完全無欠のゴーストハンター

─ 8 ─

 そんなことを考えて、気が重くなりかけてたとき。
「……来た」
 相沢の声と、今まで全然動かなかった直紀の体が動く音がした。俺はイスに座ったまま、これからどうなるのか見ていようと思った──んだけど。
「ああ──っ!!」
 突然直紀が叫んでベッドから飛び起きたのを見て、あわてて立ち上がった。
 さっきみてぇに抱きつかれたら困ると思ってのことだったんだけど──直紀は俺のほうに来ようとしなかった。……いや、動こうとしたところを相沢に押さえつけられたんだ。
 だけど、相沢1人で暴れる直紀を止められるわけがなくて。
「わっ!」
「相沢!!」
 相沢は直紀に吹っ飛ばされて、棚のかどに頭をぶつけそうになった。俺はとっさに相沢の手を掴み、自分のほうにぐっと引き寄せた。そのまま相沢の体は、俺の腕の中にすっぽりおさまっちまった。
「大丈夫か、相沢」
 顔を覗き込もうとしたら、
「だっ、大丈夫だ。それより、奴を押さえつけてくれ」
 あわてたように言って、思いっきり顔を背けた。
(……もしかして、テレてる?)
 わずかに見えた耳が赤くなってるのに気づき、俺はさらに顔を近づけようとした。──だって、見てみたかったんだ、相沢のテレてる顔。
 だけど相沢はそんな俺の動きに気づいたらしく、俺の腕を振り払いながら「早くしろ!!」と怒鳴った。もちろん、顔は背けたままで。
 内心残念だったけど、これ以上怒らせたくないし……それに、確かに今は直紀を止めるほうが先決だった。
「おいっ、直紀!」
 と呼んでから、(あ…今は直紀じゃねぇんだ)と思い出した。でも、俺がこいつの名前を覚えてるはずがなくて。
「おい!! 止まれよ、てめぇ!!」
 部屋の中を狂ったように走ってるそいつに言って、俺はすぐに取っ捕まえにかかった。ちくしょー、そんなに広い部屋じゃねぇのに、なんで捕まえられねぇんだよ!?
「くそっ、この野郎!」
 やっとのことでパジャマの裾を掴んで、「おりゃ!!」と飛びついた。
「がっ!!」
 バランスを崩したそいつは、顔面から床にぶっ倒れた。
「おわっ!?」
 そして俺も、巻き添えを食らって一緒に転がるハメになった。でも、逃げようとするそいつを押さえつけるのだけはやめなかったけど。
「捕まえたぞぉ、相沢〜」
「そのまま動くな!」
 そう言われて、直紀の体の上にのしかかったまま動くのをやめた。俺の下敷きになったそいつは、それでもまだ動こうと手足をばたつかせてた。
「ど、どうしたんだ、こいつ」
「一種の興奮状態だ。まだ部屋に来てないのに……」
「まだ?」
「天上界と地上界の境界線を越えたのに気づくなんて……。普通の浮遊霊はそこまで敏感じゃないのに」
「……浮遊霊? こいつが?」
 相沢の言葉に、ふっと疑問を持った。
「浮遊霊って……成仏してねぇ霊のことだっけ?」
「ああ」
「それって、その……天上界って所には行かれねぇんだよな?」
「……ああ」
「つまり、こいつは成仏してなくて、ずっとこの辺ウロウロしてたってことか? 11年も?」
「──そういうことになるな」
「……あの人は成仏してるのに?」
 自分の下で潰れてるそいつをまじまじと見ながら、俺は言わずにはいられなかった。
「一緒に死んだのに、こいつだけ浮遊霊になっちまったのか? 成仏……できなかったのか?」
 俺たちに近づいてきてた相沢を見上げると、相沢は『しまった』ってカンジの顔で俺を見てた。言ってはいけないことを言ってしまった、みてぇな顔を。
「そんなことって、あんのか?」
 反対に、妙に落ちついてる俺。……なんでだろ? 成仏してなかったのが、あの人じゃなくてこいつだったからかな。
 俺が今言った通り、2人は11年前に一緒に死んだらしい。「らしい」ってのは、俺も詳しく教えてもらえなかったから。
 あのころ俺は、自分の周りで何が起きてるのか、まったくわかってなかった。……つっても、5歳のガキに大人同士の事情なんてわかるはずねぇんだけどさ。まぁ、気まずさだけは感じとってたけど。
『死んだ』って言われても、遺体には会わせてもらえなかったし、葬式もしなかったしで、全然実感がなかった。
(どうやらホントらしい)と思い始めたのは、周りの連中が俺にいろいろ聞いてきたときだった。そのときに初めて聞かされたようなことも、けっこうあった気がする。
 今はそんなこと、どうでもいいんだけど。
 困惑したような顔で俺を見てる相沢に、「本当のことを言われても平気だ」と言おうとしたそのとき。
