完全無欠のゴーストハンター

─ 7 ─

「……え?」
「たぶん、俺の知ってる人たちだよ、その2人って」
 そう口に出せたのも──「相沢になら話してもいい」って気持ちと、俺の考えが間違っていないか確かめたいって気持ちがあったからだろう。
「誰かはわからなくても、特徴みてぇなもんはわかるんだろ? たとえば性別とか、顔の作りとか……あ、顔とかは変わっちまったりしてんのか?」
「いや、外見は死んだときのままだ。飯島に憑いてるのは……30代の男だ。顔の特徴は、目が少しつり上がっていて、唇は薄め。──左頬にホクロがある。体型は中肉中背」
 相沢の説明はかなり簡単なもので、全然イメージがわかなかった。けど、11年前に一度だけ会ったことのあったそいつの顔は、俺の記憶の中から完全に削除されていて──
「死んでから10年は経ってる」
 相沢のその言葉で、俺はようやく断定することができた。俺が考えてた奴と、直紀に取り憑いてる奴が一緒だったってことを。
 10年くらい前に死んだ男の知り合いなんて、他にはいなかったから。……もっともそいつだって『知り合い』ってわけじゃなかったんだけど。
「俺の所に来る霊は……? 会ってないならわかんねぇか?」
「……ああ」
「……会えねぇのかな、今」
 気がつくと俺は、そんなことを口走っていた。
(会いたいのか? 俺……あの人に)
 自分自身に問いかけてみたけど──会いたいのか会いたくないのか、自分でもよくわからなかった。ただ……今どうしてるのかは気になった。11年前に「死んだ」って聞かされたのが、あの人に関する最後の情報だったから。
「その霊は、いつもはどこにいるんだ?」
 今までは何の抵抗もなく『霊』と言ってたけど……そのとき初めて胸がちくっと痛んだ。「死んでいる」ということを、実感させられて。
「天上界だ」
「天上──?」
「俗に言う『死後の世界』だ。そこで地上に降りる許可をもらって会いに来てるはずだ」
「そんなことできんのか……」
「2ヶ月に一度、来れるかどうかだが」
「2ヶ月……っつーと……」
 相沢の話では、1週間くらい前に来たってことだから──
「……じゃあ、ムリか」
(あと1ヶ月と3週間ちょっと待たないとダメなのか……)
 なんとなくガッカリした気分になる。…………なんだ、やっぱり会いたいんじゃん、俺。
「じゃあ、直紀に憑いた霊は──」
「いや」
 残念だと思ってしまった自分をなんとなく認めたくなくて、話をその人のことから直紀に憑いてる霊のことに切り換えようとしたとき、相沢が俺の言葉を遮って口を開いた。
「降りてこれるように頼んでみる」
「──え?」
「たぶん、許可が下りるはずだ」
「どっ、どうやるんだ!?」
「霊を取り締まっている人物がいる。その人に直接話してみる」
 そう言いながら相沢は、直紀の寝ているベッドにもたれかかった。
「は……話すって……」
 霊を取り締まってる人物って……死んだ人たち全員を、ってことだよな。それって俗に言う……『エンマさま』?
「……かなり、エラい人なんじゃねぇか? その人」
「……まあ、そうかもな」
 その人物に話しかけようとしてるのか? 相沢は。……スケール、違いすぎじゃねぇか?
「掛け合ってもらえるのか? その……そんな人と──」
 相沢の力を信じてないわけじゃねぇ。わけじゃねぇけど……
(いくら相沢だって、そんなにエラい人と話すなんてこと、できねぇんじゃ……)
 だけど相沢は、俺のそんな心配をあっさりとはねのけてくれた。
「大丈夫だ。──今は知り合いだから」
「し、知り合い?」
「悪いが、しばらく静かにしててくれ」
 そう言うと、ベッドにもたれかかったまま、体の力を抜いたようにぐったりとしてしまって。
 腹の上で両手を組んで目を閉じてるから、まるで寝てるように見えた。
(……そっか。相沢はこういうことを、もう何度も経験してきてるんだ)
 そのエラい人と知り合いになっちまうくらい、たくさんの霊を相手にしてきたんだ。
 痛いくらいの静寂の中、俺は身じろぎ1つできずに考えていた。横目で捕らえることができた相沢の顔は……無表情だった。
(他人を近づけないのは、やっぱりこの不思議な力のせい、か……?)
