「──まだ、確信したわけじゃないんだ」
「え?」
「昨日彼に会った時点では判断できなかったから。それに、今の状態を見てみないと」
(……ってことは、もしかして──)
「直紀は、何かに取り憑かれてる、のか?」
「……たぶん、そうだろう」
(……う…そ…)
「うそ──!!」
(そんなことって…そんなことってっっ!!)
まさかホントにそうだったなんて!!
「あっ、相沢は昨日気づいてたのかっ? だからあいつに声かけてったのかっ!?」
パニック状態で話す俺。なぜかわからないけど、自分でも興奮してんのをはっきり感じてた。
怖いとか恐ろしいとかそういうんじゃなくて……今までに経験したことのない問題に直面して、嬉しいっていうか──好奇心に駆られたっていうか……。
そして俺は、そういう気持ちでいろいろ聞かれるのを相沢が嫌がってたってことを、すっかり忘れちまったんだ。
「俺、あいつとバリバリ話したりしたけど、平気なのか? 乗り移ったりとかしないんだろーな!?」
「……大丈夫だ」
「相沢にはどうやって見えてたんだ? 人間が憑いてるとか、動物が憑いてるとかわかんのか?」
「…………」
「どうやったら取れるんだ? やっぱ、相沢がお払いとかすんのかっ?」
そこまで一気に聞いて、俺は自分が浮かれてるのを自覚した。
相沢は無言でコーヒーを飲んでいる。……目を伏せたままで。
「あ……ごめん相沢。俺、ちょっとビックリしてよ……」
言い訳っぽく言うと、相沢はチラッと俺のほうを見て、いつもの口調で言った。
「気にするな。普通の人間ならそういう反応をする」
その言葉に実感がこもってるのがわかって、自分が失敗を犯したことにようやく気づいた。
(……やべえ。もしかして、俺……また相沢の機嫌損ねたのか?)
つい夢中でいろいろ聞いちまったけど、こうやって聞かれんのを嫌がってたんだよな、相沢は。
「あ、あのさ……」
弁解しようと口を開きかけたとき、俺の声を遮るように相沢が話しはじめてしてしまった。
「とりあえず彼に会いたい。家まで案内してくれるか?」
「え? そ、そりゃもちろん……」
勢いに押されて俺が言うと、
「じゃ、行くぞ」
と言って、相沢はさっそく席を立とうとした。
「え!? ちょっ、ちょっと待てよ、相沢!!」
焦って引き止めはしたものの、
「……なんだ?」
冷たい目でそう言われてしまえば、次の言葉は何も出てこなくて。
「用がないなら行くぞ」
畳み込むように言われ、俺は必死で考えた。
「あ、あのよっ、俺には話してくれないのかっ?」
「……何を」
「そのっ……直紀に何が憑いてたのか、とかさ……」
「まだわからないと言っただろう。適当なことは言いたくない」
「あっ、じゃあ!! じゃあさ、えーと……相沢がやってくれんのか? なんて言うんだ、その──あっ、『除霊』ってやつっ!?」
言ってから(しまった)と思ったけど、もう遅い。
相沢は『余計なことは口にするな』とでも言いたげにひときわ鋭い目で俺を見ると、
「……他に誰がやるんだ」
そう短く言い捨てて、一人でさっさと行っちまった。
(くっそー。なんで俺ってこんなに話すのがヘタクソなんだ!?)
昨日から何度いらないことを言って相沢を怒らせてんだろう。ホントに進歩なさすぎだ。
俺があわてて後を追うと、相沢はオヤジと話してた。
「今日は航平のおごりだ。今度1人でも来てくれよ」
「すいません。ありがとうございます」
そう言って頭を下げると、ドアを開けて出て行っちまった。
「あ、相沢っ」
そのまま追っかけようとしたら、オヤジのごつい手が伸びてきて、俺の腕を掴んだ。
「なんだよオヤジッ。金なら今度払うよっ!」
もがきながら言うと、オヤジは大きく息を吐き出した。
「おめぇは口がうまくねぇからな。一つ忠告しといてやるよ。
相手が話したがらないことを無理やり聞くな。話したくなるような気分にさせてやれ」
「……オヤジ?」
もしかして、さっきの話……聞いてたのか?
