【第16話】

「俺が亨に言いたかったのは……俺に不満があったならどんどん言えばよかっただろ、ってことだけだよ」
「──え?」
「俺はお前に不満なんかなかった。たまに小言言われると面倒だなとは思ったけど、俺が悪いんだって自覚してたし。別れ話のときにあんなこと言われるなんて、思わなかった」
「────」
 実は龍太は俺の言動にムカついていて、そういうことを言われるんだろうと勝手に思っていた俺は龍太の言葉に絶句した。
 確かに龍太と付き合っていたときの俺は、不安や不満を必死に抑え込んで絶対悟られないようにしていた。だからその努力は成功していたってことになるんだろう。けど、それらを言わなかったことが龍太の不満に繋がると思わなかった。
 最後に全部ぶちまけることができて清々していた俺とは逆に、すべてを聞かされた龍太は釈然としない気持ちを鬱積させていたってことか……。
「俺がお前に聞きたかったこと、全部聞いてよかったってことか?」
「当然だろ」
「じゃあ……今、聞いていいか?」
「ああ」
 一瞬、本当に聞いていいのかと訝しんだが『何でも言えよ』と言わんばかりの龍太に気持ちが固まり口を開いた。
 不満より何より聞きたかったこと。別れ話をしたときも聞く勇気がなくて聞けなかったことを。
「俺と付き合い始めてから、他のヤツと遊んだことあるか?」
「……酔っ払ったときに何回か……けど、そのときだけで何度も会ったヤツはいないぞ」
「俺じゃ満足してなかったから他のヤツと遊びたくなったってことだよな?」
「それは、──自分でもわかんねぇけど、そのときのノリでそうなっただけだと思う。満足してなかったってことはない、絶対に」
「じゃあ、俺に恋愛感情が残ってるってことか?」
 正直、龍太が誰とどこで何をしてたかなんてどうでもよかった。本当に聞きたかったのは、龍太の俺に対する感情がどんなものなのかってことだけで……だけどそれを単刀直入に聞く勇気はなかったから回りくどく聞いてみた。
 龍太は一瞬押し黙ったが、言いたいことがまとまったのか真面目な表情になる。
「残ってるっつーより、最初から変わってねぇよ。俺は一目惚れしたときからずっと亨のことが好きだから」
「…………は?」
「だから、ずっと好きだって──」
「いや、そうじゃなくて……一目惚れ、って……?」
「初めて亨の姿を見かけたときに『好きだ』って思ったんだからそのまんまだろ。言ってなかったか?」
「聞いてないぞ、そんなのっ」
 今までにこいつから『好きだ』と言葉にして言われたことはないような気がする。だから初めての愛の告白に胸を躍らせてもいい状況なんだろうけど、それよりも気になる『一目惚れ』発言に感動的な気分に浸れなかった。
 しかも龍太のビックリ発言は続いたんだ。
「じゃあこれも言ってないだろうけど、自分から声かけたのは亨が初めてなんだぜ、俺。つーか、亨の他に自分から声かけたヤツなんかいねぇよ」
「そう、なのか……」
「そうだよ、俺にとってはそれくらい特別な存在だったんだよ。
 学生なんかただの遊び相手だろうって思ってたら、そっちから連絡してきてくれただろ。マジで嬉しかったんだぜ?」
 思いがけず聞かされた衝撃的な事実に、初めて出会ったときの記憶を必死で探る。あのときの龍太はごく自然に声をかけてきて、終始友好的な態度に『若いのに慣れてるんだな……』なんて思ったんだが、まさかあれが初めてだったとは。
 しかも俺に一目惚れしたなんて──俺のほうは間違いなく一目惚れだったけど──悪い冗談としか思えない。龍太との付き合いは短くないし、嘘を吐いてる顔とは思えないから本当のことなんだろうけど……。


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