完全無欠のゴーストハンター

─ 13 ─

「母さんたちのことがあったとき、俺はまだ5歳で……不倫だとか離婚だとかいう言葉も今みてぇに広まってなかったから、自分の周りで何が起きてるのか全然わかんなかった」
 ベッドに寄りかかり、相沢に頭を向けた体勢で話し出す。顔を見ながら話すとそれだけで緊張して、また先走ったことを言いそうだったから。
 相沢は何も言わない。布団の中でじっと硬まってるのか、音も立てない。それを俺の話を聞いているんだと解釈して、俺は言葉を続けた。
「親父は何も話してくれなかったから、俺の情報源はウワサ好きのオバサン連中だけだった。あいつらは俺を見つけるとすぐ集まってきて、母さんや親父や……あいつのことを根掘り葉掘り聞いてきた。毎日毎日飽きもせずに同じことを聞いてきて──そんな状況は、俺が外に出られなくなっちまうまで続いた」
「……」
「人間不信になってたのかもな、俺。誰とも話したくなくて、1日中家の中に閉じこもってぼーっとしてた。小学校に入学してからもみんなになじもうとしないで……愛想のねぇ奴だった、ホントに。
 そのまま6年間過ごしちまったから、さすがに親父も『このままじゃいけない』って思ったみてぇで、その町から離れることになったんだ。それでこの町に引っ越してきた」
「……それで?」
 ようやく口を開いてくれた相沢の声に好意的な響きを感じて、俺はずっと考えていたことを言った。
「中学に入学しても何も変わらなかった。
 そいつらは母さんたちのことを知らねぇし、俺が言わなきゃ知られることもねぇんだってことはわかってた。わかってたけど、それでも話せなかった。──たぶん、人と話すのが怖くなってたんだ。
 だけどそんな俺に、いつもしつこく話しかけてくる奴がいて──……それが直紀だったんだ」
「……」
「『陰気くせぇ顔してた俺がほっとけなかった』とか言ってさ。ホント、おせっかいなんだよ、あいつ。
 ……だけどそのおかげで、母さんたちのことも過去のことだって割り切って考えられるようになった。直紀とおばさんに全部話すことができたとき、やっと『もう昔のことなんだ』って思うことができた。親父が再婚するって言ったとき、なんとなく親父の顔が見れなくて、直紀ん家に入り浸ってて……そんときに思い出したくらいで、最近じゃ忘れかけてた。──だから、初めて相沢を見たときにも気づけなかったんだ」
「……何に?」
「相沢が、昔の俺と同じ目をしてるってことに」
 後ろを振り返ると、相沢は驚いたように目を見開いて、俺のことを見ていた。
「……なん、だって?」
「相沢にもあるんだろ? 誰にも言えなくて……思い出にできないでいることが」
「──」
「相沢が人と話さないのは、霊能力のことを聞かれるのが嫌だからってのもあるかもしれねぇけど……他にも理由があるからなんじゃねぇか?」
「……」
「話してみろよ、それ。少しは気がラクになるぜ? きっと」
 そう言って笑ってみせると、相沢は俺の目から目をそらし、体ごと反対側を向いてしまった。
「……おまえには関係ない」
 ばっさりと冷たく言われて一瞬ひるみそうになったけど、そんな態度に負けるもんかと俺は語調を強めた。
「ああ、俺には全然関係ねぇよ。関係ねぇけど、気になっちまうんだからしょうがねぇだろっ」
 すくっと立ち上がると、相沢の枕元にどすんと座った。相沢はびくっと肩をすくめたけど、こっちを見ようとはしなかった。
「……少なくとも、そうやって1人で抱え込んでるよりは誰かに話したほうがいいと思う。話してるうちに改めて気づくこともあるだろうし、自分の中でいろいろ考えすぎてあやふやになっちまってる部分も整理されると思うんだ。──俺はそうだった」
「……」
「話してみろよ、相沢」
(これでダメならあきらめるか……)
 ここまでいろいろ言っても相沢の気が変わらないようなら、それは俺じゃどうすることもできないことなんだと思うことにした。
 ……そして、何も言おうとしない相沢に(やっぱりダメだったか……)と諦めようとしたそのとき──相沢が話し始めたんだ。
 ぽつりぽつりと呟くような相沢の声は、それまでの強気な声とはどこか違って。
「……小6の時……家族で行った旅行先で自動車事故に遭って……父さんと母さんと──弟が、死んだ」
