「ムッ、ムリだっ、そんなの!!」
相沢の言葉を理解した途端、俺はそう叫んでいた。
「そんなことして、失敗したらどうすんだよっ。話なんかどうだっていいから、直紀の中からそいつを追っ払うことだけ考えてくれっ!」
俺にはどうなるか予想もできねぇけど、相沢にはわかってるはずだ。あいつを直紀の中から出すのにも相当力を使うんだ、そんな体にあの人を憑かせるなんて危なすぎる。
相沢は俺の方を振り返り、いつもの目で俺を見た。そして、
「少しの間、そこで見ててくれ」
それだけ言うと、また直紀の方を向いてしまう。
「──っ」
いろいろ言おうかと思ったけど、真剣になってる時の相沢に話しかけてもにらまれるだけだと思い、仕方なくベッドに座ったままおとなしくしてることにした。
これから目の前で繰り広げられようとしていることに、妙に心臓が鈍い音を立てはじめる。
(……これが、『除霊』ってやつだよな)
テレビとかでやってるのを見ると、ろうそく立てたり、白い紙が先っぽについてる棒を振り回してたり、とにかくいろいろ用意してたような気がするけど……相沢は、何も持ってない。
(どうやるんだ……?)
ベッドの上で正座をして、両手を握りしめて。目だけは相沢の動きをしっかり捕らえるために、せわしなく動かす。
「飯島」
突然相沢が直紀を呼んだ。一度きりじゃなく、一定の間隔をおいて。ぐったりとうなだれていた直紀は、それでも動かなかった。
相沢は直紀の肩に手をのせると、ゆっくりと揉み始めた。……目を閉じて、心の中で何かを念じているようなカンジで。
しばらくそれを続けたあとで相沢が直紀を呼ぶと、直紀の頭がもぞりと動くのが見えた。
(え? もう取れた?)
簡単には取れないって言ってたのに、あれだけの動きで?
拍子抜けしたような気分になったけど、どうやらそうではなかったらしい。
相沢は直紀が動いたのを確認すると、そのままの体勢で直紀に話しかけた。
「気分はどうだ?」
「……眠い」
「そうか。もうちょっと我慢しててくれ」
「ちょっと、気持ち悪いかも……」
「わかった」
直紀の言葉を聞くと、肩にのっけてた手を離し、右手だけを背中の上のほうにあてた。そしてまた目を閉じる。
呪文めいたものは一言も言わない。大げさな動作もいっさいしない。……やっぱり、俺が今までにテレビで見たやり方とは根本的に違うみてぇだ。
(ホントに……こんなやり方で大丈夫なのかな……)
相沢の力を信じてないってわけじゃねぇけど……ちょっと不安になってきた。
相沢自身、すでに疲れているんだろう。ほんの少しだけど、肩で息をしてるのが見える。あんな状態で──しかも、このやり方で……本当に直紀の中からあいつを出すことなんてできんのかな……。
なんとなく気になって声をかけようとしたとき、突然相沢が動いた。直紀の背中から右手を離して立ち上がり、じっと正面を見据えた。俺には何も見えないけど、そこはさっき直紀が見ていた位置で──相沢が俺に、あの人がいると言った位置でもあった。
(まだ、そこにいるのか?)
