【第4話】

「――龍太」
 仲間たちとの話に夢中で、すぐ後ろに立った俺にも気づかない龍太の肩を叩き声をかける。盛り上がった場には相応しくない低い声に、だが龍太はなんの疑問も持たなかったようだ。
「おせーよ亨!」
「ごめ――」
「ハジメ! なぁ、ハジメ!」
「んー?」
 俺の謝罪の言葉などまるで聞かず(大音量でかかっている音楽と人の声で聞こえていなかったのかもしれないが)、龍太は仲間と話していた友人の意識を自分に向けさせ、端的に俺の紹介をする。
「こいつが亨! 俺の同居人!」
「ああ、例の? どうもーハジメです!」
 ハジメと呼ばれた青年――龍太と同じ年くらいに見えた――は、愛想良く笑いながら手を差し出してきた。反射的にその手を握り、どうにもテンションの上がらない返事を返す。
「亨です。誕生日おめでとう。何も用意してないんだけど……」
「いーのいーの! 龍太に2人分もらったから!」
「ホントにな! 2人分どころか5人分ぐらい金使わされたけどよ!」
「いいじゃん、親友のためなんだからさ〜!」
 口では文句を言いながらも龍太は楽しげで、それに軽口で応えた彼もまたそのやりとりを楽しんでいるようだった。2人の会話を笑えない俺こそがイレギュラーな存在だと言わんばかりに。
「でもよく続いてるよね! 龍太、こんなに長く1人の人と付き合うの初めてじゃん!? 亨さん、こいつウザくないですかー!?」
「えっ……」
「テメー、失礼なこと言ってんじゃねーよ!」
「別に失礼じゃないって! 亨さんはすごいな〜って思ってさ!」
「俺に対して十分失礼だろっ!」
 大音量に掻き消されないようになのだろうが、龍太たちは大声でじゃれあうように話し続ける。しかしそれは、普段大きな声を出し慣れていない俺にはとてもついていけないものだった。
「龍太、俺あっちにいるから」
「ああっ!?」
「っ……あっちにいるから!!」
「あー、そっか、わかった!」
 彼らの会話の隙を突き、元いた場所に戻ることを告げてそそくさと人の輪から離れる。俺が人混みを苦手だと知っているからか――それとも、俺がどうしようとどうでもよかったのか。龍太は義務的な挨拶を済ませただけの俺を非難することもなく短い返事をよこすと、すぐに友人との話を再開した。
(『同居人』か……)
 ハジメという青年は俺たちの関係を知っているようだった。だが龍太は、俺のことを自分の『恋人』であると匂わせる表現はしなかった。それはつまり、龍太の中で俺は既に『恋人』と呼べる存在ではないということなのかもしれない。
 もしくは親しい友人たちに恋人として紹介したくないと思ったのか……どちらにしろ、俺には龍太が故意に俺たちの関係を口にしなかった気がしてならなかった。
 そして龍太の一連の言動で、俺の淡い期待――ヤツの友人たちに恋人として紹介されるのかもと思ってた――が叶えられることはないんだとわかった瞬間から、俺の意識はその場の喧騒が気にならなくなるほど遠くなっていた。
 以前から感じていた俺と龍太の違い。性格や好み、行動範囲や友好関係など、数え上げればきりがない。……そうだ、俺たちは似ている部分のほうが少ないくらい正反対の人間なんだ。
 付き合い始めてからすぐに気づいたそれらにずっと気にしないフリを続けてきたのは、そのことを指摘した途端に龍太の気持ちが冷めてしまうんじゃないかと思ってたからだ。
 だけど、早い段階ですでに冷めていたとすれば、そんなことを気にするだけ無駄だったのかもしれないな。

 アルコールが入ってますますボルテージが上がっていく客たち。誰もが楽しんでいる空間で、鬱々としているのは俺だけだ。
(……帰るか)
 この調子だと店の営業時間が終わってもあいつらはどこかに流れそうだ。今日の主役に挨拶するという目的は果たしたんだから、先に引き上げても龍太は怒らないだろう。
 店中を忙しそうに動き回っている店員の中に唯一話をした人物を見つけ、財布を出しながら足早に近づいた。
「ちょっといいかな」
「はい? ――あっ」
 背後から声をかけると彼はすぐに振り返ったが、俺の姿を確認した瞬間表情が強張る。俺を不審者と疑ったことを気にしてるのかもな。
「今日の会費はいくらだい?」
「えっ? あ、2500円ですけど……」
「じゃあ――これ、龍太と2人分で」
「あっ、はい。ありがとうございます」
 財布の中には千円札が1枚しか入ってなかったため五千円札を渡す。……自分の分は自分で払わせたかったが仕方ない。
「龍太に聞かれたら、俺は帰ったって言っといて。聞かれたらでいいから」
「わかりました。もう、お帰りなんですか?」
「このあとちょっと予定があってね。じゃあよろしく」
「はい、ありがとうございました」
 特に予定などなかったが時間を気にする素振りを見せると、俺の言葉を鵜呑みにしてくれたらしい店員はきっちり頭を下げて見送ってくれる。
 最後にもう一度恋人の姿を見ると(どんなに遠目でもすぐに見つけられるのが不思議だ)、龍太は仲間たちと楽しそうに談笑していた。すでにあいつの頭の中には俺のことを気にかける余地はないんだろう。
 寂しさともむなしさとも形容できない感情を抱いてしまった自分が女々しく感じられ、後ろ髪を引かれるような思いを振り切るように早足で店を出た。


 ■ 3 ■ BACK ■ 5 ■