 俺は、直紀の家に来る途中で、チャリの後ろに乗った相沢が言ってたことを思い出した。
 普通の人間は持っていない力。持っていないから知ることのできない未知の世界。
 そして、知らないからこそ知りたくなる、人間の好奇心。
 そのときに向けられるみんなの目が、その人にどれだけ嫌悪感を持たせるか──俺は知っていた。
(知ってたはずなのに、俺は相沢に好奇の目を向けた)
 11年前に俺が感じてたものを、今でも感じ続けてる相沢に。
 俺は自分でも気づかぬうちに、みんなと同じことを相沢にしてたんだ。
(相沢は、俺が聞かれたくないと思ってることを言わないようにしてくれてたのに……。いくら昔のことだっていっても、忘れたわけじゃなかったのに。──忘れようとはしてたけど……)
 俺は自分のいたらなさに、心底腹が立った。相沢が自分の力について聞かれるのを避けてるって知っても、絶対に聞き出してやろうと思ってた自分が、恥ずかしくて仕方なかった。
(どうして気づかなかったんだ、初めて見たときに)
 相沢のあの目──あれは、昔の俺の目じゃねぇか。
 周りの人間の言葉に追いつめられて、自分の中に閉じ込もっていたときの俺は、今の相沢と同じ目をしてた。そのことに、どうして今まで気づくことができなかったんだろう。
(……11年前のあのことが、やっと気づかせてくれるなんてな……)
 俺が他人を拒絶するようになったのは、直紀に取り憑いたこいつと……俺の所に来てるっていうあの人が原因だった。
 この2人のことがなかったら、俺はずっと気づかなかったかもしれない。俺も感じたことのある痛みを、知らない間に相沢に感じさせてたということに。

「……青木」
 突然の声に、俺ははっと隣にいた相沢を見た。いつのまにか真剣に考えてたらしく、どのくらい時間が経ってるのかもよくわからなかった。
 相沢はベッドにもたれかけてた体を起こそうとしていた。──ちょっと、だるそうな動きで。
「大丈夫か? 疲れたようなカオしてるけど……」
 俺がそう言うと、こめかみのあたりを押さえながら目を閉じて、相沢が答えた。
「大丈夫……。霊と話すと……むしょうに眠くなるんだ」
 そう言われて、気がついた。(霊能力を使っても、相沢は疲れたりしないのか?)ということに。
 霊と話すってことだって、霊能力を使ってるってことになるんだろうけど──「魔除け」と言っておれに何かを送り込んでくれたり(あれがなんだったのか、いまだにわからないけど)、直紀を眠らせたときには、もっと力を使ってたんじゃねぇのかな。
 そう考えた途端、俺は相沢の体のことがひどく気になった。
 昨日偶然掴んでしまった腕がすごく細かったことを思い出して──余計なこととは思いながら、聞かずにはいられなかった。
「体……本当に平気か? 疲れてんならムリすんなよ」
 あんな細ぇ体でムリなんかしたら、相沢のほうが大変なことになっちまうよ、きっと。
「…………」
 相沢は俺の言葉を聞いて、一瞬ぴたっと動きを止めた。あ……やっぱり怒らせた、か……?
