完全無欠のゴーストハンター

─ 4 ─

 3.

 次の日。
 相沢に話す機会がないまま放課後になっちまった。
 ……いや、話しかけようとはしたんだけど、なんて切り出したらいいのかわからなくて、さ。……昨日のこともあったし、ヘタに何か言ったら、また冷たくされそうで。
 直紀は今日、学校を休んだ。昨日家まで送ってったときすでに意識もなくぐったりしてたから、すぐには治らないだろうとは思ってたんだけど──
『どうも様子がおかしいの』
 おばさんから電話があったのは、今日の朝のことだった。
『お医者さんが、ただの風邪じゃないみたいだって言ってたのよ。確かに様子がちょっと変だし……。ねぇ航ちゃん、昨日学校で何かあった?』
 そう聞かれて、俺はぐっと返事に詰まった。あったと言えばあったのかもしれない。けど、あれが原因なのかどうかはわからない。
 おばさんにはテキトーに話しながら、俺は今日、相沢をつれて直紀の家へ行こうと思った。熱出してぶっ倒れた直紀を相沢は見てないからな。あの様子から何か感じとったりできないかと思って。
 だからその話をするためにも、今日一日ずっとチャンスを待ってたんだけど……いまだに話ができてなくて、そろそろ本気で焦り始めてた。
 ……そういや俺、相沢が霊能力者だって決めてかかってるけど、まだちゃんとそうだって聞いたわけじゃなかったな……(今さらだけどな)。

「じゃーな、青木」
「おう。部活頑張れよ」
 清水が教室を出ていく前に声をかけていってくれる。毎日毎日飽きもせずによく続けられるな……と感心して、そんな場合じゃないと頭を切り替えた。
 相沢は俺の前の席で日誌を書いてるようだった。黒板は使わなかったからきれいだし、ゴミも昨日捨てに行ったから今日は行く必要ないだろう。
「──相沢」
 俺は自分の席に座ったまま、相沢の背中に話しかけた。……なんとなく、面と向かって話しかけるのはためらわれて。
「……何?」
 下を見ているせいでくぐもった声だったけど、相沢は確かに返事をしてくれた。だから俺は、とりあえず用意してた言葉を言ってみる。
「話があるんだ。……帰り、ちょっと付き合ってくれないか?」
 二人きりで話せる絶好の場所があったのを思い出して、そこへつれていくことにしたんだ。話の内容が内容だし、学校とは無関係な場所に移動したほうがいいだろうと思ったから。
 人と必要最低限しか話さないのも、なるべく目立たないようにしてる(ように俺には見える)のも──周りの人間に自分のことを騒がれたくないから、なんじゃないだろうか。
 そりゃ俺は、相沢のことを知ってまだ3日しか経ってねぇんだけど……でも、ものすごく存在感のある奴なんだろうってことはわかった気がする。本人にその気がなくても、動き一つ一つが目に付くっていうか……気になる、ってカンジかな、やっぱ。
 まぁそんなわけで、こんなとこで二人で話してて、誰かに聞かれたり変な噂になるのは嫌だろうと思って、気をきかせたつもりだったんだけど。
「…………」
 考えてるのか、それともただ答えたくないだけなのか……またしても相沢は答えない。
 だけどそのときの俺は、なぜか確信を持っていた。『相沢は「いいよ」って言うはずだ』っていう。どうしてそう思ったのか、自分でもよくわかんねぇけど。
 ──そして俺が思ってた通り、俺に背中を向けたままの相沢の返事は、
「──いいよ」
 だった。

