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Art of the treble〜sounds’Library (JAPAN)

Hampstead Parish Church Boys' ChoirHampstead Parish Church Boys' Choir





LP    J.S.Bach St Matthew Passion (Angel 3599 E/L)
J.S.BACH: MATTHAUS-PASSION

指揮 オットー・クレンペラー (OTTO KLEMPERER)
演奏 フィルハーモニア管弦楽団 (PHILHARMONIA ORCHESTRA)

Choirmaster マルティンダーレ・シドウェル (MARTINDALE SIDWELL)
ハンプステッド教会少年合唱団 (BOYS OF HAMPSTEAD PARISH CHURCH CHOIR)

Chorus Master ヴィルヘルム・ピッツ (WILHELM PITZ)
フィルハーモニア合唱団 (PHILHARMONIA CHORUS)

JESUS ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ (DIETRICH FISCHER-DIESKAU)
EVANGELIST ピーター・ピアーズ (SIR PETER PEARS)

Soprano Arias エリザベト・シュヴァルツコップ (ELISABETH SCHWARZKOPF)
Contralto Arias クリスタ・ルートヴィヒ (CHRISTA LUDWIG)
Tenor Arias ニコライ・ゲッダ (NICOLAI GEDDA)
Bass Arias ヴァルター・ベリー (WALTER BERRY)

JUDAS  ジョン・キャロル・ケース (JOHN CAROL CASE)
PETER     ヴァルター・ベリー (WALTER BERRY)
HIGH PRIEST   オタカール・クラウス (OTAKAR KRAUS)
PONTIUS PILATE   オタカール・クラウス (OTAKAR KRAUS)
TWO MAID
エリザベト・シュヴァルツコップ (ELISABETH SCHWARZKOPF)
ジャネット・ベイカー (JANET BAKER)

PILATE'S WIFE     エリザベト・シュヴァルツコップ (ELISABETH SCHWARZKOPF)
TWO PRIESTS
オタカール・クラウス (OTAKAR KRAUS)
ジェレイント・エヴァンズ (GERAINT EVANS)
TWO WITNESSES
ヘレン・ワッツ (HELEN WATTS)
ウィルフレッド・ブラウン (WILFRED BROWN)

