【第3話】

 多くの生徒が集う図書館の、そこだけ俗世から隔絶されたかのような空間──蔵書蔵にて。
 重く垂れ込めた静寂の中、カリカリと筆記具の走る音だけが響く。
「……さすが『解読博士』」
 目の前で黙々と何かを書き連ねている人物の邪魔にならないよう、声を潜めて囁くのは、小柄で見目麗しい(とよく称される)少年、二ノ宮翔だった。
「ホント、『解読博士』の異名は伊達じゃないんだな〜」
 そしてその言葉に同調して囁き返したのは、翔とは対称的に大柄で精悍な顔つきの少年、馬場大成。こちらは今回の件の当事者ではないため、翔のように食い入るような視線を向けるのではなく、傍観するように横目で見ているだけだった。
「……こんな感じかな」
 やがて、一心不乱に筆記具を走らせていた『解読博士』こと前園は表情を和らげ、小さな溜息と共に書き上げた文章の写しを目の前の生徒2人に差し出した。
「うわぁ、すごーい……さすが前園さん!」
「さすが『解読博士』、解読不可能なものはないってカンジ?」
「ありがとう、二ノ宮君。……さっきから全部聞こえてたけど、からかうようなことを言うのはやめてくれよ、馬場君」
 端正な文字の並んだ紙を眺め、口々に感嘆の声を上げる翔と大成。そんな2人の声に前園はそれぞれ返事を返し、多少温度の下がったコーヒーを飲む。
 そして、
「見てもらえばわかると思うけど、今回のはいつものと違って少し頭を使わないといけないみたいだよ」
 と、翔と大成にとってはあまり喜ばしくないようなことを言った。
「な、なんですか、それ……」
「まぁ、とにかく読んでみろよ、翔」
「う、うん……」
 前園の言葉に強い不安を感じた翔だったが、大成に促されてようやく視線を用紙へと移す。そんな2人にアドバイスするかのように、コーヒーカップに顔を埋めたまま前園は手紙の内容を軽く解説した。
「1枚目は見ての通り簡潔なものだよ。2枚目と3枚目は繋がってるからね」
 しかしその声が届く頃には、2人は1枚目の文章を読み終え2枚目へと目を走らせていた。
 ちなみに1枚目には、

『 二ノ宮翔様
  これが、今の僕の気持ちです』

 と書かれているだけだった(確かに、手紙の1枚目にはあまり文字が書かれていなかった)。
 そして前園が問題視した2、3枚目には、短かい文章が整然と羅列していた。

『 あらゆるものに縛られた 哀れ空しい青春よ、
  気むずかしさが原因で 僕は一生をふいにした。

  心と心が熱し合う 時世はついに来ぬものか!

  僕は自分に告げました、忘れよう そして逢わずにいるとしよう
  無上の歓喜の予約なぞ あらずもがなよ、なくもがな。

  ひたすらに行ないすます世捨てびと その精進を忘れまい。

  聖母マリアのお姿以外 あこがれ知らぬつつましい
  かくも哀れな魂の やもめぐらしの憂さつらさ。

  童貞女マリアに 願をかけようか?

  僕は我慢に我慢した。 おかげで一生忘れない。
  怖れもそして苦しみも 天空高く舞い去った。

  ところが悪い渇望が 僕の血管を暗くした。

  ほったらかしの 牧の草
  生えて育って花が咲く よいもわるいも同じ草。

  すごいうなりを立てながら きたない蝿めが寄りたかる。

  あらゆるものに縛られた 哀れ空しい青春よ、
  気むずかしさが原因で 僕は一生をふいにした。

  心と心が熱し合う 時世はついに来ぬものか!  』

「……詩?」
「…………だろうな」
「………………誰の?」
「……………………さあ」


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