【第18話】

「あの〜お二人さん? そういうことは家でやったらどうでしょーか?」
「っっ!!」
 閉じかけていた目を見開き慌てて声のしたほうを見ると、呆れているというより面白がるような顔色でハジメが俺たちを見ていた。その奥の席に座っていたタロウ君は、こっちを見てはいなかったがその横顔から反応に困っているらしいのが見てとれた。
「濃厚なの見せてくれるっていうならエンリョしませんけどぉ」
「かっ、帰るぞっ!」
 急激に熱くなっていく顔を覆いながら立ち上がり、誰に言うでもなく叫んでから出入り口に向かって足を踏み出す。
「おい、待てよ亨! ──悪かったなハジメ。タロウさんも、いろいろありがとうございました」
 背後で龍太の声がして、迷惑をかけた二人に何も言わずに帰るのは礼儀知らず過ぎだと気づく。
「ハジメ、くん、タロウ君、その……迷惑をかけて申し訳なかった」
「いいんですよ〜いろいろ面白かったし。あ、ダブルデート楽しみにしてますねぇ」
「……っ、そのうちにな」
「こらハジメ。亨さん、龍太さんと一緒にこの店にも遊びに来てくださいね。いつでもお待ちしています」
 俺たちの復縁劇を完全に面白がっているハジメを窘めるタロウ君。そのおかげですぐにでも逃げ出したかった羞恥心を多少紛らわせることができた。……こうして見ると、確かにこの二人はバランスのいい恋人同士なのかもしれない。
「亨、行くぞ」
 俺と同じように席を立った龍太に促され、改めて二人に挨拶してから店を出る。タロウ君にはああ言われたがこの店のノリは俺には若すぎるし、龍太と一緒でも来るかは微妙だ。
 ……騒がしさにかまけて不埒なことをしようとしたヤツが何を言ってるんだ、と言われてしまえばその通りなんだが。
「こっちの家、来るだろ?」
「──ああ」
 マンションから通りに出たところで聞かれて一瞬迷ったが、頷いた。龍太から言われて正式に付き合うことになったんだ、躊躇うことなんかないよな。
「部屋、散らかしてないだろうな?」
「散らかってねーよ。……あんま掃除してねぇけど」
 その言い方で全然掃除してないんだろうとはわかったが、深く突っ込まないことにする。仲直りしたばかりだし、ジョークでも言い合いなんかしたくなかったから。
『言いたいことはなんでも言え』とは言われたけど、つまらない喧嘩はしないに越したことないよな。

 一緒に出かけたのなんて随分前のことで、移動中何を話していいのかまるでわからなかった。それは龍太も同じようで、俺たちはほとんど会話することなく家まで帰ってきた。
 一緒に住んでいたときも年月を経てだんだん会話が少なくなったが、あのときの沈黙は張り詰めたような空気があった(堪えられなくなったほうが部屋を移動するのが常だった)。
 だけど今日の沈黙は心地悪いものじゃなく、会話をしなくてもそれがごく普通のことのように感じられた。
 長年連れ添った夫婦はあまり会話をしないらしいが、それでもお互いのことがつぶさにわかると聞いたことがある。わざわざ言葉にしなくても相手の心情が把握できるとそういうこともあるのかと思っただけだったが……その状況が少しだけわかった気がする。
 これからの俺たちはこの心地良い沈黙を味わえる関係になれる。そんな気がした。


 一ヶ月ぶりに訪れた部屋は、俺が出て行く前とあまり変わっていなかった。俺が運び出した物が置いてあった位置はそのまま空いていて、空間ができた分広くなったように感じたが。
「メシ、ちゃんと食ってるか?」
「あー、外食ばっかだよ」
「……だろうな」
 使っている様子がまるでないキッチンが気になって聞くと、予想通りの答えが返ってくる。俺と住む前もそうだったらしいから今さら驚かないが、身体のことを考えたらどうかと思うぞ……。
「たまには自炊しないとメタボになるぞ」
「亨が戻って来てくれたら、メタボにならなくて済むんだけどなぁ」
「俺にメシ作らせる気か?」
「料理だけは俺にはムリだって。掃除とか洗濯はやれるけどさ」
「……やってくれるのか?」
「ああ、頑張るよ」
 そう言って爽やかに笑う龍太。その言葉を信じていいのかどうか――……最初だけじゃなきゃいいけどな。
「どっちにしろしばらくは一人なんだから、朝飯くらいは作れるようになってろよ」
「え? すぐ戻ってこないのか?」
「今の家も普通に生活できる状態にしたばっかりだからな。また荷物まとめるのも大変だし、とりあえず向こうに住むよ」
「なんだよそれぇ……」
 それまでニコニコしてたのが一気に情けない顔になっていく。その変化が面白くて思わず噴き出すと、今度は拗ねたような表情になった。大の大人のくせにいつまでもガキみたいだ。
 ……そんなところもいいと思うなんて、俺も趣味が悪いのかもな。


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