせ、そろそろ一旦休憩を入れないと」
「そう、ですっ、よね……」
遣り過ぎは、却って最大限の効果が得られない妨げとなる事があるのを知っているイルカは、切りの良い所で鍛錬を終了した。
室内でも一時間きっちり筋トレすれば、全身に汗を掻く。
カカシに断りを入れて室内の空気を入れ換える為、窓を開けた。
ほぼ無臭のカカシの傍では、自分の汗の匂いが気になる。
イルカは立ち上がり、こめかみに流れる汗を指先で拭いながら、風呂場に向かって歩き始めた。
「風呂入ってきます」
「はーい」
「カカシさんは何で立ち上がるんですか」
「ん? 」
ニコニコ笑って答えない。
でも、良からぬ事を考えているのは明白で、イルカは立ち止まってカカシに対して両手を突き出した。
犬に待てを命令する、そんな気分になりながら。
カカシは素直にその場で止まって、心底不思議そうに首をちょっと傾げて、カカシが蒼と紅の色違いの瞳でじっとイルカを見る。
犬だ、やっぱり犬っぽい、とイルカは思ってしまった。
「俺は、一人で風呂に入りますから、カカシさんはゆっくり休んでて下さい。汗を掻いたのは俺だけですから」
「背中、流しますよ。後、御湯に使って身体が解れた状態でのマッサージは疲労を溜まり難くするし、ツボを刺激する事によってチャクラの流れを潤滑にして潜在的なチャクラ量を底上げする事に繋がりますよ」
一見良い事ばかりのようだが、それは違う、とイルカは頭を左右に振った。
恋人だけど、騙されてはいけない。
現在のイルカは、今までのイルカとは違う。
……太っているのだから。
「駄目です。絶対駄目です一緒に入って来ないで下さい。来たらカカシさんといえども容赦せず水遁水乱波で叩き出します」
「どうして?」
「俺は太ったんです!誰だって恋人にそんな醜い姿見せたいと思う訳ないでしょう!!」
「え」
きっとカカシには、うっかり太ってしまっただとかそんな経験が無いから、イルカの気持ちが全く分からないのだろう。
ぽかんとして固まっているから、イルカは更に畳み掛ける様に叫んだ。
「当然、暫くの間、あ、ああ、アッチのアレコレも無しですから!腕枕とか、抱き合うのも無しですから!」
「えぇーっっ!!」
急に事の重大さを理解したカカシはイルカに飛び付こうとして、ものの見事にイルカに避けられた。
中忍なのに素晴らしい動きだ。
イルカは下唇を噛んで、じとりとカカシを睨んでいる。
「だから、俺はですね。カカシさんに弛んだ身体を見られるのが、絶対に嫌なんです。絶対に、です」
「そんな……俺はどんなイルカ先生だって愛してるのに」
「そういうの、駄目です。俺を甘やかさないで下さい」
決然とした意思を覗かせ、イルカは絶対に元の体重に戻すと、それまではカカシに見るのも触れるのも禁止だと宣言した。
カカシはどんなイルカだって愛しているし、これが言葉だけの綺麗事ではなく本心からの真実だと証明する気も有るのに。
一度駄目だと言ったら、イルカは絶対に許してくれないだろう。
少しばかりむちっとしていても、イルカは十分魅力的だ。
むしろ、今までの何処にも贅肉が無い締まった身体と違う感触をカカシに齎してくれるに違いないと、密かに期待までしていたのに、この仕打ちは無いだろう。
脳内では「せんせ、ここ、柔らかいね」なんて肉の付いた所を言葉で辱しめながら、羞恥に身悶えるイルカを堪能するだとか、甘噛みしまくって新たな性感帯を開発するだとか、行き着く所まで妄想が育っていた。
このリビドーを何処に持って行けば良いのだと、カカシは途方に暮れてしまう。
泣き落とそうと、カカシはイルカに縋った。
「酷いっ!イルカ先生酷いです。俺、ずっとお預けですか?!」
「……お預け、とか恥ずかしい事言わないで下さいよ」
「恋人だったら、ベッドの上で仲良くするのは日常茶飯事。いわば日課ですよ!義務ですよ!」
「日課、って……カカシさんは多過ぎなんです。良い機会だから、ちょっと遣り過ぎなの、リセットしましょうよ」
「嘘っ!嫌だっ!」
カカシの猛抗議はスルーされた。
ぽぅっと頬を赤く染めたイルカは、肌艶も良く唇も薄紅色で大層可愛らしいのに、言う事はしっかり言い切った。
「協力してくれないと別れます」だなんて最終兵器まで持ち出して来て、カカシに暫くの禁欲生活を約束させたのだった。