 内心、また冷たい顔をされるのかと思ったけど、今はもう気にならなかった。
 強引に。相手が打ち解けるまでひたすら強引に──。その方法で俺を変えてくれたのが、他ならぬ直紀の家族だったんだ。
 今の相沢が昔の俺と同じ思いでいるのなら、直紀たちが俺にしてくれたようにすれば、相沢ももっと本音を見せてくれるようになるんじゃねぇかと思った。
 そして、その考えは大当たりだった。
「大丈夫だ。そんなにやわじゃない」
 ムッとした声。俺が初めて聞く、感情のこもった相沢の声だった。
「そうか? だったらいいけど。体弱そうに見えるからさ、相沢って」
「バカにするなっ」
 こっちを見ようとせずに言う相沢。いや、見られなくてよかった。俺、ニヤけたツラしてただろうから。
(感情こもるとかわいい声になるんだ)
 新しい発見が、なんか……嬉しくて。
「話がついた。許可が下りたから来れるぞ」
 相沢の言葉に、ようやく笑いが止まった。
「……今から?」
「ああ」
「すぐに?」
「いや。ちょっと問題があって……」
「なにかあったのかっ?」
「……起きるかもしれないと思ったんだ」
「え?」
 相沢は、そこでようやく俺を見た。俺がからかったことに腹を立ててはいるんだろうけど、相沢の表情は真剣だった。
「飯島に憑いてる霊が暴れ出す可能性があるんだ。ずっと捜し続けてた相手の霊気なら、すぐに気づいてしまうだろうから」
「あー……そっか」
 そうだ、こいつがいたんだった。
「一度会わせれば気が治まるかもしれないが……そのあとに、何をするかわからないからな」
「何かって?」
 俺が聞くと、相沢は話すのをためらった。
 その態度で、これからここに来ようとしてるあの人に、こいつが何かするかもしれないんだということに気づいた。
 そうだ、直紀に取り憑いたこいつは、俺の所へあの人が来るのを待ってたんじゃねぇか。あの人がいないのにもかかわらず、俺が相沢と話してただけであんなに怒ったくらいだから──
「独占欲、強いんだな……あいかわらず」
(その強さで、あの人を俺たちから奪ってったんだっけ……)
 だけどあの人も、こいつについてったんだ。
「大丈夫だよ、相沢。……たぶんあの人も、こいつに会いたがってると思うから」
 自分でも不思議に思うほど、俺は冷静にそう言い切った。
「一緒にいられるなら、それが2人にとっては一番幸せなんだろうからさ」
「青木……」
 俺は相沢に、俺たちの関係や過去にあったことを全然話していなかった。だけどそのときの相沢は、やっぱりすべてを知ってるような気がした。知ろうとして知ったんじゃなくて、情報として知ってしまった、って気が。
 だから俺は、2人の関係をあえて言わなかった。何も言わなくても、相沢は俺の言葉のイミをわかってくれてるだろうし……もしわかってくれてなくても、あとでまとめて話せばいいやって思ったから。
「だから、呼んであげてくれ」
 そう言って、まっすぐに相沢を見る。相沢はしばらく何も言わずに俺を見てたけど……やがてゆっくりうなずいてくれた。
「青木には……姿、見えないだろうけど……」
「……そっか。そうだよな」
 俺には霊感なんてまったくないんだから、それは仕方ねぇよな。
(でも、それでよかったのかもしれねぇ)
 今さら会っても……どんなカオすればいいのかわかんなかったもんな、きっと……。
「それじゃ……呼ぶから」
「ああ。──っと、俺はどうしてればいいんだ?」
「あ……──そこに、座ってて」
「おう」
 俺は相沢に言われた通り、隅に置いてあったイスに座った。相沢は直紀の枕元に立って、寝ている直紀の顔を見ていた。
 だんだん鼓動が速くなってくる。姿は見れないけど──11年ぶりの再会だ。
(11年……。長かった、のかな……?)
 今となってはすべて過ぎたことで、最近では思い出すこともなかったけど……5歳の俺が最後に見たあの人の顔は、すぐに頭の中にはっきりと浮かんできた。
 悲しそうな目で俺を見て、何度も『ごめんね』と言っていた、あの人の顔を。


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