「………」
相沢は何も言わなかった。だけどその視線だけは、まるで何かの動きを追うようにゆっくりと左に流れた。俺も、相沢の見てる(らしい)所を一緒に目で追ってみたけど……見事に何も見ることができなかった。……少しくらい見えたっていいもんなのによ……。
溜め息をつきつつ視線を戻すと、相沢は直紀の正面に回っていた。そのまま直紀の前に座ると、人の気配に気づいたのか、直紀が顔を上げた。
「……相沢?」
「ああ」
「え? ……あれ?」
きょろきょろと部屋を見渡して、おどおどと相沢に聞く直紀。
「ここ…俺ん家…だよな……?」
「ああ」
「なんで、──相沢がいるんだ?」
「いろいろあってな」
「い、いろいろ!?」
どうやら本物の直紀らしい。相沢の言葉にあたふたしてる。その姿を見て、俺はようやく口を開いた。
「起きたか? 直紀」
「こっ、航平!?」
がばっと振り返り、驚いたような顔をして俺を見る。
「なっ、なんでおまえまで俺ん家にいるんだよっ!!」
「ひでぇ言い種だな。せっかく見舞いに来てやったのに」
「見舞い!?」
そこでようやく、自分がパジャマ姿でいるのに気づき、
「え!? なんで俺、パジャマなんか着てんだ!?」
と、完全にパニック状態に陥ったようだった。
「相沢、取れたのか? あいつ……」
一人でがーがーわめいてる直紀はほっといて、俺は相沢に聞いた。……やべぇ、相沢のやつ、顔色悪くなってきてる。
「まだだ。まだ……眠らせただけで──」
俺はベッドから下りて、急いで相沢に近寄った。
「大丈夫か? 気持ち悪くないか?」
そう言って手を伸ばそうとしたら、
「へ、平気だ……触るな……」
小さめの声で、だけどきっぱりと拒絶された。
「けど、顔色悪いぞ?」
「大丈夫だ。これくらい……何ともない」
「そんなわけねぇだろ? ガマンすんなよ」
相沢があんまり頑固に言うもんだから、俺もついキツイ口調になっちまった。だけど相沢は怒りもせず、静かに言い返してきた。
「本当に大丈夫だ。ただ……久しぶりに力を使ったから、体がついてこないだけで──」
「本当か?」
「力を使っても、すぐに影響が出るわけじゃないんだ。次の日とか……時間差でくるものだから……」
「……」
「それより、早く続きをしないと……。今は大丈夫みたいだけど、飯島もまた熱が出ると思うんだ。まだ彼が中にいるから……」
「え? 何のこと?」
相沢の言葉に反応して、直紀が話に割り込んできた。
「彼って誰? それより、なんで2人が俺ん家にいるんだ? 航平はともかく、相沢まで……なにしに来たんだ?」
ペラペラとまくしたててきて、相沢との会話が中断されちまった。
「うっせーなっ、あとで話すよ!」
「……なに怒ってんの、おまえ」
(おまえのせいだよ!!)
直紀は、自分が熱を出したことも、今日一日寝込んでたことも覚えてねぇようだから、いろいろ聞きたいんだろうってことはわかる。わかるけど、大事な話をしてるときに聞いてくんなっつーの。……ったく、気の利かねぇヤローだ。
「……わかった。それじゃ、早いとこ直紀の中からあいつ、出してくれ」
しぶしぶそう言う俺。相沢の言ってることが本当かどうか俺にはわかんねぇからな、従うしかねぇよ。
「直紀、相沢の言う通りにしろよ」
それだけ言って、ベッドに戻った。
「え? なに?」
まったく事態を把握してない直紀。俺と相沢を交互に見て、「なんだよ、いったい」なんてまだ言ってやがる。
「話はあとでするから。とりあえず、正座して」
「せ、正座? なんで急に……」
「いいから早く」
「いいからって──」
「早くやれよ、直紀」
「なっ……なんなんだよ、航平まで……」
2人掛かりで言われて、戸惑いながら正座する直紀。
「目、閉じて」
「目? ……ああ」
「体から力を抜いて……」
「……こうか?」
「そう」
観念したのか、おとなしく相沢の言う通りにしていく。……これなら早く済みそうだ。
「少しの間そのままでいて。何も考えないようにして……」
「わかった」
両手を横に垂らしたまま、直紀は静かになった。それを見て、相沢は浅く息を吸った。
(……始まる)
今度こそ、本当の『除霊』だ。──空気も、さっきより重くのしかかってきてるような気がしてきた。……喉が、渇く。
