【第2話】

『今度の土曜、俺のダチのバースデーパーティがあるから亨も行こうぜ』
 龍太がその話を俺にしたのは、そのパーティが行われるという週の火曜のことだった。
『は? どこで?』
『そいつが働いてるゲイバー。――って店なんだけど知ってるか?』
『ああ、知ってるけど……』
 その店の名はゲイが集う繁華街の中でも知名度が高かったため知ってたが、客層が若くノリも軽目だと聞いて俺は一度も行ったことがなかった。大人数で騒ぐのが好きな龍太には楽しめる場所で、従業員のパーティに呼ばれるほどその店に通ってるんだろう。
 こっちの世界の友人がたくさんいるらしいことは話の断片から推測していたものの、出入りしてる店までは聞いたことがなかった(知りたい気持ちはあったけど、そんなことを聞いたらあいつが出かけるたびにあれこれ気にしてしまいそうで嫌だったんだ)。
 だから龍太に誘われて、嬉しい半面複雑な気分になった。ただの行きつけのバーのパーティへ行くにしてははしゃいでたし、当日の主役について聞いてもいないのにベラベラ話してくれたってことは、そいつと相当仲がいいってことだ。
 そんなところに俺が行っても場違いなだけだろう。行きつけの店での集まりなら龍太の知り合いだってたくさん呼ばれてるんだろうし、あいつがずっと俺の傍にいてくれるとは限らない。
 大の大人が恥ずかしいと思われてもかまわない。俺は、知り合いがいない場に行って平然と楽しめるほど社交的な性格をしていないんだ。
 ……だけど。
『行くだろ? なぁ、行くよな?』
 満面の笑みでそう言われてしまえば小心者の俺は嫌とも言えず、胸にモヤモヤしたものを抱えてはいたが『ああ』と答えていた。

 そしてその結果、俺の不安は現実のものになったんだ。



 バースデーパーティの会場だというその店は、ゲイが集まる繁華街のほぼ中央地に建っているビルの中にあった。
 腐った気分で予定通り家事を済ませ、先に出かけていった龍太よりずっと手軽に準備を整えた俺は、気乗りしないままその場所へ向かった。予定と違ったのは、時間よりだいぶ早めに着いてしまったことか(こういうとき、時間に正確に行動する癖がついている自分が恨めしくなる。営業職にとって「時間にルーズ」ってのは致命的なんだ)。
 まさかこんな形で、しかも1人で来ることになるとは。常日頃、何事においても配慮に欠ける恋人を恨まずにはいられない。
「最初から1人で来させるつもりだったのかよ……」
 そうと知っていれば『行く』なんて言わなかったのに。だけど今更そんなことを思っても遅いだろう。約束を反故にすることは簡単だが、その結果あいつに罵られることになったら言い返せない気がする(『知らない店に1人で行かれるか!』なんて言っても笑われるだけだしな)。
 かといって1人で乗り込むには気が重くて、「もしかしたら龍太はまだ店に来てないんじゃないか?」そう思って階段の踊り場で待ってみた。でも、6時になっても店にそれらしい姿が来ることはなかった。
 携帯に電話すれば早いとはわかってたけど、友人たちと一緒にいるときの素っ気ない返事を聞く気にはなれず(今までに何度か聞かされてるが、あの声は気持ちのいいもんじゃない)、観念して店に向かうことにした。
 何人かが入って行くのを見送っていたためなんとか躊躇わずにドアを開けられたその店は、想像していたよりは落ち着いた内装だった。……若い連中特有の騒がしさは予想通りだったが。
「いらっしゃいませ。当店は本日貸し切りとなっておりますが、招待状はお持ちですか?」
「しょ……っ?」
 糊の効いたワイシャツに黒のベストと蝶ネクタイを身に着けた店員がドアの前に立っていてそう聞いてきて、なんのことかわからず上擦った声を上げてしまった。だが、
「えっと、あの――龍太のツレなんだけど……」
 そう言うと、それだけでわかったのか店員はすぐに笑顔になり、「どうぞお入り下さい」と中に通してくれる。
 名前を出しただけでわかるほど、あいつはこの店では顔が知れてるんだろう。
(俺の知らない間にどれくらいここへ来てるんだ……?)
 ヤツの交友関係や行きつけの店を詮索する気は毛頭ないが、実際に情報の断片に触れてしまうと無関心を装っていただけだと気づかされるようで胸糞が悪い。
 しかも――
「ハジメ、誕生日おめでとー!」
「今日もチョーかわい〜ぜ!」
「みんなありがとー! プレゼント用意してきてくれたヤツには、ほっぺにチュウくらいしてやるから言えよ〜」
「マジで!? じゃあ俺、今からなんか買ってくるかな」
「俺は持ってきたぜ! キスしてくれよ、ハジメ!」
「テメーらがっつき過ぎだっての!」
「なんだよ龍太、お前だってチュウしてもらいたいんじゃねーの?」
「つーか、もうしてもらったあとだったりして〜!」
 今日はこの店に勤めている『ハジメ』という青年のバースデーパーティらしいが、彼は龍太と仲がいいらしく周りもそれを知った上で2人を煽っているようだった。
 ここにいる連中は、この店に『龍太の恋人』が来ているとは思っていないんだろう。もしかしたら、今日の主役を含め龍太の友人たちも、龍太に特定の相手がいるのは知らないのかもしれない。
(……なんで俺、こんなところに来てるんだろう)
 この場に誘ってくれたのは龍太だった。だけど、俺が店に来ていることにあいつは気づいてない。
 約束の時間になっても、パーティが始まったことを知らせる電話もなかったんだ。
 珍しく俺を誘ったのは、友人の誕生日を祝う仲間を1人でも多くかき集めたかったからなのかもしれない。……狭い店内を自由に歩き回れないほどの客が集まったんだから、俺なんか必要なかっただろうに。
 店内の片隅に立ち、心底楽しそうな顔で笑っている龍太を遠巻きに見てると、俺たちの住んでいる世界はやはり違うのだと示唆されているような気分になる。
 気づいていながら直視しようとしなかった現実を突きつけられているようで――胸が苦しい。


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