「おじいちゃんとおばあちゃんは……毎年事故のあった日に、あの場所へ行く。俺は……なんだかんだと理由をつけて、行かなくて済むようにしてたんだ。
あの学校に入ったのだって、毎日仏壇に手を合わせてる2人を見てるのが辛かったからだ」
「相沢……」
「今の俺の力でも、あそこにいた霊を全部向こうへ送るのは無理かもしれない。でも、話をするくらいのことはできるだろう。
それでもあそこへ行かないのは……みんなに会うのが怖いからだ。あんな場所に何年もいれば、周りの影響を受けて悪霊になってしまってるかもしれないから。──俺が、助けられなかったばっかりに……」
そう言って、両手で顔を覆う。
(……これが、相沢の抱えていたもの……)
「……霊能力のことを聞かれると、みんなを助けられなかったことを思い出しちまうから……だから人と話さないようにしてたのか?」
罪悪感が、相沢を人から遠ざけていたのか。そんなもの、感じなくたっていいことだろう──と俺は思うんだけど……。
「今でもよく……夢を見る。事故があったあの場所で、みんなが俺を呼んでるんだ。
『どうしておまえだけ助かったんだ』『私たちを助けてくれないの?』『なんで会いに来ないの?』って……いつも……」
小刻みに震えている細い肩がなんだか頼りなくて、ぎゅっと抱きしめてやりたくなった。……い、いかんっ。相手は男だぞっ。
(なっ、何を言ってやればいいんだっ!?)
霊的なことは全然わからないから、それ以外のことで俺に言えることはないだろうか。
(家族……家族のことで、何か……)
いろいろ考えてもまとまらない言葉は、直接口に出してしまうことにした。相沢が理解できる程度のことが言えるように努力しながら。
「あのさ、俺は相沢の家族が相沢のことを恨んでるとは思えないよ。だって事故は誰にも予測できないものだったんだろうし、相沢が助かったのだって、むしろみんな喜んでると思うんだ。自分の息子や兄弟が助かって喜ばない人なんていないよ」
俺の言葉がしっかり耳に入ったのか、相沢は顔に押し当てていた手を少しだけ外した。
「……で、も………」
「相沢が会いに行ったときはたまたま気づかなかっただけで、今はみんな相沢に会いたがってると思うぜ? その場所から動けないならなおさらだよ。悪霊になってたって、誰かに会いたいと思ったりするんだろ?」
「……ああ」
「だったら、もう一度その場所へ行ってみろよ。それでみんながどうしてるか確かめてくればいいんだ。
相沢が自分の目でちゃんと見て、今の自分にできる範囲のことをすれば、それでいいんだと俺は思う。もしそれでまたみんなを助けられたかったとしても、何度も頑張ればいつか必ずうまくいく。──そうじゃねぇか?」
「……」
「一人で行くのが不安なら、いつでも俺がついてってやるから。別に何もしてやれねぇけど……」
「……」
(……まとまってたか? 今の話……)
最後のほうは自分でも混乱してて、何を言ってるのかわからなくなったけど……相沢は俺の言いたいことがわかってくれた、かな……?
「あい、ざわ……?」
いまだに顔を上げようとしない相沢に、おそるおそる声をかけてみた。果たして相沢の負担となっていたものは、少しは軽くなったのだろうか。
「……青木」
「なっ、なんだ 」
「本当に……今度一緒に行ってくれるか?」
どこに行くんだ? と思いかけ、自分がさっき『一緒に行ってやる』と言ったのを思い出した。
「あ、ああ。もちろん」
「……ありがとう」
「──え?」
と、いうことは、もしかして──
「会いに行くよ……みんなに」
「あ、ああ」
(軽くしてやることができた? 負担になってたものを……)
俺の、あんな話で? ……ホントに?
「相沢……少しは、すっきりしたか?」
本人に聞くようなことじゃねぇかもしれねぇが、俺は思わず聞いていた。
「ちょっとは、気ぃラクになったか?」
「ああ……」
「そっか。よかった」
冷静な表情はしてたけど、心の中では(ついにやった!)と小躍りしてた。
あの相沢の心を開いてやれたんだ。誰も近づけようとしなかった相沢の心を!!
