久しぶりの一人暮らしは予想以上に味気ないものだった。
飯の準備や洗濯、ゴミ出しは龍太と暮らしてる頃からやっていたことなのに酷く億劫に感じられて、自分のためだけに家事をするのはこんなに面倒だったかと思ってしまった。
そして何より違うのは、特定の相手がいなくなったことで性生活が滞ってしまったことだ。
頻度を考えると決して『充実した性生活』だったとは言えないだろうけど、そういう気分になったときすぐできる相手がいるといないとでは全然違う。
俺だって人並みに性欲はあるし、一人で処理するより誰かと抱き合いたい。もちろん気持ちが通じている相手とできれば最高だけど、身体だけの関係でも構わない。
龍太と付き合う前はそれが当たり前だったんだ、今さら抵抗を感じることもなかった。
欲求を満たすために相手を探すのは当然で、手っ取り早く適当な相手と出会える場所があれば行きたくなるのは当然だ(相手を見つけるのが難しい俺たちは特にな)。
だけど、そういう店で知ってる奴と会うのは初めてのことで……しかもできれば二度と会いたくない相手との再会に、新しい出会いへの期待感が一気に薄れることになったんだ。
週末の夜。仕事帰りに足を伸ばしたのは、性嗜好がマイノリティな俺たちにとって居心地のいい街だった。
以前通い詰めていた店のドアをくぐると、多少内装が変わってはいたが落ち着く空間が広がっていた。確かこの店に最後に来たのは五年前だったから、リフォームしていてもおかしくないだろう。
入り口から近いカウンター席に座ってドリンクを頼み、適当な人物はいないかそれとなく物色しているとき──ふと気づいた。
(三十路のおっさんを抱こうなんて奴……いるか?)
こういった店に頻繁に出入りしていた頃の俺はまだ二十台半ばで、その頃だって相手を見つけるのはなかなか大変だった。外見はほとんど変わっていないつもりだけど、若い奴からは年相応に見えてるのかもしれない。
話がちっとも盛り上がらない相手だったとしても、好みの身体だったら相手をしてもらえるかもしれないが……見た目も身体つきも普通の俺なんかを相手にしてくれる奴なんてそうはいないかもな。
だが、目を逸らしがたい現実に打ちのめされたような気分を味わっていたとき、意外にも俺に声をかけてきた奴がいたんだ。
「あの……こんばんは」
随分遠慮がちで俺の反応を窺うようなその声に、内心(気弱な奴はタイプじゃないんだけどな……)などと贅沢なことを考えつつ声の方に顔を動かす。
すると、そこには見たことがある青年が立っていた。 「君は……」
「先日はお邪魔しました。ご挨拶もろくにせず、すみませんでした」
「いや、──それより、どうしてここに?」
そこに立っていたのは、龍太の友人の誕生日パーティが開催されたバーで唯一話した店員で──引越しの日に龍太の友達とテレビを持って来た彼だった。目敏く全身をチェックすると、余所行きのスタイルの気がする。
「うちの店のチラシを置いてもらってるので、その補充に来たんです」
「ああ……じゃあ仕事中?」
「いえ、休みだったんですが、店に顔出したらパシリに使われて……」
「そうなのか、それは災難だな」
「はは、どうせ暇だったんでいいんですけどね」
照れくさそうに笑う顔は爽やかなもので、華やかさはないが人の良さが滲み出ているようだ。あの店にも彼のファンは多そうだな。
「時間があるなら一杯呑んで行かないか? それとも、もう呑んでたのかな」
「いえ、今来たところなので。じゃあ……用を済ませたらお邪魔しますね」
そう言うと青年は店の奥に入っていった。
(────何やってんだ俺)
お人好しなんだなと苦笑含みで後ろ姿を見送り、グラスに手を戻しかけたときはたと我に返る。身体を満足させてくれる相手を探してここに来たのに、顔見知りに会ったからって誘ってどうすんだ。
「……ま、いいか」
こういう店で知り合いに会うのも珍しいことだし、それに彼とはゆっくり話す機会があったらいいなと思っていた。彼の勤めている店の常連でもある龍太のことを。
我ながら未練たらしいと思うけど……別れてからどうしてるのかは気になっていたから。
例の友達と友達以上の関係になっている、なんて話を聞かされたら、さすがに冷静でいられそうもないけどな。
|