【第11話】

「あのさ、──気づいたよな?」
「何を?」
「俺が男と、同居じゃなく同棲してたって……」
「まぁ、なんとなくはな」
 前を見たままはっきり肯定した仙道。その態度だけでは事実を知ってどう思ったのかがわからず、すでにバレてるんだし遠慮することはないとズバリ聞くことにした。
「気持ち悪いって思ったか?」
「何が?」
「俺がゲイだってことを、さ」
「別に。鈴木がゲイだろうとなんだろうと、俺には関係ないからな」
「……そうだよな」
 その返事はいかにも仙道らしくて、敢えて確認した自分がバカらしくなるほどだった。そうだった、こいつは他人に一切興味がないんだった……。
 それでも拒絶されなかったことに安堵していると、珍しく仙道のほうから聞いてきた。
「同棲を解消したってことは、お前ら別れたってことか?」
「あ、ああ……」
「原因は? あのテレビ持ってきた奴か?」
「……あの子が原因ってわけじゃないけど……別れようと思ったきっかけはあの子が関係してるって言えるかもな」
 聞かれると思っていなかった分答えやすかったのか、俺は誰にも話すつもりなどなかった今回の経緯を仙道につらつらと話してしまった。龍太に対する不満や不安、年齢と共に真剣に考えるようになった将来のこと……それらを総合して今回の結果に至ったこと──。
「別れて、よかったんだよな……」
 じっくり考えて答えを出したつもりだったけど、話しているうちにこれが最善だったのだろうかという迷いが湧き上がってきて無意識に呟いてしまう。もちろん返事を期待しての言葉じゃなかったが、そんなことを聞かされたら普通は気になるだろう。
 それでも仙道は『普通の人』ほど他人のことを気にしないから、そのまま聞き流してしまうだろうと思い自分の発言について黙考しようとした。
 ──が、意外にも仙道はすぐに口を開いたんだ。
「別れてよかったかどうかなんて俺にはわからんが、そんなふうに思うんだったらお互いにもっと話し合ったほうがよかったんだろうな」
「……え?」
「さっきテレビ運んでるとき、お前とどういう関係なのか聞かれたぞ」
「え? 龍太に?」
「ああ。会社の同期だって言ったら『本当にそれだけの関係ですか?』ってさ。ぶっきらぼうっていうか、探るような聞き方だったから気になったんだが……あれは疑われてたってことなのかもな」
「…………」
 仙道の話はあまりに思いがけないもので、口にしたばかりの迷いの気持ちは吹き飛んだ。
「俺に好きな奴ができたから別れようって言ったんだと思ったのか……」
 龍太と付き合い始めてから、俺は他の奴と一切関係を持ってない。疑われるようなことは一切していないのにどうしてあらぬ疑いをかけられなければならないんだ。
 突然もたらされた情報に憤慨したが、仙道はさらに思いがけないことを言った。
「それを言うならお前だってそうじゃないか」
「──え?」
「お前だってあいつのことを疑ったんだろ? 問いたださなかったってことは、お前が勝手に想像して結論を出したってことじゃないか?」
「!」
 仙道の意見はそれまで考えもしなかったもので、後頭部をガツンと殴られたような気がした。確かに俺はあいつ自身のことについてはっきり聞いたわけじゃない。そうじゃないかといろいろ憶測して、その結果で結論を出してしまった。
『どこかで遊んでるんじゃないか』とか『俺に飽きたんじゃないか』とか、聞きたいことは山ほどあったのにそのどれもを飲み込んでいたのは、最善ではなく最悪な行動だったってことか……。
「事情も知らないのに無責任なこと言ったな。忘れてくれ」
「……いや、言ってもらってよかったよ。ありがとう」
 俺のテンションが下がったのに気づいたんだろう。珍しくこちらを気遣うようなことを言った仙道に、自分では決して思いつかなかっただろう異見をくれた礼を言う。できればもっと早く──龍太と別れる前に聞くことができたらよかったのに、と思ったことはもちろん伝えなかったが。
(やっぱりあいつも俺に言いたい不満があったんだろうな……)
 口に出して言わなかっただけで、俺に対して思うところがあったのかもしれない。そうだとしたら一度くらい話し合いの場を持つべきだったのかもな。
 ……今さらそんなことを思っても遅すぎるだろうけれど。


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