(な、なんだ?)
一瞬のことでよくわからなかったけど、滝澤さんの指に引っかかれた部分が反応したような……。
自分でも今のがなんだったのかわからなかったのに、滝澤さんは
「わかった。新のいい場所は『ここ』なんだな?」
と言って、もう一度内部で指を曲げた。その途端、
「ひっ!」
同じ場所を触られたのかどうかはわからなかった。だけど、さっきよりも強く擦られたせいで今度は声まで出てしまった。
「滝澤さん、……なんなんですか、今の──」
思わず顔を上げて聞いた俺に、彼は笑みを浮かべて答えた。
「性感帯だよ。聞いたことないかい?」
「性感帯……?」
「性的に感じる場所ってこと。今新が反応したところが、新の快感スポットってことさ」
「かい……っ!」
「最初は変な感じがするだけかもしれないけど、そのうちにここを触られるだけで気持ちよくなれるよ」
試してみる? と言った滝澤さんは、俺の返事を待たずに、一度引き抜いてくれた指をまた身体内に戻してしまった。そしてすぐにその部分を(彼いわく、俺の性感帯を)擦りあげた。一度きりでなく、何度も。
「あっ! や、だっ」
ぐいぐいっと指を曲げられるたびに、鈍い衝撃が全身を駆け抜ける。それはどんどん強さを増していって、そのうちに俺は立っていられなくなっていた。
一人Hでも、女とのセックスでも感じたことのない初めての感覚。その部分をこのままずっと触っていてもらいたいような、もどかしい部分を突き上げてほしいような……何かを求めたくなるような気分になってくる。
「どうだ、新?」
さっきまでと変わっていないはずの滝澤さんの声が、身体の奥に響くようだ。
「なんか……変です。身体が……」
「そうか。もっと続けてほしいだろう?」
「あ……。は、い……っ」
考えるより先に口が答えて、俺はそのまま滝澤さんの背中に腕を回した。無意識のうちに、唇がキスを求めていた。
俺の求めに応えてくれた滝澤さんは、俺の下半身の前と後ろに刺激を送りつつ、おざなりではないキスをしてくれる。それぞれの湿った場所から音がして、俺の興奮はさらに高まった。
信じられないようなことを自分と同じ男にされてるってのに、『気持ち悪い』でも『屈辱だ』でもなく、ただ素直に感じてるなんて……。
(ダメだ…………わけわかんねぇ!)
何も考えられない。身体が暴走する。──止まらない。
「滝澤さん……もっと、して」
裸の胸を滝澤さんに押しつけて、信じられない言葉を言う。俺の求めに応じて指を一本増やしてくれた滝澤さんの満足げな笑いが、俺をさらに狂わせる。
「あ……はぁ……っ」
滝澤さんの指の動きに合わせて声を漏らし続ける俺。それを見ていた滝澤さんは、独り言のように
「そろそろ大丈夫かな?」
と呟いた。
「え……?」
「新、壁に手をついて立ってごらん」
俺の中から指を引き抜き、身体をゆっくり離すと、滝澤さんは俺の身体を百八十度反転させて壁に向かわせた。
「な、なんですか、これ……」
整わない息が苦しくて、声が少し掠れている。
高まりきった熱が壁についてしまいそうになり、少しだけ腰を引く。すると滝澤さんは、突き出す形になった俺の腰を両手で抑え、
「こういうことだよ」
俺の尻のあたりに固いものを押し当ててきて。
布の感触。さっきまで俺が触っていた滝澤さんのスーツの生地。その厚い生地を通しても伝わってくるのは、確かに身体温だった。
(こういうこと、って……)
なんのことかわからず、滝澤さんのほうを振り返ろうとして──俺は鏡に目が奪われた。
俺の腰を掴んだ滝澤さんは、そのまま自分の身体を俺に押しつけるように立っていて……つまり、俺の尻に当たっていたものは、滝澤さんの……。
(ええっ!?)
