滝澤さんにスーツと、それからシャツとネクタイもコーディネートしてもらい、俺の家のトイレよりも広いフィッティングルーム(試着室のことだな)へと案内された。
「着ることができたら呼んでくださいね」
ドアがついていて一つの個室のような造りになっているその中に入ると、自然とため息がこぼれてしまう。壁の一面は大きな鏡でできていて、当惑したような顔の俺を映していた。
自分で言うのもなんだが、俺は昔からモテる。それは親譲りの顔のせいで、見た目に弱い女はもちろん、男にも関係を迫られたことが何度があったりする。もちろん俺にはそんな趣味がないから、全部断らせてもらってるけど。
さっきの滝澤さんのあれは、単なる店員の行動にしては行き過ぎって感じがしたんだけど……。しつこく何かされたってわけじゃないから、なんとも言えないけど。
「しかし、いくら相手が男っていっても、あんな人に迫られたら……」
拒めない。かもしれない。……わかんないけど。
だって、滝澤さんって見るからに「大人の男」で『なんでも知ってる』って感じだし、妙な色気みたいなのも持ってるし、余裕ありげな態度がリードしてくれそうに思えるし──(何をだ!?)。
なにより、いまだにどきんどきんと高鳴っている心臓がそれを証明してる。
(い……いかんいかん、発想がぶっそうになってるぞっ)
そんなのは全部取り越し苦労に決まってる。あの人がそんなだなんて……信じられない。
きっと綺麗なお姉さんが彼女だったりするんだ。きっとそうだ。
自分自身に言い聞かせるように心の中で繰り返しつつ、滝澤さんが選んでくれたスーツを着る。淡いブルーのシャツに紺のストライプのネクタイ、濃いグレーのスーツ姿の俺は、新社会人に見えなくもなかった。
「あの、着れました」
ドアを開けて滝澤さんを呼ぶと、ドアのすぐ側に立っていた彼はぱっと振り返り、目を細めて俺を上から下までじっくりと見た。真剣なまなざしに、緊張して固まってしまう俺。
やがてゆっくりと微笑んだ滝澤さんは、フィッティングルームに俺を押し戻すと、自分も中に入りドアを閉めた。静かな個室の中に、カチャリ…と鍵の閉まる音が響く。
(……えっ!?)
鍵……かけた? なんで?
反射的に身体を引いた俺に、滝澤さんはすっと近づいてきて──俺は両腕を掴まれて、そのまま壁に身体を押しつけられた。
「滝澤さんっ?」
「よく似合ってますよ、一之瀬さん」
滝澤さんはそう言って、ゆっくり顔を近づけてくる。ぶつかる! そう思った瞬間、唇に暖かい感触を感じた。
視線を流した先には鏡があり、いいのか悪いのか今の自分の状態を確認することができた。
壁に押しつけられたまま、滝澤さんにのしかかられるようにキスされている……みっともない姿の自分を。
「んんんっ!」
目で見たとたん、恥ずかしさのあまりかーっと頭に血が昇り、力一杯暴れてみた。だけど滝澤さんの手はびくともしなくて、逃れるどころかさらに深く口づけられてしまう。
滝澤さんの舌の動きが、どんどん俺を追いつめていく。「そんなところ届かないだろ!?」って思う場所まで舌が入ってきて、刺激が波のように押し寄せては引いていく。
(こ……こんなことって……)
次第に身体から力が抜けていく。頭の芯がじんっとしびれて、鏡に映る自分の姿もぼやける。膝がかくんと落ちて床に崩れそうになったとき、力強い腕が俺の身体を支えてくれた。
キスだけで相手をこんなにしてしまうなんて──やっぱり大人の男は、違う……。
抱き締められたまましばらく息を整える。呼吸が落ち着いてきた頃、滝澤さんが耳元でくすっと笑った。
「かわいいな、新は」
突然名前を呼び捨てされて、心臓がどきゅんっと跳ね上がった。さっきまで丁寧だった口調もぐっと砕けたものになって、口説かれてるような気分になりそうだった。
「じょ……冗談よしてくださいよ、滝澤さん」
力が入らない身体はどうしようもなく滝澤さんに抱き支えられたままだったけど、このまま怪しい方向に流されるなと自分自身に言い聞かせ、少し強い口調で言ってみた(つもりだった)。
