ここは、とある片田舎の僻地にある全寮制の男子校。
由緒正しき伝統を受け継ぎ、この高校に通う生徒は『世にも可笑しな』方法で互いの想いを伝え合っていた。
2年A組、二ノ宮翔(かける)。
あまり身長の高くない、どこからどうみても可愛らしい部類に入ってしまう少年は、1時限目がもうすぐ始まるという時間になっても自分のロッカーを開いたまま固まっていた。
……正確には、開いたロッカーの前で数枚の紙の束を見つめたまま固まっていたのだが。
「よーう、カ・ケ・ルっ。おっはよ〜☆」
そこに、翔と同じクラスの馬場大成(たいせい)がやってきた。こちらは長身にがっしりとした体格で、どこからどう見ても『スポーツマン』といった様子。
だが、満面の笑みを浮かべた無邪気なその顔は、どこか母性本能をくすぐるものだった。
常ならば、大成の呼び声にいち早く反応して『満面の笑顔返し』をする翔だったが、この日はどうも様子が違った。手にした紙束から目を離さず、返事の一つも返さなかったのだ。
そんな翔の様子をおかしく思った大成は、訝しげに首を捻りながら自分よりずっと背の低いクラスメイトに近づくと、明るく声をかけた。
──だが。
「なんだよ、カケルまた『ラブレター』もらったのか? 相変わらずモテるよなぁ」
「………………」
「カ、カケル? どうしたんだよ? そんなに気持ち悪いことが書いてあったのか?」
一言も言葉を返してこない翔に焦り、おろおろと翔の顔を覗き込む大成。
そんな大成の言葉がようやく耳に届いたのか、翔はゆっくりと顔を上げて大成を見ると、なんとも奇妙な表情で呟いた。
「……読めない」
「────は?」
「字が汚すぎて読めない。それに、書いてあることも意味がわかんない」
「……ラブレターの?」
「うん」
手紙の束(らしきもの)を差し出してきた翔からそれを受け取り、強い興味に駆られて「どれどれ〜?」と眺める。
「うっわ……こりゃすげぇ」
しかし目に飛び込んできた『視界の暴力』ともとれる文面に、思わず顔を背けてしまった大成だった。
──この高校にはある伝統がある。
『秘めたる想いは文にて伝えるべし』
現在は普通科の高校となってしまっているが、明治時代に設立された(らしい)この高校は、昔から多くの作家、歌人を輩出しているのだという。
その「過去の卒業生」たちの習慣だったのか、それとも誰かが面白半分に立案したものなのか。真相はまるで謎だが、とにかくこの学校には、
『告白するときは必ず手紙で!』
という、校則よりも重んじられている(だろう)暗黙のルールがあった。
もし手紙以外の方法(主に口頭)で告白しても、
「形に残らぬ愛の言葉など信じられません」
と一蹴される(もしくはしなくてはいけない)という。もちろんこの返答も暗黙のルールの1つに入っているらしい。
……ちなみにこの高校は男子校だが、設立当時から男色の嗜好が生徒間でも根強く残っていたため、『同性同士の交際』に関して不快感を持つ者は数少なかった(全寮制ということもあり、新入生も未知の習慣にすぐに馴染んでしまうようだ)。
しかしなんといっても、文章を書く習慣のなくなってしまった現代の青少年の書く物である。
中にはまともな物もあるらしいが、年間通して交わされる数百通のラブレター(とはっきり言うのは抵抗感が拭えない)のうち、及第点がもらえる物は片手で数えられるほどしかない……というのが実情で。
二ノ宮翔がもらった『ラブレター』は、そういった意味ではごくありふれた、誰もが見慣れた物であった。
──しかし、その見慣れたはずの『ラブレター』に翔と大成はかつて見たことのないような物を目にし、困惑していた。
「ん〜……これって日本語、なのか?」
「……ミミズがのったくったような字でそれすらわかんないよね。もしこれが日本語なら、テストとかこんな字で書いてて大丈夫なのかなぁ?」
「間違いなく全科目0点だろ」
「しかもさ、これ」
「ん?」
「2枚目、3枚目は何かの文章を書き写してるみたいなんだよね。まったくもって読めないけど」
「ああ、ホントだ。……全然読めないけど」
「こんなのどうしたらいいんだろ。絶対返事出さなきゃいけないのにさ」
「あ! じゃあさ、『解読博士』のとこに持ってけば?」
大成の一言に、翔はぱっと表情を明るくした。
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