 5LPです。こういうの買う方って、もしかしたら特別な機械で聴いていたから、かもしれませんが、このLP、1の裏が2ではなくて、1〜5がそれぞれ別盤、裏返して6〜10が別盤で、1〜5まで重ねて盤を置いて、1枚の演奏が終わったら自動的に次の盤に移る、みたいな機械で聴く方用、だったのでしょうか? 灯りもつけずに、大の字になって聴いていて、1が終わったので、裏返したら、終盤近くの大好きなバスのアリアが聴こえてきたので、「オッと〜」になりました。(そういえばRCA盤のマウエルスベルガー・マタイもでした。)
 う〜ん、使われている楽器の種類が関係しているのでしょうが、出だしは、オーケストラのトーンが高く、チープな印象。低音が入ってくると迫力ではありますが。それに、おそろしくテンポが遅い。まるで初見での打ち合わせ的?遅さです。
 合唱は、もろ一般大衆です。上手ですが、男声が効いていて、天の使徒的要素はありません。人間的な側面から描いたマタイのようです。
 少年合唱は、お定まりの「罪無き神の子羊よ」から入ってきますが、イギリス的に均した合唱で硬質感に欠けるので、天の使徒的要素はゼロです。加えて間延びした如く、テンポが遅い。合唱団は大人も子どももヘタではないと思いますが、これだけトロトロ遅かったら、初めの合唱のところで、「憐れんでなんか、やんない!」と短気な私は叫びたくなりました。まあ、一所懸命歌っていて、歌声は気持ちよいといえば気持ち良いのですが。公平に言えば、ライヴで聴いたら迫力があったと思います。
 ですが、この盤。今まで聴いてきた中で、福音史家とイエス様がダントツに良い。私が大人のソロを嫌うのは、喉に力が入って、聞き苦しいから、なのですが、ここでの男声ソリストは自然に声を出しています。二人のソロを聴いた後で、このテンポの遅さも、合唱団の合唱の人間くささも全く気にならなくなりました。上手です。声そのものもクリアに聞こえてくるから不思議です。
 DIETRICH FISCHER-DIESKAUさんとSIR PETER PEARSさんの若々しい声は、今まで聴いたマタイの演奏の中では最高の部類に入ると思います。私にとっては、この人たちの素晴らしさがイコールこの盤の素晴らしさに繋がっているように思います。男声ソリストの自然な発声が不快感ゼロでこの盤を楽しめました。
 CHRISTA LUDWIGさんのアルトも自然で聴きやすいです。
 ですが、ソプラノ・ソリストの出来が悪すぎます。声が出ていない。アーノンクール盤で名前さえ記されなかった1人のウィーン少年合唱団員があれだけの名唱を残しているのに、プロのソプラノが何? なのです。
 この盤は、イエス様と福音史家に救われる展開になっています。この二人は本当に良いです。(異教徒の言うことですから、別価値で聴いて居られる方は気になさらないようにお願いします) 過越しの食事を何処に用意しますか?の辺りから、テンポの遅さは気にならなくなり、合唱も、人間だってクリアじゃないか的に聴こえるようになってきました。この辺、女声が効いていますが、意味があるのかもしれません。しっかし、ですね。伸び伸びとイエス様の歌声を聴いた後で、苦しいソプラノを聴かされたのでは不快指数が急上昇します。アリアもレチタティ−ヴォも今まで聴いた中で一番酷いっすね、このソプラノ。CDなら省いて聴くところです。でも公平な感想を言えば、普通の主婦(ピラトの奥さん)のところは歌えていると思いました。それ以外はホントに聴けないです。アリアなんか作品をブチこわしています。ソプラノを起用したこの指揮者の感性、疑っちゃいますね。最後の最後まで歌えていませんでした。
 さて第2面、ゆっくりテンポが影響して、他の盤よりも2曲ほど収録曲が少なかったです。
 それにしても、コラールを聴く限りではこの群集たち、御魂に天の種を持っているような気がしてくるのですが、合唱が、処刑の場面でどう変貌するのかちょっと考えると怖いです。(1面聴く度にいちいち盤を袋から出したり入れたり面倒だなあ)
 コラールは、この人たち、神さまの方を向いている、ってことなんですかね?そういう気持ちも人間は内包しているということですかね?
 ああでも、イエス様の歌声を聴くとうるうるしてきそうになる。あなたは神さまと契約して磔になったんじゃないか、今更、嘆くな、とか思っても、イエス様の諸々のかなしみが伝わって聴こえてくるような気がする。テノールもバスも男声陣は総じて良いのですが、女声がダメでしたね。合唱団の中の女声成分は良いのにもったいないことです。
 余計なお世話ですが、3面時で他盤に比して4曲収録できず。
 「神の欲するものは常におこなわれる」のコラールも立派です。人間が歌っていますが。これは諦念なんでしょうか。この人たち、これだけわかっていたら、イエス様を処刑になんかしなかったはずなのに。合唱団はヒトゴトみたいにコラールを歌っているけれど、このコラール、キミたち自身が聴くべきことなんだけれどなあ・・・。