「……ああ」
「家族4人の中で俺だけが助かった。首にケガしただけで」
(──あ)
「もしかして、その首筋の傷跡がそうか?」
「ああ」
 さっき見つけた傷跡は、目をやった首筋に見ることができた。……その事故は、体だけではなくて相沢の心にも消えない傷跡を残したんだ。
「それで?」
「……その事故の直後から霊能力がついた。自分でも知らないうちにどんどん知識が入ってきて──気がついたら噂になってた。『事故で俺だけ助かったのは、俺が霊能力者だったからだ』って」
「──」
「祖父母に引き取られることになって、学校も転校した。だけど事故のことはニュースにもなったからみんな知ってて……実際学校に行ったら、事故のことや死んだ家族のこと……どうして俺だけ助かったのかってことをさんざん聞かれた。おまけにどこで聞いてきたのか、霊能力のことまで知られていて……」
「……答えたのか?」
「事故のことや家族のことは言えなかった。だけど力のことは……そのころは自分でもほとんど理解できてなかったし、どうしたらいいのかわからなくて……自分の知ってることは全部話してた。それで騒ぎになって、言わなければよかったと後悔したけど」
「それで、人と話さなくなったのか?」
「…………」
 相沢は俺のその問いかけには答えなかった。やっぱり、霊能力のことだけが理由じゃなかったってことか。
 俺は黙りこんじまった相沢の頭に手をのせると、動物にするようにそっと撫でた。嫌がられたらやめるつもりだったけど、相沢は意外にも俺の好きにさせてくれた。
 ……ずっと触っていたくなるような、クセのないさらさらの髪。
「……昔」
「──ん?」
「昔……母さんがよくやってくれた……寝込んだときとかに……」
(……泣いてる?)
 声が震えているのに気づき、思わず顔を覗き込もうとした。……だけど、もし本当に泣いてるなら見られたくないだろうと思って、やめた。そのまま手を動かして、相沢が口を開くのを待った。
「……事故から1年後……事故に遭った場所に行った。その場所は前から事故が多発していたらしくて……成仏していない霊がたくさんいた。……その霊の中に……3人の姿を見つけて……」
「……成仏……してなかったのか?」
「あそこにいたってことは……たぶんそういうことだったんだ……」
「たぶん?」
「俺に、気づかなかった……3人とも。話しかけても、聞こえなかったみたいで……」
「……」
「だから……どうしたらいいのか悩んで、向こうの世界へ送ってやればいいんだって考えた。そこにいるよりはずっといいだろうし、3人くらいならなんとかできると思ったから」
「……それで、うまくいったのか?」
 返事はなんとなく予想できたけど、とりあえず聞いてみた。……相沢は無言で首を横に振った。つまり、「できなかった」ってことだ。
「霊がたくさん集まっている所では、その中の誰か1人だけを成仏させたりすることはできないんだ。させようとしても、周りの霊がそれを阻止してくる。
 ……だけど、俺はそのときそれを知らなかった。何度も挑戦して……でも、他の霊が邪魔して……結局何もしてあげられないまま、3人をそこに残して帰ってきた……」
「……今も、そこにいるのか? みんな……」
「わ…わからない……。それから、一度も行ってないから……」
「どうして?」
「俺のこと……みんな、恨んでるような気がして……。俺はみんなを……見殺しにしてきたんだから……」
「……それは違うんじゃねぇか? そのときは相沢にも、どうやったらいいのかわかんなかったんだろ? だったら成仏させてあげられなくても……」
(そういうことになるよな)と思いつつ言うと──突然、相沢は俺のほうに振り返った。
(えっ!?)
 涙をボロボロこぼしながら、訴えるような目で俺を見る相沢は、俺の知ってる相沢とはまったくの別人だった。まるで子供のような泣き顔に、俺は一瞬焦ってしまった。
 だけど相沢は涙を拭おうともせずに、溜まっていたものを吐き出すような勢いで話し出した。……今まで誰にも言えずに、自分の胸の中に閉じ込めてきたらしい思いを。


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