【第15話】

 タロウ君とハジメが働くというその店は、相変わらず賑やかだった(週末だから余計かもしれないけど)。人の多さと照明の暗さで探すのに苦労するかと思いきや、相手のほうが声をかけてきたおかげであっさりと目当ての人物たちを見つけられる。
 龍太とハジメはカウンター席のほぼ中央に並んで座っていた。二人の表情はよく見えないが、龍太は俺たちのほうをちらっと見ただけでテーブルに顔を伏せたようだった。
 十分心の準備をしてきたつもりだったけど、実際に姿を見た瞬間俺の心臓は早鐘のように動きが速くなる。だがそのまま入り口で立ち尽くすわけにもいかず、意を決して二人に近づいた。
「待たせたな」
「いいえ〜全然。さぁさぁ座ってください。タロウ、亨さんに飲み物持ってきて!」
 手前の席に移りながら自分が座っていた席を叩き、俺に座れと言うハジメ。俺には愛想良く笑いながらなのにタロウ君にはどこかキツイ口調だったのが気になったが、先んじて勧められた状況のほうをどうするか考えなければいけないと気づいた。
 ハジメが叩いている席はハジメと龍太の間の席だ。隣に座れば肩が触れるかどうかくらいの近さになる席に──龍太の隣に座っていいのだろうか?
「亨さん、エンリョしないでどうぞどうぞ〜。ほら、龍太も言いなよー『隣座ってください』って」
「…………亨、座れよ」
 ハジメに言われ、ゆるゆると頭を上げた龍太はチラッと俺を見て呟くように言う。そんな態度で言われてもと反発したくなったが、わざわざ来たのにこのまま帰るのも癪な気がして言われた席に座ることにした。
「亨さん、何飲みますか?」
「ビールでいいよ。悪いね」
 終始申し訳なさそうな表情をしているタロウ君に笑顔で応えることで『問題ない』と伝え(彼なら俺の真意を汲み取ってくれるだろう)、竦みそうになる足を前に出し龍太とハジメの間の席に座った。
「久しぶりだな、龍太」
「ああ……久しぶり」
 冷静な声が出せたことに内心驚きつつ龍太を見ると、龍太のほうはどこか気まずそうな様子で再びテーブルを見つめていた。ハジメが電話で言っていた、俺の愚痴を零していたというのが信じられない態度だ。
 そしてそれはハジメも思ったらしく、鼻で笑いながら甘ったるい声で言った。
「どーしたの龍太? 急にしおらしくなっちゃってぇ」
「そんなことねーよ」
「亨さんが来てくれて嬉しいんでしょ〜? ──あ、もしかして緊張してるとか?」
「そんなことねーって!」
 さっきの俺と同じように、挑発的なハジメの声に触発されたのか荒げた声を出す龍太。思わぬ剣幕に驚いて龍太を見ると向こうも俺のほうを見ていて、その瞬間目の当たりにした不機嫌そうな顔に、この場に来たことを少しだけ後悔した。
 改めて話したいと思ってたのが俺だけだとしたら……龍太にとって俺は『二度と顔を合わせたくない相手』だとしたら、突然俺が来たことで気分を害しているのかもしれない。
 座ったばかりの席から立ち上がりたい衝動に駆られたがそうすることもできず、再びテーブルに視線を戻してしまった龍太にどうしていいかわからなくなる。
「お待たせしました」
 そのとき、俺のためにドリンクを取りに行っていたタロウ君が戻ってきてくれて、その場の空気が少しだけ軽くなったような気がした。
「ありがとう、悪いね」
「いえ」
「よかったらタロウ君もどうだい?」
「はい、ご一緒させてください」
 ビールグラスを二つ持ってきたから最初からそのつもりだろうことはわかったが、少しでも会話をして気を紛らわせようと珍しく俺のほうから誘ってみる。
 すると横からハジメが口を挟んできて、予想すらしていなかったようなことを言ったんだ。
「タロウは俺のですからね〜。興味持たないでくださいよ、亨さん」
「えっ?」
「俺とタロウ、付き合ってるんですよぉ」
「え……えええっ!?」
「そんなに驚かないでくださいよ〜失礼だなぁ」
「あ、す、すまない」
「なんちゃってー。ホントに謝っちゃうなんて、亨さんてマジメですねぇ」
 衝撃の発言にタロウ君を見ると、彼は申し訳なさそうな顔のまま照れたように小さく頷いた。この反応……ハジメの言ってることは冗談ではないということだろう。
 こういった店で働いているのだからタロウ君もゲイだろうとは思っていた。まさかハジメと付き合ってるなんて──どちらも好みのタイプではなさそうだが……(なんて言ったら失礼か)。
「今度俺たちとダブルデートできるように、ヨリ戻したらどうですかぁ?」
「……なんだと?」
「亨さんに龍太とやり直す気があったら実現しそうなことですよ〜? ね、龍太」
 自信ありげな口振りと視線に思わず龍太を見ると、噛み付きそうな顔でハジメを見ていた。が、すぐに俺の視線に気づき緊張したような表情になる。
 その顔を見た途端、自分がどうしてここに来たのかという当初の目的が思い出されて。俺の口は考えるより先に言葉を発していた。
「俺に言いたいことがあるんだろ、龍太」
「え……」
「お前が俺に言いたかった愚痴ってやつ、全部聞かせてくれ」
 ハジメからの電話で聞いたことをそのまま言うと龍太は言葉を詰まらせる。だけどそこで言及を緩めたら俺自身のためにならないとわかってたから、有無を言わせない調子で続けた。
「俺、お前にも不満があったかもなんて考えてなかったからさ。言われてみればお前の言い分なんか全然聞かずに別れ話しちまったし、一方的過ぎたなって思ったんだ」
「…………」
「俺に言いたいと思ってたこと、全部聞かせてくれよ」
 整った男らしい顔を見つめたまま言い切ると、ずっと無言だった龍太は持っていたグラスの中身を飲み干し大きく息を吐く。それから顔を上げて俺を見ると、形のいい唇を動かした。


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