驚きのあまり、鏡を見つめたまま固まった俺に、同じく鏡越しに滝澤さんは笑いかけてきた。
「君があまりにも可愛いから、我慢できなくなってしまったようでね。君の中を確かめたいんだそうだ。いいかな?」
まるでそれが一つの生き物のような言い方をして、さらに強く押しつけてくる。──それの形まではっきりとわかってしまいそうなほど。
(滝澤さんのものを……俺の中に?)
指とはまるで比べ物にならない質量のそれを受け入れたときのことを想像して、俺の脳はじんとしびれた。
ついさっきまで彼の指が出入りしていたそこは、熱を感じすでに熱くなりはじめている。
身体の奥に、火が点いた……気がした。
「来て、ください……」
震える声で振り絞るように言うと、彼が笑ったのが気配でわかった。
ファスナーを下ろす音が、緊迫した個室の中の空気を高める。もう拒むことはできない。……拒むつもりなど、なかった。
「行くぞ」
「はい」
滝澤さんの声と共に、入り口に熱い先端が押し当てられ、奥まで一気に押し入ってくる。その瞬間、俺は自分のケツの穴がメリメリっと裂けた気がした。
「うううっっ!!」
貫かれる寸前に滝澤さんが手で口を塞いでくれたおかげで、悲鳴に近い叫び声は個室の外に聞こえることはなかった(と思う)。
(す……すごいっ!!)
予想をはるかに上回る衝撃に、俺の身体は大きく軋む。このまま真っ二つに引き裂かれてしまうのではないかと考えるほど、滝澤さんのモノはすごかった。
「力を抜け、新。このままじゃ動かすことができないぞ」
「でっ、できませんっ」
苦笑交じりの滝澤さんの声に、俺は泣きそうな声で答えた。彼を締めつけるために力を入れているのではなく、どうしたら身体の強ばりが解けるのか自分でもわからないんだ。
必死に深呼吸をしようとしても、喉が渇いているのかうまく息ができない。窒息しそうに苦しい!
「新、こっちを見てごらん」
導くような滝澤さんの声に、俺は首だけを後ろに向けた。他の部分を動かしてしまったら、彼が入っている場所を意識してしまいそうだったから。
目が合うと、滝澤さんは俺の力を全部奪い取るようなキスを仕掛けてきて──それに身を任せていると、俺の身体からはすぐに力が抜けていった。……どうして彼はこんなにもキスがうまいんだろう(やっぱり経験値が高いからか?)。
「はあっ……っ」
力が抜けてようやく息がしやすくなったと思ったら、待っていたかのように滝澤さんが動き始めた。
最初はゆっくりと、彼自身を俺の内側になじませるように、それから徐々にスピードを上げていく。
──早く、強く打ちつけてくる!!
「あっ! ああっ! 滝、澤、さんっ! 俺、壊れそ……っ!!」
言葉は彼の刻むリズムにそって途切れ途切れになってしまう。でも何か話さないと、喉の奥からくぐもった呻き声が出てしまいそうで恥ずかしかった。
「可愛いよ、新。……もう離さないからな」
滝澤さんの声も、どこか遠くの世界から聞こえてくる。目の前に星が飛びはじめ、俺の身体は限界に達して──
「もう、だめ……っ! 出るっ……!!」
あとの片づけが大変になるというところまで気を回すこともないままに放っていた。
「ホントにすみませんでした……」
滝澤さんに見立ててもらったスーツを買い、店の外まで送ってもらいながら、俺はただひたすら頭を下げていた。
「気にしなくていいよ。こうして同じ物が揃えられたんだから」
滝澤さんは最初に会ったときと同じ笑顔で、お買い上げありがとうございましたと笑った。
あのあと──俺が考えなしにイッてしまってから、一騒動(といっても、俺たち以外にこのことを知ってる人はいないけど)あった。
俺の飛ばした体液が、壁や床だけでなく、なんと脱いだはずの衣服にまで飛んでいたんだ!! 自分でも信じられなかったけど!!
