「ふーん、そうだったんだぁ。ランボーの詩かぁ」
納得したようにこくこくと頷く翔。その様子に、大成とじゃれあっていた(と言っていいだろう)前園ははっと気づいたように翔に顔を向けた。
「二ノ宮君、詩の作者がわかっただけで満足してていいの?」
「え?」
「その手紙を書いた相手の真意はわかったの?」
「あっ! そっか、そうだった……」
前園の言葉に当初の目的を思い出した翔は、問題がまだ何も解決していないことに気づき持っていた手紙に再び視線を落とす。
「なんだよ、そこが1番大事なとこだろー。あいかわらず抜けてんなぁ」
そんな翔を横目で見ながら呆れ顔で言う大成。もはや完全に他人事である。
「……っ!」
そのどこかのほほんとした口調に、実は先程から目の前で繰り広げられていた光景に苛立ちを感じていた翔は、それ以上堪えられずに叫んだ。
「少しは一緒に考えてよ、大成! 前園さんといちゃいちゃするためにここに来たの!?」
「に、二ノ宮君っ?」
「ホントは最初からこの手紙なんてどうでもよかったんでしょ。前園さんといちゃいちゃしたかったから俺についてきたんでしょ!? 自分は幸せだからって、それを俺に見せつけないでよ!」
溜まっていた不満を一気にぶちまける翔。いつも可愛いと評判の顔には怒りの表情が色濃く浮かび上がっている。
しかしそんな翔の様子も意に介せず、大成はその指摘を肯定するような返事をしたのだった。
「しょうがないだろ? 可愛い恋人が目の前にいれば、誰だってかまいたくなるって。な、聖?」
「た、大成っ!」
翔の怒りを受け流し、それまでの他人行儀な口調から一変して親しげに前園を呼ぶ大成。──そしてそれにつられるように、大成を名前で呼んでしまった前園。
……そう。何を隠そうこの2人、この高校の伝統が縁で付き合い始めた恋人同士だった(その事実を知っているのは当事者の2人と翔だけだったが)。
「信じらんない! こんなに困ってる俺の前でそんなふうにノロケるなんてっ!」
「別にノロケてるわけじゃないけど。気兼ねなくいちゃいちゃできる場所に恋人といれば、ベタベタするのは当然だろ?」
「当然って……そういうのは人前でするもんじゃないだろ!?」
「ちょっ、大成っ」
「俺だって、こうして恋人と『ラブラブ〜』できるのはここだけなんだからな。多少は多めに見ろって」
「大成っっ!」
「〜〜〜全然多少じゃないじゃん!!」
抗議をぶつけるそばからこれ見よがしに前園の身体を触り始めた大成に、翔の顔はますます険しいものになっていく。
その当然と言えば当然の反応に、年下の恋人のいき過ぎた行動を咎めるように前園の鉄拳が飛んだ。
「大成!! 二ノ宮君の前ではしたないことするな!!」
『パカァン!』
「いたぁっ!」
軽い音が辺りに響き、その音に被さるようにどこか間の抜けた声が続く。
「ごめんね、二ノ宮君。失礼なことばっかり言っちゃって」
「い、いえ……」
今までに見たことがない前園の暴力的な姿に唖然とする翔。一瞬大成に向けられた鋭い目つきも初めて見るもので、強い衝撃からそれまでの怒りが吹き飛んでしまう。
だが前園は、翔に気を遣うようにある提案をしたのだった。
「二ノ宮君、この詩の意味教えてあげようか」
「え?」
「ランボーの詩のことなら僕も多少調べたことがあるから。この詩のことも知らなくないしね」
「え、で、でも……」
いつもならば決して言ってくれないような優しい言葉に、どうしたことかと目を丸くする翔。だが前園にしてみれば、自分の恋人の行動の責任をとるつもりでの発言だった。
「こいつの無礼な言動のせめてものお礼ってことで。どうかな」
世話の焼ける恋人の後始末をするのは面倒だったが、たまにはこんなことがあってもいいかと柔和な笑顔で翔に声をかける。
その様子を黙ったまま見つめた恋人が、
(内心もったいないとか考えてるんだろうなぁ……聖のやつ。生徒が手紙のことでうんうん悩んでるところを見るのが好きだって言ってたし)
などと、前園の意外な本音を思い出していたことは知らないまま。
前園の滅多にない好意に何事かと驚いていた翔だったが、
「じゃあ……教えてください」
早めに話を切り上げてこの部屋を出たいという一心でそう答えていたのだった。
……恋人達の甘い時間を邪魔したいと思うほど、ひねくれた性格ではないのだ。
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