高校の敷地内でも最奥に建設されている図書館は、近代建築物へと改築された他の建物に比べると明らかに異彩を放っていた。
開設当時のままの建物はバロック建築で、外観のみならず内装や調度品もアンティークで統一されていた。一高校の施設としてはかなり贅沢なものだろう。
3階まである建物は幾つかの部屋に分けられており、それぞれの部屋にジャンル分けされた本と読書スペースが設置されている。各部屋によって雰囲気は異なり、そのジャンルについて学年関係なく語り合っている部屋もあれば一切交流を持たない部屋もあった。
──そして、その建物の中に『解読博士』は生息していた。
昼休みになり昼食を早めに終えて図書館へと向かった大成と翔は、『解読博士』がいる部屋を訪れていた。
「失礼しま〜す」
「失礼……うわっぷ! 相変わらずホコリくさい部屋だなぁ」
入室早々咳き込んだ翔は淀んだ空気に思わず眉をひそめる。こんなところに長い時間いたら内臓器官がおかしくならないのかなぁ……と不安になりつつ、大成に続いて部屋の中を進んでいった。
「前園さんいますか〜?」
昼休みや放課後ともなると多くの生徒が訪れる部屋とは対称的に、人気のない薄暗い部屋の中を、大声を上げながら歩いていく大成。この部屋がこんな状態なのはいつものことで、幾度となく足を運んでいる大成はすでにこの部屋の雰囲気に慣れていた。
……ここは、図書館の地下室にある蔵書蔵である。
「前園さ〜ん!」
「はーい」
やがて、大成の呼びかけに応えるように小さな返事が返ってきた。2人がきょろきょろと辺りを見回していると、ホコリまみれの棚の間からひょっこりと顔がのぞく。
「いらっしゃい。ごめんね、出迎えるのが遅くなって」
そんな軽口と共に2人に近づいてきたホコリまみれの男性こそが、『解読博士』と呼ばれているこの高校の司書だった。
「すみません、探し物をされている最中に……」
「ああ、いいのいいの。そんなに急いで探さなきゃいけないものじゃなかったし。それに、探してる途中で面白い本を見つけちゃって、読み耽ってたところだし」
「あはは、前園さんらしいや〜」
仕事の邪魔をしたと恐縮する翔に、思わず拍子抜けしてしまうような言葉を返す司書。その答えに、大成はあっけらかんと笑った。
「今日はどうしたの、2人とも。また二ノ宮君かな?」
2人を部屋の片隅にある応接スペース(木製の机と椅子があるだけの場所だったが)へ招きながら、だいたい検討はついているといった様子で訊ねる司書。ちなみに名前を前園聖(きよし)という。
「はい、そうなんです……」
「翔を助けてやってください、前園さん」
「いつもいつも大変だね。いいよ、僕にできることだったらいくらでも手伝うよ」
インスタントコーヒーを用意しながらにこやかに笑う前園。その笑顔にほっとした翔だったが、
(こんなホコリっぽいところで飲み物を飲むなんて……)
と、いつも思ってしまうことを今日も考えたのだった。
見た目とその性格の可愛らしさで誰からも好かれている翔は、入学当初からほぼ毎日のようにラブレターをもらっていた。
しかし、その手紙の中には解読が難しいものが多数含まれており、いつもヘンテコな文章を前に大成と頭を抱えていた。
そんな2人を見かねた上級生が『解読博士』の存在を教えてくれ、それから2人は頻繁にこの場所へやってくるようになったのだ。
「さて。じゃあ早速手紙を見せてもらおうかな」
翔と大成の前にコーヒーを出し、早くも自分の分に口をつけた前園は、翔が持っていた紙の束へと目を移しながら言う。
「あ、はい。じゃあこれを……お願いします」
その頼もしい様子に、翔は手にしていたラブレターを前園に渡した。
「今回のはすげーよ、マジで。前園さんにはわかるかなー?」
手紙の内容がこれっぽっちもわからなかった大成は、『今回のはいつものようにはわかるまい!』と言外に込めて聞いてみる。
が、
「…………うーん、なんとなくはわかったような……」
手紙に視線を落としていた前園は、3枚の紙に一通り目を走らせたのちにそう言って、机の上にあったペンとメモ用紙を引き寄せた。
「わかった!? マジで!?」
「本当ですか、前園さん!」
前園の言葉にいきり立った翔と大成。
しかしその興奮を、
「ちょっと黙ってて」
真剣に手紙に見入っている前園にぴしゃりと叩き落され、大人しく解読結果を待つことになったのだった。
|