滝澤さんはそんな俺の様子にはまったく動じず、俺の身体を壁から引きはがすと背後から抱きつく身体勢になり、そのまま鏡の正面に立った。
「ほら、よく似合っているだろう? 新には青が似合うと思ったんだ。紺のスーツはかえって地味に見えてしまうだろうけれどね」
そう言いながら滝澤さんの片手は、俺のネクタイの結び目に移動した。
「ネクタイは柄でその人の性格まで表わしてしまうことがあるから、買うときはきちんと考えて選ぶんだよ。イラストが入ったものは特に慎重にね」
しゅっと布の擦れる音がして、ネクタイが床に落ちる。滝澤さんの手は──止まらない。
「カラーシャツも人によって似合う色と似合わない色があるから、君もこれから自分に合う色を探していくといい。新は原色系よりも淡い色のシャツのほうが似合うだろうな」
一番上まできっちり留めてあったシャツのボタンを上から一つずつ外していく。俺が呆然と鏡に映る自分を見つめている間に、スーツのボタンも含めすべてのボタンが外されていた。
「さっきも言った通り、スーツは肌触りが命だからな。実際に手で触って滑らかな生地を選べば間違いない。ほら、こうやって──」
「えっ!? ちょっ……!!」
滝澤さんは言葉を切ると、突然俺のシャツの間に手を入れてきて──
「優しく撫でるように触れば、それがどれだけ上等なものかわかるはずだよ。例えば、新の肌のように……ね」
「あっ!」
胸に押し当てられていた手が脇腹をくすぐり、腰までゆっくりと下ろされる。触れるか触れないかくらいのきわどい触り方に、背筋に電流が走ったような衝撃を受け、変な声が口から漏れてしまった。
慌てて口を閉じたけど、その声はしっかり滝澤さんにも聞こえていたらしい。鏡越しに見た彼は、鏡の中で俺と目が合うと、余裕たっぷりに笑った。
「試着するのも大事なことだよ。着てみたら印象が変わるものも少なくないからね。自分に合ったものをじっくり探すことだ。店に何度も足を運んで……」
「たっ、滝澤さん!?」
彼の手がズボンのベルトにかけられたとき、俺の身体はようやく動いた。とっさに彼の腕を両手で掴み、これ以上脱がされないように試みる。だけど──
「ううわっっ!!」
手元に気を取られていたから、首筋を走る生暖かい感触に必要以上に驚いてしまった。俺を支えていた滝澤さんのもう片方の手も、俺の胸の上を走りはじめている。
(どうすればいいんだっ!?)
一つ一つの攻撃をどう止めればいいのかわからず、次第にされるがままになっていく。滝澤さんの動きは巧みすぎて、俺にはとても捕らえきれない。
全身で必死に抵抗しつつ、それでもこのまま彼に流されてしまいそうな恐ろしい予感が胸をよぎる。
「滝澤さんっ、俺、そういう趣味は……っ」
切羽詰った声が、今の俺の心境を表しているようだ。俺の態度でなんとか滝澤さんの気が変わるのを祈るしかない!
だけど、彼の気が変わることはなさそうだった。俺の言葉をあっさり聞き流した滝澤さんは、囁くような声で言った。
「思った通りだったよ。新の肌は上等なシルクよりも肌触りがいい」
全身をまさぐる手は動きを止めず、すでにベルトも外されファスナーにまで手が伸びている。その奥に手を入れられるのも、時間の問題って感じだった。
気がつくと、俺の息はすっかり上がっていて。
「あ……、たきざ……わ、さんっ」
その気はなかったはずなのに、いつのまにか滝澤さんの手の動きを追っている自分がいた。再び全身から力が抜けていくのがわかり、俺は自分から滝澤さんの腕にしがみついてしまった。
滝澤さんに与えられて全身に広がっていくものが、苦しいのか気持ちいいのかよくわからない。ただ身体が熱くて、内側から生まれてくる熱を解放してほしかった。
──彼に、気持ちよくしてもらいたくなっていた。
「見てごらん、新。今の君の顔、すごくかわいいよ」
そう言われて反射的に鏡を見てしまい、でも次の瞬間恥ずかしさのあまりばっと顔を背けた。
(あれが俺の顔!? 今の俺、あんなみっともない顔してんのか!?)