相沢が、胸の前でゆっくり手を組んだ。目を閉じて、少しうつむいて────しばらくすると、小さな声で何かを呟き出した。その声は、どんなに耳を澄ましても俺には聞こえなかったけど。
そのまま1分くらい経ってから、相沢は呟くのをやめて、組んでいた手を解いた。そして直紀の顔すれすれの所に、人差し指を立てた状態の右手を持っていき、まるで字を書くような動きをした。
そのあとすっと立ち上がると、直紀の背後に回り──今度は立ったままで、同じようなことを首筋にした。だけど首筋には本当に触ってたらしく、
「うわっ、くすぐってぇっ」
硬まっていた直紀が動き出した。
「なっ、何すんだよっ」
「悪い。もうしないから」
そっけなく言われて、不満そうに眉を寄せる直紀。
「直紀、姿勢崩すなよ」
何か言い出す前に、と俺が口をはさむと、
「わかってるよ、ちくしょう」
ふてくされたように言いつつ、元の姿勢に戻った。直紀には悪ぃけど、まだ本当のことは言えねぇからな。今は黙って言う通りにしててもらわねぇと困るんだ。
「相沢、続けてくれ」
直紀が静かになったのを見て、俺は相沢に言った。相沢は俺をチラッと見ると、何も言わずに作業に戻った。……本当に大丈夫なんだろうか、あんな様子で……。
「続けるぞ。もう少し辛抱してくれ、すぐ終わるから」
「わかったよ」
そんなやりとりのあと、相沢はすぐに動き出した。直紀の頭を前に倒すと、さっき触れてた首筋に両手をかざした。かざす……というよりも、そこから何かを吸い取ろうとしているような──……って、それってば俺の考えすぎか?
だけどその体勢を始めてすぐに、相沢は苦しそうな声を出した。
「飯島、『出てけ』って思っててくれ」
「え?」
「心の中で、『出てけ』って唱えていてほしい」
「……出てけ?」
「ああ」
それだけ言って、肩を大きく揺らして息をする。
(マジでやべぇよ、ありゃ……!)
今すぐやめさせたい。けど、これは相沢にしかできないことで──しかも、あと少しで終わるって言ってるんだ。止めたって絶対やめねぇだろう。
(早く出てってくれよっ )
まだ直紀の中でくすぶってるらしいあいつに、俺も怒鳴ってやりたかった。このまま相沢がどうにかなっちまったら、ただじゃおかねぇぞ!!
じれったい気持ちで相沢を見ていると、相沢よりも先に直紀が動いた。
「……うっ」
小さく呻き、突然背中を丸めた。苦しそうに床を爪で引っ掻きながら、はあはあと荒い呼吸を始める。
「離れろ……」
相沢が低めの声で言う。その途端、直紀の体がびくっと反応した。だけど、まだ出てこなかったらしく、相沢は呼吸を整えると、さっきよりも力強い声で叫んだ。
「離れろ!!」
「うわぁっ!!」
直紀が叫び、まるで相沢の手に引き寄せられてるように体が動いた。相沢が両手を大きく横に振ると、操り人形の糸が切れたときみてぇに、立ち上がりかけてた直紀の体は力を失ってガクリと床に崩れた。
「直紀っ!!」
あわてて助け起こしにいくと、直紀は赤い顔をしてうなされていた。相沢が言った通り、また熱が出てるらしい。
(そうだ、相沢は!?)
振り返って姿を捜すと、相沢はさっき視線を流してた所にいた。両手は、俺には見えないボールを持っているような形をさせて。……もしかして、あの手の中に……あいつの魂が……?
相沢はゆっくり両手を前に差し出し、目の前にいる誰かにそれを渡すような動きをした。そういえばさっき、あの人と一緒に来てる人(人なのか?)に、天上界まで連れてってもらうとか言ってたな……。じゃ、その人に渡してたのか? ちくしょー、見えねぇのがもどかしいっ。
相沢は、それが終わると俺のほうに振り返った。──あ、さっきより顔色いいかも……。
「青木、飯島をベッドに運んでくれ」
「ああ」
相沢の大丈夫そうな姿を見て安心して、俺は直紀をベッドに運んだ。布団をかけてやって、タオルを絞って頭に乗せてやる。だんだん落ちついてきているらしいのを確認すると、俺は相沢のほうを見た。そして声をかけようとして──相沢の目が虚ろなのに気づいた。
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