【第4話】

 解読博士と称される前園の書き写してくれた文章を前に、翔と大成は目を丸くしていた。
「読んだことないなぁ……こんな詩」
「……俺も」
「この手紙を書いた人が考えた詩なのかなぁ……」
「……さあ」
「それとも、やっぱり誰かの詩を引用したとか?」
「……さーな」
 手紙にじっと見入り、その詩の出所を探ろうとする翔。対して、翔の問いかけに空返事を続ける大成。
 その気の抜けた返事に気づき、翔は尖った声を出した。
「もう、大成ってば、人事だと思って全然考えてないだろ!?」
「あ、バレた?」
「バレた? じゃないだろっ! もっと真剣に考えてよ!」
「って言われてもなぁ……俺には何が何やらさっぱりわかんねぇもん」
 ヒステリックな声を上げる翔にも悪びれた様子は見せず、しらっと答える大成。
「〜〜もう!」
 諦めの早い親友は頼りにならないと早々に見切りをつけた翔は、だが自分1人で考えるのも限界だと思い、一仕事終えて優雅にコーヒーを飲んでいた前園に助けを求めた。
「前園さん、助けてくださ〜い!」
「え?」
「この詩って誰の作品なんですか? 手紙を書いた人が自分で書いたものなんですか? それとも有名な詩人のもの?」
「今回はまた随分と早いねぇ……泣きついてくるのが」
 これまでにも何度かこういった相談を受けていた前園だが、自分が清書した書面を手にして数分と経たずに根を上げた2人に辛辣な言葉をぶつける。知っている者は少ないが、この青年が毒舌家であることは一部では有名だった。
「だって、全然わからないんですもん。大成はちっともアテにならないし」
「なんだよ翔、俺だけが無能みてーな言い方しやがって。お前だってわかんねぇんだろ?」
「わかんないけど、最初から考えることを放棄してた大成よりはずっと頑張ったよ!?」
「俺は自分の力量範囲内で頑張ったっての! けどさっぱりわからなかったから早めに『あ、こりゃ俺にはムリだ』って諦めたんだよ!」
「なんだよそれ、全然言い訳になってないよ!!」
「まぁまぁ2人とも、そんなに気を立てないで。んー、じゃあヒントだけ出そうか?」
 自分の発言を発端に2人が言い合いを始めそうな気がした前園は、穏便に事を済ませようと慌ててそんな提案をした。……毒舌家ではあるが平和主義者でもあるのだ。
「え……正解は教えてくれないんですか?」
 途端に大成から顔を背け、不服そうに言う翔。そんな少年に前園はにっこりと笑いながら、
「自分で正解を導き出せたほうがすっきりすると思うよ? それに、僕のヒントですぐにわかると思うけど」
 と、あくまで自分で解決するように促す。
「本当ですか?」
「うん。じゃあ第1のヒント。これはこの手紙を書いた人が考えたものじゃないよ。フランス出身の詩人の作品なんだ」
「フランス人……?」
「うん。それから第2のヒント。この詩人は十代で創作活動を開始して、十代のうちに筆を執ることをやめている。ちなみに三十代後半で亡くなってるかな」
「へぇ……じゃあ、夭逝の天才ってこと?」
「うん、そんな感じ。じゃあこれが最後のヒント。これを聞けばすぐにわかると思うけど……この詩人は、ある詩人と同性愛関係にあったとされている」
「同性愛? マジで?」
「……あっ」
 スキャンダラスな響きを持った言葉に大成が反応したそのとき、前園のヒントで思い当たるものがあったらしい翔が鈴のような声を洩らす。
「僕……わかったかも」
「え? 誰だよ、翔」
 前園のヒントを聞いてもさっぱり検討がついていないらしい大成は、自分と同レベル程度の知識しか持っていないはずの翔がわかったことに驚き、焦ったような声を上げる。
 そんな大成をまるっきり無視して、翔は目を輝かせながら叫んだ。
「ランボーだよ! アルチュール・ランボー!」
「ランボー? ……ジャッキーの?」
「それは映画! しかもジャッキーじゃなくてスタローンでしょ、馬場君!」
 まるっきり見当違いのことを言った大成に鋭いツッコミを入れる前園。
「そっか……ランボーかぁ……」
 そんな漫才のようなやり取りを続けている2人を尻目に、晴れ晴れとした表情で呟く翔。
 ……その様子は、まだまだ解かなければならない謎が残されていることはすっかり忘れているようだった。


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