「ここだ」
 学校を出て、お互いに黙りこくったまま歩いて20分後、俺たち2人は一軒の喫茶店に来ていた。
 喫茶店っていっても看板の一つも出してない、普通の家のような店だ。学生なんかほとんど来ない、穴場中の穴場ってとこかな。俺もたまたま見つけたんだけど、隠れ家みてぇな雰囲気が好きで、授業サボったときとかによく来てる。
 建て付けの悪いドアを開けると、中からコーヒーのいい匂いがしてきた。
「いらっしゃいませ。……なんだ、おまえか」
「なんだ、とはごあいさつだな、オヤジ」
 すっかり顔馴染みになってるマスター。この店を一人でやってる、ヒゲ面が熊みてぇなオヤジだ。
「おーおー、閑古鳥が鳴いてるぞー」
「珍しいな、友達か?」
「ああ。相沢って言うんだ。相沢、こっちはオヤジ」
「おいおい、なんだよその紹介は。
 よろしくな、相沢……下の名前はなんて言うんだ?」
「……静、ですけど……」
「セイ? 『聖しこの夜』の聖か?」
「いえ……『静か』の静です」
「ほぉーう。こりゃまた……」
 そんな余計なことを聞いて、オヤジはヒゲを撫でた。くそっ、なれなれしいぞオヤジ!!
「奥行こうぜ、相沢。オヤジ!! いつもの二つ!!」
「……何カリカリしてんだ? おめぇ」
(親父のせいだろ!?)
 怒鳴ってやりたいのを我慢して、とりあえず一番奥のスペースの4人掛けの席に行った。向かい合って座るとき、チラッと相沢の顔を見たけど、これといって不機嫌そうな表情じゃなくてほっとした。
 ……オヤジがあんなふうに話しかけたから、もしかして怒ったかも、と思ったんだ。でも、そんなことはなかったらしい。
 俺があんなこと聞いたって、絶対に答えてくれないだろうに……ってことは、相沢はオヤジのことは気に入ったとか!?
「それで、話って?」
 俺が、『なぜオヤジは相沢に気に入られたのか』を考えてると、相沢のほうが話を切り出してきた。
(おっと、そうだった)
 こんなくだらねぇこと考えてる場合じゃなかった。
「──実は、昨日の放課後に相沢も会った奴のことなんだけど……。俺の悪友で、飯島直紀って言うんだ。
 あいつが、な……」
 とりあえず話し始めたものの、そこで言葉に詰まっちまった俺。昨日の夜からずーっと考えてたけど、何をどう話せばいいのかまだわかんなかったんだ。
「えーと、その……」
 焦りながらあれこれ言葉を考えていると、思いがけず相沢が口を開いた。
「あの後、何かあった?」
「え?」
「俺が帰った後」
「あー……」
 そうだ、俺はそれを話したかったんだ。
 でも、相沢になんて言えばいいのかわからなくて、それをずっと悩んでたんだ。
『直紀が、俺と相沢が何を話してたのかすごく気にしてた』なんて……ちょっと言いづらくてさ。なんかまるで、直紀が俺か相沢に嫉妬してた……みたいじゃねぇか?
 考えたんだけど、直紀のあの態度は、そうとれなくもなかった気がするんだ。『相沢と何話してたんだよ』とか『俺には言えないことなのか』とか……。
 まぁ、そんなことは絶対ありえないんだけど……それでも言い渋っちまうのは、相沢にヘンな目で見られたくないから、なんだろうか。
「何があった?」
 さっきより少しだけ強い調子で言われて、俺は仕方なく、あったことをそのまま話すことにした。本当のことを話さないと、直紀がああなった原因がわからないかもしれないと思ったから。
 それに──相沢が、俺の話をものすごく聞きたがってるらしいのもわかったから。
 できるだけ正確に話そうと努力しながら話し始めた俺は、一方で相沢の表情をちらちらと見ていた。
 伏し目がちにうつむいて俺の話を聞いてる相沢は、学校にいるときと明らかに雰囲気が違っていた。……少しだけ、身近に感じるような気がしたのは気のせいだろうか。
 だけどそんな考えも、相沢がふっと顔を上げた瞬間に消えてしまった。──相沢の目は……目だけは全然変わってなかったから。
「おう、なんの話だ」
 複雑な気持ちのまま話し終えると、タイミングよくオヤジがコーヒーを持ってくる。
「おらよ、スペシャル2つ」
「……サンキュー」
「なんだ航平、今度はシケたツラして」
 カップをテーブルに置きながらオヤジが言った。
「そんなことねぇよ」
 とは答えたものの、オヤジの言った通りだろうということは自分でもわかってた。
 そりゃ、そんなに簡単に打ち解けられるとは思ってなかったけどさ、話を聞くって言ってくれたから、ちょっとは期待してたんだ。
 相沢自身のことをいろいろ話してもらえるかな、とか。……そんなわけねぇか……。
「こいつぁ俺が航平に作らされたスペシャルだからな。うめぇはずだぜ、セイ」
「はあ……」
「飲んでみ」
 オヤジにそう言われて少し戸惑ったみたいだけど、相沢は素直にカップを口へ運ぶ。
「どうだ?」
「おいしい、です……」
「そーか。よかったな、航平」
 うまいのは当然だ。これは俺が2カ月かけてオヤジに作らせた、本当にスペシャルのブレンドコーヒーだからな。
「──」
「はいはい、ジャマ者は早いとこ退散してやるよ。……ゆっくりしてけ、セイ」
「……はい」
 カウンターに戻っていくオヤジに、相沢は軽く目であいさつした。
(やっぱ、オヤジには愛想いいよな……)
 最初からあんなになれなれしいのに嫌な顔一つしない。……オヤジの勢いに押されてるってカンジがしないでもないけど。
(なんか……悔しいよなぁ)
 いったいいつになったら相沢は俺に本音を話してくれるんだろう。いつになったら俺は、相沢の本音を聞き出すことができるんだ?
(一生ムリかも……)
 そう思ってどんより落ち込みかけたとき。
「──青木」
 と、突然名前を呼ばれてはっと目を上げた。
 そこには何も語ってはくれない目があって、そのままその目に吸い込まれそうになっていたら、
「さっきの話だけど──」
 と本題を持ち出され、自分がすっかり直紀のことを忘れてたのに気づかされた。
「あ、ああ」
(そうだ、相沢のことを聞くのも大事だけど、今は直紀のことが優先だった)
 そう思ったら、俺の話を聞いて相沢がどう思ったかが急に気になった。俺と同じようなこと考えたかな……。
 だけど相沢はすごく真剣に考えてくれてるようだった。相沢の真面目な顔を見て、俺も気を引き締めた。……つもりだったんだけど。
 俺は自分が、相沢の話をきちんと受け止めるだけの準備をしっかりしていなかったのだということに、改めて気づかされるのだった。


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