「貴方の所為で太りました」
これ以上の哀しみなんて無い、位の勢いでイルカは肩を落としてしょんぼりした。
元気に跳ねる頭の尻尾も、今は萎れて見えてしまう。
臍の辺りの下腹部を手のひらで確かめながら擦り、その厚くなった肉の感触に溜め息を一つ転がした。
「脇腹が摘まめるんです。弛んでて良くないです。俺、忍なのに。アカデミー教師として示しもつかないです」
言われたカカシは、イルカの顔と腹を視線で往復して、微妙な表情を浮かべた。
ついでに頭の中では直近でベッドの上で抱き合った時の事を想い浮かべ、しっくりこないと首を傾げる。
「太ったようには見えませんが」
「体重計は嘘を吐きません」
「脂肪と筋肉だと、筋肉の方が重いですよ」
「カカシさんから見たら未だ未だかもしれませんが、俺は教師ですし中忍ですので、そこら辺の事も勿論知ってます。でも、俺の身体に増えたのは、筋肉ではなく脂肪です。自分の事なので分かるんです、間違いありません」
確かめる為にか、徐にアンダーシャツの中に手を入れ、実際腹の肉を摘まんでいる。
分量を計るようにぐいぐい揉んで、切なそうに眉を寄せた。
俺の目の前で服を捲って素肌に手を触れるなんて、と、カカシは何となく別の事を考えてしまった。
心の中は他人には見る事が出来ないが、イルカに知られたら赤面しながら怒られるような事だ。
だってイルカは閨に誘っても、恥ずかしがりが強過ぎてなかなか自分から洋服を脱ごうとしないから、まぁ、珍しかったのだ。
イルカに比べカカシは羞恥心には疎い方だし、愛するイルカを前にしたらそんな感情は何処かに吹っ飛んでしまう。
最近、欲望に忠実過ぎるのは、憂慮すべき点だった。
「……原因は、食事?」
「食事、です。後は多分、鍛練の時間が減ったから」
手を引き抜き、アンダーの裾を直して、イルカは卓袱台に手を置いた。
はぁ、と声が出そうな溜め息をまた吐き出した。
余程体重増加がショックなようだ。
「分かりました。暫く外食を控えて、家で食べましょう」
「付き合わなくても、良いですよ」
「付き合いたいんです。俺はイルカ先生と一緒に食べられれば何処でも良いし何でも食べるよ」
「……」
恋人一年生だからか、カカシはイルカの目から見ても、イルカにメロメロで浮かれていた。
外食だって、恋人であるイルカに美味しいモノを食べさせたいと、今まで仕入れた情報を総動員して高級店有名店に予約を入れ連れ歩いたのだ。
イルカでなくとも、太る。
「じゃあ、体重が戻るまでは家で食べます。俺が作りますから」
「早く帰った方が作りましょうよ」
優しい笑顔で公平な提案を持ち掛けるカカシ。
完璧な恋人過ぎて、イルカは少し不安になる。
時間に融通が利くのは、売れっ子上忍のカカシではなく、里常駐の中忍教師であるイルカなのだ。
だから、窺うように再提案した。
「暫くカロリー計算したダイエットメニューにしたいんで、基本的には俺に作らせて下さい。カカシさんは、気が向いて時間が合う時にうちに来て下さい」
「気が向いた時って言うけど、俺は毎日可能な限り行きますよ。良いの?」
カカシに尻尾が生えていたならば、その気持ちに嘘が無い事を激しく左右に振られるその様子で示しただろう。
犬遣いは犬っぽいと思う瞬間だ。
「……淡白で味気ない料理に飽きたら、ちゃんと外食して下さいね。義務感とかで、嫌々付き合ったら怒りますから」
しっかり釘を刺して、イルカは座布団に座り直した。
然り気無く壁に掛けている時計を見遣れば、夜の十時過ぎだ。
カカシと付き合う前だったら、持ち帰り仕事も無く見たいテレビも読みたい本も無いからと、走りに行っていただろう。
どうしようかと逡巡する素振りを見せれば、察しの良過ぎるカカシが口を開いた。
「足りない鍛練に、行きたいの?」
「はぁ。済みません」
行きたい気持ちは山々だか、行くと言えば絶対にカカシは付いて来るだろう。
上忍師をやっている為、短期任務ばかり割り振られているとはいえ、連続でこなせば激務に違いない。
疲れて帰ってきたカカシを付き合わせたくはない。
悩むイルカに、カカシは何で悩むか分からないと柔らかな笑みを浮かべて腰を浮かせた。
「早速行きましょう。イルカ先生と組み手してみたいです」
「いや、カカシさんは休んでて下さい。一時間ばかり出て来ても良いですか?」
「先生、俺を一人で置いて行くの?」
拗ねた口調は、絶対にわざとだ。
イルカが弱いと知っていて、罪悪感を擽る所は狡いと思うのに、振り払う事は出来ない。
ううっと小さく唸って、イルカは立ち上がる事が出来なかった。
「痩せる必要が無いカカシさんには、鍛練より休息が必要なんです。一時間、横になって休んでたらあっという間ですよ」
「嫌です。イルカ先生と一緒に居るのが、何よりも心身が休まります」
「いや、絶対違いますよ、ソレ」
イルカも頑固だか、カカシも負けず劣らず頑固だ。
何処まで行ってもお互い譲らないのは目に見えている。
イルカは、外を諦め、家の中で出来る筋トレに切り替えるしかなかった。
傍に居られるならば、カカシも妥協してイルカの隣で休んでくれるだろう。
イルカ的には、余りダイエット効果が得られ難い鍛練になるのは仕方無い事だった。