「うわっ!」
 おとなしくなりかけてた体が、突然激しく動き出したんだ!!
「ちょっ、おい!?」
 まさに『火事場のバカ力』。馬乗りしてた俺を引っ繰り返そうと、仰向けだった体を無理やり起こし始める。
「あっ、相沢っ」
「話はあとだ。もう来るぞっ」
 相沢はそう言って、今や上半身を起こしきってるそいつの正面に膝をついて座った。
「もう少し我慢してくれ」
「お、おうっ」
 本当はかなりきつかったんだけど、そいつのいいようにはさせたくなくて、俺は必死で踏ん張った。
 相沢は直紀の頭を両手で掴むと、指が白くなっちまうまでぐっと力を込めた。それから耳元に顔を近づけて、何かを囁きだした。
 その姿になんとなくドキッとして……俺は直紀がうらやましくなった。だって、相沢にあんなことしてもらってんだぜ? 本人に意識はねぇんだろうけど。……って、何考えてんだ、俺っ!?
 そのまましばらくすると、奴の動きが急に止まった。
「もうどいても大丈夫だ」
「何したんだ?」
「理性を取り戻させた。『そんな様子のままだと、彼女はおまえと話したがらないぞ』と語りかけて」
「……ふーん」
(……初めて『彼女』って言ったな)
 言わないようにしてきたのか、相沢は今まで一度も『彼女』って言ってなかった。 ──別にそんなことはたいしたことじゃなかったのかもしれねぇけど、俺はバカみてぇに反応しちまった。……なんか『彼女』って響きが、あの人がまだ生きてるような気にさせて。
「青木」
「えっ?」
「彼女、来てるぞ」
「え!? どっ、どこにっ?」
 相沢の言葉に、思わずきょろきょろと辺りを見回す俺。でも部屋の中には、俺と相沢と直紀の3人しかいなくて。
「青木、こっち」
 相沢に手を引かれてベッドに座らされながらも、俺はまだあの人の姿を捜していた。
「相沢、どこにいるんだ、あの人」
「……今は彼と話してる。彼の前に、立ってる」
「彼?」
 目を動かすと、床に座ったままのあいつが、天上を見上げてるのが見えた。しきりに何かを話してるようだけど、声が小さくて内容まではわからなかった。
「……あそこに、立ってるのか?」
 どんなに目をこらしてみても、俺には何も見えねぇけど……。
「──ああ」
「どんな感じだ? ……元気そうか?」
「ああ」
「そっか……」
 気がつくと俺は、相沢の手を力いっぱい握りしめていた。まるで、そうしてないと不安だとでもいったカンジに。
 ガキっぽいその行動を自分でも恥ずかしく思いつつ、それでも俺は相沢の手を離せなかった。この手の温もりを手離してしまったら、どうしたらいいのかわからなくなりそうで。
「……これからどうするんだ?」
 握ってた手から少しだけ力を抜いて、隣に並んで座ってる相沢に聞いてみた。目だけは、あの人がいるっていう位置から動かさずに。
「彼を飯島の中から出してやる。彼女と一緒に来てる監視員に天上界まで連れていってもらうことになってるんだ」
 俺の手を外そうともしないで、静かな口調で話す相沢。
「目的が達成されたら、成仏するものなんじゃねぇのか?」
「心に憑くのが難しいように、離れるのも簡単にはいかないものなんだ。特に彼のように、長い間地上界をさまよっていた霊は……一度人間に取り憑いてしまうと、自分の意志ではどうしようもなくなってしまったりするから」
「相沢がやるのか、それ」
「ああ」
「大丈夫か? 力……使い過ぎじゃねぇか?」
「平気だ」
「ならいいけどさ……」
 さっきと同じようなことを言ってるのに、相沢は怒らなかった。俺の声がふぬけてるのに気づいて、怒る気にもならなかったのかもしれないけど。
 しきりに口を動かしてるそいつをぼんやり見てると、相沢は俺の意識を覚まさせるようなことを言った。
「そのあとに、彼女と話させてやる」
「……え?」
「やったことがないからうまくいくかわからないけど……彼女を俺の中に憑かせて、話ができるようにしてやる」
「な…に……?」
「彼女も話したがってるだろうから。長い時間は無理だけど」
 相沢はそれだけ言うとやんわりと俺の手をほどいて立ち上がり、
「そろそろいいか?」
 と直紀に話しかけた。俺はベッドに座ったまま、直紀の方に歩いていく相沢の後ろ姿をほけっ……と見ていた。
(今……なんて言った?)
 あの人と話させてくれる? しかも、相沢に取り憑かせて……だって?


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