滝澤さんのおかげで、汚してしまったスーツやシャツは隠蔽することができたんだけど……こんなことになってしまうなんて、さすがの滝澤さんも驚いていた。
「健康な証拠だよ。いいことじゃないか」
さわやかに笑いながらそんなことを言われても……慰めとは思えない(泣)。
「あの、それじゃ……。またスーツ買いにきますんで」
そんなことくらいでしか恩返しができない自分が情けないけど、このままここで気まずいまま別れてしまうのは嫌だった。
荷物を持ってくれていた滝澤さんにすみませんでしたと腕を伸ばし、荷物を受け取ろうとしたとき、
「それは、ここでしか会ってくれないってことなのかな?」
囁くような低い声が、優しい笑みと一緒に風に乗って俺に届いた。
「え……?」
「職場で逢瀬もスリルがあっていいけれど、たまには落ち着いた場所でのんびりと過ごしたいじゃないか。──好きな相手とは」
「す、すき……?」
(好きな相手って……)
思わぬ発言に彼の顔を仰ぎ見る。その瞬間上から降ってきた柔らかい唇に、呆然と彼を見上げるだけの俺。滝澤さんは小さく笑って、俺の手に軽く触れてきた。
「君は覚えていないかもしれないけれど、二年前に君が成人式用のスーツを買いに来たとき、私があのスーツを君のお母さんに勧めたんだよ」
「──え!?」
「君はスーツに全然関心がなかったみたいで、私のほうを見ようともしなかった。熱心に話を聞いてくれたのは君のお母さんのほうだったよね」
「そ、そうでした……」
確かにあのときのことは、この店に来たってことと、おふくろの注文がうるさかったってこと以外はほとんど記憶にない。
まさか滝澤さんが相手をしてくれてたなんて!!
「自分の着るものを他人に選ばせるようないい加減な人には、こちらもそれなりの対応しかしないんだが……なぜか君のときだけは、そういうわけにもいかなかった」
「ど、どうして……?」
「君のことが好きになってしまったからさ。いわゆる『一目惚れ』というやつかな」
「一目惚れ!?」
滝澤さんが俺に!? ……とても信じられない。
「ど、どうして俺なんかを……?」
ドキドキしながら聞くと、
「きっと君が、私が用意したスーツを完璧に着こなしたからかな」
「……へっ?」
突拍子もない答えが返ってきて、思わず目が点になってしまった。そんな俺に、滝澤さんはくすくす笑いながら言葉を続ける。
「実は最初、君に意地悪をしてやろうと思ったんだ。君があまりにも興味なさげな態度をとっていたから、スーツを着るってことがどんなに難しいことなのか教えてやろうと思ってね」
「それで……どうだったんでしたっけ?」
悔しいことに、何着も着直しさせられたことしか覚えてない!!
「君はきちんと着こなせてしまったんだよ。普通の人はあまり着る機会のない『ドレスシャツ』というのを出したにもかかわらず、乱れた印象を与えることなく着ていた。あれには本当に驚いたよ。
君のお母さんに『彼はあの型のシャツを着たことがあるんですか!?』なんて確認してしまったほどさ」
当時のことを思い出したのか、滝澤さんはおかしそうに笑った。
「そのときの君の姿に惚れてしまったというわけだ。私はあれからずっと、君がいつか就職してこの店にスーツを買いに来るのを楽しみにしていたんだよ」
「────」
それじゃあ今日この店にきて滝澤さんが俺をじっと見てたのは──彼がずっと待っていた相手が、ようやく店にやってきた……から?
(二年間も、来るかどうかもわからない相手をひらすら待ち続けたなんて)
とても信じられない話だけど……でも、それは本当なんだろう。だって彼の俺を見る目は……なんだか、すごく暖かいものを感じさせるから。
そう。最初に目が合ったときから、ずっと。
(この人が好きだ。……大好きだ)
胸の中に広がっていく感情を、俺は抑える必要はないんだろう。
「今度は、スーツを汚す心配のないところで会いましょう」
俺の提案に、滝澤さんは優しく笑う。
「……ああ、そうしよう」
「これからもずっと……俺に似合うスーツ、選んでくださいね」
俺の手に触れていた手を軽く握ると、
「もちろんだ」
暖かい手が、しっかりと力強く握り返してくれた。
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