【第9話】

 新しく借りたマンションは、今住んでいる家と会社までのちょうど中間の駅にあった。
 入居者が出たばかりで室内クリーニングがしっかりされていたこともあり、龍太に話した通り翌朝から出勤途中マンションに寄って荷物を運んだ。
 自力で運べる荷物の持込みは七日で終わり(服や本の一部だけだったからな)、あとはデカい荷物を運ぶだけになった。
 棚とタンス、電化製品がいくつかしかないのに引越し屋を使うのももったいなくて、軽トラックをレンタルして運ぶことにした。もちろん一人ではできないから『週末は家でダラダラ過ごすことが多い』とよく言っている会社の同期に手伝ってもらう。
 そいつはちょっと変わっていて、同期で集まって酒を飲んでいるとき女の話に一切乗らず、かといって俺のように同性が好きというワケでもない──言ってしまえば「他人に一切興味を持たない」奴だった。女受けする外見なのにそれを利用したこともないらしく、同期連中から『お前、絶対人生損してるぞ!』とよく言われている(俺もそう思う)。
 完全なインドア派らしいが用事さえあれば外に出るのもやぶさかではないらしく、引越しの話も「酒を三回奢る」ってことで簡単に話がついた。ありがたいけど簡単すぎるだろ(おかげでこっちは助かるけどな)。
 龍太には、持って行く物がすべて決まり引越しの算段が立ってから報告したけど、「そうか。わかった」というなんとも素っ気ない返事をされただけだった。
「お前はどうするんだ?」と聞くと「どうするかまだ決めてない」としか言わず、結論を急かして喧嘩になるのも面倒だと思いそれ以上は追及しなかった。一方的に話を進めている俺がどうこう言えばあいつだって頭にくるだろうし、言い合いの中で俺に対する不満を口にするかもしれない。俺が別れ話を持ち出してから聞いていない、あいつ側の不満を。
 俺はそれを聞くのが怖かった。龍太と顔を合わせたくなかった一番の理由は、気まずさを感じたくないというより不満を聞かされるのが怖かったからなんだ……。


 引越し当日。雲ひとつない晴天に恵まれ、新たな生活をスタートさせるには申し分ない日となった。
 ……作業開始前から予想外の事態に困惑させられることになったが。

「鈴木、あと何を運べばいいんだ?」
「あー……、あとはテレビだな」
「テレビ? 持っていくのか?」
「──ああ」
 俺の言葉に、手伝いに来てくれていた会社の同期──仙道は不意に視線を移動させた。その視線の先にはソファに寝転がりテレビを見ている龍太がいた。
 休日は昼近い時間までベッドでゴロゴロしているヤツが、今日に限っていつも通り起きてきたんだ。仙道が約束通り九時に来たときには朝飯も食い終わって、出かけるでも何をするでもなくソファでゴロゴロしてやがった。
 龍太の性格から考えて『引越し中は家にいない=前日の夜は帰ってこない』んじゃないかと思ったんだけどな。
「龍太、テレビ──いいか?」
「ああ」
 多少遠慮ぎみに声をかけると、龍太は身体を起こしながら持っていたリモコンでテレビを消した。その様子に妙に安堵して早速電源コードを抜きに行くと、背後から龍太の声がした。
「亨、そのゲームクリアしたのか?」
「え? ──いや、まだだけど……」
「じゃあ持ってけよ」
「はっ?」
 突然の話に驚いてフリーズしていると、龍太が近づいてきてテレビボードを漁り始める。
「いや、いいよ。俺ゲーム機持ってないし」
「これ持ってけばいいだろ」
「お前が買ったやつだろ、これは」
「いいって。そろそろ新しいのが欲しいと思ってたから買うし」
 手早くコードを丸めた本体とゲームソフトをセットで渡される。このソフトも龍太が買って来たやつなんだけどな……引越しの餞別のつもりなのか?
「テレビは俺とこの人で運ぶから、亨はそれしまっとけよ」
「え?」
「えっと……すいません、お名前なんでしたっけ?」
「仙道ですけど……」
「じゃあ仙道さん、そっち側持ってもらっていいですか?」
「────ああ、はい、わかりました」
 突然龍太に話しかけられて驚いたんだろう。仙道は戸惑ったような視線を俺に向けてきた。だがそれ以上に驚いていた俺は仙道に何も言えなくて──それに気づいたらしい仙道は龍太の言葉に従い動き出した。


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