【第19話】

「どっちにしろ、ここに戻るつもりはないから」
「はっ? なんでだよっ?」
「ここは俺が一人暮らしするために借りた部屋だから、二人で住むには狭いだろ」
「……え」
「ずっと一緒に住むならもうちょっと広いほうがいいんじゃないか?」
 内心照れ臭くて仕方なかったが遠回しに言ったところでこいつは気づかないだろうという確信があったから、あえて直接的な言葉で言ってみると、最初はポカンとしていた龍太が確認するように聞いてきた。
「それって、俺とずっと一緒にいてくれるってことか?」
「……お前にその気がないならここに戻るってのでもいいけどな」
「いやっ! いや、ここじゃなくて、もっと広い部屋探そうぜ!」
 どうでもいいことのようにしれっと言うと、それが俺の本心だと思ったのか急に焦ったような声を上げる。その様子がおかしくて思わず口元が歪んでしまった。
 ……実は、今住んでる部屋が二人暮らし用の物件だってことは――もうしばらくは内緒にしておこう。
「ベッド、綺麗に使ってるか?」
「あ? 当然だろ」
「……俺以外の誰かと使ったことは?」
「ねぇよ。つか、誰も連れ込んでねーって! お前、俺がそんなに遊び人だと思ってるのか!?」
「そんなことないけど。一応確認しないと」
「は? 確認?」
「あのベッドを誰かと使ったってんなら、今夜はベッドでするのはナシだなと思って」
 そう言って、伏目がちのままチラッと龍太を見る。
「……っ」
 こいつを一目惚れさせた(曰く『エロい』らしい)視線は今でも有効だったらしい。俺の目にもはっきりわかるほど喉を鳴らした龍太は、俺の腕を掴むと寝室へと直行した。
 股間が熱くなり始めててうまく歩けなかったけど、これからすることを考えたら強引な行動を咎める気にもならず(むしろその強引さが嬉しかったりしてな)、転ばないように気をつけながら龍太の後をついていった。


 狭い家の中を移動するのに時間はそうかからず、帰ってきてからわずか数分で俺たちはベッドに転がっていた。
 貪るように唇を重ね、相手の服を脱がせるために両手を忙しなく動かす。ムードもへったくれもない飢えた獣のような行動に、けれど俺は酷く興奮していた。
 自分が求めているのと同じくらい相手も自分を求めてくれているという事実。気持ちが通い合った相手と抱き合えることがこんなにも幸福感をもたらしてくれるなんて、初めて知った気がする。
 久しぶりの龍太との行為は最上の喜びを与えてくれて、俺はすぐに達してしまった。だけど龍太も俺と同じくらい興奮してくれてたらしく、二十代前半かよってくらい激しいプレイの末に俺を追うように吐精した。
「亨」
「ん? わっ!」
 不意に名前を呼ばれ顔を上げると、ゴツイ身体が突然覆いかぶさってきた。そのまま痛いくらいに抱きつかれ、汗ばんだ肌がさらに熱くなる。
「りゅっ、龍太っ?」
「もう離さないからな」
「え……」
「俺には亨が必要なんだ。今度『別れたい』って言っても、簡単には別れてやらないからな、覚悟しとけ!」
「…………なんだそれ」
 強張った声で決意表明のような宣言をされ、呆気にとられた俺はそう呟くことしかできなかった。――が、すぐに笑いが込み上げてきて、顔を上げた龍太に見られる前に歪んだ口元を隠さなければと苦労することになった。
 まさか龍太にこんなことを言われる日が来るなんて。俺なんか、こいつにとってはいくらでも替えが利く『セフレ兼家政婦』でしかないと思ってたから信じられない。
 店で聞かされた言葉の数々も「どうせ酔った勢いで言ってるだけだろ」と思っていたけれど、あれは誇張でもなんでもなく龍太の本心だったんだ――。
「……ありがとな」
「何が?」
「俺なんか面白みも何もない平凡なオッサンなのに、そこまで言ってくれて……好きになってくれて、ありがとな」
 嬉しくて。心の底から龍太の気持ちが嬉しくて――だけどその喜びを上手く伝えられない自分がもどかしい。
『俺もお前と同じくらい、いやそれ以上に好きだ!』
 とでも言えればいいんだろうけど、俺の性格ではとてもじゃないが口に出して言えるはずもなかった。
「……ぷっ」
 自分に言える精一杯の言葉で感謝の気持ちを伝えたつもりが、龍太は何故か吹き出した。そんなにおかしなことを言っただろうか?
「なんでそんなに過小評価するかなー。亨は自分のことをダメだと思い過ぎなんだよ。俺からすれば十分出来た人間だぞ?」
「え……?」
 生まれて初めて言われた言葉に、一瞬誰の話をしていたのかわからなくなる。俺が間抜けな顔をしていたせいか龍太は苦笑しつつ、気まずそうな様子で話し続けた。


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