そう思うと欲が出てきて、(もっと親しくなりたい)と考えた俺。さっきまでの弱気はどこへやら、がぜんやる気が出てきた。
「相沢、手ぇどけてみ」
顔を覆っていた手を外させると、相沢の目はほんの少しだけど変わったような気がした。……気のせいじゃなくて、確実に寂しそうな感じがなくなった。
「あーあ、目ぇはれてんぞ。ちょっと待ってろよ」
そう言って台所へ行き、氷水を用意しながら俺は、(この調子でいけば、もっといろんな話ができるようになるかもしれない)と考えていた。
(とりあえず、明日学校で話ができるくらいにはなりたいな……)
「それじゃ、あれさせてみるか……」
5
「いらっしゃいませ……なんだ、おめぇらか」
学校が終わったあと、俺と相沢はオヤジの店に寄った。いつも通り客は1人もいない。……ホントにこんなに売れない店でいいんだろうか。こっちが心配になってくるぜ。
「よっ、オヤジッ」
「……こんにちは」
「なんだ、セイ。今度は1人で来いって言っただろ?」
「なんだよ、それ。俺が来ちゃわりーのかよ」
「うるせぇ奴ヌキで話したかったんだよ、セイと」
「うるせぇ奴とはなんだよ。……相沢、カウンターでいいか?」
「ああ」
「おっ、今日は内緒話はしねぇのか?」
まだ何も頼んでねぇのにすでに動き出しながら、オヤジはからかうように言ってきた。……やっぱりこの間の話、全部聞いてたんだな。
「ああ、そのことはキレイさっぱりカタがついたんだ。なぁ、相沢?」
「……ああ」
俺が強気に言い返すと、相沢もとりあえず俺に合わせて答えてくれた。
「そうみてぇだな。おめぇらもいつのまにか仲良くなったらしいし──」
「なっ……なに言ってんだよっ」
「ほら、スペシャル」
カップを受け取りながら、あわててオヤジの次の言葉を阻止しようとする俺。なんか、ろくでもないことを言い出しそうな気がしたんだ。
そして、俺のカンは当たった。
「セイ、こいつなぁ、この店に友達つれてきたことねぇんだよ。『学校の外に出てまでつるむつもりねぇからな』とか言ってよ。俺はてっきり、航平には友達いねぇんじゃねぇかと思ってたんだよ」
「オヤジッ!」
「そしたら、この間おまえをつれてきただろ? しかもまだ話もほとんどできねぇ状態で。俺はあのとき航平が面食いだったって知ったぞ。『だから簡単に友達ができねぇんだろう』ってな」
「何言ってんだよっ。そんなことねぇだろ!?
あー、オヤジッ、外の植木が枯れかかってたぞっ。水やりに行ってこいよっ」
「素直じゃねぇなぁ。『セイと二人きりになりたいから消えてくれ』ってはっきり言えばいいのによ」
「なっ……!!」
「はいはい、おとなしく水やりに行ってくるよ」
オヤジは手をヒラヒラ振りながら、外に出て行った。店の中には顔を赤くした俺と、涼しい表情でコーヒーを飲んでる相沢の2人しかいなくなった。き、気まずい……。
俺は今のオヤジの話から、まったく違う話に切り換えた。相沢は気にしてないだろうけど、オヤジの話はあながち嘘でもなかったからさ。
「み、みんな驚いてたな、相沢からあいさつしてもらったって」
そうなんだ。4日ぶりに学校に出てきた相沢が、クラスの奴らに自分からあいさつするという……信じられないような光景が今日の朝と放課後に繰り広げられたんだ。──もちろん言い出したのは、俺。
俺のときも、直紀はまず『あいさつできるようになれ』と言った。いきなり話をしようとしてもそれはムリだろうからって。だから俺も相沢に、そこから始めるようにさせたんだ。
昨日、相沢の家でそう言ったときは、いつもの調子に戻ってなかったから、もしかして正気に戻ったときには嫌がるかなと思ったんだけど──見事相沢はクラスの大半の奴らに自分から声をかけたんだ。
「明日はもっと愛想よく言おうぜ。笑う必要ねぇけど」
母さんが取り憑いたときに一度だけ見たあの顔……他の奴らに見せるのはもったいないからな。俺だってそうそう見られない表情だし。
「……笑わないで愛想よくって……どうやるんだ?」
「言葉にもっと感情こめれば、自然とよくなってくるって」
「……そうなのか?」
「そうそう」
今日の休み時間に一緒にいてわかったんだけど、相沢って意外にもヌケてるとこがある。今までは常に警戒モードだったから気づかなかったけど、普段の相沢は実はけっこうドジで、こうして話しててもそれがわかっておもしろい。
「なぁ、相沢」
「……何?」
「俺も『セイ』って呼んでいい? 俺のことは『航平』でいいからさ」
「……」
「決まり。いいだろ? セイ」
「……勝手にしろ」
でも、以前のままの部分だってもちろんある。今みたいに冷たい視線だって、健在だ。
知り合ってまだ一週間くらいしか経ってないけど、本当にいろいろなことがあって、たぶん今は俺が誰よりもセイのことを知ってるんだろう。
そしてこれからも、俺は誰よりもセイのことについては詳しくなっていくだろう。……なぜならそれは、俺たちがこれからもずっと一緒にいろんなことを経験していくからだ。
セイと一緒にいれば、あいつの不思議な力でこれからもいろいろなことが起きるだろうから。俺はいつでもセイのそばにいて、同じことを経験していきたい。
初めて出会ったときから妙に気になっていた『ウワサ』のあいつは、これからもずっと気になる存在でありそうだった。
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