【第7話】

 買い物を済ませて家に帰ると、龍太は再び横になってテレビを見ていた。テーブルの上に皿とスプーンがあるってことは、ピラフはしっかり食べたんだろう。
 片付けるところまでやってくれよ、と思ったが、こんなふうに腹を立てることもなくなるんだと思うと怒りも失せていく。
 キッチンにスーパーの袋をおいてからリビングに行き、寝転がったままの身体ごしに皿を取る。そのときになってやっと龍太は「おかえりー」と言ったが、その視線がテレビから外れることはなかった。
 無意識に洩れそうになった溜息を押し殺し夕飯の準備をするためキッチンに入る。そのとき横目でテーブルの上に置きっぱなしにしておいた書類を確認したが、龍太が見た形跡はなかった。
(見てれば何か聞いてくるだろうし……俺のものには何も興味ないんだな)
 同棲を始めた頃からこいつはこうだったろうか。もう少し俺の行動に関心があったんじゃないか? そんなことを思ったが、あまり考えると墓穴を掘りそうで過去を振り返るのはやめた。
 それより今はこれからのこと――あいつに話そうとしてること――について考えなければ。
 俺の話を聞いて、龍太はなんて言うんだろう。すんなり受け入れる? それとも『勝手なこと言うな』って怒るか?
(……限りなく前者な気がするな)
 今の状態からすればその反応が当たり前に思えて、料理を作る手の動きも鈍くなる。最後の晩餐のつもりであいつが好きなものばかり作るつもりだけど……それもだんだん億劫になってきた(作り始めたからにはちゃんと作るけど)。
 龍太がどの程度俺に執着してるのかわからないからこんなふうに思ってしまう。龍太の気持ちがわからないから勝手にいろいろ考えて、こんな行動に走ってしまう。
 本当は終わらせたくない関係をリセットしようとしている自分。なんて滑稽で一人よがりなんだ。
(でも、そんな方法しか浮かばないんだから仕方ないよな)
 パートナーとの距離感を上手く計れない自分は、こうすることでしか自分の気持ちを安定させられない。だけど、これも性格と諦めるしかないんだろう。
 今まで気にしないようにしてきたし、確信を持ったことは一度もないけれど……交友関係の広いあいつのことだ、俺の知らないところで遊んでいたかもしれない。もしかしたら俺と別れたいと思ったことがあったかもしれない。
 そんな不安に苛まれながら付き合っていくことに疲れてしまった今、龍太との関係を続けるのは難しい。だからこその選択に、今さら躊躇いを感じる必要はないはずだった。

「龍太、メシできたぞ」
「……んぁ? ああー、今行く」
 キッチンテーブルに料理を並べながら声を掛けると、テレビの前で寝てたのか一拍置いてから龍太が返事をした。見てないならテレビ消せよ、と小言を言いたくなったものの、せっかくのメシがまずくなるようなことをわざわざ言う必要もないだろうと口を噤む。
「あれ? 今日なんか豪華じゃね?」
 キッチンにやってきた龍太は、並んでいる料理がいつもと少し違うことに気づいたらしい。違うと感じるのは当然だ。リクエストされたのはハンバーグだけだったけど、最後の晩餐のつもりで龍太の好物ばかり用意したからな。
 だけど呑気な声は、きっと今日がなんらかの記念日だったとしても変わらないんだろう……そんな予感は、俺が返事をしなくても追及してこないことで確信になった。
 こいつにとって俺との記念日なんてのは、結局その程度のものでしかないんだ。
「いただきます」
「いったーきます」
 2人でメシを食べるときの約束だけはかろうじて果たしてくれたが、その後はつけっぱなしのテレビに見入ったままひたすら無言だった。ろくに手元も見てないから、自分が何を食ってるのかわかってないかもな。
 いつもの光景といえばいつものことだけど、今日は無言のままというわけにはいかない。俺は、なかなか喉を通っていかないメシを無理やり流し込み、意を決して口を開いた。


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