 ・・・あ、あ、あ・・・。予測出来たことですが、アーノンクール盤で麗しさにわれを忘れて呆然と聴いた「月と星が消えた」件の女声デュエットですが、あまりの不細工さに泣けました。プロの歌い手がこんなんで良いのだろうか?
 ほぼGOODのコラールも、「汝の罪の大いなるになけ」のところですが、その罪人である普通のおじさんおばさんたちの声がのんべんだらりと歌っているように私には聴こえるので説得力に欠けます。声の奥の精神性、汚いっす。と思います。ああ、イエス様や福音史家様、お気の毒〜。なような。余計なお世話ですが、4面時で他盤に比して6曲収録できず。
 合唱はいいときはいいからなあ。アルトと合唱の共演の「いまやイエスはさりたまえり」は平凡さは感じませんでした。たぶん、神のシステムを歌うときの合唱は向かなくて、人間的な心情を歌うときに向く合唱団なのかもしれません。昔のハリウッド映画か何かのエンディングテーマを大合唱で・・・なんてときに向きそうです。だから、悪気のない愚かしさを歌うときに向いている合唱でもあります。例えばペテロにイエスの仲間だと歌うとき、とっても生き生きしています。
 「こうべは血にまみれ」のコラールですが、泣けそうになりました。歌っているのは、キリストを酷い目にあわせた群集なのに、その声に泣けるのはどうしてなんでしょう? それは私の心の中にも、妬み嫉み嫉妬で他人を傷つける思いの他に、もしかしたら神さまの種が入っているから、なのでしょうか。
 おっと、Erbarme dich, ・・・なんだか切々とした怖いほどの迫力があります。こちらは聴かせどころを聴かせてくれています。今まで聴いた中では、一番訴えてくるErbarme dichかも。名唱です。たぶん。私は好きですね。お・お・お・・・歌唱力も相当に感じます。名唱ですよ。確かに。CHRISTA LUDWIGさんって何者?ですか? アリアは逸品です。感情と迫力がありすぎてレチタティーヴォはちと向かないかもしれないけれど。処刑前のアリアは感情過多でしたね。弦楽器の泣きと共鳴していましたがちょこっと抑えて欲しかったかな。私は。
 このマタイを聴いていて、心が洗われるとかはありませんでしたが、旋律として聴いたときに、一番「音楽」していたように思います。演奏はよどみなく流れていました。CDだったら、イエス様のところと福音史家とバスを拾って聴きたいですね。それから次はコラールだけ聴きたい。ま、私って、単に変声後の声も好き、ってことなのかもしれません。
 「いつのひかわれ死なんとき」のコラールは、群集がわれに返ったって感じなのかそれぞれが自分自身を見つめているようで良かったし、「まことにこのひとは神の子であった」は合唱で包まれ癒されるような気がしました。その後のお気に入りバスのアリアも気持ちよく聴く事が出来て最終的には満足。
 精神性一番のマウエルスベルガー兄弟マタイの後で時間を置かず、聴いてしまった盤なので、神さまの方を向いているかどうかの精神性についてや、少年合唱ファンとしては、大人のCHOIRについては、どうしても辛口コメントになってしまうのかもしれませんが、この指揮者は、神さまのことを演奏するよりも日常生活に近い世界を演奏したほうが良いのではないかと思いました。(スミマセン。初めて聴いた指揮者なもので)
 合唱に少年声のソプラノ(天の使途成分)が多めに入っていないと、私にはどうしても薄汚れて聴こえてしまいます。少年合唱ファンの悪癖ということかもしれません。今回、発声法にもよるのかもしれませんが、ハンプステッド教会少年合唱団の目立つ活躍はありませんでした。正直、わかりません。合唱とコラールの違いが。イエス様を神の子であったと認めた後で墓番します?普通。 まあ、コラールと合唱の違いがあるからなあ。これでは、最後の合唱を聴く限りは、人間は救われない、ってことですか? 救われようのない群集たちの大合唱なんか聴きたくないような・・・。どうしようもない現実、という結論だけが残されたような気分になるこの盤のマタイ、私は嫌いです。私の中では不完全燃焼ですから。こんなふうに作品をまとめた指揮者も嫌いです。部分的には拾って聴くかもしれませんが、全体としてはもう聴きたくありません。ずっと通して聴いていて、特に最終の合唱(結論)になんだか腹が立ちました。(こんな私ってヘンかも)
 でも、DIETRICH FISCHER-DIESKAU様の演奏の素晴らしさに出会えたのは大収穫でした。それほど素晴らしいイエス様でした。(by Hetsuji) 2009/5/24 up 

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(お返事は出来ないと思います)