「おめぇだって、他人に言いたくないことをぐだぐだ聞かれても、答えようなんて思わねぇだろ?」
「……ああ、そうだけど……」
「だから、そいつが『話してもいいかな』と思える相手に自分がなればいいんだ。安心してなんでも話せる相手にな。そうすりゃ後はラクなもんさ」
掴んでいた腕を離してくれながら、オヤジは続けて言った。
「抱え込んでるものが大きいと、いつかその負担に押しつぶられちまうときがくる。セイのことが気になってんなら、早いとこ奴の負担を軽くしてやれ」
「え……?」
一瞬、何を言われてるのかわからなかった。『負担を軽くしてやれ』って……。
『何が?』と聞こうとしたら、
「ほら、表でセイが待ってんぞ。早くしねぇか」
背中をぐいぐい押され、店の外に投げ出された。
「んじゃ、また来いよ」
そう言って、俺たち2人をそこに残して、オヤジは店の中に戻っていった。
(────相沢の『抱え込んでるもの』……?)
それってやっぱり……他人と付き合わないことにも関係してんのかな。……いや、してるんだろう。
──それと、相沢の霊能力にも。
(そのことを聞き出すには、何でも話せる関係になれってことか?)
ただやみくもに聞くだけじゃ、言わないのも当然だってことか。そうだよな。
ここはまず心を入れ替えて、一からやり直す必要アリ、だな。
そう考えて、俺はさっそく実行に移した。
「相沢っ!」
なるべく明るく、でも気に障らない程度の声で(どんな声なんだか自分でもよくわからんが)、こっちを見ようとしない相沢に話しかける。
「こっから直紀ん家ってけっこーあるからさ、俺のチャリの後ろに乗ってくれよ」
俺や直紀の家とこの店は、学校をはさんで逆方向にある。電車通学なのか、家が学校に近くて歩いて来てんのかは知らねぇけど、相沢がチャリを持ってなかったから、この店までは歩いてきたんだ。俺も一緒にチャリ引いて。
でも直紀ん家まではチャリで飛ばしても30分以上かかっちまう。だから少しでも早く行くために……ってのは実は口実で、相沢に謝ろうと思ってなんだけど──後ろに乗るように言ったんだ。
「……」
相沢は、俺のほうを見ようとしなかった。
でもそれは俺も予想してたことだったから、こっちはこっちでさっさと準備した。鍵を開けて、チャリを進行方向に向けて、自分も乗って。
「ほら、行くぞ」
ちょうど相沢に背中を向けるカタチで、俺は相沢が後ろに乗ってくるのを待った。
こんなやり方で平気かなんて俺にもわからなかったけど……でもこれで乗ってくれたら、これからどうやって相沢と付き合っていけばいいのかわかると思ったんだ。──どうしたら相沢と対等で話ができるか、いい考えが思いつくんじゃないかって。
だから相沢が、ためらいながらも後ろに乗ってくれたとき──俺は(やった!!)と思いつつ、確信することができた。相沢とうまく付き合うには、相沢の反応ばかりを気にしてないで、こっちが強引に出ればいいんだってことを。
ヒントはオヤジがくれたんだ。たぶん、俺と相沢がうまくいってないって気づいて。自分が相沢とああ接することで、俺にもどうやったらいいのか教えてくれてたんだと思う。オヤジの人を見る目はすげぇもんがあるからな。
「じゃ、行くぞ」
軽く声をかけて、バランスを取りながら発進する。チャリは、後ろに人を乗せてるとは思えない軽さで走り出した。
「……あのさ、相沢」
しばらく無言で走ったあと、俺は前を見たまま相沢に話しかけた。返事はないだろうと思い、そのまま先を続ける。
「ごめんな、さっき……いろいろ聞いたりしてさ。俺、ああいう話って聞いたことなかったから、つい興味本位で知りたくなって。
ああやって聞かれんの、イヤだよな、やっぱ。……わかってたつもりだったのに、ホントごめん」
「…………いいって言っただろ」
背後から、小さな声が返ってきた。それだけ言って相沢は口をつぐんだけど、まだ何か話し出しそうな気がして、俺はそのまま黙っていた。
すると、俺の予想通りに相沢がゆっくりと話し始めたんだ。
「……誰だってそうだ。自分の知らないことを知ってる奴がいれば、無理にでも話を聞き出そうとする。……ただの好奇心で。
そいつが何を考えてるのかなんてことは問題じゃないんだ……」
「……」
「もともと、知らないなら知らないでいいことだからな。こっちにも話す義理なんかないし……。
第一、中途半端な知識ほどいい加減なものはない。それで痛い目をみるのはこっちなんだしな……」
ぽつりぽつりと、まるで独り言のように呟く相沢。言葉の端々が、風に飛ばされていきそうだ。
(ああ、そっか)
再びやってきた沈黙の中で、俺はようやくわかった気がした。──相沢のことが気になる理由、が。
(相沢は、あのころの俺なんだ)
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