今にもとろけてしまいそうな目に半開きの口。世間の親父たちの目を喜ばせている週刊誌の卑猥な写真によく似た自分の表情に、さらに熱が高まった気がした。
俺の反応がおかしかったのか滝澤さんは小さく笑うと、俯いていた俺のあごを掴んで、上を向かせ唇を合わせてきた。俺はすでに拒絶する気も起きず、彼にされるがまま状態。翻弄されるっていうのは、こういうことをいうんだろうか……。
「ん……」
ずるずると引きずられるように壁に戻され、口の中に滑り込んできた彼の舌に自分の舌を絡ませる。こんなに長くて深いキスをするのは初めてだ。
そのとき突然トランクスの中に手を入れられて中心を握り込まれ、びくんっと身体が竦み上がった。
「っ! 滝澤さん、それは……!!」
驚いて彼の手を制止しようとすると、耳に軽く音を立ててキスをされる。
「そんなに怖がらなくていいよ。もっと力を抜いて……」
滝澤さんの手にやんわりと力が加わり、少しずつ動きがつく。力を抜こうと意識して細く息をはくと、じわじわと快感が湧き上がってきた。
「あ……あ、ああっ……」
声が漏れる。みっともない声が個室の中に響く。わかっているのに、恥ずかしいのに止まらない。
「滝澤さん、スーツ……このままだと、汚しちゃいます……っ」
喘ぎ声を打ち消したくて苦し紛れにそう言うと、
「そうだね。じゃあ、全部脱いでしまおうか」
滝澤さんはそう答えて、俺の衣服を素早く剥ぎ取りにかかった。
「えっ!? ちょっ……待って!」
「遅いよ。もう脱がしてしまった」
くすくす笑う滝澤さんの手には、俺の着ていた上着とシャツがあって。
「背中も綺麗だね。触っていいかな?」
そう言いながら、すでに肩甲骨のあたりに触れてきていた。やっぱりこういうことに慣れてるんだ、滝澤さん。
アレを握る手はもちろん、背中を這い回る手もどこが気持ちいいと感じるのか知り尽くしているみたいで、俺は声を我慢することが苦しくてしょうがなかった。
そしてついに滝澤さんの手が、その場所に伸ばされて──!!
背中を撫でていた手がゆっくり下に下ろされ、トランクスの中に入ってきて、
「ぎゃっ!!」
カエルがひしゃげたような声を上げてしまった俺の口を、キスすることで塞いだ滝澤さんは、
「あまり大きな声を出してしまったら、誰かが見に来てしまうよ?」
と世にも恐ろしいことを言った。だけどその言葉で思い出した。ここはスーツ屋のフィッティングルームなんだった!!
「た、滝澤さん、危険ですからこれ以上は……っ」
現実を突きつけられて一気に熱が冷めた俺は、(今からそうしても遅いだろうけど)声をひそめて滝澤さんの手を外しにかかった。でも滝澤さんは余裕の表情で、手を動かすのをやめようとしない。
「大丈夫だよ。新があまり大きな声を出さなければ誰も気づかないさ」
「でも、他の店員さんがおかしく思うんじゃ……」
「今店の中にいるのは二、三人だけだ。──みんな昼で出ているからね。こちらにはこないさ」
「でも……」
「いいから、こっちに集中してくれよ」
俺の心配などどこ吹く風で、滝澤さんは行為を再開した。それまで入り口を撫でていた指が、ぐぐっと押し入ってくる。な、なんだよこれっっっ!!
「うあっ!」
たまらない異物感に、中に入れさせまいと力がこもる。
「力を抜いて。口から息を吸うんだ。そう、ゆっくり……」
言われるとおりに息をして、なんとか圧迫感をなくそうとした。押し広げられるような感じが……気持ち悪い。
入れられているのは指一本のはずなのに、腕をまるごと入れられているようにも思える。人間の感覚なんて、全然アテにならないものだ。
(今まで自分でもまともに触ったことのない部分を、他人が──しかも今日知り合ったばかりのスーツ屋の店員が触ってるなんて!)
目のふちに熱いものがこみ上げてきているけれど、拭うことさえできない。喘ぐように息をするのが精一杯だった。
「そのままじっとしていてごらん。すぐに良くなるから」
滝澤さんはそう言うと、俺の中に埋め込んだ指をゆっくりと動かしはじめた。最初は出したり入れたりを繰り返していただけだったのが、だんだん中が慣れて広がってくると、埋め込んだ指の関節を曲げて内部を引っかくような動きが加わった。
そのとき突然、俺の身体はびくんと大きく跳ね上がった。
|